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第五十六話 後日談in神

 ここはカシマの街のスラムの中にあるとある一軒家。

 その中で、二人の人物が言葉を交わしていた。

 片方は、ガトリング帝国の百人長、巌のような顔をした歴戦の古強者といった様子の男性、ゴウザ。

 旅装束に身を包み、背には大きな荷物を背負っている。

 もう片方は、同じくガトリング帝国の百人長、切れ長の目つきが涼しげな長身の女性、ルーナ。

 こちらはゴウザと違い、軽装である。

 ゴウザがルーナを見つめながら言った。


「これでしばしの別れになるな」

「はっ。私の至らぬせいでゴウザ殿には迷惑をおかけしました」

「ふん。あれは仕方なかろう。獣人に正体不明のアルスミサにターゲットの予想外の動き。お前のミスではない。全て指揮官の俺の責任だったのだ」


 アルスミサに乗じた貴族のマーロン殺害による、カシマ領の派兵の妨害工作はゴウザの言った通り、いくつもの予想外が重なり失敗した。

 これにより、ガトリング帝国のカシマ領の潜入は、最低限の人員を残して撤収することになったのである。

 そして、見ての通り、ゴウザが部下を引き連れる側、ルーナと若干名がカシマ領に残る側である。

 ルーナは眉を下げながら言う。


「いえ、私がもう少し力があれば達成できたこと。本国に戻っても、私の責であると伝えていただければ――」

「その議論はもう終わっただろう。部下に責任を押し付けるような指揮官にはさせんでくれとな。それに、今回の任務は一概に失敗という訳でもないさ」


 そう言いながらゴウザは背負った荷物をパンと叩く。

 そこには、カシマの街の兵士の状況、補給、他領の関係や国力といった情報が詰め込まれている。

 貴重な情報だが、後方で弛緩した領土では思いのほか情報収集がうまくいった成果であった。

 確かに、派兵妨害の工作が失敗したのは痛手である。

 しかし、それだけで崩れるほどガトリング帝国は弱くない。

 このような地道な情報収集といった事前準備を欠かさないのも帝国の強さの一因であった。

 逆に、こういった準備に力を入れるあまり常備軍を削れないことが、際限ない戦争に走る一因でもあるのだが。


「それよりもお前の方こそ大変だぞ。今後の情報収集はお前にかかっているのだからな。特に、あの『ボクラノート』とかいう教団が帝国の敵になるのかは注意していかないといけない」


 能力は十分であるが、堅物でまじめすぎるルーナに潜入調査をやらせることへ、やや不安を覚えるゴウザだったが、ルーナは力強く断言した。


「その心配はありません。私は既に『ボクラノート』への潜入工作に成功しております」

「ほう」


 その言葉に感心したような声を漏らす。

 最近、精力的に活動をしているが、既にそこまでうまくいっていたのかと。

 ルーナは懐から名刺サイズ程度のプレートを取り出してゴウザに見せた。


「『ボクラノートファンクラブ会員No.9ルーナ』。……これは?」

「やつらの後援会、つまりは後方部隊です。既にこの会員数は三桁に迫ろうかという勢い。その中で一桁というのはとても貴重です!」

「そ、そうか」

「ここに所属すると、やつらの情報なんて筒抜けです。見てください、この会報誌を。ココは白熊族の獣人の子で、肉全般が好物で暑がり屋さん。これは獣人の生態解析にも使えます。そして、ミューハルト。果物が好物らしいですね! 逆におなかが弱くて、肉を食べると体調を崩してしまうとか! なんていう脆弱さ! これは! 弱点ですよ!」

「お、おう」


 段々と興奮するように声が大きくなり早口になってくるルーナに、ゴウザは一歩二歩と後退する。

 相手の圧に負けて後ずさるのは、幾度の戦場を数えても初めてのことだったのだが、この場にいる二人は気づいていなかった。

 ゴウザは普段見たことがないルーナの姿に戸惑いながらも、なんとか言葉をかける。


「まあ、情報収集が順調ならいいんだ。その調子で頑張ってくれ」

「はい! なんでも、彼女たちは今度はエルフの里に巡業に行くそうです。もしかしたらあの引きこもり体質のエルフ共と手を組むかもしれません。結構お金はかかりますが、私も『ツアー』とやらに参加することにします! そうすれば、なんと彼女たちと直接話す機会もあるやもしれないんですよ! くじで当選したことを戦神に感謝します!」

「よかったな……?」

「はい! ……しまった、今から彼女たちのイラスト販売会があるんだった! ホーラ先生のイラストはボクラノート関係を抜きにしても人気が高いんですよ! すぐいかないと!」

「……ああ。あんまり無理しないようにな」

「はい! しかし、必ずやボクラノートの絵姿は確保してまいります。あの子らも、まさか敵国の者が買っているとは思わないでしょう。本国に送る用、保管用、自分用の三枚は買いますので! では、ゴウザ殿。おたっしゃで!」


 そう言って拠点から駆け出していくルーナ。

 戦神のアルスミサも使っていないのに、それに匹敵する俊敏さだった。

 後には、「自分用?」とつぶやくゴウザだけが残された。


(まあ、あのルーナが生き生きと仕事をすることは悪いことではないよな。戦神の天罰が落ちない程度にがんばれよ)


 天を仰いでそう思いつつ、ゴウザはカシマの地を後にしたのだった。


 ***


 そこは、重厚かつ豪奢な造りをした白亜の宮殿だった。

 様々な魔物や地上では伝説扱いの獣の毛皮が敷かれ、立ち並ぶ調度品は全てが精霊の力が宿る高価という言葉では収まらない品々。

 空へさかのぼる水路も、中庭に生えた宝石が実る木々も、どれもが現実の光景とは思えない。

 それもそのはず。

 ここは戦神ベガルタス・モータル・レイドレイド・ソードバーンの神の座なのだから。

 そんな宮殿の奥で声が響く。


「ベガルタス様。夢神コミチ様がいらっしゃってます」

「ああン? なんだって?」


 顔のない人型の者が発する声に答えたのは、一人の男神。

 なめらかな筋肉は理想の形に削り上げられた彫像がそのまま動き出すが如く。

 そして、その肉体を惜しげもなく見せびらかすかのような随所が露出していたりピチピチした服装をしている。

 彫りの深い面立ちは野性味がほとばしるかのよう

 彼こそがこの館の主、戦神ベガルタス・モータル・レイドレイド・ソードバーンである。

 ちなみに、顔のない人型は人以上神未満の存在で、神々の領域に数多く存在しており、その多くが神の従者を務めている。

 そんな従者に対し、ベガルタスが(とげ)のある言葉で言う。


「俺は呼んでねえぞ。用がないなら追い返せ」

「あら、ひどいわー」


 ベガルタスのそんな言葉に返事をしたのは従者の声ではなく、間延びした響きをもつ女性の声。

 そして、従者の後ろから湧き出たかのような唐突さで、ひょいと一人の女神が顔をのぞかせた。

 ゆるいウエーブのかかった黒髪をなびかせ、スタイルの良い肉体をゆるいワンピースで身を包んだ美しい姿。

 彼女は現・夢神であるコミチ・カガリ・リンリン・ハナフブキという。

 そんなコミチに対し、つっけんどんな態度を隠そうともせずにベガルタスは言った。


「コミチ。来るなら事前に言え」

「アポをとろうとしてもいつも忙しいって言うじゃないー」

「最近はうちの教団があちこちで戦争とアルスミサをやっている。戦神の俺様が忙しいのは事実だ」

「だったら眷属が主の顔を見に来るくらい好きにさせてほしいわー」


 言外に来るなと言っているが、気づいているのかいないのか、うふふと緩い笑みを浮かべるコミチにベガルタスの眉間にしわが寄るのだった。

 眷属というのはこの場合、神が他の神の傘下に下ったもののことを指す。

 それぞれが司るものの関係性や、力の強い神の庇護を受けることを目的に結ばれる関係であるが、戦神であるベガルタスには多くの眷属がいる。

 コミチもその一人だった。

 コミチの場合は、純粋にベガルタスが好きだという理由であるが。


「だったら用はもう済んだだろう。帰れ」

「ざんねーん。じゃあ、次こそは腹筋枕で寝させてくれる約束を果たしてねー」

「そんな約束はしてねえ!」


 ベガルタスが最後に大声を上げるが、その声が届く前に、コミチは来た時と同じように唐突に消えてしまうのだった。

 残されたベガルタスは忌々しげに、宙に向かって言った。


「夢神の後釜っていうから面白いかと思って眷属にしたが失敗だったな。めんどくさいことこの上ねえ」

「そう思うならもうちょっと警備をなんとかしたらどうじゃ?」


 誰ともなく言ったはずの言葉に返事が返ってきて、またかというようなうんざりした表情になるベガルタス。

 この場には自分以外には顔のない従者がいるが、その声は従者の無機質なものとは違う幼く尊大なもの。


「俺様がいる以上の警備なんてねえよ。お前の方はついに従者になるまで落ちぶれたか、ヨミ?」

「違うわい。仮にそうだったとしても、こんな掃除が大変そうな所は嫌じゃ」


 その言葉とともに、ベガルタスの目の前にいた従者は、まるで着ぐるみでも脱ぐようにベロンと皮が脱げ、中からでてきたのはピンク色な派手な幼女、ヨミだった。

 従者の皮を脱いだ後は、身長は小さいものの、いつもどおりの豪奢で派手派でしい着物姿であり、一体どうやって収まっていたんだと言いたくなるが、そんな常識は神界に存在しないのか、ここでつっこむやつはいなかった。

 ヨミはやれやれといった様子で肩をすくめる。


「脳みそアッパッパーなお花畑女の相手は大変じゃのう」

「言っておくが、コミチは面倒なだけだが、お前の方は厄介だからな」

「おや。脳みそアッパッパーなお花畑がコミチとは誰も言うとらんぞ。我のあだ名付けが戦神様浸透しているようで何よりじゃ」

「……そういうところが厄介なんだ」


 そう言いながら嘆息するベガルタス。

 しかし、気に入らないものは力で押しのけるのが信条の戦神にとって、ここまで言われても嫌みの一つに留めるというのは珍しい姿だった。

 その光景を他の神が見れば、ベガルタスがいつ爆発するのかと遠巻きにするか、まあ相手がヨミだしと思うかの二択に分かれるだろう。


「それでお前は何しに来た。言っておくが、もう信仰力は貸してやらんぞ」

「あれっぽっちの量でもう打ち止めとはケチな奴じゃ。天空神のジジイはお前の万倍は貸してくれたぞ」

「それが借りる側の態度か……」

「まあ今回は違う。その逆じゃ。ほれ。借りたものを返すぞ」


 ヨミはそう言うと、どうやって入っていたんだというサイズの盃を懐から取り出して掲げて見せる。

 すると、空だった盃には泉が湧き出るように、七色にたゆたう液体で満たされていき、それは次の瞬間には光の粒子となってベガルタスに吸い込まれていった。

 そして、コミチやヨミが突如出てきても驚きはしなかったベガルタスの表情が驚きに包まれた。


「この信仰力……。ヨミ、お前教団を作ったのか?」

「そうじゃ。うちのマエストールとコンマスはきゅーとでらぶりーじゃぞ。見せびらかしたいくらいじゃ」

「ふん。今度はせいぜい潰されないようにするんだな」

「言われんでもそうするわい。それで今回は先に断っとこうかと思ったんじゃが、その必要はなさそうじゃの」

「なにがだ?」


 眉をピクリと動かせるベガルタスに対し、ヨミはそのない胸を張るようにして言った。


「もうすぐコミチが名無しの神になるが悪く思うな、とな。じゃが、先ほど眷属にしたのは失敗だったと言っておったくらいだから、問題なかろう?」

「……ああ、問題ないな。そんな夢物語をいくら言われたところで気にしない」

「夢物語か! それはいいのう! 我にとっては特上のお話じゃ」


 そう機嫌よく言うと、ヨミは小さな手を広げてベガルタスに突き出した。


「ほれ、信仰力を借りた時に作った証文を返せ。これで貸し借りなしじゃろ」

「返すのはいいが、ついでだからお前に聞いておくことがある。お前の無駄に広がりがちなあだ名付けのことだ」

「む?」


 首をかしげるヨミ。

 暇にあかせて方々で他の神にあだ名をつけて言いふらしているのは事実だが、なんか文句でもあるかという表情。

 ベガルタスは苛立たし気に、詰問するように言った。


「俺様が陰で『クソマッチョ』と呼ばれているようだが、心当たりはあるか?」

「……知らんのう。だが、中々親しみやすそうなあだ名じゃな」


 笑顔でかわすヨミ。当然ながらヨミがあちこちで言っていたものである。

 正直に言うとは思っていなかったし、問い詰めても吐くとは思っていなかったベガルタスは、迫力のある笑みを無理やり作って言った。


「そうか。疑って悪かったな。折角だから俺様にかっこいいあだ名でもつけて広めてくれないか? 貸してた信仰力の利子代わりに、それ位いいだろう?」

「まあ、構わんぞ」

「深い意味はないが、今から作るあだ名以外は使わないという誓約書と引き換えで、借金の証文を返そうと思うが、どうだ?」

「……クソマッチョのくせに細かいことを気にする奴じゃ」

「今、なにか言ったか?」

「別に。独り言じゃ。まあそれくらいやってやろう。なんせ我に後ろ暗いところはないからの」


 ヨミがあっさりと同意したことに、少し意外そうな顔をするベガルタス。

 そんな様子をよそに誓約書にさらさらと筆を走らせながら「ふーむ」とつぶやくヨミ。


「お主の偉大な唯一無二の力を称え、『グレイテストパワー・ワン』とかどうじゃ」

「安直だが、くそマッチョよりはましだな。まあ、そんなものでいい」

「じゃあ、これが誓約書じゃ。証文を返せ。……うむ。確かに受け取ったぞ。じゃあ、またの」


 そう言ってヨミが立ち去ると、今度こそ宮殿には、「グレイテストパワー・ワンか……」とまんざらでもなさそうに呟くベガルタスだけが残されたのだった。

 さて、宮殿の外に出たヨミは、知り合いの神何人かに声をかけながら、楽しい我が家への帰途へつく。

 ちなみにその会話は以下のような感じ。


「種付けオーク神よ。お主の類まれな精力を称え『グレイテストパワー・ツー』と呼んでもいいか?」

「わーい! ヨミちゃんのあだ名つけてもらっちゃったぶー!」


「白濁触手神よ。お主のぶっとい触手を称え『クレイテストパワー・スリー』と呼んでもいいか?」

「ギュロロロロロ!」


「童貞神よ。お主の・・・…まあなんやかんやを称えて『グレイテストパワー・アナザーワン』と呼んでもいいか?」

「ヨ、ヨミちゃんがそう言うなら別にいいけど……」


 今日あだ名をつけた彼らが後に変態チームフォーとか一括りにされたり、義兄弟の契りを交わしたりと噂されたりするが、それはヨミの知ったことではないのである。

 手際よくあたらしいあだ名を広めていったヨミは、自宅に帰ると機嫌よくベッドに寝転がり、意識を集中した。


「ミューハルトはがんばっとるようじゃな。ココは……、なんじゃミューハルトが男だと気づいたのか。これからどうなるかのう。ああ、人間はやっぱり面白いのう! これからも我に夢を見せてくれよ!」


 そう言って笑いながら手足をバタバタと動かすのだった。

というわけで、きりもいいし、ストックも尽きたのでしばらく更新はお休みします。

構想はあるんですけど、同時並行で書いてたものがあるんでそっちを投稿してからぼちぼちと考えてます。

「そんなことはいいからこっち書けよ」とか嬉しいことを言ってくれる人がいたら先に取り掛かるかもしれませんが、それまではしばしお待ちください。

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