第四十三話 頑固な職人さんは夢見がち
その日もバリウスは朝からせっせと依頼の品を作っていたところだった。
ガトリング帝国から宣戦布告があって以来、戦線から離れた後方の領土であるカシマ領でも物品は飛ぶように売れる。
それに加えて、最近は軍の方からまとまった依頼が飛び込んできて、益々忙しさは増すばかりだった。
バリウス工房は確かに珍しいエクスツール作成が出来る。
しかし、数年前に親方から独立したばかりの日が浅い工房であり、まさか軍からの注文が来るとは思わなかった。
いくらエクスツールを作れる所が少ないとはいえ、もっと実績のある工房も多いだろうに。
バリウスはそう思ったのだが、どうやらそういったところには既に依頼が舞い込んでおり、自分のところには優先度低めの仕事が入っているようだ。
納得はしたものの、後方の領土のカシマ軍になぜこんな軍の依頼が急増するのか。
いよいよきな臭くなってきたが、今の自分にできることといったら、ひたすら依頼の品を作ることだけと槌をふるう毎日だった。
とはいえ、エクスツールを作るにも時間がかかる。
ただでさえ魔物のエクストラの関わる器官はクセが強く、とても量産には向かない。
デミサラマンダーの火吹き袋を、同じような火を放つ杖に加工しても、片や一撃で魔物を灰塵に帰す兵器になったかと思えば、もう片方は暖をとるための火種程度にしかならないものが出来上がる。
出来栄えによって多少の調整はできるものの、エクスツール作りで一番大事なのはその器官を動かしてきた精霊がどのような形を好むのか、精霊の声を聞くことだとバリウスの親方は常に言ってきた。
バリスウも小さいころから修行してきて、ようやく素材を触っているとなんとなく加工の方向性が見えてくるようになってきたところだった。
この調子だから、一点ものを仕上げればいい冒険者からの依頼と違って、均質を求める軍の依頼は非常に厄介だと言える。
せめてもの救いは、エクスツールの特性を理解している奴が軍にいるのか、作る武器が少数の将校用の武器や、砲兵が運用する大型の武器のみに限られることか。
それでも一定水準のものを複数個作るのは頭が痛い。
素材の選別から自分でやっているので、このところ工房への泊まり込みが続いている。
最近は妻や娘が弁当を作ってくれることも減ってきたのが具体的に家庭関係の冷え込みを表しているようでつらい。
なんとしてでも今日はケリをつけて帰りたい。
そう思っていたのにだ。
「おっさーん。来たわよー。いないのー? おっさーん!」
工房の表口から若い女性の声がする。
確認しなくてもわかる。
この声はCランク冒険者チーム『クーガ・キメラ』のリーダーを務める赤蛇ことハルだ。
彼女が来たのはわずか数か月前のこと。
当時はDランクになった新進気鋭のチームということだったが、バリウスの昔馴染みであるトラウムの紹介でなければまず会おうとすら思わなかっただろう。
燃えるような赤髪をなびかせ、恐れを知らない瞳と不遜な態度。
こちらは2倍以上の年齢なのに謙譲の精神が欠片もなく、初対面からおっさん呼ばわりである。
年上を少しは敬えとバリウスは言いたい。
いや、実際に何度も言っていた。
もし自分の娘がこんなになったら毎日頭が痛いだろうと思うことしきりである。
それでも最終的にこの娘の武器を作ったのは、その態度に釣り合わないとまでは言えない程度の実力を備えていたからだ。
トラオムのところの護衛だからエクスツールの1本でも持たせて箔をつけたいというのはミエミエだったが、旧知からの依頼を邪険にもできず、試験と実益を兼ねて魔物の捕獲を命じてみたのだった。
中にはDランク冒険者でも危ないものも含まれており、下手に挑んで死ぬくらいならビビッて帰ればいいと思っていたものだ。
しかし、そいつらは喜々として獲物を連れて帰ってくる。
エクストラ発生器官を傷つけるなと言えば次は無傷で捕えてくるし、精霊の質が合わないと突き返せば次は10頭持ってくる。
そこまでされるとこちらとしても認めざるを得なかった。
こいつらは本物だ。
そうして俺はハルに『キルショット』という一本のエクスツールをくれてやった。
とびきり凶暴なやつを素材にしてみたのだが、ハルはそれを自在に操り今やCランクである。
頻繁に調整と整備に持ってくる武器を見れば、こいつがどれほど優秀な冒険者ということは戦う姿を見ずともわかる。
それにこいつが久々に現れたカシマ領のCランク冒険者ということで、そのエクスツールを作ったバリウスの名も少しは有名になったし、バリウスにとっても全くの迷惑だった訳ではない。
だが、だ。
この忙しい時期におっさんと連呼されればバリウスのイライラもたまるというものだ。
「おっさんおっさんうるせえな!」
「おっ、いるじゃん。すぐに出てきなさいよ」
そんな怒鳴り声を気にもせずに軽く返してくる言葉。
この程度でビビる奴とは思っていないが、少しはこちらの心情を察してほしいとうんざり顔をするバリウス。
ボーイとジェロがいれば少しはクッションになるのだが、今日はあの大きい二人の姿は視界に入ってこない。
先日スラム街で揉め事があったばかりと聞いているが、流石にこいつ一人でうろつくことをチャンスと考える輩はいないのだろう。
そして事情を聞いてみれば、新しい依頼だという。
(冗談じゃない。こっちは武器づくりはうんざりしているというのに!)
そう思ったところで、今まで気づかなかったが、ハルの後ろに人影がいることに気づくバリウス。
女性としてはそこそこの上背だが飛びぬけて大きいわけではないハルの後ろにすっぽり隠れてしまうのだから小さいのだろう。
またもふざけたことを抜かすハルに思わず反論しかけたバリウスだったが、その後ろにいる人物を見たことで言葉を止めてしまった。
片方はハナよりやや小さい程度だろうか。
フードとマントからのぞく肌は褐色で健康的に引き締まった少女。
今の気候なら寒そうには見えないが、記憶の中の数か月前と服装は変わらない。
もう一人は、そこからさらに小さい。
フードから除く顔は白磁のように白く、室内にあってなお自ら光を放っているように艶めく金色の髪。
空を映し出したような瞳はこちらを見つつもやや脅えているような気がする。
こんな個性的な組み合わせを忘れるはずもない。
教会の横で物乞いしていた孤児の姉妹だ。
いや、姉妹というのはバリウスの予想というか妄想であったのだが。
最近は家に帰れなかった日が続いていたので朝方の通勤路で顔を見に行くこともできなかったのだが、こんなところにいるという非日常で虚を突かれたような気になってしまった。
「お前ら……教会横で歌ってた孤児、か?」
我ながら間の抜けた質問だったとバリウスは思ったが、バリウスの妄想でいうところの妹の方は、首をひねると、何かを思い出したようにポンと手をうった。
「しばらく前によく歌を聞きに来てくれていたおじさん?」
やっぱりそうだったか。
歌うのは姉の方で、妹の方はいつも草笛を吹いていたのでほとんど声を聞いたことがなかったのだが、こんな声をしていたのか。
こっちが歌ってもいいのじゃないかと思ったが、それよりも優先すべきことがある。
「おいハル。まさかこの子供達に作れって言うのじゃないだろうな!」
「わかってるじゃない。そのとおりよ」
「馬鹿言うな! こんな小さな子に持たせる武器なんて作れるか! お前のところの興座はこの子らを使った要人暗殺でもやる気か!?」
咄嗟に口をついたことばであるが、こんな子供相手にエクスツールを持たせる理由としては十分にあり得る案であることにぞっとする。
それこそ火を噴く杖でも持たせてやればこんな子供でも人を殺せる。
だからこそ、エクスツールの販売や流通には貴族どもが一際目を光らせているのだ。
武器を作る以上、その武器で奪われる命があることは知っているし、覚悟もしている。
だが、こんな子が使い手として犠牲になることまでは看過できないと怒りに身を震わせるバリウスだった。
「馬鹿言ってるのはそっちでしょ。私がいるのにそんなことするわけないじゃない」
「じゃあなんだってこの子はこんなに怯えてるんだ! 見ろ! 小さくなって震えているし、姉の方が庇うようにしてるじゃないか!」
「ミューが小さいのは元々だし、怯えてるのは……なんで怯えてるの? あーはいはい。おっさんの顔が怖いからびっくりしたんだって」
「なんだって!?」
ショックだった。
娘からも怖いと言われて嫌われつつあったが、癒しと思った子達にすらそう思われているということは地味にショックなお年頃だった。
だが、バリウスの悲しい気持ちが顔に出たのだろう。
妹の方はトテトテと近づいて来ると、その小さい手でバリウスの無骨な手を握ってくるではないか。
「驚いてごめんなさい。僕はミューハルト・ループといいます。今日はバリウスさんにお仕事をお願いしたくてお伺いしました。少しだけでもお話しさせてくれないでしょうか?」
年がら年中工具を握りしめて固くなったバリウスの手と握られた手は小さく柔らかい。
一生懸命握手した手を上下に振ろうとしているのだろうが、身長差と小さい体に見合った力しかないのか特に力を入れてもいないバリウスの手ですらあまり動いていない程に非力だ。
だというのに、礼儀正しく、怖い相手でも向かい合う。
(いい子じゃねえか。子供が出来てからというもの、なんかこういう小さい子が頑張ってる姿というものを見ると、反射的に涙腺が緩むんだよな……)
そう思ったバリウスはミューハルトに向かって問いかけた。
「仕事っていうのは、お前に本当に必要なものなのか? そこにいる赤蛇に利用されてるんじゃないのか?」
「はぁ!? 違うって言ってるでしょ!」
ハルが怒ってこちらに挑みかからんばかりだったがミューハルトはそれを手で制する。
あの傍若無人なハルが不満そうではあるけどそれで黙るというのが非常に驚きだった。
「これは僕がお願いしたことなんです」
「そうだよ。あの女は全然関係ないから!」
「おいっ!」
後ろから姉の方の援護射撃も入ってくる。
ハルの性格を考えても騙されてるようには見えないが……というかフードのせいでよく顔が見えんな。
最初に見かけた時からフードを被っていたので気にしていなかったが、思えば一度も顔をはっきりと見ていないことに気づくバリウス。
「人にお願いする時は、フードくらいとったらどうだ?」
「あ、ごめんなさい。いつもの癖でつい……」
俺の言葉にハルと姉の方がピクリと反応するが、ミューハルトは姉の方に目配せしてゆっくりとフードを外す。
そして真っ先に目につくのは葉っぱのように長く伸びた耳。
あまり見たことはないが、エルフとかいう種族がこんな耳をしていた。
白い肌とさらさらの金髪に整った顔はエルフだったら納得のいく容貌だ。
しかし、エルフと言えば男にしても女にしても全般的に身長は高い。
やはりこの子は年齢はわからないが子供なのだろう。
そして、姉の方がフードを外して覗いたのは獣の耳。
ちょっと丸みを帯びた髪と同じ色の白い耳はどの種族かは分からないが獣人だろう。
こちらはまだ顔に幼さは残るものの、成人になるかならないかといったところか。
思ったよりも身ぎれいでかわいい顔立ちをしているが、今はその表情に警戒の色を浮かべていた。
まあ、自分の種族を隠すための被りものだとしたらそれも仕方ないのだろう。
普通だったら獣人を前に身構えない奴なんて少ないだろうし、下手したら迫害されてもおかしくない。
しかし、バリウスにとっては楽しそうに歌っていた姿を知っているので特に構えるところはなく、自分でも不思議なくらい落ち着いていた。
所詮獣人が危険なんて噂に過ぎないし、バリウスとしてはその後ろに立っているハルの方が危険にしか思えない。
それよりも、このエルフと獣人という組み合わせの方が不思議だ。
(どうして、こんなヒトの街にこの二人が……。ハッ!)
そこで脳裏に浮かぶバリウス劇場。
『お姉ちゃん、このフードとっちゃ駄目なの?』
『だめだよミューハルト。これを取ったらヒトにいじめられるからね』
『他の子と遊びたいなあ』
『お姉ちゃんが遊んであげるから我慢して。ほら、今日も歌いに行こう』
『うん!』
そんな光景が俺の脳内でまざまざと再生される。
こんなヒトばかりの街ではさぞ生きにくかっただろう。
それでもこの二人はヒトならざる身で、お互いに支えあって立派に生活しているじゃないか。
それに比べたら、家族と名声を得たのに、ちょっと忙しいくらいで文句を言っている自分と比べると急に情けない気持ちになってきたのだった。
「……くぅ。苦労してるんだな」
「は、はい? 僕ら苦労してるかな?」
「いや、いいんだ。俺に仕事を頼みたいんだな? しかし、いくらつらくても、君みたいな子に武器を持たせたくは……」
「違うよ。ミューは楽器が欲しいんだよ」
姉の方の言葉に再びショック。
自分の勝手な思い込みで武器を欲しがっているかと思っていたが、ミューハルトが大好きな音楽をするために姉がプレゼントをしようとしていたのか。
しかし、エクスツールの楽器である必要があるのか?
それにうちの商品は言ってはなんだが、孤児が買える代物ではない。
そう思っていると、ハルと目があった。
再びハッとする。
『お姉ちゃん。教会においてあるチアリュート弾いてみたいな』
『あれは高価なエクスツールだから我慢しないと……』
『へっへっへっ。何かお困りかな? エクスツールが欲しいのかな?』
『あ、あなたは同じスラムに住んでるハル! 興座の人間が何の用なの!?』
『いやあ、エクスツールが欲しいなら伝手があるのよ。妹にあげたいんでしょ? ならば、わかるわね?』
『うっ、妹のためなら……』
(なんてこった。興座なんて怪しい奴らと一緒に来た時点で察するべきだったんだ!)
全ての状況に合点がいったバリウスは、目頭を押さえながらミューの手を握った。
「エクスツールの楽器、作ってやるよ。どうせ武器にはいまいち適合しない素材が余ってるんだ」
「えっ本当ですか!?」
バリウスの言葉に嬉しそうな顔をするミューハルト。
その笑顔に合わせて長い耳がぴこぴこと上下に動いている。
昔見たことがあるエルフは、耳も表情もほとんど動いていることを見たことがないが、これも子供だからなのだろう。ほっこりとする。
続いてココの方に視線を向ける。
「この子のこと、大事なんだな。でも、自分のことは大事にしないと駄目だぜ」
「ミューはとっても大事だよ。私が全力で守っちゃうんだから!」
「そうか。その覚悟受け取ったぜ」
ココの眩しすぎる笑顔を見るとバリウスはそれ以上は何も言えなくなる。
バリウスはハルの襟首を掴むと喜びあっている姉妹を他所に部屋の隅に連れて行き、そのまま壁に押し付ける。
「おいハル。あの二人に何しようとしているか知らねえが、下手なことしたらブチ殺すぞ」
「な、なんなのよいきなり。するわけないでしょう。今日のおっさん何か変よ?」
「あの子に何をさせる気なんだよ」
「二人にはちょっと人前で演奏させるだけで、下手なこととか全然ないし。むしろあの二人がやりたいって持ちかけてきたくらいで」
人前で演奏……。
そういや、最近は興座のシノギにプロ乞食を雇って上前をハネるという商売が流行っていると聞いたことがある。
感心できる商売じゃないが、身分の低い乞食しかできない怪我人や子供に興座が後ろ盾に付くということで、一方的に損な話でもないらしい。
あの二人なら演奏が上達すれば金が稼げそうだし、うまくいけばトラオムのとこの賭場で演奏するなりして看板娘になれそうだ。
そこで稼げば二人とも立派に生きていけるだろう。
そこまで考えたところで、トラウムはハルに厳しい表情で言った。
「よし、楽器の値段は原価ギリギリにしてやるからあの子らに無理なことさせんじゃねえぞ。分かったか!」
「値段が安いのは助かるけど本当に今日のおっさんなんか変よ!」
こうしてもうしばらく泊まり込みが決定した訳だが、バリウスは後悔していない。
なぜならそれは久しぶりに心の底からやりたいと思える仕事だったのだから――。
(待ってな嬢ちゃん。おっさんがきっといいもの作ってやるからよ!)