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第五十二話 最後の仕上げ

 謎の舞台荒らしを撃退した後、ハルは犯人を衛兵に突き出しに、僕とココはボーイとジェロと一緒に舞台近くのテントに戻った。

 テントにいたのは、ごつくていかにも職人風な見た目をしたエクスツール職人のバリウスさんと、恰幅(かっぷく)がよく黒い衣装からおとぎ話の魔女みたいな見た目をした服飾職人のシエスタさんだった。

 僕らが来るまで二人は談笑していたようだが、僕らに視線を向け、そして僕の恰好を見て驚いた様子だった。

 とりあえず僕は来てくれた二人にぺこりと頭を下げる。


「パリウスさん、シエスタさん。今日はわざわざ来ていただいてありがとうございます」

「あらあら。それはいいんだけど、どうしたのその裾。動きやすい方がいいなら、言ってくれれば裾を詰めるかもっと綺麗にスリットを入れてあげるかしたのに」

「いや、これはわざとしたわけじゃないんですけど」


 シエスタさんの言葉にそう返す。

 折角作ってくれた衣装を破いたことに罪悪感を感じていたけれど、なんでもないように言ってくれたことに、ちょっと安心する僕だった。


「おいおい、安全装置壊れてるじゃねーか! なんだ、ハルがやったのか? それとも、やっぱりお前は要人暗殺でやるつもりで……?」

「違いますって! 壊れてしまったのは謝りますけど、これもわざとじゃないんです!」


 慌ててバリウスさんに言い繕った。

 というか、この人今、要人暗殺に使えるって言わなかった?

 やっぱり危険じゃないか!

 試しに使ってみなくてよかった。

 僕は二人に先ほど起こったことを簡単に説明する。

 そして、最後に付け加えると。


「という訳で、非常に申し訳ないんですけど、急ぎで楽器と衣装をどうにかなりませんか?」


 僕は頭を何度も下げながら二人に頼み込むのだった。

 それに対して、バリウスさんは難しい顔、シエスタさんは笑顔と対照的な表情になる。

 難しい表情をしていたバリウスさんが口を開く。


「安全装置との接続部分が完全に折れてるな。公演前までに直すのは難しいぞ。応急修理しても、公演中にとれたら惨劇は免れないな」

「今言うことじゃないですけど、もうちょっとなんとかならなかったんですか、これ」

「ううむ」


 難しい顔で唸るバリウスさん。

 当然ながら応急修理で使う気はない。

 ライブ中に死傷者が出るなんてどこのブラックメタルバンドだよ。

 でも、楽器がないと困るのは事実。

 どうしたものか。

 バリウスさんは頭を掻きながら言う。


「仕方ねえ。試作品も含めて、比較的使えそうなやつを工房から持って来よう」

「それしかないですよね。すいませんけどお願いします」

「おう。ちょっと待ってろ。すぐに戻るから」


 そう言うと、バリウスさんはテントから駆け出して行ったのだった。

 お願いします、バリウスさん。少なくとも死傷者がでなければ十分だから!

 楽器の次は衣装だ。

 バリウスさんとは対照的に笑顔のシエスタさんに希望を込めつつ尋ねてみる。


「それで衣装なんですけど、こっちは最低限応急処置してもらえば十分なんですが……」

「それはできなくもないんだけど、それよりもっといいものがあるわよー」


 そんなことを嬉しそうに言うシエスタさん。

 もっといいものってなんだろうか。

 すると、ココが表情をぱぁっと輝かせる。


「ついにできたの?」

「ええ。足りなかった布地の調達をあちこちに依頼していたんだけど、冒険者ギルドから来たのよ~」

「やったー!」


 そんなやり取りをしつつ、シエスタさんから何かがはいった袋を受け取るココ。

 僕は恐る恐るココに声をかける。


「えっと、前に言ってたココの趣味の依頼のやつ? 今はそれよりも僕の衣装を……」

「えへへ~。ねえミュー。ちょっと後ろ向いててくれない?」

「……うん」


 なんだろう。猛烈に嫌な予感がする。

 僕が後ろを向いていると、なにか布地を広げるようなパサっという音が聞こえた。


「もういいよ!」


 僕はクルっと振り向いて絶句する。

 ピンクを基調としたドレスに随所にレースとリボンがあしらわれたそれは、素人同然の僕の目にも完成度が高くとても可愛らしく思える。

 ところどころに白い刺繍が施されており、形こそ違うけど、白地にピンクの刺繍を施されたココのアイドル衣装と対になっていることが見て取れる。

 へそ出しルックで膝丈スカートのココの衣装に比べると、おとなしいデザインにも見えるが、こちらの世界では見たことがない画期的とも言えるデザインだろう。

 僕は無駄な抵抗だと思いつつもココに言った。


「わーかわいいねー。ココの新しい衣装かな?」

「ううん。もちろんミューのだよ?」


 ですよね! この流れで気づかないほど鈍感じゃないよ、ちくちょう!

 え? え? なんでこれが僕のなの?

 おかしくない?

 でも、無邪気で善意100%のココの笑顔を見ると嫌と言いにくくて、僕はジェロとボーイの方に助けを求めるように振り向く。

 しかし、二人は笑いをかみ殺して目を逸らしやがった。

 あのいつも無表情なジェロでさえ笑みを浮かべているのだ!

 味方はいないのか!

 そんな僕の思いが通じたのかは知らないが、衛兵のところに舞台荒らしを突き出しに行ってたハルがテントに戻ってきた。


「とりあえず事情聴取はまた今度ということで抜けてきたわ。こういうときCランク冒険者って便利ね……。って、あら。新しい衣装?」

「ハル! これ僕の新衣装らしいけど、どう思う!?」


 僕の想いよ届けとハルに目で合図しながら言う。

 ここでハルが、「おかしい」とか「似合わない」とか言ってくれればそこから食い下がれるはず。

 しかし、ハルは衣装をしげしげと見て布地を触ると、何かに気づいたようにシエスタさんに尋ねる。


「これ、ドリームシープの毛じゃない?」

「そうよー。ピンクの布地が足りなかったから染料になるチェリープラネットの花の採集か、ピンクの羊毛を持つドリームシープの討伐を依頼しておいたの。まさかドリームシープの方が来るとは思わなかったけど」


 あ。この前ハル達と行ったあの任務ってシエスタさんの依頼だったの?

 ヨミのところから帰ってきたら、でっかいピンク色の羊が死んでたから驚いたけど。

 でも、やっぱりCランク冒険者ってすごいなーという感想と、いい額の報酬金に舞い上がって依頼主のことまで気にしていなかったよ。


「魔物の素材から作ったってことは、これも魔道具になってるの?」

「そうよー。普通に仕上げてもよかったけど折角の素材だしねえ。バリウスさんにお願いして魔道具化してもらっていたのよ」


 このテントに来た時に、バリウスさんとシエスタさんが普通に談笑していたけど、あれは既に顔見知りだったという訳か。

 僕が目を凝らすと、衣装の胸のリボンについたブローチがきらりと輝き、ぼんやりとした光が衣装を包むのが見えた。

 これは魔道具を見た時にたまに見える精霊の光なのだろう。

 ハルが続けて尋ねた。


「ドリームシープの特性って衝撃を分散するやつでしょ?」

「そうよ。このドレスもダメージを散らして衝撃を和らげるの。そのおかげで破れにくいし丈夫よ。そのうち、ココちゃんの衣装も裏地にこれを使って改造してあげるわ」

「へえ。ミュー。あんたこれ着ときなさい。今回みたいなことがあった時に安心だし」

「うええ!?」


 そんな!

 いや、性能を考えると悪くない、いや破格と言っていいほどいいんだろうけども。

 それに、舞台荒らしの犯人は一人逃げたというからもしもの時には必要かもしれないけど。

 ああ、逃げる理由。理由が。

 そしてココが一言いった。


「着せてあげようか?」

「いいよ! 一人で着るから全員出て行って!」


 そうやけくそ気味に叫ぶ僕だった。


 しばらくして、テントの外から声が聞こえてきた。


「バリウスのおっちゃん。戻ってきたんだ」

「おう。とりあえず、危険の少ない楽器は全部持ってきたぞ。それで、なんでお前らテントの外に突っ立ってるんだ?」

「いや、ミューが着替えてるんだけど、なかなか出てきてくれなくて」

「あー、俺が魔道具化したあの衣装か。着方がわからないんじゃないか?」

「そんなことないと思うけどね。おーいミュー。そろそろ出てきなさーい。これ以上抵抗しても無駄よー」


 そのハルの声に僕は自分の衣装を見下ろして大きなため息をつく。

 こういうのは照れたら負けだ。

 もうどうにもならない以上、せめて胸を張って笑われよう。


「今出るよ」


 そう言いながら、テントから一歩踏み出した。

 ああ、いい天気。空が綺麗だ。

 そんな現実逃避をしながら僕はみんなの前に立つ。

 さあ、笑えよ。

 そう思いながら皆を見る。


「あらあらまあまあ! 思った通りだわ! あの黒いローブよりも断然いいわ! 作った買いがあるってものね」

「ああ。いいんじゃないか?」


 にこやかに頷くシエスタさんとバリウスさん。

 まあ、この二人は自分の作った作品だし、大人な反応だろう。


「これは……わかっていたけど」

「ある意味予想以上というか」

「……うが」


 幼馴染は真面目な表情でこちらを見ている。

 なにその反応。

 そして、ココは。


「…………サイコー!」

「わっぷ! ココ、ちょっと!」


 こちらに飛びついてきたかと思うと、僕を持ち上げてぐるぐる回りだすのだった。


「思った通りサイコーだよ! うんうん! この衣装がいいよ! ミューかわいー!」

「あうう……」


 笑われるよりもましだけど、複雑すぎる。

 まあ女子のカワイイなんて、男の感覚とかなり違うから参考にならないと思うけど。


「変じゃない?」

「「「「「「全然。すごい似合うよ」」」」」」


 その場にいた全員に口をそろえて言われてしまった。

 もういい。あきらめよう。

 そんなことよりバリウスさんがいるなら次は楽器だ!


「それで楽器を見せてもらっていいですか?」

「そうだった。あんまり数はないけどどれにする?」


 僕は目の前に並べられた楽器、あるいはよくわからないものを前に腕を組んで悩む。

 バリウスさんは頭に手をやりながら順に説明してくれた。


「こっちのラッパは音階も何もないが、音量と安全性は保障する。こっちのハープは音はいいが、まあ、たまに聞いている奴が混乱することがある。後遺症はない。そしてこっちのフルートは音量が小さい以外は問題ない。こっちのマラカスは、・・・…間違った。これは危ないから使うな」


 案の定というか、悩ましいラインナップだ。

 いくつか楽器としては使えそうなものもあったが、僕が演奏できない種類の楽器もあった。

 万事休すか。そう思っていると、いつぞや見た楽器が目についた。

 ピアノの楽器、チアリュートの機構が絨毯に織り込まれたような一品だった。


「あ、この持ち運びできるチアリュートも持ってきたんですね」

「ああ。一応、音階・音量・安全性は問題ないからな。最低でももう一人息を合わせて演奏できる奴がいれば形になるんじゃないかと思うが」

「そんな人にあてはないですけど……」


 そう言いながらも、やっぱりどこかでこの形状に心当たりがあるような気がして、僕は試しに、その携帯チアリュートの制御盤になっている魔法陣の刻まれた絨毯を広げてみた。

 中央につけられた宝玉を触り起動させると、光る空中でディスプレイみたいな鍵盤が一気に周囲に散る。

 うーん。やっぱり手が届きそうにないな。

 いや、でも使用頻度の高い鍵盤の配置をどこかに固めれば使えるかも……。

 僕は制御盤をいじり始めると、光る鍵盤がスイスイと位置を変え始めた。


「おいおい、調律までできるのかよ。すげーな」


 バリウスさんがそう言って驚いているけど、配置にも法則性があるチアリューの鍵盤はどうしてもいくつか微妙に手が届かなそうな配置になってしまい、思った通りにならない。


「あとちょっと手が長ければどうにかなりそうなんだけど、あと一歩が……」


 僕がそうつぶやくと、ココが腕を組んでポツリと言った。


「私がエクストラ使えば手がちょっと長くなるから届きそうかな。でも、私は演奏できないし……。ミューも手が足の長さくらい伸びるエクストラがあればよかったのにね」

「そんなこと言っても仕方な……。ん? 手が足の長さくらい?」


 ココの一言で僕はずっと引っかかってたことが頭の中で繋がった。


「ゲームセンターだ」

「げ、げーむせんたー? なにそれ」

「足元の操作盤を踏んで操作するゲームがあったんだよ! 僕、友達の家にそのゲームの家庭用のやつがあってよくやらせてもらってたんだ! ちょっと待ってね」


 僕が制御盤を調整し、光る鍵盤をできるだけ足元の位置に来るようにする。

 それに合わせて頭の中で実現できそうな動きに合わせて鍵盤の配置を変える。

 バリウスさんは驚いた顔でこちらに問いかけてきた。


「まさか足で演奏する気か? できるのかそんなこと」

「もちろん手より難しいですけど、世の中には足の指でピアノ弾いていた人だっているんです。チアリュートは慣れてるし、あのゲームは昔友達から『極めすぎてて気持ち悪い』って言われるくらいうまかったんですから!」

「お、おう? なに言ってるのかよくわからないが……」


 困惑顔のバリウスさんだったが、僕は興奮が抑えられず、すぐに練習にうつった。

 せーのっ。


「よっ、ほっ、はっ」


 僕の足の動きに合わせて音が鳴る。

 飛び跳ねて、回って、ステップ踏んで。


「そして、こう!」


 最後のポーズ!

 うん。いくつかのミスはあるし、ちょっと音に物足りないところはあったけどなんとか形になりそうじゃない?

 そう思って顔を上げると、今度はその場にいた皆が呆然とした表情でこちらを見ていた。


「どうだった……?」

「……ああ、よかったんじゃない?」


 ハッと我に返ったようなハルが頷く。

 ハルはあんまりお世辞を言うタイプでもないし、今回はこれで乗り切れそうかな。


「そう? よかった。でも音がちょっと物足りなくて……。そうだ、ブライのナイフで手で持てる形の楽器を作ってみよう。ココ、花輪にしていたチェリーブロッサムを少し分けてもらっていい?」

「いいよー」


 僕はココの言葉にうなずくと、ココと一緒に花輪を置いていたテントの中に戻るのだった。

 あとは何回か練習をして、ココの踊りも僕に合わせて少し調整して、よし、がんばるぞ!


 ***


 テントの中にミューハルトが消えた後、残されたメンバーはお互いの顔を見合わせる。


「やばいな、ミュー」

「ああ、やばい」

「あんたらただでさえ足りない語彙力(ごいりょく)が落ちてるよ」


 クーガ・キメラの3人がポツリと言う。

 元からかわいらしい顔をしていると思っていたし、そのことでからかいもしたけど、それを際立たせるような服装をされると反応に困るくらい似合っていた。

 その上で、あの演奏である。


「花の妖精みたいだったねえ……」


 ほうっと息をつきうっとりした表情をするシエスタ。

 先ほどまで見た光る鍵盤の上で踊るように跳ね回り、その動きに合わせて聞いたこともないような音楽が奏でる様は、見知らぬ妖精郷に迷い込んだおとぎ話の旅人のような気分にさせた。


「…………」

「おい、バリウスのおっさん。何黙りこくってるの」

「……俺が育てる」

「はい? なんて?」

「もしあの子らがなんかあっても、あの姉妹は俺が育てるよ。大丈夫、娘と妻も理解してくれるさ」

「……きもちわる」


 遠い目をするバリウスの世迷言(よまいごと)に、思わず引いてしまうハルだった。

 ハルはテントの方を見ると息を吐いてつぶやく。


「まあ、大丈夫と思うけど。そういや、舞台の天井にいた男はどこに逃げたのかしら?」

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