第四十九話 華の共闘
カシマの街にほど近い森の中。
生い茂った木々にまぎれるように時折獣の声が響き渡る。
この森は薬や毒の原料になる植物資源が多く自生しており、カシマの街が出入りを管理している。
とはいえ、魔物も多く住むことから、開拓も入植も進まず、ある程度腕に覚えのある冒険者といった人間がまばらに立ち入るばかりである。
そして、今この森で駆け回るのは二つの姿。
「よし、十個目!」
赤い髪をなびかせて、猿のような身軽さで目的の樹から花を摘むのは、冒険者ハル。
今回の目的であるチェリープラネットと呼ばれる樹は、高いところにピンク色の大輪の花を咲かせる。
非常に咲く期間が短いので、咲いている花を見つけるのは少し大変であり、それを一回一回登って降りてをしながら採取というのは結構な労力である。
しかし、ハルは先ほど登っていた樹から近くにある樹に狙いを見定めると、さほど太くもない枝を飛び、次の樹に飛び移る。
時には枝を、時には蔦を巧みに利用して危なげなく樹上を移動する。
ミューがその光景を見ていたら、「ターザンがいる」と言っただろう。
「これで十一個目っと。思ったよりも順調だし、一つはミューの頭にでも挿してやろうかしら」
そう言いながらピンクの大輪の花をながめるハル。
頭の中で、幼い見た目の友人の頭に花飾りとして装備させたところ、とても可憐な姿になり、自分の口元が無意識にニヤリと吊り上がる。
きっと文句を言うだろうが、それを含めてとても楽しそうである。
「そうと決まればもうちょっと集めないと……って、おっと!?」
次の花を探そうと樹の上で視線を巡らしたハルだったが、突如として樹がゆっさゆっさと揺れだして、慌てて太い枝にしがみつく。
かなり太いはずのチェリープラネットの樹が揺れるなんてと思って下を見る。
すると、そこにいたのは森を駆け回ってっていたはずのもう一人、ココがその太い獣の手で幹をゆすっている姿だった。
「ちょっと! 落ちたらどうすんのよ! やめなさいって!」
「えぅ? いたんだ。気づかなかった」
「いたんだじゃないっての!」
そう言いながら飛び降りるハル。
目の前に怒気を含んだ様子で睨みつけるハルが登場するも、ココはそれに全く動じる様子はなかった。
「あんたなんのつもりよ」
「目的の花がこの樹に生えてるって聞いたから、ゆすって落とそうとしただけだし」
たしかにチェリープラネットの花は落ちやすいので、ゆすって落ちてくるならいちいち登よりも手軽ではあるだろう。
ただし、幹が数人が手をつないだほどの直径で、高さは数mはあろうかという樹を揺り動かすだけの力があればの話ではある。
ココはハルと一緒に落ちてきたチェリープラネットの花を嬉しそうに拾おうとしたが、ハルは素早くそれを拾うと自分の背嚢にほうりこんだ。
その行動に剣呑な目つきになるココ。
「なにするの?」
「これは私が上で摘んでたものだから私のよ」
それだけ言うや否や、ハルは素早く近くの樹に上ると、太い枝を身軽に跳ね回りながら移動する。
森の奥まで移動したハルは背後を振り返るがココが追ってくる様子がないことを確認すると、再び花探しに戻るのだった。
「あの野蛮人め。このサイズの樹を揺するってどういう馬鹿力してるのかしら?」
それから小一時間。ぶつぶつとつぶやきながら花探しをするハルだったが、森の奥に進むにつれ目標のものが見当たらなくなっていく。
高いところにある枝の上で腰を落ち着けると、背嚢の中に入れた花をチェックする。
頭の中で計算してみると、ココが自分の半分の数でも集めていれば任務完了といったところだった。
「でもあの娘の集め方じゃ品質も期待できないわよね。もうちょっと森の中まで探すか――」
そう言いながら、ハルが次の樹を求めて視線を巡らしたその時だった。
ドンッ!!
ひときわ大きな音とともに、ハルが登っていた樹が大きく揺れる。
慌てて幹にしがみつきながらも、ハルの脳裏によぎるのは先ほどのココの姿。
(また花を落としに来たの!? それともさっきのお返しってわけ!?)
次はただじゃおかないと樹の下を見るが、そこに広がっていたのは、ハルの予想外の光景だった。
「メェェェェェェェェェ!!!!!!!」
甲高い声を上げながら1匹の獣が樹に体当たりをしていた。
それは何かといわれれば羊なのだろう。
胴をファンシーな色のもこもことした毛に覆われたそれは、ハルの方をじっと見ている。
しかし、そのサイズはカバくらいはあろうかというくらい大きさで、その頭には頑丈そうな角が正面に向かって2本突き出している。
「あれって、ドリームシープ?」
ハルは図鑑で見たことがある魔物を思い起こしながらそうつぶやいた。
ドリームシープも今回の任務の対象となっていた魔物なので、ちょうどいいように思えるかもしれないが、その凶暴性と遭遇の難しさからCランクに分類されていて、ついでに倒せるようなものじゃない。
「こいつってもっと山の上にいるやつじゃ……うおっと!」
もう一度ドリームシープが樹に体当たりをすると、メリメリと嫌な音を上げてハルの乗っていた樹が倒れ始めるではないか。
幹にしがみついていたハルは踏ん張る足場から崩れてしまったことでバランスを崩すが、ギリギリのところで地面に向かってジャンプする。
しかし、着地点を見定めて飛ぼうとした先に見えたのは、一直線にこちらに突っ込んでくるドリームシープの姿だった。
(やばっ!! キルショットで……いや、間に合わない!?)
繰り返しになるが、ドリームシープはカバほどの体格があり、前方に向かって角が生えている。
それが勢いよくこちらに向かってくる姿を認識したハルは、無駄な努力だと思いながらも衝撃に備えて体を縮こまらせる。
(ミュー、ボーイ、ジェロ……!)
だがしかし、ハルが予想していた衝撃は訪れなかった。
正確に言うと、予期しない真横の方向から、そして、思ったよりも柔らかい衝撃であった。
「は~。重いし堅いし。ミューとは大違い」
「――ココ!?」
ハルは気づくと、別方向から飛び出してきたココに抱きかかえられ間一髪ドリームシープの進路から外れた位置に着地していたのだった。
「なんであんたここに?」
「なんかすごい音したから来たんだよ。気はすすまないけど、あなたが死んだらミューも悲しむだろうし」
「……一応礼は言っておくわ。ありがとう」
そう言うと、ハルはココの腕から降りて、ドリームシープの方に視線を向ける。
ドリームシープは目的の獲物を捕らえられず近場に生えていた細い樹にぶつかっていたが、その樹をあっさりとへし折るとまたこちらを向くのだった。
「完全にこっちを狙ってるみたいだし、逃げるのも難しそうね」
「そうだね。ここは私が追っ払っとくからあなたは逃げていーよ」
「はい?」
「大して強くないんだから無茶しないでってこと」
そう言いながらココは獣の手足を振りかざしドリームシープに駆け出していく。
その言いぶりの怒る前にハルは焦る。きっとあの娘はドリームシープの能力を知らないのではないかと。
また突進してきたドリームシープを、ココは直前でひらりと躱すと、その毛に覆われた横っ腹に爪を突き立てようとした。そのはずだったが。
「えぅ! ……って、わわっ!?」
ココのエクストラだって十分に強力であり、ゴブリン程度なら一撃でミンチにできる腕力を持つ。
しかし、魔物と呼ばれる存在は、エクストラを大なり小なり持つからこそ魔物と呼ばれているのだ。
振り下ろした腕をドリームシープの見た目はふんわりした毛に絡めとられ、ダメージを与えることができずに慌てるココ。
一部の毛に与えられた衝撃を全身に分散させる。それがドリームシープのエクストラだった。
ちなみに、山の高所に生息するドリームシープだが、この能力を活かして崖から飛び降りながら獲物に体当たりを繰り返すという習性があるのだが、当然ながらココの知らない情報である。
「メェェェェェェェェェ!!!!!!!」
嘶きを上げながら突進していくドリームシープ。
そして、その毛に絡み取られたココも抵抗する間もなく引きずられていく。
このまま振り回され、あわや樹々に叩きつけられるかと思われた瞬間、今度はココの身に別方向から衝撃が走る。
突如、宙から飛んできた杭が絡みついているドリームシープの毛を貫き、ココの手が解放される。
そして、杭は空中で軌道を変えると、ココの手に巻き付いて引き戻したのだった。
「気は進まないけど助けてあげたわ。あなたが死んだらミューが悲しむだろうし」
「……ありがとう。こんな武器で助けられなくても私は大丈夫だったけど」
「かわいくないわねー」
そんなやりとりをしつつココを手元に引き寄せたのはハル。
その手には鞭と杭を組み合わせたような魔道具の武器、エクスツールが握られていた。
「その武器、さっき私の腕に勝手に巻き付かなかった?」
「キルショットは魔道具だからね。柄を握っていれば私の意志で自由自在に動くってわけ。初めて会ったときにミューが割って入らなければ、あなたの体に突き立てられていたんだけど、こういう使い方もできるのよ」
「ミューが割って入らなければ、その武器も私が壊してたと思うけどね」
相変わらずギスギスしたムードの二人だが、その視線は油断なくドリームシープに向けられている。
ドリームシープはそんな二人を一瞥すると、反転して駆け出して行ったのだった。
「えぅ? 逃げた?」
「あんたの馬鹿力と私の武器におそれをなしたのかしら。……ん? あっちの方向って」
「ミューたちのいる方だよ!?」
二人は顔を見合わせるとドリームシープの駆け出した方に向かって走り出した。
ドリームシープのスピードは大きい図体に似合わずかなり早い。
樹々が邪魔する森でなければ二人が追いすがることもできなかっただろう。
だが、逆に言えば距離を詰めることができていないということでもあった。
「まずい! もうすぐ森を出るよ!?」
「ジェロとボーイが気づけばいいけど、もしミューが標的になったら……」
一瞬無言になる二人。その瞬間、さっきまでの刺々しい空気が消えた。
ハルはキルショットを構えながら、先を走るドリームシープから視線をそらさずに言う。
「ココ。一瞬だけドリームシープを止められたら、いける?」
「今度は大丈夫。あの毛に触らなければいいんでしょ?」
「オッケー。合わせな!」
そういうや否や、ハルはキルショットを勢いよく射出した。
キルショットは近くの樹に一周巻き付き、その後にドリームシープの毛に覆われていない後ろ足に突き刺さった。
太いドリームシープの足では致命傷には程遠いが、樹を経由したキルショットの紐に引っぱられ、一瞬だけつんのめるドリームシープ。
しかし、次の瞬間にはキルショットの巻き付いた樹は折れ、キルショットの紐自体もぎちぎちと嫌な音を立てる。
だが、その一瞬で十分だった。
「えぅ!!」
白銀の残像が走り、飛び出したココはドリームシープの背にしがみつく。
「ココ! もう森を出るわよ!」
「わかってる!!」
ココの視線の先には森の切れ目が見える。
ドリームシープの背に乗ったココは、手を伸ばすと前方に向かって伸びる角に手をかけ、両足をドリームシープの首に巻き付かせるようにする。
ドリームシープが森を出て、最初にミュー達と別れた地点が迫る。
その瞬間。
「せーの、えぅ!!」
ココが両足に力を入れつつ、角を握った手をねじるように力を込めた。
ゴキリ。
そんな鈍い音とともにドリームシープの首が折れ、声にならない断末魔を上げる。
ドリームシープの膝が崩れ、突然の急停止に地を転がる。
そして、前方に投げ出されるココ。
しかし、その身は地面に叩きつけられるよりも前に、巨躯の男性ががっちりと抱き留めて事なきを得たのだった。
「大丈夫か?」
「ていうかなにごとなの、これ!?」
それは最初の解散したポイントで待っていたボーイとジェロの二人だった。
二人からしてみれば、森から馬鹿でかい魔物が飛び出したかと思うと、いきなり絶命し、それと同時にココが飛び込んできたのだから驚くのも無理はないだろう。
しかし、その疑問に答えるよりも先に、森から走ってきたハルと、ジェロの腕から飛び降りたココの声がきれいにハモる。
「「ミューは!?」」
「あー、いや。ミューだったら」
ココとハルは周囲にミューの姿がいないことに青い顔になる。
このままボーイの説明が先か、ココがドリームシープの下を掘り起こすのが先か。
そんな状況だったのだが、一瞬だけまばゆい光が皆の視界を奪う。
「ただいまー。ってなんかすっごいの乗ってる!」
皆が目を開けると、そこには横たわったドリームシープに乗っかり、ココが飛び出した瞬間にまき散らしたチェリープラネットの花を体のあちこちにまとわせたミューハルトの姿があった。
この時、ミューハルトはヨミの神の座から帰ってきた直後であったのだが、気づけばよく分からない巨大生物の背に乗り混乱するばかりだった。
「ミュー!! 無事でよかったー!」
「わわ! どうしたのこれ?」
「お花似合うね! 花輪作ってあげようか?」
「いや、それよりもこの生き物? はなに?」
その光景に苦笑するハル、ジェロ、ボーイの3人。
ドリームシープを倒したということをようやく理解したジェロとボーイは口々にハルに声をかけた。
「なんか大変だったみたいだが、これで任務完了か?」
「そうね。あとで冒険者ギルドに運搬しないと」
「それで姉御。姉御とココの勝負はどっちが勝ったの?」
「そうねえ……。色々思うところはあるけど、勝ちを譲ってあげてもいいかしら。ま、ココはもう勝ち負けとか気にしてないみたいだけど」
「ふーん。ちょっとは仲良くなれたみたいだね」
「誰がよ」
そんな軽口を叩きつつ、若い冒険者たちは帰りの準備を進めるのだった。