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第五十四話 ボクラノート

「さあ 始めよう 僕たちの物語♪」


 獣人の少女、ココとかいう名前だったか。

 少女らしいソプラノボイスが響き渡る。

 ミューハルトという子供のエルフが幻想的に浮かび上がる光の上で、遊ぶようにくるりとステップを踏むと、豊かな音が空に響き渡った。

 ミューハルトの動きは最初はゆっくりした動きだが、徐々に素早さをあげ、それに合わせるように鳴り響く音もリズムを変えた。

 それは、戦神の勇壮な音楽とも、天空神の荘厳な音楽とも違う奇妙な、しかし、心が騒ぐような音楽だった。


 その瞬間、ガトリング帝国から潜入し、たった今暗殺の任を果たそうと意気込んでいたルーナは動きを止めた。


(なんだ、これは……?)


 鍛えられたルーナの視力は、やや距離がある舞台の上で跳ね回る二人の少女の姿をはっきりと捉えていた。

 右へひらり。左へひらり。

 そして、ココが楽しそうに笑いながら元気に飛び回っている。


「百人長! 百人長!」

「……ううん? どうした?」

「どうしたではありません! 我々はどうすべきでしょうか?」


 その言葉で痺れたような状態から我に返ったルーナは、憂慮すべき現状を見て思考をめぐらす。

 そもそも始まった瞬間から予想外の事態が続いていたのだ。


 舞台に爆薬を仕掛けられなかったのは仕方ない。

 あくまで撤退の際の念のためであり、なくてもまだ何とかなる範囲だった。

 公演の開始と共にさりげなく貴賓席へと近づいたガトリング帝国の兵士たち。

 そこにはルーナも含まれていた。

 そして幕が開く。

 しかし、そこに現れたのは、恐らく仲間の一人を撃退したと思しき獣人の娘。

 獣人が誰かの護衛として控えているのではと警戒していたルーナたちは、まさか教団の演者として出ると思わず、完全に虚を突かれる形となった。

 一段高く作られた見晴らしのいい舞台からであれば、もしかしたら貴賓席にも一息でとびかかれるのではないかと動きを止めてしまった。

 そして、気づけば貴賓席に座っていたはずのマーロンという貴族が舞台の近くに移動してしまう。

 注目が集まっている間は手を出せず、戻ってきたら殺るかと思えば、なぜか公演が始まっても最前列で正座をしており戻ってくる気配がない。

 いっそ爆薬で吹き飛ばせればと思うが、肝心の爆薬設置の失敗がここで響く。

 兵士たちの後列で佇むルーナ達だったが、歌が始まりにぎやかになってきたところで、一度集まり小声で話をする。


「このアパスルライツの効果が分からない。もし聞いた者達のなんらかの能力を上げる効果だった場合、今日ターゲットを殺ることができなくなるかもしれない。一か八かになるが、私が単独でマーロンを殺す」

「しかし、ルーナ百人長。あの位置では脱出が難しいかと。我々が代わりに――」

「この中で一番戦神の加護を強く受けているのは私だ。私一人なら脱出も可能。さあ議論している暇はない。早くいけ」

「……戦神の加護を」


 そう言い残して、さりげなく散っていく部下たち。


(戦神の加護か。百人長ごときの私にはそこまでの加護はないのだがな。精々、貴族殺しのために紛れ込んだ村娘でも演じて散ってやるとするか)


 そう考え微笑むと、ルーナは最期の任務に進むのだった。


「何度転んだって 諦める理由にしたくない

 あなたの子供のころのユメは何? ♪」


 相変わらず舞台の上では二人の少女が楽しそうに歌っている。


(夢か――)


 自分にとっての歌はあくまで戦神への信仰と、加護を得るための手段だったが、この二人は歌うために歌っているんだなと、そんなことを思うルーナ。


(私の夢はガトリング帝国につくすること。しかし、子供の頃はどうだったか?)


 そんなことを思ってしまうルーナ。

 最期だから多少は感傷的になっているのかと自嘲する。


 獣人だと警戒の対象でしかなかったココという少女はのびのびと歌い、その褐色の肌に玉のような汗を浮かべながら踊る。

 その瞳が時たまミューハルトという少女に向けられたときに浮かぶのは、ありったけの親愛の情か。

 ミューハルトという少女は、夢中で光の中を泳ぎまわり、両手に咲いた桃色の花からは可憐さが音となって萌えいずるよう。

 人混みをかき分けながら前に進み、ターゲットのマーロンまであと少しというところまで来たルーナは、ふと、自分の幼いころのことを思い出し、そして首を振った。


(爆薬を仕掛けなくてよかったな)


 ごく自然に、そんなことを考えながら、腰に帯びた剣に手を伸ばす。

 そして――。


「おっと、すまんの」


 まばたきした一瞬。ルーナは目の前にいた人物にぶつかって歩みを止めた。

 先ほどまでいなかったはずなのにどこから出てきたのかと目を剥くルーナ。

 しかも、その人物はこの場に不似合いな少女の姿。

 一応は兵士たちと同じ鎧を着ているが、明らかにぶかぶかで不釣り合いであり、兜の隙間から垂れるピンクの髪は、平民とは思えないくらい美しく艶めいていた。


「ほらほら、あいつら見てみい。楽しそうじゃの!」


 その少女は実に嬉しそうな声色で周りを指し示す。

 次々と起こる想定外の事態に頭が追い付かないルーナは、言われるがままにその指の先に視線を向けた。


 アルスミサは間奏に入り、舞台では二人の少女が息を合わせて踊っている。

 そして、その舞台の前。


「キャー! ミュー! ちょうかわいいよー! あははは!」

「いいぞーいいぞー!」

「……いい」


 冒険者らしき3人組が大声で応援している。

 そして、ターゲットであるマーロンは滂沱の涙を流し、声にならない声を上げて万歳をしていた。


「なんだあの者たちは? 神聖なアルスミサにあの態度……」

「うん? 我としては皆ハッピーならそれでいいと思うがの。懐かしいのう、あの光景」

「なんだと?」


 ルーナがその声を出した少女の方を振り向くと、そこには既に姿がなかった。

 今度こそ不可解な事態に動揺を隠せないルーナ。

 そんなルーナをよそに、間奏のタイミングでココが声を上げる。


「みんな元気―?」


 話しかけられるとは思わなかったのか、どうすればいいのか分からない兵士たち。


「声が聞こえないよ? みんな元気―?」


 再度の問いかけ。

 すると今度は、最前列にいた冒険者たちとマーロンが声を上げた。


「「「「元気―!!!」」」」

「ありがとー! でも、兵士さんたちは大丈夫? 戦いに行く前にポンポン痛いの?」


 そんな本当に心配そうなココの声に、兵士たちから笑いが漏れる。

 そして、兵士の中でも年嵩(としかさ)のいかにも古強者といった兵士が声を上げる。


「元気あるに決まってるだろう! 俺らは精鋭! この中に戦争ごときで体調崩すものなどいるか! なあ?」


 その兵士は指揮をする立場にあるようで、そう問いかけられれば周りの若い兵は反射的に「はっ、もちろんであります!」と声を返した。

 ミューハルトの口がぼそぼそと動く。

 ココはそれを聞いてうんうんと頷くと、兵士の方に振り返って大声で言う。


「それじゃあ精鋭の皆さんの勝鬨(かちどき)の声を聞かせてほしいな! 絶対勝つんだし、先に聞いてもいいよねー!」

「おー!」

「せーの、『えい、えい、おー!!!』その調子で、ラストスパートも盛り上がっていこー!」


 ルーナの体にビリビリと響く、戦場でなじみ深い戦士たちの雄たけびが叩きつけられた。

 戦でもないこの場で。

 それはまるで戦場のような高揚感。


「それじゃあ、続きいっくよー!」

「おー!!!!」


 そして再び動きだす曲。

 しかし、先ほどまでと違い、兵士たちは突き動かされる様に声を上げる。

 その瞬間、世界に光がはじけた。


「な、なんだこれは……!?」


 空から雪のように金色の粒がふりそそぐ。

 そして、舞台にはどこから発しているのか分からない七色の光線が飛び交い、床には足元で滞空する煙が現れる。

 そして、ミューハルトとココの手足には、通常は視認できないはずの精霊の光が尾を引きながら瞬きだした。

 まごうことなき異常事態だが、どういうことだろう。

 兵士たちは熱に突き動かされるように、ますます声を上げるではないか。


「アイ アイ アイ 愛をちょうだい! ユー ユー ユー 夢を上げるよ!

 みんな集まれば できないことはあんまりない♪」

「うぉー!」


 歌うココ。それに呼応する観客。

 かろうじて異常事態がこのアルスミサのせいだということを認識するが、ルーナにとって全てが理解の外にあった。

 そして、一番理解不能なのは、先ほどから自分のうちの鼓動が、戦場と違う高まりを伝えているということ。

 それを自覚したところで、ルーナは理性を振り絞り、腰の剣を握る。


(もはやどうでもいい! マーロンを、あいつさえ殺せれば――!)


 そう決意したルーナは、マーロンとの間の数メートルの距離を、戦神の加護により強化された脚力で飛び上がる。


「な!?」


 しかし、マーロンに触れる直前、不可視の壁に阻まれ、ゴムボールに突っ込んだかのようにルーナの体は兵士たちの海へとはじき返されてしまった。

 みな驚いたようだったが、ルーナの体は屈強な兵士が咄嗟に突き出した手に支えてもらい事なきを得る。


「ははは! 面白い! 俺もやるぞ!」


 そう言いながら、先ほど皆を鼓舞した年嵩の兵士も同じように舞台へ飛び込もうとすると、同様に跳ね返され、兵士たちがそれを支える。

 それを見て爆笑する兵士たち。

 これは、アパスルライツの契約に含まれていたお触り禁止の効果であり、舞台をかぶりつきで見ていたマーロンがギリギリ効果範囲に含まれていたことから発動したものだった。

 当然ながらそんなことを知る余地もないルーナは兵士たちに前列に下ろしてもらったが、先ほどの現象に目を白黒させるばかり。

 そんな状況をよそに、少女2人の歌は最後を迎えようとしていた。

 ココが声に合わせ、小さいながらもノリにのったミューハルトの声も重なり響き渡る。


「白紙の未来に 僕らの音を刻むんだ ボクラノート! ♪」


 ジャン!という音を最後に歌がやんだ。

 まだ光や金粉は残っているが、徐々にその勢いが収まっていく。

 歌が止んだことで兵士たちも声を止め、その場には先ほどまでの興奮が嘘のような静寂が訪れた。

 そんな中、ミューハルトは楽器を止めると、汗で髪を張り付け荒い呼吸を整えながらも、一歩前に進む。


「みなさん、最後まで聞いてくれてありがとうございました。皆さんに加護がありますように。そして、無事に戻ってくることを祈っています。教団名、というかチーム名というか、企画名というか、ええと。とにかく、僕らは『ボクラノート』って言います。今後ともよろしくお願いします」

「します!」


 ミューハルトに合わせ、ココも一緒にペコリと頭を下げる。

 その姿に、見ていた観客たちは大きな歓声を上げるのだった。


(完全に失敗だな……)


 座り込みながら、舞台に上がり二人の教団を褒めたたえる演説を始めたマーロンを、ぼんやりとした目で見るルーナ。

 機をうかがえば、あるいはチャンスがあるのかもしれないが、彼女にその気力は完全に残っていなかった。

 この先どうすればと俯いたところで、誰かの影がさっとさした。


「あの、大丈夫ですか? さっきライブ中に弾き飛ばしちゃった人ですよね? お怪我とかありませんか?」


 ルーナが顔を上げた先に立っていたのは、つい先ほどまで舞台に立っていたミューハルト。

 舞台の上では相変わらずマーロンが演説を続けていたが、いつまでも立ち上がらないルーナに心配して駆け寄ってきたようだった。

 周りの兵士の視線が集中したことに気づき、慌てて正体がばれないように顔を伏せるルーナ。

 しかし、その様子に勘違いしたのか、ミューハルトは屈みこんでルーナの顔を覗き込んできた。

 自分と違って、日に焼けてない白磁のような肌と空色の瞳がぐっと近づいてきて、同性(とルーナは思っている)ながらドキッとしてしまうルーナ。


「い、いや。ちょっと驚いただけ、です。大丈夫です」

「だったらいいんですけど。……その、楽しんでいただけましたか?」

「う。その、よかったと思いますよ。なんかこう、すごかったです」

「ありがとうございます! こんなきれいなお姉さんにも喜んでもらえて僕も嬉しいです」


 ミューハルトのその言葉に驚いて顔を上げるルーナ。

 女性らしさがないとは言わないが、長い軍人生活で男勝りと言われることが多いルーナにとって、「きれいなお姉さん」という言葉はとても新鮮ものであった。

 実のところ、ガトリング帝国の新兵達から陰で結構言われているのだが、面と向かって言うものがいないため、本人の(あずか)り知らぬところである。

 ついでに言うと、普段はこんなストレートに褒めることをしないミューハルトだったが、この時はライブ直後のハイテンションから口走ってしまったものであり、後で大いに赤面することになる。


「い、いや。私なんかより君の方が、そう、カワイイ、と思います」

「あはは……。そう言われると複雑なんですけどね」


 そう言いながら頬をポリポリと掻く、ミューハルト。

 そしてルーナを立たせてあげると、最後に言った。


「もしよかったらまた見に来てくださいね!」


 ルーナが返事するよりも前にミューハルトは舞台へと上がっていく。

 その途中で、ミューハルトは疲労から足がもつれて転んでしまい、好意的な笑い声が観客から上がる。

 それを抱き上げて頬ずりするココの姿にざわめく場内。

 そんな騒ぎの中、ルーナは無事に脱出を果たした。


 これが、ヨミ・ベルベット・ルーンルーン・トリックスターを主神に戴くアイドルチーム、ボクラノートの記念すべき初公演の顛末である。

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