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第五十話 忍び寄る影

 ミューハルト達がドリームシープの狩りを行っていたその頃、場面はカシマの街のスラム街のとある建物に移動する。

 石壁の比較的しっかりした造りの平屋に五人の人影が近づいていく。

 そのうちの一人が戸をトトンとリズミカルに叩くと、屋内から声がかかる。


「どちら様で?」

「勇敢な歌をお持ちしました」

「……入れ」


 五人がわずかに開けられた戸に入ると、屋内には十人ほどの姿があった。

 そしてその中でもひときわがっちりとした体型の壮年の男性が口元を吊り上げて言った。


「ようこそ。カシマ領ガトリング帝国大使館へ」

「はっ。ルーナ百人長以下四名着任しました。よろしくお願いします、ゴウザ百人長殿」

「相変わらず真面目過ぎるようだな。折角のジョークなんだから少しは反応してくれよ」


 ゴウザの声に答えたルーナと呼ばれる人物がフードを外す。

 そこから出てきたのはよく引き締まった長身の女性だった。

 切れ長の瞳はどんな困難にも立ち向かう強い意志が宿っているが、数少ない弱点を指摘され、わずかに困ったような表情をする姿に、ゴウザは何がおかしいのかくつくつと笑いを漏らす。

 ガトリング帝国。それはカシマ領の属するドーフィス王国の西に位置し、ドーフィス王国と交戦中の国である。

 彼らが敵地の、ましてや戦線から遠く離れたドーフィス王国の東のカシマ領になぜいるのかというと。


「これでカシマ領の派兵、ひいてはドーフィス王国後方の領地の参戦を防げるといいのだがな」

「そのための我らです。我らが帝国のため、見事に討ち果たしてみせましょう」

「ルーナ、今回は戦働きではなく潜入工作だ。もっと自然にしないとできるものもできないぞ」


 そう、彼らの目的は、近々行われるカシマ領の派兵の妨害にあった。

 ドーフィス王国は、王家と複数の地方領主が微妙なパワーバランスの上で成り立っている。

 今までは、ガトリング帝国からの宣戦布告に対し、国境を接する西の領主と王家が対処していたのだが、東の地方領主は自領の軍を使いたくないと間接的な援助にとどまっていたのだった。

 しかし、長引く戦争で、ついに後方のカシマ領からも派兵を決意したのだったが、それを妨害したいのがガトリング帝国。

 わずか百人程度の派兵であるが、これが他領に波及すればガトリング帝国に向かってくる敵の数がどれだけ増えてくるかわからない。

 逆に言えば、この百人の派兵を反乱等に見せかけて内部から突き崩せば、王家と地方領主の間の溝が深まり、時間稼ぎができるのではないかというのがこの作戦の趣旨である。


「しかし、追加の人員がお前を含めて五人だけとは……。予定ではもう少し多かったと思うが。やはり北の魔物山脈の行軍は厳しかったか?」

「はい。ドリームシープの群れに捕まりまして人員を消耗してしまいました。しつこいのが一匹いまして。死者こそ出ませんでしたが、負傷者多数でこの街の療養所で治療を受けています。彼らの任務続行は困難かと。すみません。私の力不足で」


 そう言いながら頭を下げるルーナ。

 この任務の肝は、どのようにして後方のカシマ領に浸透するかということであったが、彼らがとった選択はドーフィス王国の北側に聳える魔物山脈を行くというものだった。

 その名の通り多くの魔物が生息する魔物山脈は、ドーフィス王国にとって天然の要塞となっている。

 そこを少数精鋭で渡ってきたのだが、それでも消耗は激しかったことが、その壮絶さを物語っていた。

 ルーナの悔しそうな表情にゴウザは首を振ると、慰めるようにその肩をたたく。


「いや、戦神のアルスミサを使うお前がいてこの結果なのだ。むしろ死者を出さなかったことを褒めるべきだろう。流石、百人長を拝命するだけはある」

「ありがとうございます。ゴウザ殿に負けぬよう精進してまいります」


 彼らが言うように、ガトリング帝国は戦神を主神と仰ぐ国家であり、その神に認められた人物であれば、戦神のアルスミサを行うことができる。

 教団によってアルスミサを行う人物の役職は異なるのだが、ガトリング帝国では軍人と国の中枢がその役割を担っているのだった。

 マエストールを皇帝が、コンマスを元帥や軍団長などが、プレイヤーを千人長や百人長が務めているといった具合だ。

 つまり、ルーナなどの百人長はアルスミサを行える中では一番下となるわけであるが、多くの軍を抱える帝国内でこの役職に就くだけでも並大抵のことではない。

 この百人長が二人もこの場にいるということが、帝国がどれだけこの任務に力を入れているかの証左(しょうさ)でもあった。

 そういった挨拶がてらのやり取りが終わると、その場の全員が腰を落ち着け、ゴウザは街の見取り図と出征式の行程表を広げる。


「ともあれ、みなが間に合ってよかった。これで作戦の目途がたつ。事前に潜入していたこちらの方で派兵の概要はおおむね掴んでいる」

「どうなさるのですか? 派兵軍に紛れ込み、王都でひと暴れしますか?」

「いや、それは難しい。ここの領主と文官連中が優秀みたいで、身分の怪しい俺らが出征軍に紛れ込めそうになかった」

「では、我らで派兵軍の指揮官を暗殺しますか。相打ち覚悟なら領主をも」

「それは我らの力なら可能かもしれんが、帝国の介入だと知られれば、戦火が後方のこの地まで広がるだけだ。今回の任務の目的を忘れるな」

「申し訳ありません!」


 はっとした様子で素早く頭を下げるルーナ。

 ゴウザと共にいた兵士たちは突然の百人長の謝罪に驚いた様子だったが、ここまでルーナと共にしてきた兵士たちの方は、またかといった様子の表情。

 ルーナとその周りの兵士姿にまたも苦笑するゴウザだった。

 ゴウザはルーナがまだあどけなさを残す新兵の頃から知っているのだが、その実直さと忠誠は昔から欠片も変わることがない。

 目標を見定めると一直線になりすぎて、やや視界が狭くなるきらいはあるが、それを差し引いても、その性格を好ましく思うゴウザだった。

 ルーナは街の見取り図と派兵軍の行程を見比べながら目を細めて言う。


「であれば、街の外で行われる、一般兵の方の出征式が望ましいのでしょうか?」

「そうだな。街中で行われる貴族の指揮官連中の出征式はガードが堅いし、天空教のアルスミサも行われるから下手は打てない。一方で街の外で行われる一般兵の出征式なら一時的に兵士に紛れ込むこともできよう」

「その時の手筈(てはず)は?」


 ゴウザは自分の無精ひげをざらりと撫でながら、出征式の進行表の一角を指し示す。


「ふむ。俺はこのアルスミサのタイミングを狙おうかと思っている」

「アルスミサ? ……主催のトライムも演者のミューハルトというのも聞き覚えがありませんね。それに神の名も書かれていませんが」

「トライムっていうのは、このスラムに居を構える興座(こうざ)だな。大した規模のところじゃない。ミューハルトっていうのは俺もよく掴めていないのだが、新興の神に仕える教団らしい。肩書すらない神ということなのだろう」


 ルーナは顔を上げてゴウザを見る。


「なぜ、アルスミサのタイミングで?」

「調べてみると、このアルスミサにはマーロンという一等書記官が視察に来るそうだ。このアルミサがどのようなものかは知らないが、アルスミサの最中は多くの視線がそちらに集まるだろうから、その隙にマーロンを派兵軍のふりをして殺害する」


 その言葉に沸き立つ周囲の人間たち。

 声を抑えながらも、口々に「貴族殺しとなれば派兵中止は間違いない」「百人長からの加護があれば、姿をくらますことも可能という訳だ」「これならいける」と賛同の声をあげる。

 ゴウザはそれらの声に満足そうに頷いた。


「それにミューハルトとかいうやつの神には悪いが、アパスルライツの効果もわからん神のアルスミサが成功するのも見過ごせないからな。幸いまだ規模も小さい教団だ。天空教と違って、手を出しても後々揉めることもあるまい」


 ガトリング帝国内に天空教の支部はないので直接的な付き合いはない。

 かといって、世界でも有数の規模を誇る教団に手を出して、ただでさえ多方面に戦線を抱えている帝国に天空教にまで宣戦布告する余裕はないため、できるだけ手を出さない方向で行くという判断だった。

 ゴウザはルーナたちが運んできた荷物に視線を移す。


「それで、依頼していた道具は無事か?」

「はい。エクスツールと爆薬を持ってきました。エクスツールはアルスミサに必要なのでわかりますが、爆薬の方は何に使うのですか?」

「ミューハルトとかいうののアルスミサの舞台に仕掛けておき、貴族を殺した後は爆破して、その混乱に乗じて俺らは脱出する」

「なるほど。念には念をということですね」


 重々しくうなずくゴウザ。

 その様子にその場にいたメンバーは作戦の成功を確信し、その場は解散となった。


 かくして、ミューハルト達の初舞台は波乱を含みながら刻一刻と迫るのだった。

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