第五十五話 後日談inヒト
「おじゃましまーす」
「しまーす」
「戻ったわよ」
成功の裡に終わった初公演からしばらく経って、僕はとココとハルと一緒に、スラム地区内にある興座、トライメの賭場にお邪魔していた。
賭場は夜から開くため、昼間の今は客の姿はない。
僕は賭場に到着すると、新品の帽子を脱いで顔をぶるり。
今まではフードで耳を隠していた僕らだけど、最近は服飾職人のシエスタさんに頭をすっぽり覆うような帽子を作ってもらったので、外に出るときはいつも被っているのだ。
お洒落なデザインで僕は気に入っているんだけど、ココなんかは耳がふさがるのが嫌がっており、ここに入るなりすぐに脱いでしまった。
「あつーい!」
「そうは言ってもあんたたち目立つんだから仕方ないじゃない」
ココの不満そうな口ぶりにそう返すハル。
僕らのアイドル活動には、獣人のココも大手を振って外を歩けるようにという目的もあったのだが、それはある意味成功して、ある意味失敗となった。
あの公演の後、出征式に出た兵士さん達は無事に旅立ったのだが、公演を見ていた人たちの口を通じて僕らの噂は街に広がった。
おかげで、僕らが神に仕えるちゃんとした教団ということも知られ、無闇に警戒されることはなくなった。
しかし、逆に色んな勧誘やらお願いやらで人が集まるようになり、外に出ると大変になってしまったのだった。
顔写真がないこの世界でも、ちっちゃいエルフと髪の白い獣人という特徴的な組み合わせは間違えようがないみたい。
クーガ・キメラの幼馴染3人がついてくれれば、誘拐や無茶な用事で寄って来る人はそうそういないけど、そういう訳で迂闊にうろつけない僕らだった。
「お待ちしておりました、はい」
そう言いながら進み出てきたのは人のよさそうな笑顔を浮かべたちょび髭のおじさん。
この興座トライメのボスであるトラオムさんであった。
この人が笑顔なのはいつものことだけど、最近は特に機嫌がよさそうにニコニコしている。
僕はまずは時節の挨拶をひとつ。
「景気はどうですか?」
「ボチボチです、と言うのがお約束でしょうが、正直に言うとかなりいいですね、はい」
「そんなに変わりましたか?」
「賭場には噂を聞いて来た人が増えていますし、ミューハルト様のアルスミサ開催の依頼がいくつか来ています。今は新しいもの見たさといった側面が強いですが、私は公演を続ければもっと増えるものと思っております、はい」
そう言いながら頷くトラオムさん。
そっか。新しい公演依頼が来ているんだ。
一回の相場がいくらかは分からないけど、人目を引いているうちに次をやらないとな。
プロデューサーの腕の見せ所だね。
「じゃあ、公演を希望されているところの情報を教えてもらっていいですか? 次の企画を考えたいと思いますので」
「はて? 企画はこちらで行いますので、ミューハルト様はゆるりとお待ちいただいてもよろしいのですが」
「いえ。僕はこの教団のプロデューサーなんですから、のんびりなんてしてられませんよ!」
僕のその言葉に不思議そうな顔をする面々。
部屋の隅にいたボーイがポンと手を打った。
「そういえば昔、ミューがなりたいものってその、ぷろでゅーさーとか言ってたね。そういうことする仕事なん?」
「そうだよ。公演や宣伝や商品開発の方向性を考えて、各部署と折衝する、商業的な責任者ってわけ。僕の場合は当面は制作やマネージメントに、演奏とやることは多いんだけどね」
そういえば詳しく言ったことなかったっけな。
その言葉に感心したようにうなずく一同だったが、心配そうに口を開いたのはジェロ。
「やること、多すぎないか? ミュー、倒れる」
「大丈夫だよ。と言いたいけど、確かに多いね」
それに大きな口を叩いているけど、僕も聞きかじりでうろ覚えな記憶で言っているので、どこまでやるのかイメージが固まっていない。
今度はハルが腕を組みながら言う。
「とりあえずさー、今のミューがやりたいことのイメージを話してみたら? できることをみんなで分担すればいいし。マネージャーがなんかは知らないけど、マエストールのが教団を統括することに変わりはないわけだしさ」
「そうだね。じゃあちょっと長くなるかもしれないけど話すね」
たしかにイメージ共有って大事だよね。
僕は皆で席を囲むと、筆記用具と紙を広げて口を広げる。
「まずはね――」
そして、(個人的に)楽しい時間はあっという間に過ぎた。
「というわけでね、48人とは言わなくても人数はもっと集めたいよね。チーム分けもいろいろできるし。あと、この世界にレコーディングってできたりするなら販売もしたいなあ。あ、でもアルスミサはやっぱり直接しないとできないから録音って難しいのかな。いや、でもアルスミサがあれば公演の付加価値があがるからやっぱり布教って大事だよね。というかこの場合、文字通り布教なのか。なんか面白いね。それでね――」
「ミュー、ストップ。一旦止めようか」
ハルの声に我に返る僕。
見回すと話を聞いてくれていた幼馴染3人とココはややぐったりとしているし、トラオムさんも難しい顔をしている。
外を見るといつの間にか夕日が差し込んでいた。
……結構時間経っちゃったかな?
ハルがこめかみを揉みながら言う。
「よく分かったわ。いや、分からんところも多かったけど」
「そう? わかってくれて嬉しいよ。ココもこんな感じでいいかな?」
「……えぅ。プロデュサーのミューに全部任せるよ」
そうか。任せられちゃうか。
期待に応えないとね。
僕が満足して頷いていると、トラオムさんが筆記用具を片手に、僕が思いつくままに書きなぐったリストに印を作り始めた。
「ミューハルト様のお考えには感心しました。とはいえ、実現できそうなものと、そうではないものもあります。その点で言うと、これらは可能かと思います」
「そうでしょうね」
トラオムさんが丸をつけたものは、僕の目にもこれくらいならと思ったものだった。
トラオムさんが自分の顎を撫でながら、「ふむ」とつぶやく。
「もしミューハルト様が了承していただけるのであれば、公演の営業・制作・販売・資金管理は私たちにやらせていただけないでしょうか? 不安であれば、契約と監査はマーロン様に見ていただいても構いません」
「それはありがたい話ですね」
言ってもらわなければこちらからお願いしようと思ってたくらいだ。
信用はしているけど、マーロンさんに間に入ってもらえば万一もないだろうし。
ハルが言葉を継ぐ。
「私らは引き続き身辺警護もするけど、あと、この『ふぁんくらぶ』ていう、後援会みたいなやつの管理をしようかしら」
「いいの?」
「ええ。そういうやつらをきちんとまとめられたらミュー達の身の回りも少しは落ち着きそうだしね。そういうのは腕の立つ私らが管理した方がいいでしょ」
「助かるよ!」
「その代わり、私がファン1号は貰っておくからね」
「まあ、マーロンさんと揉めないようにね」
あの人が、何が何でも食いついてきそうだけど、そこはハルに任せよう。
任せられるところは任せていかないとね。
別に面倒くさいことを押し付けているわけじゃないよ?
あとは、衣装はシエスタさんに、楽器関係はバリウスさんにお願いしたいところだけど、あの人たちも忙しそうだしなあ。
そこは要相談かな。
トラオムさんは僕が提案したグッズにチェックを入れながら言った。
「さしあたって、このグッズ制作というのはすぐにやってみたいです、はい。教団でお守りや教本の販売をするのはよく聞きますが、演者自身のグッズを販売するというのは新しい。うちのお抱えの絵師と、あとは適当に職人ギルドに話を通せばできそうです、はい」
まあ、うちは神様がヨミだからいいけど、普通だったら宗教団体の幹部がグッズ化されるっていうのはおかしいから皆やらないんだろう。
競合する相手がいないのは先駆者の役得だね。
「とりあえず、試作品くらいは作っておきたいですな。グッズのモチーフは、ミューハルト様が1、ココ様が1、お二人のセットを1でよろしいですか?」
「はい? 僕のグッズはいらないですよ? アイドルはココですから」
「はい?」
なぜか不思議そうな顔をするトラオムさん。
僕の役割はプロデューサーだといったはずだけどな。
色々兼務しているけど、アイドルがココなのは間違いない。
「いや、しかし……」
「あートラオムのおっちゃん。ミューの言う通りにしないとだめよー。そうだ、バリウスのおっちゃんが楽器の調整終わったって言ってたから行ってきたら? ついでに専属契約の話もした方がいいし。ジェロとボーイがついていってあげて。ココはグッズの話するから残っといて」
突如としてトラオムさんの話をさえぎって話し出すハル。
唐突な話題転換に面食らうけど、まあ、バリウスさんがチアリュート・エボリューション(長いな。名前を考えないと)の調整をしてくれていたのは本当のことだった。
ココを残すのにはやや不安があるけど、今後はココにも教団経営を手伝ってもらわないといけないし、任せることにしようかな。
僕はココに尋ねる。
「そういうことらしいけど、いい?」
「えぅ? うん、いいよ。 ボーイとジェロ。ミューをちゃんと守らないと、えいっ、だからね?」
「「命に代えても!」」
やや怯え気味に言うボーイとジェロの二人。
多少は仲良くなれたみたいだけど、まだ微妙にぎこちないな……。
「まあいいか。じゃあ行ってくるね」
「いってらっしゃい」
こうして僕らの教団は徐々に足場固めを進めていくのだった。
***
「さて。とりあえず、二人とも出てきていいよ」
ミューハルトが賭場を出て行った後、ハルがおもむろにそう言った。
しかし、誰も反応がなく、キョトンとするココ。
ハルは怪訝そうな顔をすると、奥にある扉に向かっていく。
ちなみに、そちらには賭場の中でも、トラオムの生活スペースや控室につながる扉だったりする。
「おーい、出てきな。……ちゃんといるじゃん。ほら、手を止めてこっちきなって」
奥の扉からそんなハルの声がすると、戻ってきたハルの後ろについているのは二人の人物。
片方はいつもどおりの魔女みたいな服装をした服飾職人のシエスタ。
ココと目が合うと笑顔で手を振っている。
そして、もう一人は見知らぬ姿。
夏場にも関わらず、肌が全く見えないくらいきっちりとマフラーやフードやマントや手袋を着込み、顔を上げるそぶりすら見せずに紙に筆を走らせ、ハルに引きずられている。
無理やりハルはその謎の人物を椅子に座らせると簡単に説明する。
「こっちは、うちのお抱えの色本絵師をやっているホーラ先生。普段は街の外に住んでるんだけど、この前のアルスミサを見たらしくて、珍しくこっちに来てたのよ」
その説明にもまるで反応せずにひたすら絵筆を動かすホーラ。
ちなみに色本とは平たく言うとエロ本であり、公の流通が制限されていることから、興座の商品であったりする。
その様子に苦笑しながら、ハルは説明を続ける。
「シエスタさんは既に知ってるからいいわね。こっちは私が呼んだの。さて、みんなでお話ししたいのは、今後の商売の軌道修正のためよ」
そう言いながらニヤリと笑うハル。
その言葉にココは怪訝な顔をした。
「じゃあ、ミューもいた方がいいんじゃないの? 自慢じゃないけど、私は難しいことよくわかんないよ?」
「それは知ってる。でも、ミューに内緒にするにしても、あんたには話しとかないとと思ってね」
「ミューに内緒?」
その言葉に目を細めて、敵意とまでは行かないが警戒するような色が混じるココ。
ハルはそんな剣呑な空気を払うようにパタパタと手を振って答える。
「いや、別に悪だくみというほどでもないさ。ただ、ミューはああ言ってたけど、やっぱりミューのグッズも作った方がいいと思うから、その相談」
「えぅ? でも、ミュー嫌がってたよ?」
「まあね。でも、ミューのグッズはココも欲しいと思うだろ?」
「うん。すごく欲しい」
何を当然のことをと言わんばかりにうなずくココ。
その反応に満足したような反応のハルは説明を続ける。
「ミューが自分を売り込まないのは分かっていたことだからね。だから、私はそれを陰ながら、そう、本人にも気づかせないように盛り上げていきたいわけ」
「ミューが人気になるのは私も賛成。でも、後で知ったら怒らない?」
「あの子は照れ屋なだけさ。有名になることは本人にとっても教団にとってもいいことだろ?」
「そうだね」
そう頷くココにハルは心の中でガッツポーズをとるハル。
ハルはミューが嫌がる心情をおおいに理解した上での行動であるが、それは嫌がらせというわけではなく、ミューの教団を盛り上げたいという純粋な気持ちからきたもの。
だが、勘が鋭く、ミューが怒った時にその万倍は危険な行動に移るココだけは事前に抑えておきたいと思っての事前交渉だった。
そして予想通り、ミューのためということを前面に出せば、あっさり巻き込むことに成功したわけだった。
(逆に、ミューのグッズを秘密にすれば面白いことになりそうだしね。ファンクラブにしろ何にしろ、組織なんてちょっと秘密があった方が盛り上がるもんさ)
そう思い、ほくそ笑むのだった。
シエスタもうんうんと笑顔を深める。
「やっぱり私としてもミューちゃんも服も作っていきたいわ。この前の舞台も最高だったもの! あれを見たら、もう地味な服を着せるなんて思えないもの」
「――自分もミューハルトの姿を描きたいっす」
シエスタの言葉に続けてぼそりとつぶやいたのはずっと絵筆を動かしていたホーラだった。
マフラーごしでくぐもった声になっていて男女の判別もつかないが、この場にそれを気にするものはいない。
ただ、こちらに向けられていた今まで描いた絵に視線が集中した。
そこには、ココがミューハルトを抱き上げる描写が繊細なタッチで描かれていた。
無駄に光や花が書き込まれおり、さらにミューハルトとココが顔を赤らめていて妙に煽情的になっているが、見事な出来という点では間違いない。
その場にいたココ以外の全員がほうと感心したように言う。
ココはというと、口を押えてキャーキャー言っているのだが。
トラオムは周り見回して言う。
「内緒にするのは心苦しいですが、これを広めないというのは売上的にも、……ごほん。教団的にも大きな損失ですな、はい」
「でしょ? というわけでみんないいね?」
頷く一同。
ハルがそれを見回してうんうんと首を振る。
そして、ふと、思い出したように言うのだった。
「あ、そういえば、ミューが男だってことは敢えて言わないようにしときましょう。その方が売上的にも美味しいし、なにより面白いし」
「え?」
その言葉に目を丸くするココ。
事情を聴いていたトラオム、採寸で体を触っていたシエスタ、何も気にしないホーラが頷いている横で、ココはアルスミサの時にも上げなかった大声を上げるのだった。