第五十三話 ステップ踏んでゴー!
「申し訳ありません」
出征式の会場。その片隅で二人の人物が話をしていた。
頭を下げているのは、舞台で天井から降りてきた黒ずくめの男。
もっとも、今は普通の服装に着替えているが。
「失敗した、か。相手は何者だ」
そう問いかけるのは、ガトリング帝国から潜入してきたルーナ百人長だった。
彼女は出征式の兵士と同じ鎧に身を包み、任務開始の機会を今か今かと待っているところだった。
女性であるが、その眼光と長身、何よりもその身から放たれる戦場の空気で兵士に紛れ込んでも違和感がない。
撤退の時に舞台を爆破させる爆薬を人がいなくなる演説とアルスミサの間に設置しに部下を行かせたのだが、結果、戻ってきた部下の口から告げられたのは失敗の二文字だった。
「最初に来たのはおそらく主催する興座に恨みを持つ別の興座の輩です。とっさに天井に潜みやり過ごそうとしました。しかし、その後に、まだアルスミサまで時間があるにも関わらず、アルスミサの関係者と思しき連中が入ってきたのです。結果として、そいつらに見つかり脱出するのがやっとで」
「『神速の兵団』の曲のアパスルライツの加護を得た上で脱出するのがやっとだと?」
「一人は獣人のようでした」
「獣人か……」
ううむと唸るルーナ。
「神速の兵団」はルーナとゴウザで事前に執り行っていたアルスミサであり、その加護を受けた兵士は常人を超える身のこなしを得る。
それがあれば、どのような事態にも対処できると踏んでいたが、噂に聞く獣人が相手となれば無理もない話と納得した。
傭兵団が前身となって建国されたガトリング帝国であるが、傭兵団時代からの経験で、いくつか喧嘩を売ってはいけない相手というのが決まっている。
大組織である天空教や、知恵を持つ強力な魔物のドラゴンなどがあるが、その並びに獣人があげられるのだ。
その獣人がどこの雇った護衛かは分からないが、貴族のそばにいなければいいがとルーナは唸った。
「やむを得ん。念には念を入れたかったが爆破はなしだ。アルスミサが始まったらあそこの貴賓席にいる貴族を殺して逃げるぞ」
舞台から少し離れたところに据え付けられた貴賓席を見ると、そこにはいかにも文官といった様子の貴族が妙にそわそわした様子で座っている。
周りには当然ながら護衛がいるが、アルスミサが始まって気が逸れれば一気に殺せると判断した。
「お前はダメージが深い。後は私たちでやるから先に街の中にいるゴウザ殿のところまで下がっていろ。門のところで手引きしてくれる手筈になっている」
「そんな! 確かに骨をやられましたが、ルーナ百人長が『獅子の心』のアルスミサをかけていただきさえすれば、私だってまだ戦えます!」
「そんな体で無理をするな。それにここで戦神のアルスミサを執り行えば我らの関与が露呈しかねん」
「……くっ。わかりました。戦神のご武運を」
「ああ、戦神の武運を」
その言葉とともに男は街の方に駆け出して行った。
それを見送るとルーナは舞台の方に向き直る。
アルスミサが間もなく開始することを知らせる銅鑼が鳴り響く。
それまで食事や談笑を楽しんでいた出征式の兵士たちが静かになる。
それを聞いてルーナはさりげない足取りでその集団に近づいていくのだった。
***
ゴウン! ゴウン!
僕たちのいる舞台の外から銅鑼の音が鳴り響く。
これが始まりの合図だというのは打ち合わせ通りだ。
ギリギリまでこのチアリュート・レボリューション(僕命名。後でちゃんと考えよう)の練習を夢中でしていたけど、こうやってその時が来るとまたもドキドキしてしまう。
肝が小さい自分が恨めしい。
「ミュー、頑張って!」
横から小声でココの声が聞こえてきた。
僕が視線を動かすと、ココが舞台袖に隠れるようにして僕に親指を立てていた。
演出上、ココは後から登場してもらうため、こうやって隠れているのだ。
色んな人のおかげで僕の夢はこうやって形になったけど、何もよりまず、ココがいたからここまで来れたんだよね。
今日はあの領主のところでやった時と違う。
僕は無理やりニッと笑ってココに親指を立てたのだった。
幕が開く。
よく晴れた青空の下。
たくさんの兵士や招待客やトライメの関係者、ちょっと離れてマーロンさん、舞台のすぐ手前にハル達が見える。
今日は遠くまでよく見える。
僕は息を大きく吸い込んで話し出した。
「今日の良き日に、こうして出征される勇敢な兵士の皆さんのために祈る場を与えていただいてありがとうございます。僕は神ヨミ・ベルベット・ルーンルーン・トリックスターの元でマエストールを務めております、ミューハルト・レミアヒムと申します。聞きなれないアルスミサになると思われますが、どうぞ、楽しんでいってください」
あくまで今日は出征式の余興。
旅立つ軍人の皆さんに喜んでもらおうという気持ちを込めてペコリと頭を下げる。
すると正面からは、「あれがマエストール?」「あんなに小さいのに大丈夫か?」「初めて聞く神様だな」という声が聞こえてくる。
小さいという言葉にカチンと来るが、これくらいは予想の範囲内。問題は次だ。
「では、執り行いますアルスミサで歌い手を務めます、僕の教団のコンマスをご紹介します。ココ、来て」
僕がそう言うと、自然な足取りでココが舞台袖から現れ、舞台の真ん中に立つと教えたとおりに一礼する。
「皆さんはじめまして。ココ・ウナーといいます。ミュー…ハルトの演奏の元、精一杯がんばりますのでよろしくお願いします」
とても堂々とした立ち振る舞いで、マナーとしては問題ない及第点だろう。
が、しかし。
「ま、魔族だ!」
どよめく兵士や、事情を知らない観客たち。
やっぱり、ココの頭でピコピコしている耳を見て咄嗟に動揺が広がる。
領主の館の時は領主が鶴の一声でその場を収めてくれたけど、この場にはいない。
混乱が広がる前に止めないと。
すると、兵士たちの前列から声があがる。
「なに、あんたら? 獣人とはいえあんな小娘ひとりにびびってるの? 情けないわね。そんなんでガトリング帝国の兵士と戦えるの?」
舞台の近くに陣取っていたハルが、動揺する兵士に向かって腰に手を当て、胸を張って言った。
それを聞いた兵士からはハルの姿を見るとまた別のざわめきが起こる。
「あれって、Cランク冒険者のクーガ・キメラ……?」
有名人なハル達を知っている兵士がそう言ったことを確認すると、多少棒読みだが、ハル達3人は事前の打ち合わせ通りに口を開く。
「というかあんなカワイラシー女の子なんて、もし暴れても私なら楽勝で倒せそうね」
「そうだねー。オイラ獣人があんなにヨワソウなんて思わなかったナー」
「弱い」
その言葉に兵士たちがお互いを見合わす。
そして、ボソボソと「言われてみればそんなに強そうに見えない」「むしろ、か弱そう」「あの衣装、結構よくない?」と言い、動揺が収まってきたようだった。
よかった。忘れがちだけど獣人のココは警戒の対象になるから、受け入れられるかが微妙だったんだ。
そのためにも、事前にハルたちに仕込みをお願いした甲斐があったみたい。
まあ嘘は言ってないからいいよね。
お願いした時のハルたちはなんか微妙な顔をしていたけど、ココが獣人とはいえ見た目通りの少女なのは事実だし。
しかし、動揺が収めたつもりだった兵士の中から、別の声が上がる。
「だが、魔族にアルスミサなんてできるのか? いや、できたとして俺はうけたくないね」
すると、それと同調するような声が上がる。
まずい。思った以上に獣人に対する拒否反応が強いな。
ここまでのことは考えてなかったけどどうしようか。
あっ、ハル達が舌打ちしながら武器に手をかけようとしてる!
物理で排除はダメだって!
そう思っていると。
「はっはっは! 面白いではないか!」
そんな声が響き渡る。
そして兵士の人波が割れ、その間を進んでくる人が一人。
それはマーロン一等書記官だった。
貴賓席にいるはずの貴族が突然前に出てきたことで、平民の兵士たちは口をつぐむ。
すると、マーロンさんが大仰なポーズをしながら言った。
「獣人というのははるか昔に世界を制覇した伝説の教団にもいたというではないか。そこな教団からアパスルライツの祝福を受ければ、我がカシマ領の兵士は世界を制するかもしれぬな。実に面白い。そう思わんか?」
そう言って兵士に語り掛けるマーロンさん。
その理論に納得したのか、貴族にそう言われれば平民なんて反論できないのか、文句の声は完全に消えた。
マーロンさんの見事な機転で助かったー!
やっぱりやるときはやる人なんだね。
僕が心の中で感謝の念を送っていると、マーロンさんはゆるりと頷き、そして、舞台前の最前列の地べたでそのまま正座をして動かなくなってしまった。
えっ、そこで待機?
まわりの兵士がかなり動揺しているようだけど、誰もどうにもできず、そのまま「次へ進めてくれないか」という視線がこちらに集まる。
……この人、最前列に来たいからあんな芝居をうったわけじゃないよね?
まあいいか。助かったのは事実だし。
僕はコホンと咳払いすると、設置しておいたチアリュート・レボリューションを起動させる。
すると、最初に設定した通りに、光る鍵盤が普通よりも遠く、そして低い位置に飛んでいく。
そしてその鍵盤を足で弾くと、ジャンっという音が遠くまで響き渡る。
準備しておいたチェリープラネットの花にブライのナイフで切れ込みを入れて大輪の花を2つ、両手に持つ。
軽く振ると、シャリン、と鈴を鳴らすような音が鳴り響いた。
ココがこっちを見て頷いた。
僕も頷く。
「それでは、聞いてください! 僕たちの曲を!」