第五話 友達ができた!
「だから言っただろ? 私の息子は最高にかわいいって!」
「わかったわかったって。誰も神父様の息子がかわいくないなんて思ってねえよ」
「いーや。お前はまだ我が息子の真のかわいさがわかっていない! そう、あれは去年の一神様の日に私が酔っぱらって帰った日!」
「アンナさんに放置されて玄関で倒れていたお前をミューちゃんが濡らしたタオルで介抱してくれたんだろ? 十回は聞いたよ!」
「十回も十一回も同じだ! 聞け!」
「意味わかんねえ!」
ベロベロに酔った父と体格のいいおじさんが仲良さそうに話をしている。
さっきから父は僕の自慢話ばかりして、正直かなり恥ずかしいから辞めてほしいのだけども。
去年の介抱した話も、前世の頃の習慣というか、飲みの席でつぶれた人のフォローをいつもやらされていたので、ついついやってしまったというのが真実なのだが、本人はいたく感動したらしく、こうして方々で話して回っているらしい。
ここは村の集会所の一室。
一神様の日の洗礼式を終えた後、村人は一同ぞろぞろと集会所に移動し、宴会が始まったのだった。
村人全員が揃っているわけではなく、各自好きなように入れ替わり立ち代わりしているのだが、父はこの村の村長と並んで中央に居座り、来る人全員に、母と僕の自慢をしているというわけだ。
神父なのに酒を飲んで、教会にも戻らずずっといるわけだけどいいのだろうか?
「かあさま」
「なあにミュー」
「とうさまは仕事行かなくていいの? あと神父なのにおさけのんでいいの?」
できるだけ無邪気な感じで聞いてみる。
すると、周りの大人は爆笑し、父に対し「ほら、言われてるぞ。仕事しろって」と肘でつついている。
すると、父は急に真顔になるとこちらに向き直り、
「いいかミュー。とおさまは神父なんだ。神父は村のみなを見守る義務がある。そして、今この村で一番人が集まっているのはここなんだ。つまり、わかるね?」
また爆笑する大人たち。
僕を抱えている母は恥ずかしそうに顔を伏せている。
まるでダメな大人のようだ。
「それに天空教の神父は色のついていない酒を禁じられているから、こうやって麦酒と果実酒を飲んでいるだろ? あー蒸留酒が飲めないのはつらいなあ」
そういって、父は黄金色に輝く麦酒をあおった。
なんの意味があるんだとは思うが、一応は本当にあるルールを守っている点では、ギリギリセーフではあるらしい。
でも、あきらかに飲みすぎなので今度は酔いつぶれても放置しよう。
そう決意を新たにしたところで、僕はもっと聞くべきことがあったことを思い出し、母に向かって言った。
「かあさま。あのキラキラしてた音の出るやつってなあに?」
そう、教会で歌った時に母が使っていた不思議楽器だ。
両親に続くファンタジー要素に、実はかなりわくわくしていたりする。
できるならあれは使ってみたい。
「チアリュートのこと? あれは楽器の魔道具よ。あの空中に浮かんでいた光を叩くことで音が出るの。かあさまもなかなか上手だったでしょ?」
そう言いながらほほ笑む母。
あの楽器はチアリュートというらしい。
そして魔道具という単語にいよいよ期待が高まる。
「うん上手だった! 魔道具ってことはかあさまは魔法使いなの?」
「魔法使い? ううん。かあさまは神様じゃないから魔法は使えないわね。魔道具は魔石があれば誰でも使えるけれども。あ、チアリュートは結構難しいから、この村で演奏できるのはとおさまとかあさまくらいね」
神様にしか魔法を使えないということは、僕にも魔法は使えないのか。
異世界といえば魔法だけど、そこらへんは作品によってかなり異なるしな。
残念だけど、まだ希望はある。
僕でも使えそうな魔道具についてだ。
そういえば、魔石という単語には聞き覚えある。
定期的に父が買ってきて、暖炉とかに放り込んでいたキラキラと光る石のことだ。
なんとなく使い方から石炭と同じようなものという認識しかなかったが、話の流れからすると魔法的な何かだったようだ。
今までファンタジーが身近にありながら見過ごしていた自分の迂闊さには呆れるほかない。。
でも、気づいたからにはきちんと聞かねば。聞かぬは一生の恥ともいうしね。
「じゃあ手から火とか出したり空を飛んだりとか……」
「こわーいドラゴンだったらエクストラ……、エクストラっていうのは種族ごとでそれぞれ使える特別な力なんだけど、火を出したり空を飛んだりできるわね。でも、人やエルフやホビットじゃできないわ」
ドラゴン。いるんだ。見たいような怖いような。
すると、母の言葉に続いて、父に絡まれていたおじさんが話しかけてきた。
「なんだ。ミューちゃんは火を出したり空をとんだりしたいのかい? 都会では、そのドラゴンの素材を使った魔道具で、火砲や飛空船があるらしいぞ。まあ、馬鹿みたいに高いらしいし、ここらへんじゃまず見ないけどな」
「だめよミュー。そんな危ないもの触ったら。めっよ、めっ!」
かわいいかあさまに、かわいく怒られてしまった。
うちの両親は過保護だなあ。
それにしても、魔道具というのがあるなら、僕も魔法っぽいのが使えるかと思ったが、よく考えると元の世界でも火炎放射器や飛行機はあったので大差ないのか。
魔石といえども、使い方としては燃料の一種ぐらいのものだし。
「僕も神様みたいに魔法を使ってみたいなあ……」
「あら、さっきミューも魔法のお手伝いしてたわよ」
「そうなの?」
かあさまの言葉にぱっと笑顔を浮かべて聞いてみた。
かあさまは笑顔でうなずくと、
「ええ。私たち自身は魔法を使えないけど、神様にお願いして魔法をお与えいただくことはできるわ。世界にはたくさんの神様が見守っていてね、神様を信じている人たちが、お歌とかを捧げることで、神様はそのご褒美に、魔法という恩寵をお与えくださるの。これをアルスミサって言うわ。さっき『はじまりの日』を歌ったのが、実はアルスミサだったのよ」
「そうだったんだ! どんな魔法だったの?」
「とても心が落ち着いて、優しさと清々しさで心が満たされたでしょ? 素晴らしい御力だわ」
「……すごいねー」
なんとも微妙な効果に、なんとか同意するだけで精いっぱいだった。
そのアルスミサとやらがあれば、実質魔法使いになれるかと思ったけど、一気に興味がしぼんでいった。
ドラゴンに生まれ変わっていれば、エクストラとやらでファンタジーを満喫できたんだろうけど。
「人間とかエルフとかのエクストラってあるの?」
「私たちのような人とかエルフとかホビットは、アルスミサが使えること自体がエクストラなの。洗礼式の時に板に向かってお返事したでしょ? あれは御板という魔道具で、神様に届けるお声を登録するものなの。ミューはよく光らせていたから、きっと神様のところまでよく届くわね」
ああ、あの道具ってそういうことなのか。
他の子どもより光ってたみたいだから、なにか魔法チート人生のスタートかと思ったけど、その程度のことだったのか。
まあ、できないよりできたがいいんだろうけども。
後で聞いたところによると、普通の動物と魔物の違いは、このエクストラが使えるか否かによるものならしい。
不思議パワーがある動物が魔物。わかりやすい。
新しい情報を頭の中で反復していると、かあさまが僕を膝から下した。
「さあミュー。せっかく初めてお外に出られたんだから、かあさまとばかりお話してないで、お友達を探してきなさい」
そう言いながら子供たちの一団を指差す。
それは洗礼式の時に一緒だった子供たちであり、大人たちの飲み会には付き合っていられないとばかりに、集会所の中でキャーキャーと騒いでいるようだ。
言われてみれば、僕はあの子供たちと同い年だったんだなと、改めて転生したことに対して感慨が湧いてくる。
「うん。いってくる」
前世では人見知りで、オタクな友達以外はいなかったけど、流石に幼児相手に緊張することもないだろうと僕は歩き出したのだった。
「なによあんた」
「なんだよー」
「がう」
洗礼式の服装をした子供たちは結構な数がおり、その中でも明らかにリーダー格っぽい三人組にとりあえず近づいてみたのだが、どうやら友好的とはいかなかったようだ。
相手も幼児なので、睨まれても怖いとかは思わないのだが、友達がいなかった頃の記憶を思い出してちょっとへこむ。
一応洗礼式でなんとなく名前は聞いていたので、この三人組の名前はわかっている。
赤毛で気の強そうな、ボーイッシュな女の子がハル。
ヘラヘラしていて糸目の男の子がボーイ。
他の子より二回りくらい大きい、色の浅黒い男の子がジェロ。
おそらく立ち位置からして、この中でもハルがリーダーっぽい。
「はじめまして。僕はミューハルト・レミアヒムっていいます。」
とりあえず挨拶。挨拶は大事。
でも、友達ってどうやってなるんだっけ。
やばい。生来の人見知り気質が湧き上がってきて、途端にどうしていいかわからなくなる。
僕の歳なら、かあさまに助けを求めるのはセーフかな?
いや、いくらなんでも情けなすぎるだろ、僕。
そんな風にオロオロとしてしまいそうになっていると、ハルが僕のことを上から下までジロジロと眺めて言った。
「……わたしはハルよ。ふーん。色も白くて細くて小さくて弱そう。しかも耳が長いし変なの」
そっか。僕って他の人から見るとそう見えるのか。
確かに、三人とも僕より背が高いなあとは思っていたのだ。
いや、洗礼式の場で僕より小さい子はいなかった気がする。
「でもハルちゃん。この子なんかキラキラしててかわいいよ」
「がう」
ハルはつっけんどんな態度を崩そうとしないが、他の二人がフォローしてくれた。
ジェロの方は、がうしか言ってないのでフォローかどうか怪しいけれど。
あと、かわいいと言われることには抵抗があるのだけど。
でも、悪い子ではないよね。
見た目でいじめられるなんて日常茶飯事だと思うが、それをされないだけでもありがたい。
「なに? ボーイとジェロはこんなのが好きなわけ? うわー、ジェロとボーイはこのミューハ……レミ……、ミューとかいう子のことが好きなんだー。他の子に言いふらそ!」
「ち、ちげえし! おいら別にミューのことが好きとがじゃないし!」
「がう!」
煽るハルに、慌てるボーイとジェロ。
子供特有の懐かしいノリが異世界でも見ることができて嬉しいけど、男に好きと言われても困る。
これは勘違いされているな。
まあ、これくらいの年なんて、ちょっと線が細いと性別不詳になるんだろう。
「あのねハルさん。僕は男だけど」
「はあ!? そんななよなよしてて? へえ……」
やっぱりなよなよしているから女の子扱いだったか。
まあ体格が貧相な自覚はあるからいいけど。
ハルはこちらに近づくと顔をまじまじと覗き込む。
せめて態度だけでも男らしくしようと、じっと目を見つめ返すと、ちょっと顔を赤らめて目をそらしたのはハルの方だった。
ハルは咳払いすると、ボーイとジェロの耳をぐいっと寄せて、こそこそ話を始めた。
なにを話しているんだろうなと思いつつも待っていると、三人は結論が出たのか、こちらを振り向いて堂々と宣言した。
「よし、ミュー。今日からあんたを私の子分にしてあげる。子分3号よ!」
「子分3号?」
「3号じゃいや? じゃあ1号に格上げしてあげてもいいわ」
その言葉にボーイが「ええ!? 1号はおいらなのに!」と抗議の声を上げるが、ハルはそちらの方は完全に無視している。
友達になろうとしたのであって、子分になりたいわけではないのだが、子供時代の関係なんて子分も友達も大差ないだろうと思い、素直に了承しておくことにした。
ハルは僕が頷いたことに満足したのか、大きな笑みを浮かべ手を差し出してきた。
握手だよね? 僕がおずおずと手を差し出すと、ハルは僕の手を力強く引き寄せ、握手した手をぶんぶんと振る。
子供特有の体温の高い手からじんわりと熱が伝わってきたところで、僕は大きな息を吐いた。
どうやら僕は久しぶりの他人との交流にかなり緊張していたようだ。
幼児相手だから大丈夫だろうというと言い聞かせていたのに、情けない話ではあるが。
でもなにはともあれミッションコンプリート。友達できたよ! やったね!
「じゃあここにチームハルの結成を宣言する!」
「わー」「うが」「ねえ、おいら1号がいい!」
僕とハルの握手する手にボーイとジェロも手を合わせて、皆で手を振りながらキャーキャーと騒ぎ出した。
ともあれ、こうしてここに小さなチームが結成した。
周りの大人たちは微笑ましいものを見る目でこちらに笑いかけており、かあさまなんかは早速僕に友達が出来たことを喜んでいた。
しかし、このチームが今後10年に渡って、村に多大な影響を与えていくことになるのだが、このことを予期したものは誰もいなかったのだった。