第四十四話 楽器ってなんだっけ?
いやーよかったよかった。
バリウスさんの怒鳴り声と怖い顔で、昔の仕事先のことを思い出して反射的に固まってしまったけど、その後は無事にリカバリーできたと思う。
ハルの態度が悪いせいで怒らせていたみたいだったので、ちゃんと礼儀正しく接すればわかってくれたのだろう。
礼儀は大事だね。
バリウスさんはあんなに怖い顔だったけど、とても優しい人だったみたいで、僕らの種族についても特に何も言わないし、エクスツール作成もすぐにやってくれるとのことだったし、値段だって思ったよりもずっと安くしてくれるようだ。
正直ここまでやってくれると何か裏があるのじゃないかと思ってしまうくらいなんだけど……。
「大丈夫だよね、ハル? 何か厳しい条件とか裏取引とかないよね?」
「純粋におっさんの親切心みたいよ。ま、あっちが思い込む分にはこっちは知ったこっちゃないからいいんじゃない?」
「思い込む?」
「ミューの頑張りに心打たれたってことよ」
「ふーん?」
なんか答えになってるような、なっていないような感じだけど、僕が頑張る姿がバリウスさんに評価されたということであれば悪い気はしない。
どうやら路上での練習を見てくれていた人みたいだし、マーロンさん程じゃないにしろ応援してくれているのだろう。
そう思えばあの活動も十分以上に役に立っていたんだね。
「やっぱりミューってすごいんだね」
「いや、僕だけじゃなくてココの頑張りもあったからこそだよ。バリウスさんは僕だけじゃなくてココの方も見てたし」
「よくわからないけどミューのことをしっかり守るって言ったら喜んでたし、ミューのことが大事なのかなーって思ったんだけどな」
「そんなことないよ。ココの頑張る姿を評価してくれたんだって」
ココとお互いに照れ笑いする。
ちょっとココは僕のことを過大評価しすぎる気があるけど、今回は互いに頑張ったということでいいと思うんだけどね。
ハルはそんな僕らを見てなぜか苦笑しているけど、なにはともあれ結果オーライである。
「おい、入っていいぞ」
工房の奥の部屋から野太い声がする。
バリウスさんに楽器のエクスツール作成の依頼をすることになったのだが、その前に少し片づけると奥に引っ込んで数分が経過しただろうか。
武器の工房ともなると、危険なものが転がっていたり、企業秘密があったりするのだろう。
その声に従って僕らは工房の奥に入っていくのだった。
「わぁ……」
思わず感嘆の声を漏らしながらあたりを見渡す。
前に街の武器屋で見た武骨な武器がずらりと並ぶ様も迫力があったが、この部屋はそれに輪をかけて凄い。
あちこちに作りかけだったり完成した武器が並んでいるのは予想通りだったが、それに加え、見慣れない種類の動物の毛皮や積まれていたり、内臓らしきものが液体の入った瓶に漬けてあったり、僕の身長程もある骨が立てかけてあったり。
魔法使いの館と言われても納得する有様である。
とはいえ、この世界ではアパスルライツを除けば、エクストラやエクスツールが魔法に近いのである意味魔法使いと言えなくもないのであろうが。
エクストラの発生関わっていた精霊があたりを飛んでいるのだろう。目の前を様々な色の光が飛び交って幻想的だ。
「すごい! キラキラしてるね!」
「おう。まあいくら綺麗でも刃物や素材には触るなよ。特に危ないのは片付けたが、勝手に触って怪我しても知らんぞ」
バリウスさんがぶっきらぼうに言うが、その声色はどこか優しい。
やはりいい人っぽいよね。
バリウスさんは背の低い椅子に腰を掛けると、こちらに向き直る。
「さて。改めて自己紹介するが、俺はバリウスってもんだ。見ての通り、この工房でエクスツールの作成をしている職人だ」
「よろしくお願いします。先ほども自己紹介しましたけど、僕はミューハルト・ループっていいます。アイドル……ええっと、歌の公演とかの興行をしたいと思ってます」
「ん。お前は楽器を弾いたりするんじゃないのか?」
「そういうことも今はしますけど……」
「そうかそうか。公演とか興行とか難しい言葉を知ってるんだな。偉いぞ」
「?? ありがとうございます」
なんかよくわからないけど誉められた。
続いてココが手をびしっと挙げた。
「私ココ! ミューと一緒に歌います!」
「そうか。ココっていうのか。元気がいいのはいいことだぜ」
「ありがとう!」
「ははははは」
楽しそうに笑いあうココとバリウスさん。
それに引き続きハルが小さく手を挙げた。
「私はハナ。Cランク冒険者チーム『クーガキメラ』の――」
「お前は知ってる。別に何も言わんでいい。何だったら帰っていいぞ」
「なんか今日の私の扱い特にひどくない!?」
ガーっと怒るハナにバリウスさんはしっしと手を振っているが、こういったやり取りでも気心の置けない信頼関係があるんだろうなと思うとちょっとうらやましい。
ハルもこんな風に大人の人とやり取りできるくらいに出世したんだなあと思うと感慨深いものだ。
バリウスさんは周りに今までいなかったタイプの人間で独特のノリがあるのを感じるけど、少なくともいい人そうなので僕らもしっかりと仲良くしていきたいと思う。
僕は居住まいを正して本題に入ることにする。
「それで楽器のことなんですけど、本当にお願いしても大丈夫でしたか? ここにあるのは武器ばかりみたいですけど……」
「まあ音の調律とかは専門の楽器職人に任せはするが、エクスツールの楽器は作ったことあるからおじさんに任せな」
ドンと自分の胸を叩くバリウスさん。
とても頼もしいと思ったのだが、その言葉に反応したのはハルだった。
「はあ? あんた楽器作ったことあるの? 似合わないわねー」
「仕事頼みに来て失礼だなお前は! まあ、仕事として受けたことはないが、挑戦くらいしたことはある」
「へえどんなの?」
渋い顔をしたバリウスさんだったが、無言で立ち上がると部屋の中に置いてあるチェストを漁ると何品か目の前に並べていった。
どれもしっかりと楽器の形をしていると思うのだが、なんだろう、どことなく威圧感を感じる気がする。
ココが目を輝かせながら、赤銅色に輝くやたら刺々しいトランペットを指で指し示す。
「これなに?」
「これは金管楽器のエクスツールのプラスペッター、のつもりだった」
「だった?」
「少ない呼気で自由自在に音を調整できるようにするつもりが、正面に立った相手を吹き飛ばす程の音量で固定されている」
ココが触りたそうにしていた指をそっと引っ込めた。
ハルが銅鑼のようなバチと円盤の組み合わせを警戒する目つきで見る。
「こっちは?」
「東方のパルサークという打楽器らしいんだが、なぜか鳴っている間は半径5m内に立っている人間の平衡感覚を失わせるようになった」
「……へえー」
僕らは全員、楽器という名の凶器から1歩後ろに下がるのだった。
ハルが笑顔を作りながらバリウスさんに言った。
「あんた武器職人としては優秀ね。これ欲しいんだけど」
「うるせえ! こんな失敗作やれるか!」
皮肉と本気が半々くらいのハルの言葉に怒鳴るバリウスさん。
しかし、僕が耳を澄ますと楽器|(?)から、「今だ! お見舞いしてやれ!」というささやき声が聞こえてくるのはどう考えても危険物としか思えない。
本当に任せてもいいのだろうかと少し心配になってきたのだが、凶器の中にある絨毯みたいに丸められた布から一粒の光が立ち上り、僕の前でチラチラと瞬いて来るではないか。
その光は何かを訴えかけてくるように見えなくもなかった。
僕はその布を指し示してバリウスさんに尋ねる。
「これも楽器ですか?」
「ミュー。これも、じゃなくて、これは、って言う方が正しくない?」
「黙れ赤蛇! これはちゃんと音が鳴る楽器だ!」
そう言って布をばっと広げる。
見た目は円形のペルシャ絨毯みたいな感じか。
中央に魔石を投入する機構がついており、その周りを取り囲むように複雑な文様が描かれている。
その文様の並びに僕は見覚えがあった。
「チアリュート?」
それは実家やカシマの天空教の教会にある楽器のエクスツールの制御盤に似ていた。
僕の言葉に嬉しそうに頷くバリウスさん。
「よく知ってるじゃないか。チアリュートは幅広い音を出せるのが魅力だが、部屋全体を響板として組み込むせいでサイズが大きくなって移動も難しいだろ。それを持ち運べるサイズまで縮減したのがこれだ。制御盤と響板を一体化し、なおかつ材質にビブラ鳥の羽やセイルーン鯨の音響筋を織り込むことで布状にしてだな――」
「で、難点は?」
長くなりそうな説明を、身も蓋もない質問でぶったぎるハル。
気分よく説明しようとしていたところで冷や水を浴びせかけるような質問をしたせいで、再び苦い表情になるバリウスさんだった。
「ちゃんと音が鳴るって言ってるのに、何でそんな質問するんだよ」
「おっさんの説明通りの画期的なものなら真っ先に自慢しているでしょ? そうしなかったということはなんかあるんじゃないの?」
的確な指摘にバリウスさんは唸るが、しぶしぶといった様子で口を開いた。
「……全体的なサイズでいえばかなりコンパクトにはなったんだが、演奏に直結する制御盤のサイズが3倍くらいまで大きくなっているんだ。複数人で息を合わせて演奏するか、あるいは噂に聞く巨人族なら演奏できるかもしれん」
「要するに失敗作ってことね」
ハルの言葉に黙り込むバリウス。
確かにチアリュートは部屋全体を楽器の一部として扱っているので大型ではあるが、演奏に用いる制御盤部分は譜面台程度の大きさしかない。
空中に浮かぶ光る鍵盤にも当然手が届く。
それに比べれば目の前に広げられた布はそれよりもはるかに大きいだろう。
この大きさでチアリュートを演奏するための光る空中ディスプレイの鍵盤が飛び出せば、広範囲に散ってしまいとても手が届く範囲に収まりそうにないだろう。
僕はただでさえ小さいのだから、手が届かないというのは致命的だ。
チアリュートだったらすぐに演奏できるからもったいないとは思うけど、これは諦めるしかない。
しかし、この布は……。
「どうしたの?」
「うーん……この楽器、どこかで見たような気がするんだけど……」
「ミューが教会で演奏してたやつじゃないの?」
「そうだけど、そうじゃないというか……。まあ演奏できないなら一緒か」
ココが不思議そうな顔をしているが、思い出せないものは仕方ない。
僕は落ち込んでいるバリウスさんの肩をちょんちょんと叩く。
「とりあえず新しく作ってもらえますか? 攻撃力はいらないので、きれいな音がでるようにしてもらいたいんですけど」
「本当に俺なんかにお願いしていいのか? 言っちゃなんだが、俺は武器づくりに関しては優秀だが、楽器作りは門漢外だぜ。申し訳ないが、中途半端なものを作るくらいならやつに依頼した方が……」
そんな事を言いながらすっかりしょげかえってしまっていた。
これらの品々を見ると不安になるのはこちらも一緒だけど、せっかく見つけた職人だ。
是非やる気を出してもらわなくてはいけないのだ。
多少卑怯だが僕はココの腕を引くとバリウスさんの目の前に押し出す。
「お願いです! 僕はココに歌わせるためにもいい楽器が必要なんです。ほら、ココもお願いして」
「えぅ? ミューのためにも作ってあげて欲しいな」
「いや、僕のためじゃなくてココのためなんだけど」
「うん? ミューが演奏するんでしょ?」
「それはそうだけど」
女の子のお願いでやる気を出してくれないかとココを押し出してみたけど、なんかグダグダになってしまった。
ハルだったらこういう時、当意即妙に合わせてくれるのだが、ココは良くも悪くも僕優先で直情というか、いまいち察しがよくない。
裏目かなと思いつつバリウスさんの表情を窺う。
するとそこには手で顔を覆うバリウスさんの姿があった。
「ちぃっ。わかったよ! やってやるよ! お前らには負けたよ! こんなおっさんでよければお前らの力になるぜ!」
「は、はい。ありがとうございます」
「ありがとね! よかったね、ミュー!」
ココは僕の手を取ってぴょんぴょん飛び跳ねるが、今のやり取りのどこに勝つ要素があったのか分からず困惑する僕だった。
ハルの方を見ると声を抑つつ、腹を抱えて笑ってるし。
一体何が起こっているのか……。まあ、結果よければすべて良しということでいいか。