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第八話 これが今の僕

「今日もいい天気ー♪」


 僕はそう歌いながら箒で教会の前をさっさと掃く。

 毎日掃除はしているので、落ち葉の季節にでもならなければそこまで気合い入れてやることもないのだが、もう10年近くも続いた習慣ともなるとしない方が気持ち悪くなるというものだ。

 朝日がゆっくりと昇っていき朝露に濡れる草木を照らす様は、寒いことや眠いことを考慮しても心地よい風景といえる。

 ミューハルト・レミアヒム、14歳男。

 村唯一の教会の手伝い、それが今の僕の立場だ。


 そう、生まれ変わってから、何事もなく、早くも14年が過ぎたのだ。

 それを自覚するとなんとも言えない焦燥感に駆られるが、なにもなかったのだから仕方ない。

 突然、村が災害やらモンスターやら盗賊やら悪徳騎士団に襲われることもなく、平和に過ごしていることに文句を付けるつもりはないけど、これでいいのかという気になる。

 数年前に村が所属する国が宣戦布告されたという知らせを受けた時は、ついに来たかとドキドキしたものだが、交戦中の国からは離れているせいでうちの村は特に影響もなく、安心したようなガッカリしたような気持ちになったものだ。

 もちろん戦争臨時税という名目の増税が発生する程度の影響はあったが、元々この村は農村としては豊かな方だったこともあり、生活する分にはさほど困ることがなかった。

 むしろ、自分が村に麻雀を広めた時の方が、村の経済へのダメージが大きかったのだから笑うに笑えない。

 村のおっさん達が仕事放り出して熱中したのだから自分のせいではないと思うのだが、あの時は村長直々に禁止令が出て、村のおっさんと一緒に怒られたのは人生最大の修羅場だったかもしれない。


 しかし、こちらも受け身でだらだらと過ごしていたわけではない。

 僕なりに色々な転生ものを参考に色々やろうと、涙ぐましい努力はしてみたのだ。


 超人的な身体能力が備わっているかもしれないと思って、村に常駐している兵隊さんに剣を教わってみたが、14歳でいまだに小学生並の身長しかないこの肉体は絶望的に筋肉がつかず、女の子のハルの方が強くなる始末。

 そのハルからは「ミューは私が守ってやるよ」と男前な慰められ方をした。

 僕が女の子だったら惚れているところだった。

 泣きたい。

 まあ、今やハルはなんでもありなら、村でもトップクラスの強さになっているので、僕が特別弱いわけでは、……いや、特別弱いのは間違いないか。


 エルフの血を継いでいるんだから弓ならいけるかもと父さまに教わってみたが、血を継げば自動的にうまくなるというものでもなく、矢はヘロヘロと目の前に落ちるばかり。

 実はこの世界のエルフは弓がうまいわけではないのではないかと思ったが、父さまはばっちりうまかった。

 きっちり百発百中で、那須与一ばりだった父さまからは「ミューは下手な方がかわいいよ」と慰められた。

 泣きたいというより、父さまのフォローにむかつく。


 このファンタジーな世界で現代技術を持ち込めば大金持ちにと思ったが、魔石とかいう、鉱山や魔物からとれる万能燃料のせいで、そこまで革新的な発明をする余地がない。

 世界観はよくある中世ファンタジーのくせに、部分部分の技術力は妙に高いのだ。

 少なくとも日本の江戸時代にタイムスリップするよりは暮らしやすいような気がする。

 そもそも、平均的な現代日本人の自分に一から作れるものはそれほど多くはないというのもあるが。

 流石にテレビやパソコンとかはこの世界にはないが、それは僕も仕組みがわからない。

 100円ショップレベルの発明はちょこちょこしてるし、続けていくつもりだけど、世を揺るがす発明家とはなかなかいかないだろう。

 切ない。


 ならば異世界の美食で世界をうならせてやると、当初の目的からかけ離れた野望を持ってはみたが、見覚えのない調味料・食材が多く、やる気はあっという間に消え失せた。

 よく考えると前世でもそこまで料理ができたわけではないし。

 食材も違うものばかりだし、再現のしようもないというわけだ。

 なにより、この体は、体質的に肉を受け付けず、今のところものすごく小食ということで、作る意欲が全然わかないのも問題だ。

 村のお祭りがあった時に牛っぽい肉を食べてみたのだが、おなかを壊して寝込む羽目になった。

 たぶん味覚も前世とかなり違らしく、生野菜がドレッシング無しでもおいしい。

 ということなので、料理を作ってみても人間基準ではかなり薄味になりそうな気がする。

 遠い目で葉っぱをかじっていたら両親から「小動物みたいでかわいい」と言われた。

 そっとしておいて欲しい。


 異世界ならば魔法だろうと思い、アパスルライツとやらを使えるようになろうと思ったのだが、ここでも問題が発生した。

 どうもアパスルライツは歌を歌えば自動的に発生するというものではないらしく、特定の神様に使えるために本洗礼というものを行った上で資格を得ないといけないらしい。

 父さまと母さまは天空神様の教会で本洗礼を行ったことがあるらしいが、僕が本洗礼を受けるとしたら、正式に村の教会を継いでからになるとのこと。

 せっせと楽器や勉強は教わっており、このままなら本洗礼を受ければ大丈夫とは言われたが先は長い。


 せめて新しい遊びなら簡単に作れると思って、麻雀セットを作って村に広めてみれば、村長から怒られる始末。

 他のいくつかの遊びは同世代の子供たちに受け入れられ、そこそこ人気となったが、どの遊びも他のみんなに実力を追い抜かれて悲しい思いをするばかりだ。


 そんな訳でふて腐れそうになる思いをぐっと我慢して、日々勉強したり遊んだりお手伝いしてきたのだ。

 出来ることからコツコツと。

 しかし、アイドルプロデューサーになりたいという夢を抱きながら日々過ごしてきたけど、こんな小さい村で出来る事なんてたかが知れているという現実に押しつぶされそうだ。

 アイドル事務所があるわけでないし、まずアイドルという概念があるかも怪しいし。

 金も力もなく、転生者というアドバンテージを活かす術のない今の自分には、全てのハードルが高いように思えるのだ。


 この世界では親の職業を必ず継がなければならないという決まりはないのだが、小さいころから弟子入りしている職業に就くのが普通だ。

 そういう意味では、僕は立派に教会に弟子入りしているようなものなのだ。

 このままでは村の教会に就く可能性が一番高い。

 村の神父兼アイドルプロデューサー。うん、無理っぽい。


「ふぅ・・・・・・どうしたらいいんだろ」


 とつぶやいていると、向こうから見知った顔のおじさんが話しかけてきた。


「おう、おはよう! ミューちゃん今日もお手伝いかい?」

「おはようございます。毎日しとかないと落ち着かなくって。おじさんもお仕事ですか?」

「おう、いつもどおり家畜の世話だよ」


 このおじさんはこの村で牛やら羊やら鶏やらの畜産業をやっている知り合いだ。

 僕は、肉はあまり食べられないけど、ミルクと卵料理に関してはこのおじさんのお家にお世話になっているといえる。

 ちなみにこのおじさんは麻雀にはまりすぎて仕事を疎かにし、村長の前で一緒に正座した仲でもある。


「関心だねえ。うちの子にも見習わせたいくらいだよ。あとでおじさんのミルクを飲ませてやろうか?」

「なんか卑猥な言い方ですね」

「や、やめろよ! 神父様に聞かれたら殺されかねない」

「ほう、誰に聞かれるとまずいのかな?」


 イケボな声のした方を振り向くと、そこには薄い水色の衣装に身を包んだ神父ことうちの父さまが立っていた。

 10年経った今でもその容姿にはいささかの衰えもない。

 ある程度予想していたが、ヒト種がどう頑張っても100年程度しか生きられないのに対し、エルフはその数倍は生きるそうな。ちなみにホビットの寿命はヒト以上エルフ未満くらいらしいので、ハーフの僕はどうなることやら。


「うちの息子に手を出そうとするとは罪深いにも程がある。直々に天罰くらわすのでこっちに来なさい」

「ひぃぃ! 誤解です! レミリアム、いや神父様!」


 僕が結構大きくなった今でも、その親馬鹿で過保護ぶりは健在だ。

 14歳の息子に対する父親の態度ではないと常々思っているのだが、母さまに種族の差を超えて手を出したくらいの変態だから仕方ないと諦めている。

 どうしてこんなのが村人の信頼を得ているのだろうか?


「ところでどうかしたの? 父さま」

「ああ、掃除はもういいから買い物してきてくれと言いに来たんだ。私はしばらく懺悔室にこもるから朝食はいらないとアンナに伝えておいてくれ」

「わかった。ほどほどにね」


 父さまは笑顔をこちらに向けると、酪農家のおじさんと肩を組んで教会に消えていった。

 おじさんの方は青い顔をしていたが、ああ見えて二人は友達なので、特に問題はないだろう。

 というかあのおじさんは酒の席でよく僕にセクハラをして、その後に父さまにシメられるのはいつものことだったりする。


 どうも僕は母譲りの小柄な体格で線も細く、男らしさに欠けているため、村のおじさんたちや同年代の子達からはからかわれがちだ。

 村のおじさんからかわいいと言われることこそあれど、村の女の子からかっこいいと言われたり告白されることはない。

 できれば父似になりたかったなあと思うことしきりである。

 父さまに似ているのはストレートの金髪と空色の瞳の色くらい。


 これがミューハルト・レミアヒム14歳の現在の状況だった。

 ひとつため息をつくと、箒を片付けてから買い物に出かけるのだった。

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