第四十六話 ハルの見る周囲
私はハル。
このカシマの街でクーガ・キメラという冒険者チームと言えばちょっと名の知れたものよ。
「おい見ろよ。あいつらが『クーガキメラ』だろ?」
「じゃああの先頭の赤い髪のが『赤蛇』のハルか」
道を歩くと偶に私に対してそんな声が聞こえてくる。
最初の頃こそ名が知られることに誇らしさもあったものだけど、流石に最近は慣れてきて特に思うところはなくなってきたところね。
王侯貴族や役者じゃあるまいし、姿絵が出回っているわけじゃないから私たちの顔を実際に見知っている奴が多いわけじゃないのに、ボーイとジェロとの組み合わせが特徴的なのか、知らない人に名前を呼ばれるのは変な気分。
私はいたって普通な見た目なのに、ジェロは人並み外れて図体がでかいし、ボーイは落ち着きがなくボールやらナイフやらをジャグリングして目立つのがいけないと思うのだ。
そう思った私はボーイがジャグリングしているところに手を突っ込んで、ナイフの刃を指でつまんで妨害してやった。
ついでにジェロの背の方もどうにかしてやりたかったが、流石に背を縮めろと言っても無駄だし、ジェロの肩に飛び乗って背嚢の中から干し肉を抜き取るだけで勘弁しておくことにする。
二人とも驚いたり不満そうな表情をするが、表立って文句は言わず、寄り合ってひそひそと話をしている。
「姉御、機嫌悪いな」
「ああ」
「やっぱり原因はあれだよなあ」
「ああ」
こっそりと話しているつもりかもしれないが、私の耳にはばっちり聞こえているので二人を睨みつけるとそのまま黙ってしまう。
それで黙るなら最初から言うんじゃないっての。
まあ、自分でもイライラしているという自覚はある。
そして、その原因が目の前にいるやつだということも分かっている。
「見て見てミュー。あの馬、足が8本あるよ!」
「すごいね。軍用馬なのかな。お城の方に向かってるね」
そんな呑気な声をあげてキャッキャと華やいでいる2人の姿。
片方はミューハルト・ループ。私の幼馴染だ。
私らと同い年のはずだけど、ホビットの母親譲りの体躯はとてもそうは見えないぐらいに小さい。
今はフードに隠れて見えないけれど、きっと父親譲りの人形みたいに整った顔をほころばせて細長い耳をせわしなく動かしているのだろう。
昔、ミューのお母さんのアンナさんに聞いた話では、エルフの耳は感情に合わせて動いてしまうそうだが、それを動かさないようにするのが矜持であり、特に同種族以外の前で動かすことは滅多にないそうだ。
まあ確かに感情を露わにするエルフっていうのはイメージとは違う。
しかし、特にそういった訓練もしていないミューの耳はとてもわかりやすく動くのだ。
個人的には犬の尻尾みたいで可愛いのでわざわざは指摘しないでおこうと思っている。
「あれはスレイプニル種ね。馬型の魔物だけど軍用馬として飼育されているわ。ものすごく値が張るらしいけど今後の遠征に使うのかしらね」
「へえ。ハルは詳しいね」
「ふふん。私こう見えても一流の冒険者だしねー」
「…………ぐるる」
そして今こちらを睨みつけている方がココとかいう獣人の女。
こちらも同じ年らしいが私よりは小さい。
まあ、ミューよりは大きいし、こちらはただ背の低い女性の範囲に収まってはいる。
ミューと同じく、フードに隠れた獣の耳がもしかしたら動いているのかもしれない。知らんけど。
ミューはいい。見てて和むし。
だけど、問題はこのココとかいう女の方だ。
睨んでいるいというのは可愛らしい表現で、体感としては魔物が獲物を狙って息を潜めているような、背筋がゾッとするような危機感を感じる。
最初にこの街でミューに会った時は、状況が状況なだけに感動の再開とはいかなかったけど、それはもう嬉しかったものだ。
できたらクーガ村まで錦を飾って迎えに行きたかった気もしたけど、今時点でも結構立派になったと思うし、胸を張っての対面できたことは運がよかったと思う。
なんせミューには軽く語ったクーガ村からカシマの街のまでの道中だったが、実際のところ、魔物に何度も襲われて何度死ぬかと思うような状況になったものだし。
最近改めて自分たちを振り返ってみると、この一年足らずの間ですっかり雰囲気が変わってしまったように感じることしきりだ。
抜けたところのあったボーイは、お調子者なところは変わらないが、いつのまにかその細い目に抜け目ない光が宿るようになった。
ジェロは元からでかさからくる圧はあったが、今では実力に見合った威圧感を放てるようになっていると思う。
私も自覚はないが、ボーイとジェロからは変わったと言うからそうなのだろう。
それだけこの世界での旅というのは危険なものなのだ。
比較的安全な街道沿いを馬で飛ばせば危険度は下がるものの、それでも魔物が来ないとは言い切れない。
だから、行商人などは腕の立つ冒険者か傭兵を付けるか、あるいは魔物除けのアパスルライツを施す。
それを踏まえてミューの方を見る。
昔っから危機感のないぽややんとした雰囲気を放っていたが、数カ月ぶりに会った時も全く変わっていなかった。
ココとあと一歩で殺し合いになっていたかもしれない空気が一気に霧散するくらいに。
あまりにも変わらな過ぎて違和感がなかったけど、改めて自分たちの変化を思えば驚異的ですらある。
本人は子供に見られることを体格のせいだと嘆いているが、その原因の半分は性格からくる雰囲気に寄るところが大きいと思う。
貴族のボンボンじゃあるまいし、ここまで来る時にあの警戒心のなさでどうしたのだろうかと思えば、それを助けていたのがココのおかげだという。
獣人。噂には聞いていたがとんでもないやつだった。
あの親バカの極みみたいなミューのお父さんが二人旅を許すくらいだから、並みの実力では務まらないのだろうけど、はっきり言って規格外だわ、あれ。
初めに相対した時は、そりゃあ罠も策もなく一当たりしてみたのだけど、決して油断していたわけじゃなかった。
それなのに、私よりも小さい体で三人まとめて正面から押し返されたのだ。
私の持つエクスツールのキルショットを使っていれば負けなかったとは思いたいが、正直無事で済んでいた自信はない。
そんなのがミューを助けてくれていたということで、感謝もするし頼もしくもあるのだが――。
「姉御。目つきが怖いよ。道行く人がみんな避けてるよ」
「ああン? なんか言った?」
「いや、なんでもないです」
あの女は私とミューがいると露骨に割り込むか殺気を飛ばしてくるし、こうして今も肩を寄せ合って目の前でイチャイチャイチャと…………。
いや、私が別にミューを異性として好きとかそういうのじゃないよ?
ミューはどっちかというと可愛い弟分というかそんな感じ。
けれども、頭がよくて自分じゃ敵わないと思うところもあったりして、でもいつかとんでもない目に遭いそうな、放っておけない感じ。
うん。つまりは、この女がミューにとって悪い虫じゃないかと気が気じゃないんだ。
自分がイラついている原因も分かって少しすっきりしたが、大本がいるんじゃ気も治まらない。
かと言ってこの前みたいにミューを引き離そうとするとミューが怒るし、ココからは野生動物のような殺気を放ってくるし。
どうしてミューはあの殺気に気づかないんだろう?
あれに気づかないようなら冒険者としては長生きできないと思う。
まあ、全力で守ってあげるけどさ。
「冒険者ギルドに到着! 初クエストドキドキするね!」
気づけば見慣れた建物の前に到着していた。
嬉しそうにミューが言っているけど、はっきり言ってその姿は少し、いやかなり浮いているわね。
どう見ても親からのお遣いしかできなそうな見た目の子が言っているのだから笑ってしまいそうになるわ。
この業界ではエクスツールの存在や他種族などもいるので、必ずしも見た目が力量に直結するわけではないのだけど、この子に関してはそのまんまだからね。
他種族で見た目通りの年齢ではないという事実は合っているのだけれども。
私らがギルドの建物に入ると、屋内にいた人の注目が一斉に集まる。
流石にここでは顔見知りも多い。
入ったばかりの頃はいきなりランクを上げた私らに絡んでくる輩も多かったが、Cランクともなるとそんな奴もいなくなって楽なものだ。
そんなことを思っていると、私らがクエストを貼りだしている掲示板に行くよりも前に受付嬢のお姉さんがこちらに駆け寄ってくる。
どうでもいいけど、こんな大きな街の冒険者ギルドの受付嬢ともなると美人よね。
荒くれ者が多い冒険者相手にこんな美人って必要かしら?
「クーガキメラの皆様、本日はどうされましたか? 今のところ皆様にお願いするほどのクエストはありませんが、よければ同時に受けられそうな組み合わせをピックアップしますけど」
「あーそれはまた今度ね。今回はあの二人の付き添いなの」
私がミューとココの二人を指さす。
すっかりお得意様というか、指名の仕事も増えてきた私たちなので、こうやってギルド側から仕事を見繕ってくれるようになって久しい。
そんな中でいかにも素人というか一般人な見た目の二人を連れてきたものだから、受付嬢は不思議そうな顔をしている。
「確か……しばらく前に登録だけして一度もクエストを受けていない子達ですよね。お知り合いですか?」
「まあね。それで適当なクエストでも一緒に行こうかと思って」
「失礼ですが、いくらCランクの皆様が付き添いでも、Fランク二人と一緒ではあまり危険度の高いクエストは……」
そう言い淀む。本当はココだけなら一人でCランククエストに突っ込ませても平気そうな気がするけど、だからと言って今回は難しいところに行くつもりもなかった。
掲示板を見て適当な採取クエストをひとつ取る。
Eランククエスト。まあCとFのランクの合同チームが受けるんだったらこんなもんだろう。
「これならいいでしょ?」
「それならまあ。染料の原料となる素材採取ですね。ああ、この依頼主が素材にこだわる方でして、なかなか誰も達成できていないのですよね。もしやっていただけるなら助かります」
「ドリームシープの羊毛、なければチェリープラネットの花でも可って。後者は楽勝だけど、前者は手を出したら危ないのによくこんなのEランクにおくわね」
「まあこの近辺にはいませんので……」
そう言いながらあいまいな笑みを浮かべる。
実質的に花の採取クエスト扱いということなのだろう。
ドリームシープは直接見たことはないけど、高山に生息する魔物だと聞いたことがある。
ファンシーな見た目に反して攻撃性が高いらしい。
まあ、街の外の森で出たと聞いたことはないので単なるお花摘みだけの簡単なお仕事になりそうだ。
依頼主の要求水準が高くてもボーイとジェロに任せれば大体うまくだろうし。
なんだったら、花の見つけ方と摘み方が分かればこのミューとココの二人でも十分にできそうだ。
もちろん二人だけで行かせる気はないけど。
「じゃあこれ受けるから」
「はい。かしこまりました。ご武運をお祈りします」
お花摘みで武運もなにもないだろうにと苦笑するけど、あちらも定例的な挨拶だ。
私は臨時のパーティーメンバーを振り返った。
ミューは掲示板をまじまじと見つめている。
その視線の先にはゴブリンの駆除やウォーウルフの捕獲など、難易度高めの任務の注文書が貼ってある。
やれやれ。そんなに真剣な表情をしても受けられるわけじゃないのに。
そしてその後ろに近づく大柄な冒険者の男が二人近づく。
見たことあるような気がする程度だし、大した腕ではなさそう。
ミューに話しかけようとしているようだが、からかおうとしているのか、それとも私たちとの繋がりについて聞こうとしたのか。
しかし、彼らが声をかける前にココがさらにその背後から無音で近づき、二人を肩で担ぐとそのままギルドから運び出してしまった。
それを慌てて追いかけていくボーイとジェロ。
ミューがふと振り返るとそこには誰もいなかったので、キョロキョロと見渡している。
そんな困ったような顔をしてキョロキョロしていると、迷子と思われて攫われそうね。
「ねえハル。他のみんながいつの間にかいないんだけど?」
「先に表にでたわよ。ところで、あのココのことなんだけど」
さて、気をつけろと言うにしても何を気をつけさせるべきかな。
基本的にはミューのことを信頼、いえ信奉かしら?しているようだし、多分手は出していないみたいだけど。
そう思っていると、ミューは何かを勘違いしたのか上目遣いでこちらを見つめて言った。
「ハル。まだすぐに仲良くはできないかもしれないけど仲良くしてほしいな」
私がココの悪口を言うとでも思ったのかしら。
でもまあ陰で注意しようとしているのも婉曲な悪口とも言えなくないし、私は特に言い訳することもなく、
「……悪い子じゃないと思うけど、時々とんでもないことしそうだから気をつけなさいよ」
「うん。ちゃんといつも見てるから大丈夫だよ」
「いつも、ね。まあいいけど」
私はため息をつきながらそう言った。
不安しかないけど、思えば昔からミューに自信満々に言われると私は何も反論する気も怒らなくなるのだ。
気づけば1か月投稿できました。
読んでくれている奇特な方々はありがとうございます。
とりあえずあと10話くらいで一区切りの予定ですので、ぜひお付き合いください。