第四十八話 神様とお出かけ
ハルとココが猛スピードで森の中へ消えていったのを見送った僕は、ジェロとボーイの強い勧めもあって、シートの上でのんびりピクニックと洒落込むことになっていた。
久しぶりにのびのびと羽、どちらかというと耳かな?を広げてのほほんとできることもあって、これはこれで楽しい。
でも、女の子たちが頑張っている横でこんな感じにくつろいでいることに罪悪感もあったりする。
僕はジェロとボーイにゆるりと声をかけてみる。
「それにしても、本当に森の中に行かないの?」
「まあ、二人に任せていれば十分とれるっしょ?」
「ハルはともかく、ココは大丈夫かなあ。まあ、さっきのスピードを見る限り危険なら逃げてくれそうだけど」
さっきの森へ駆け出すココの姿はかなりの速度だった。
耳も鼻もいいらしいから、いざとなれば逃げられそうではある。
「……埋葬」
「ジェロはなんでさっきからそんなに怯えてるのさ」
するとジェロは口をつぐみ、ボーイは半笑いで肩をすくめるのだった。
一体何なんだか。
それにしても、ハルの機転で無事に過保護なココちゃんの肩車は回避することができたけど、こうして森の手前でピクニックしていると、何しに来たんだ僕はと思ってしまう。
流石に成人男性としては、少女に肩車されるというのは恥ずかしいから、それに比べればピクニックの方がいくらかマシではあるんだけど。
ぽかぽかの日向が暖かくて少しうとうとしてしまいそうになるなあ。
「いやーお茶がおいしいね」
「たまにミューってじじくさい時あるよな」
「うが」
「えっ!? いや、僕十五歳だよ!? 何言ってるのさ!」
「いや、知ってるよ。そんなに慌てなくても」
「そうだよね! 知ってるよね!」
なんというか、実年齢十五歳、見た目は小学生、でも中身の合算した年齢はアラサーからアラフォーになりつつある身としては、年齢の話はちょっと敏感になってしまう。
さっきもココとハルの二人が猛スピードで森の中に走っていくのを見て、「若いっていいなー」と思ってしまったところだ。
精神年齢は転生前からもずっと十四歳の夏休みくらいから進展していない気がするんだけどね。
でも、幼いと若いは別という気がするし、ふとした拍子に年齢が行動にでてしまうことはよくあることだ。
僕は気づけば正座しながら両手でコップをもってお茶をすすっていることに気づいて、とりあえず足を崩しておくことにした。
若くふるまうコツを今度ヨミに会ったら聞いておこうかな。
あのロリぃ神様はきっと長生きしてるけど、見た感じは違和感ないからなあ。
(我は自分の思ったとおり生きとるだけじゃ。別に若作りなんぞしとらん)
「はあ、じゃあ素で子供っぽいんですね」
(子供っぽいとはなんじゃ! いつまでも童心を忘れていないと言わぬか!)
「童心だったら僕も忘れていないつもりなんですけど」
「いきなり何を言いだしてんの?」
「うん?」
僕はボーイの指摘で、ここにいない誰かと会話していることに気づく。
今の声はまさか。
(我我、我じゃよ我)
そんな詐欺臭い言い方で頭の中に響いてくる少女の声。
こんな不思議現象を起こせることを考えても、間違いなく僕の主神であるヨミだった。
「久しぶり。それにしても、また懐かしい詐欺手口を……」
(ぬ? これは現在、神界で大流行しておる最新の手じゃぞ? 我もこれで天空神のジジイから信仰力をちょっと分けてもらったのじゃぞ?)
「犯罪に手を出さないでよ」
(ジジイはちゃんと我とわかっておったからセーフじゃ。『信仰力ならあげるからもうこんなことをしちゃいけないよ』って言ってたしの)
「完全に同情されてるじゃん。信者として悲しくなるからやめてよ」
僕はヨミの寂しくなるエピソードを聞いて肩をがっくりと落とす。
そんな僕の様子に不思議そうな顔をするのはボーイとジェロ。
「大丈夫、か?」
「ああうん。なんか僕がマエストールやってるところの神様から、着信? いや、こういうのもご神託って言うのかな? まあ、そんなのがあってるの」
「へえ、すごいな」
納得したようにうなずく二人。
僕もこんなことができるって初めて知ったんだけど、神様絡みということであればそこまで驚くことでもないのだろう。
地味に痛い天罰が来るのも、声かけられるのも大した違いはないだろう。
(いやいや、こうやって声かける方が大変なんじゃぞ?)
「そうなの?」
(こっちのほうは交信費がかかるからの。うまく繋がるかのテストも済んだし、今からこっちに呼ぶぞ)
「え? ちょ、ちょっと待って! ジェロ、ボーイ! ちょっと呼ばれたから行ってくるね! またここに戻ってくると思うから後よろしく!」
「え? 行くって……」
何かボーイが言いかけたけど、その前に僕の視界は暗転してしまう。
そして気づけば目の前は、どこか落ち着く6畳間の部屋へと変わっていた。
「よく来たの」
そう言いながらこたつに足を突っ込みつつ、ベッドに座る格好で召喚された僕に話しかけてくるのは、われらが主神ヨミだった。
「だんだん呼び出すのも待つ姿も雑になってない?」
「もうこの部屋を見られておるのに何を気遣う必要がある?」
「それはそうなんだけどさあ……」
僕はため息をつきつつも、ベッドから降りてこたつの反対側へと収まる。
曲がりなりにも女性のベッドに座るという行為がなんとなく落ち着かなかったのだ。
「召喚にしても交信にしても、もう少し事前にお知らせするとかできないの? こちらにも心の準備とかあるんですけど」
「してやりたいのは山々じゃが、交信も召喚も自由自在にできるというわけじゃないんじゃ。星の位置とか、周囲の精霊の状況とか、まあそんなのがあるんじゃよ。無制限に神が現世に干渉するのはよくないからの」
そんなものなのか。じゃあ、もし僕が絶対絶命の危機になったとしても……。
「まあ、よっぽどタイミングよくなければ助けられないの。召喚で緊急回避とか甘いことは考えん方がよいぞ」
確かに、この前トライムの興座ですっころんだ時も特になんも言ってこなかったもんな。
期待していたわけじゃないけど、危ない時は危ないってちゃんと認識しておかないと。
そこまで話したところで僕はヨミの目を見た。
「ところで今回はなんの用事ですか? こうやって雑談するためじゃないんですよね?」
「うむ。こうやって会うのにも刻一刻と稼いだ信仰力は減っておるからの。特に交信なんて数秒ごとにえげつない量が減るんじゃぞ。名残惜しいが無駄話はあんまりできん」
そう言って姿勢を正すヨミ。
残念ながらこたつに下半身をつっこんでいるので、しまらないこと甚だしいけど。
しかし、神との交信って国際電話か何かだろうか。
神話の神託がいつも短くて内容が中途半端なのって、こういうシステムだからなのだろうか。
「なにはともあれ、アルスミサの初公演が決まったようじゃな。我も神として嬉しいぞ」
「あ、はい。がんばってきます」
「うむうむ。信仰力をがっつり稼いできてくれ」
なんかこういう会話していると、ヨミって普通に会社の上司っぽいな。
芸能会社の社長みたいな。
「それで、歌詞はいつ決めるんじゃ? アパスルライツを結んだときはひとまず保留しておったが、そろそろ聞いておきたいんじゃが」
「あー、そうでしたね」
あちこちで練習はしていたけど、まだ本決まりの歌詞って決まってないんだった。
ココに任せることもできず、適当にやってたし。
「なんせ我に捧げる歌なのじゃから、検閲というわけではないが、一応チェックしておきたいんじゃが」
「まあ、案があるにはあるんですけど」
そう言いながら、僕は一緒に持ってきていた手荷物の中から歌詞を書いた紙を渡す。
幸いにもこの世界は、質は悪いけど紙と筆記用具があるので、思いついたときにちょこちょこ書き連ねておいたのだった。
「ちょっと見せてみ。……ふむふむ」
そう言って読み進めていったヨミは、まじめな表情から徐々に眉にしわが寄り始め、最後のあたりではジト目でこちらを見つめてくるではないか。
「……だめでした?」
「だめというか、もう少しなんとかならんのか。我をあがめる姿勢はよいのだが、サビで名前を連呼されるのは少々照れるぞ。あと、夢を大事にするのはいいが、表現がくどいな。どんだけ夢を掴みたいんじゃ」
「そう冷静につっこまれると非常に恥ずかしいんですけど」
残念ながら僕にはそんなに作詞の才能がないようだった。
たしかに僕も「夢をつかむ」というフレーズがゲシュタルト崩壊するくらいには書いてて、なんかおかしいとは思ったけどもさ。
ヨミははあと息を吐くと、僕が歌詞を書いた紙にサラサラと書き付け始める。
どうやら添削をしてくれているようだが――。
そして、数十分後。
「できたぞ。全く、ここまでしてくれるなんて我くらいじゃからな?」
「ありがとうございます」
そう言いながら歌詞を見てみる。
そしてそこに書かれていたのは、僕の書いた歌詞一言一句すべてに被せられた文字。
簡単に言うと、全修正というか、新しい歌詞が載っていたのだった。
助かったといえば助かったんだけど、複雑な気分……。
「それにしても、あんまりヨミの名前出さなくていいの? アルスミサって言ってみれば神様に捧げる歌なんでしょ?」
「こういうのは神が楽しめればいいんじゃよ。我はお前達に歌ってほしい歌詞にしただけじゃ」
「うん、ありがとう。思ったよりも定番な感じで楽しそうだね。ところで歌詞の最後のところが空いてるけどここは?」
「ここは、チーム名か決め台詞でもいれとけと思ったところじゃ。好きにするがよい」
決め台詞なんてないし、チーム名かな。
そういえばチーム名というか、ユニット名ってなかったっけ。
今はアイドルはココ一人だから考えていなかったけど、いずれは人数増やしたいし、考えとくのも悪くないかな。
よし。
「なんか思いついたのか?」
「はい。歌詞のここらへんからとってですね。僕らのユニット名は――」
こんな感じで、なんやかんや楽しい僕とヨミの時間が過ぎていくのだった。