第四十五話 とんとん拍子
楽器制作の依頼から数日。
使う楽器も決まったということで僕らの練習にはますます熱が入ってきた。
「ハイハイハイハイ! そこでくるっとターンして……ポーズ! 指までピッと伸ばす!」
「えぅ!」
天気のいい昼下がりの空き地に僕とココの声が響く。
今までは教会近く通りで路上ライブがてら練習していた僕らだったが、本格的な踊りの練習まで路上でやるわけにはいかないと、教会横の空き地を借りてこうやって練習しているのだった。
空き地というか教会で栽培している花壇や畑があるのだが、僕らもお世話しているし、空いているスペースだったら使っていいとマリアさんの許可をもらったのである。
最近はじわじわと暑くなってきたけど、部屋の中だと狭いし、外でいい汗を流すのも悪くないだろう。
でもフードが本当に暑くて、耳の中を汗が伝うのが気持ち悪いのだけは何とかしたいが。
僕の掛け声に合わせて踊るココは暑さもなんのその。
元気はつらつでポーズを決めている。
振付を考えるのも初めてだったけど、ココぐらいの運動神経とかわいさがあれば大体それっぽく見えるからお得というか、楽ができていい。
これで同業が多ければ差別化のためにも色々工夫やセンスが必要になるのだろうが、先駆者というのはこういう時に助かる。
なんせまともに比べられる相手がいないからね。
「じゃあ今度は曲付きでやるからちょっと待ってね」
「わかった!」
僕は何の変哲もない横笛を取り出すと軽く音を出して調子を確認する。
バリウスさんには笛タイプのエクスツールを作ってもらうこととなったので、お店で練習用の安いものを買ってきたのだった。
幸いにもブライのナイフで作った草笛を吹く練習はしていたし、マリアさんにも笛は教わっていたから、自分でいうのもなんだがそこそこの演奏はできていると思う。
あと、日本の小学校時代にやっていたリコーダーの経験というのも案外無駄ではなかったと実感しているところである。
めちゃくちゃうまかったわけでもなかったが、見知った歌を再現したりして割と楽しかったなあと昔を思い出してしみじみ。
まあ、本当はチアリュートで慣れた鍵盤楽器がよかったのだが、持ち運びが大変なことで断念したので代替案ではあるのだけども。
ピアノタイプの音階の広さは、自分ひとりで演奏している今の状況では非常に魅力的ではあるんだけどね。
しかし、笛1本であっても、エクスツールならば音量と音質は確保できるのでよしとしよう。
魔法的な不思議技術様々である。
「いくよー」
「えぅ!」
僕の演奏とともにココが踊り出す。
やはり目標ができると上達が違う。
領主の城でやった時から比べるとかなり見られる程度の形になってきたと思う。
元からココの運動神経と声量は十分なものであったので、きちんと練習すればこのとおり。
数分の踊りと歌でも少しも息を切らさずにできるのだから本当にすごい。
僕もマリアさんに教わりながら演奏の練習をしているけどココには負けていられないね。
何回も繰り返し、お互いに指摘しあいながらやったところで一息つく。
不甲斐ないけど、動き回るココよりも先に僕の体力の方が尽きそうになるのだ。
僕もココに参考のために踊ってみせたりするので、決して動いていないわけではないのだけど、何度もフルに動き続けるココがずっと元気というのが信じられない。
これが若さという奴か。いや、肉体年齢は同じはずなんだけども。
「よし。午前中の練習はこれでおしまいにしようか。かなりよくなってきたよ」
「えぅ! ミューのごしどーごべんたつ、のお陰だね!」
「ちゃんと難しい言葉も覚えてきてるね。勉強の方も効果があっているみたいで嬉しいよ」
まだ、たどたどしいところもあるけど勉強も効果が出つつあるようだ。
僕が笑顔で頷いていると、ココが首を傾げながら尋ねてきた。
「ところでミュー。さっきの歌に言葉はつかないの?」
「歌の言葉? ああ、歌詞のことね。うん、考えてはいるんだけど中々決まらなくてね」
言われた通り、ヨミとアパスルライツを結んだ歌はまだ歌詞が無い。
ラララと声を出して音程だけは練習しているが、早く歌詞をつけないと覚える時間もとれないという思いはあるのだ。
しかし、思いつかないものは思いつかない。
ヨミに捧げる歌だからと思うと、どうしても讃美歌っぽくなっちゃうし。
それが悪いとは言わないけど、アイドルの方向性としては違う気がするし……。
うーみゅ、悩む。いっそココにやらせてみるか。
最近は勉強の甲斐もあって語彙力も増えてきたし。
「ココはなんかさっきの歌に歌詞思いつく?」
「歌詞? どういう風にするの?」
「なんか自分の想いを乗せたり、あとはヨミの教団だからそこらへんを盛り込む感じかな」
「うーん……」
ココは部屋の中をうろうろとうろついていたが、うんと頷くとこっちを向いた。
胸の前で手を組むとすっと息を吸う。
「ミューは大好きとってもかわいい お肉も大好きとってもおいしい ヨミはまあまあ好き 部屋のぬくぬく布団はかなり好き~♪」
「ストップ。ごめん、僕が考えるよ」
「えぅ?」
語彙力以前の問題だった。いや、微笑ましくはあるんだけど、こんなもの皆の面前で歌ったら僕が恥ずかしくて耐えられない。
考えることは多いなあ……。
そんな風に僕が嘆息していると、表の通りから声が聞こえてきた。
「馬鹿みたいな歌が聞こえてきたけどまさか本番で歌うんじゃないでしょうね?」
「やっほー。おひさー」
「元気そうだな、ミュー」
姿を現したのは幼馴染3人組。いや、今はクーガキメラと呼ばないといけないだろうか。
「いや、ミューにそう呼ばれるのは照れるわね。っと、今日はおっちゃんから言伝預かってきたんだった」
「おっちゃんって、トラオムさんのことだよね?」
頷くハルから手紙を受け取る。
横でココがハルに対して唸っているけど、いちいち馬鹿な歌とか言うハナも悪いんだし放っておくことにした。
「どれどれ。……ココ! 僕らの初公演決まったって!」
「えっ、ほんとう!?」
その内容にざっと目を通すと、先ほど僕が言った通り、そこには初公演の場が決まったことが書かれていた。
初めてバリウスさんに会った日からまだ2カ月も経っていないというのに仕事が早い。
トライメでの新規事業と聞いていたからもっと時間がかかるものだと思っていたが。
ボーイが糸目を更に細めながらこっちの手紙を覗き込んできた。
「おーよかったねー。ちなみにどこでやることになったの?」
「えっとね。軍の出征式の時に一般兵に対しての余興でやるんだって。……軍の出征式?」
さっきは喜びと興奮で飛び上がらんばっかりだったが、改めて見ると聞きなれないイベント名に僕は眉をひそめた。
カシマ領には数が少ないながらも貴族を中心とした騎士団がおり、領内の警備や危急性の高い魔物の討伐に就いていることは知っている。
軍という単語を使うときは、徴兵をしたり傭兵を雇い入れて規模を大きくしたときに使うことが多いらしいが、このカシマ領で軍が出張らないといけないほどの出征という事態が起こっていただろうか。
ちょっとした魔物だったら冒険者が退治するし、出征式を行うほどの派兵となるのはかなりの規模のことになる。
僕とココが何のことやらわからずに首をコテンと傾けると、ジェロがボソッと呟く。
「ついに参戦か」
「参戦、ってもしかして国の西側で起こっている帝国との戦争のこと?」
「ああ」
重々しく頷くジェロ。
何かと忘れがちではあるけど、カシマ領が属する我が国、ドーフィス王国は、西側で国境線を接するガトリング帝国と数年前から戦争中らしい。
しかし、噂によれば、ガトリング帝国は戦神を奉ずる傭兵団あがりの国で武力に優れてはいるが、複数の国と同時に抗戦しているせいで戦線は硬直しているとのこと。
これまた聞いた話ではあるのだが、ガトリング王国では冬将軍が強く、10月には戦闘続行不能になる上、こちらからも攻め込みにくい地形とあって一進一退が続いているのだという。
そんなことだからドーフィス王国の東側に位置するカシマ領やクーガ村では王国領からの戦時徴税で多少税金が上がった以外に影響はなかったのですっかり忘れていた。
すると、ハルが何かを思い出した顔をする。
「そういえばおっちゃんが言ってたわ。王国から後方の領地にも兵の拠出を求める要請が出たんだって。100名規模の要請だったから、騎士階級の数人以外は領内の傭兵や臨時兵士で賄うっていうんで、募集があっているのを冒険者ギルド内で見たわね」
「ハル達も行っちゃうの?」
「募集はあくまで任意だから行くつもりはないわ。私らはトライメの用心棒だし、Cランクの冒険者なんて各支部のギルドがそうそう手放さないわよ」
そう言いながらハルは僕の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
こうされると、別れるのが嫌だとぐずる子供みたいな扱いで不本意なのだが、そうそう何度も離れたくないと思っていたのは事実なので少し安心する。
それにしても、出征式での一般兵相手の余興か。
貴族で構成された騎士が数人ということは、一般兵はそれらを差し引いても100人弱いるだろうから、僕らの初ライブはその人数が相手ということになるだろう。
軍隊が100人規模というと少なく感じてしまうけど、カシマ領だって地球に比べればそこまで人が多いわけじゃないのだから十分な数。
ましてや、僕らの初ライブの人数がその数だと思うと現実的な人数だけにリアルにイメージできてしまい緊張する。
すると、頭をなでていたハルが今度は僕の背中をバンバンと叩く。
「緊張する必要はないわよ。騎士連中の出征式は領主の城で派手目にやるらしいけど、一般兵の出征式なんて、大通りのパレードのあとは野外で宴会みたいなのやるだけだし。きっと、その宴会の時にやるんじゃないかしら? むしろみんなちゃんと見てくれるかの方が心配ね」
「それはそれで複雑なんだけど」
そう言いつつも少しだけ心配が収まった気がする。
そうか、お金払って見に来てるものじゃないから路上ライブと然程変わりもないか。
失敗してもいつもどおり、成功したら万々歳。
そう思えば多少気が楽かな。
「がんばろうね!」
「うん」
ココとお互いに手を叩いて頷きあうのだった。
僕らは幼馴染3人に話しかける。
「わざわざ3人とも来てくれてありがとうね。用心棒の方はよかったの?」
「ああ。つい最近うちにからんできた興座の連中の処分が終わったばかりだからね。あんな実力行使する馬鹿はもういないでしょ。おっちゃんのところには私ら以外の側近もつくようにしてるしね」
マーロンさんが直々に手を下したらしいけど、一体どんなことをしたのか。
怖くて聞けないな。
すると、3人は笑顔で僕らに向かって言う。
「さて、用事も終わったわけだけど、ミューはこの後ヒマ?」
「暇というか、練習と勉強くらいしか予定はないけど……」
「それじゃあさ。冒険にでもいかないか?」
「冒険?」
「そうそう。聞けばミューも冒険者ギルドに登録してるらしいじゃん? だから先輩冒険者である私たちが直々に教えてあげようと思ってね」
突然のお誘いに驚いたが、言われてみれば僕らもFランクとはいえ冒険者だった。
貧弱な身なのでペーパドライバーならぬペーパー冒険者で放置していたが、新進気鋭のCランク冒険者チームと、気心の知れた友達と一緒ならば初任務も安心な気がする。
そう思うと、やむなくしまい込んでいた僕の冒険心が沸き上がってきた。
この世界に転生したばかりの頃は、将来強い剣士とかに憧れていたものだ。
今回は付いて行くだけとはいえ、冒険に出られるというのは中々楽しそうである。
そう思った僕は頷いて言う。
「いいの? じゃあお願いしようか――」
「ちょっと待って。私も連れて行ってくれるよね?」
僕の言葉を遮ってずいっと割り込んできたのはココ。
その表情はふんすと鼻息荒く、何が何でも付いていくという強い意志を感じる。
そんなに冒険者稼業に熱心な風には見えないけど、やはり仲間外れというのは嫌だろう。
本当はいくらハル達が守ってくれるとはいえ、僕の趣味のために危ないことに付き合わせるのは気が引けるんだけど。
そう思っていると、どこか腰の引けたボーイと心なしか冷や汗をかいているジェロが口を開く。
「いやー、ココちゃん? いや、ココさん? 今回はおいら達がミューのことはばっち守るからゆっくりしてても……」
「うが。安心してほしい」
「守る? あなたたちが? ミューを? へー、ふーん」
ボーイたちに近づいてほぼゼロ距離でじろじろ見るココ。
可哀そうに。ハナ以外の女の子と碌に接していないせいか女の子に免疫がないのだろう。
ふたりは遠目に見ても挙動不審になっているじゃないか。
そう思っているとその間に割り込むは我らがハルさん。
「まあ、そこまで言うなら付いてくれば? 私も前々からあなたとゆっくり話してみたいと思ってたしね」
「わーありがとー。私もゆっくりあなたと話してみたかったんだー」
「あら、案外気が合うかもね。うふふふふふ」
「えへへへへへ」
お互いに笑いあうココとハル。
どことなく棒読みっぽくて硬いけれど、前に一緒に出掛けた時はちょっと険悪なムードだったし、お互いに歩み寄って一歩前進といったところか。
この調子でどんどん仲良くしてほしいね。
「いやー楽しみだね! ねえボーイ、ジェロ」
「そ、そうだナ」
「…………」
僕はウキウキ気分で何があるのかちょっとした遠足気分になるのだった。