第七話 少年時代2
「ミュー! あーそーぼー!」
ある日の昼下がり。
家の前からハルの声が聞こえてくる。
僕は読んでいた経典から顔を上げて、目の前の母さまの顔を見ると、母さまは目で「行っていいよ」と返事をしてくれた。
親のゴーサインも出たことだし、僕はよく晴れた青空の下に駆け出していくのだった。
昼過ぎになると教会の学校や家のお手伝いなどをやっているのだが、毎日やっているわけでもなく、こうして遊びに行くことも多い。
家業が子供のお手伝いできるようなものではなかったり、まだ手伝いもできないような子供だったりすると、村の集会所で集まって談笑している老人達に預けられたりもするのだが、僕は専ら友達と遊びに行くことが多い。
じじばばとお話しするのも悪くないのだが、やっぱり若いうちは体を動かさないとね。
家の前に出ると予想通り、僕が一番よく遊ぶ友達、ハル、ボーイ、ジェロのいつもの3人組が待ち構えていた。
「やあやあミュー。今日も小さいわね!」
「ほっといてよ」
そんなやりとりももはや定番になりつつある。
僕の返しに満足したのか、ハルはニィと笑うと僕の手を引いてそのまま駆け出していく。
どうして子供はこんなに意味もなく走りたがるのか。
そう思いつつも、僕も決して悪い気分じゃないのだから、やっぱり精神年齢が肉体にひっぱられているのかもしれない。
しばらく駆けていき、原っぱに到着。
遠くに草をはむ羊の姿が見えるのだが、ここはボーイの家の牧草地。
無駄にスペースも広いから、こうやってよく遊んでいるのだ。
家畜にちょっかいをかけない限りボーイの親も放置してくれるからいい遊び場になっている。
そう言いつつも、何回かに1回は羊や牛にちょっかいをかけるチキンレースをしているのだから怒られることも多い。
僕らは牧草地に並ぶ。
ハルがこちらを向いており、僕ら3人が一列に並んでハルの方を向くという、わかりやすい上下関係の立ち位置である。
「さて、今日はなにしようか?」
ハルが重々しく言う。
するとボーイとジェロが僕の方を見る。
この後、思い付きと称して、僕が前世の遊びを提案するのが専らの流れである。
他の子どもがやっているような追いかけっこや冒険ごっこをやることもあるのだが、体力のない僕はこういうところで活躍しないと置いていかれそうな気になってしまうのである。
「じゃあ今日は『スモウモドキ』でもしようか」
「前に『スモウ』はやったよね? それとは違うの?」
「基本は一緒だけど、一対一で手をついたり円の外に出ると負けにしたらジェロが圧勝だったからルールを少し変えるの。円をもうちょっと広くして、2対2で、お尻着くか円の外に出たら負けでいこう!」
「ふーん、あんまり違わなそうだけどまあいいわ。じゃあ私とミュー、ボーイとジェロのチームね!」
「戦力的には僕とジェロの方がバランスとれてると思うけど……」
「いいの! ほら行くわよ!」
よく分からないけど、ハルは相変わらず強引だなあ。
まあハルも強いしいいけど。
力ならジェロ、器用さならボーイ、度胸と素早さならハルというそれぞれの強さがあるのだ。
僕? それはこれから見せてやる!
僕らは草をむしって作った円にお互い向かい合う。
ハルには事前に作戦を耳打ちしておいたので準備は万端だろう。
「初めの合図なんていってたっけ? ハッカヨーシポン、みたいな」
「はっけよーいのこった、だよ」
「そうそれ! じゃあスタート!」
「結局言わないし……」
そんなこんなでなし崩しに開始。
するとジェロとボーイは両方とも一直線にこちらに向かってくる。
「なんで僕の方に来るのさ!?」
「やりやすい方からいくのが定石じゃん! あと姉御怖い!」
「うが」
まあ、確かに。
それでは作戦開始だ。
僕は一歩踏み出す。そして2歩目でつまずくと、その場でおなかを抱えるようにうずくまる。
「ううぅ……。おなかが、おなかが……」
「うが!? ミュー、大丈夫か?」
急な僕の異変にオロオロしだすジェロ。
だがその隙にハルはジェロの後ろに回り込む。
「すきあり!」
「うが!?」
ハルがジェロの膝の後ろを蹴ると、ヒザカックンの要領で体勢を崩し、ジェロは尻もちをついて敗北決定。
僕はすっくと立ちあがりそのまま飛びのく。
混乱したようなジェロとボーイの二人に、僕はにやりと笑いつつ高らかに宣言してやった。
「やーいやーい、騙されてやんの」
「……あ! 演技か! 卑怯だぞ!」
「悔しかったらかかってこい!」
「くそ! ミューだけでも」
そうい言いながらジェロはまっすぐこっちに駆けてきたのだが、すぐにつんのめるように転んだではないか。
そしてハルが転んだボーイを念のため円の外まで引きずって行って試合終了。
「いててて。今足元になにか……。なにこれ、草を結んだ輪っか?」
「さっき僕がうずくまったときに結んでおいたんだよ」
「きったねー! ミューずるい! あと座ったからミューは負けじゃないの!?」
「負けの条件はお尻着いたらって言ったじゃん。僕はうずくまったけどお尻付けてないから負けてないよ」
「ミューのずるっこー!」
「なんとでも言うがいい! 勝てばいいのだ!」
子供相手に勝ち誇る中身大人の姿がそこにあった。
……ゲームは本気でやるから楽しいんだよ。
それに、今日は勝ったけど、他のものも含めた僕の勝率はかなり低い。
新しいゲームでこそ勝てるけど、それも何回かしたら負けるんだよね。
体使う系はしょうがないとしても、運や頭使う系ですら普通に負けることがあるというのが悲しい。
頭使う系はボーイが強いんだよね。
運や駆け引きがからむとハルは妙に強いし。
「いくら棒銀くらいしか戦法を知らないとはいえ、将棋ですら負ける僕って……。現代人のプライドが……」
「なーなー姉御、ゲンダイジンってなんだ?」
「エルフとホビットのハーフのことじゃない?」
「うが。初耳」
後ろでそんなことを言われてハッと我に返った。
いけないいけない。頭おかしいと思われるのがオチだから、前世関連の話は秘密にしておかないと。
僕は誤魔化し半分、楽しみ半分で「さ、もう一回しよ」と提案するのだった。
それから一時間くらいはやっただろうか。
僕らは原っぱに寝そべって空を見上げていた。
猫だましや「あっドラゴンが飛んでる」と言って気を逸らしたりや、様々な手を駆使して戦ってみたけど、やっぱり僕の勝率は2割前後となってしまった。
仕舞には、ハル達まで僕の戦法を取り入れて戦うものだから、客観的に見ると子供とは思えない汚い争いに見えただろう。
なんでこうなったのか。子供の吸収力ってすごい。
「ミューってさ、見た目と違ってかなり負けず嫌いだよね」
「それは皆も同じでしょ? 僕にだってプライドっていうものがあって……」
「楽しかったからいいけどねー」
「うがー……」
汗だくになってこうやって無邪気に語り合えるっていいな。
これを経験できただけでも生まれ変わったかいがあるって最近思える。
日差しも暖かいし、なんか眠くなってくる。
「ミュー」
「んー?」
「ミューは将来ミューのお父さんみたいな神父さんになるの?」
ハルがそんなことを尋ねてくる。
ハルにしては珍しくまじめな質問だ。
でも、僕の瞼は疲れと陽気でだんだんと重くなってきて、それに答えようとする頭も重い。
「んー、僕はアイドルプロデューサーになりたいなー…」
「なにそれ?」
「踊ってー、歌ってー、そんな素晴らしい子を助けるー、ようなー」
「歌ってってことはやっぱり神父さんじゃないの?」
「近いような、そうでないような」
なんかうっかり話過ぎた気がするけど、気が緩んでいたせいだし仕方ない。
横で「きっとミューならなんでもできるよ」「ミューが踊ったらきれいだろうな」「うが」とか聞こえていたような気がするけど、駄目だ、眠い……。
すぴー。
「あっミュー寝ちゃった」
「本当だ。どうする?」
「俺、おんぶして連れていく」
「ジェロ、任せたよ!」
そう言いながら、3人組は頼りにしている小さな友人を抱えながらゆっくりと帰路についたのだった。
「明日はなにしようか?」
「ミューがまた面白いことおもいつくといいなー」
「俺も、ミューの遊び、好き」
そう言いながらキャイキャイと騒ぎつつも歩く姿に、沈みつつある夕日が影を作る。
子供達の日常はこうやって平和に過ぎていくのだった。
余談ではあるが、ミューハルトはこの日、汗をかいたまま外で寝たことが原因で風邪をひき、翌日は遊べなかった。
そんな感じで、両親を心配させたりすることも多かったのであるが、本人としては至って平和な日常である。