第四十二話 両手に花は思ったよりよくない
なんでこんなことになったのか。
僕の頭の中に渦巻いているのはそんな言葉。
こんなに空は青いけど、きっと僕の顔は赤くなっているに違いない。
「ほらミュー。あっちに武器屋があるわ!」
「ねえミュー。こっちに肉串が売ってる!」
右手にハル。左手にココ。
人はこれを両手に花というのかもしれないが、僕としては大岡裁きで二人の母親らしき女性に引っ張られる子供の気分だ。
ハルが僕の住まいに来た後、すぐにエクスツール職人のいる工房に向かうことになったのだが、なぜかこの状況である。
普段は二人とも手を繋ぐ感じのキャラではないのに。
外に出るなりココが、「この前危険な目にあったばかりだから」と左手を掴み、それに続いてハルが「それもそうね」と右手を繋ぐ。
小さい子供がいる仲良し夫婦のようであるが、僕の頭上では謎の火花が散っていて、非常に居心地が悪い。
仲良し夫婦といえば、父さまと母さま元気かなあ。
父さまの身長が高すぎたせいで、こんな風に手を繋いだことはなかったと思い出す。
そんな現実逃避は置いておくとして。
「反対方向に引っ張らないで! 痛いよ!」
「わわ! ご、ごめんね。ほら、ハルが放しなよ」
「あんたの馬鹿力で引っ張ったら千切れそうだから、そっちが放したら?」
「そんなことしないもん! 私の力が強いって認めるんならそっちが放したら? ミューを守るのは私一人で十分だし」
「力は力でも馬鹿力って言ってるでしょ。バカに任せるのは怖いわ」
「いたたたた! 握る力強いよ!」
徐々に徐々に二人の握力が上がってきたところで、僕は手を振り放って飛びずさるのだった。
女の子の握力に敵わないという事実に悲しいものはあるが、こればっかりは仕方ない。
先ほど自分の現況を大岡裁きの子供に例えたけど、どっちも引き下がる気配がないのだから、お奉行様だって判断に困るだろう。
僕が振り払ったことで二人とも申し訳なさ4分の1、やっちゃった感が4分の1みたいな顔。
そして残りの半分がお互いへの敵意。
さっきまでは3人で手を繋いで歩く様子に道行く人も微笑ましいものを見る表情を向けていたのだが、今や遠巻きに触らぬ神扱いである。
こっちは扱いに困る神様にはすでに事足りているというのに。
「二人ともいい加減にしてよ! もう少し仲良くできないの!?」
「でもこんな突然出てきたヒトに……」
「私だってこんなポッと出の獣人に……」
「仲良くする気がないなら僕一人で行くから帰ってよ!」
ちょっと言い過ぎたかなと思ったけど、思わず口をついて出たその言葉に、二人はショックを受けたような顔をする。
ハルが何か言おうかと口を開けたが、その機先を制するようにハルと手を繋いだのはココだった。
「大丈夫だよミュー! 私たちこんなに仲良しだから。 ねっハルちゃん!」
「はぁ!? ハルちゃんっていきなり何を……。ちょっと放しなさ……。くそっ、全然とれない!」
「ミューと離れたくないの。協力してよ」
「わかったから! 頬をスリスリすんな!」
「うう、手は固いし、鉄と革のにおいがする……。柔らかくていい匂いのミューが恋しい……。でも、私の一族は獲物を捕らえるためには極寒の氷上で待ち続けるから……」
「私は極寒の氷上並みに嫌か! 嫌なら放せ!」
なんか二人でボソボソと放しているけど、ぴったりとくっついて離れる気配がない。
表情はぎこちないけど、こういうことをきっかけに仲良くなってくれればいいと思う。
それにしても、男装の麗人とまではいかないがキリっと凛々しいハルと、無邪気でほんわかしたココがキャッキャウフフしてると、何か変な気持ちになるね。
この路線も将来的にはありなのか……?
百合営業とまではいかなくても、メンバー同士の仲がいいことは大事だし、メンバー集めをする時は考慮せねばなるまい。
なんにしろ、うちのまだ一人しかいないアイドルのココは大事にしたいしね。
そこまで考えたところで、僕らはまた目的地に向かって歩き始める。
今度は寄り添いつつも、全員手を繋がない状態。
惜しいことをしたのかもしれないけど、平和なのが一番だ。
「そういえば、ハルが腰に差してる武器もエクスツールなんだよね」
「そうだよ。銘はキルショットっていうんだ」
僕の質問にハルは鞭と杭を組み合わせたような武器をポンと叩いた。
僕が目を凝らすと、武器の周りにはぼんやりと光を帯びているように見える。
起動しているときのチアリュートとかにも見られる、精霊が活発に動いているときに出る光なのだろう。
まだ起動もしていないのに活発なことである。
「こいつを自由自在に操って敵を一刺し。何度も助けられた武器さ。そんで、これを作ったのが今から向かっている職人ってわけ」
「ふーん。でも、武器を作る人に楽器って作れるものなの?」
「それは確かにそうなんだけど、エクスツールを作れる人って数が少ないからね」
エクスツールは魔物の体内にあるエクストラを発動させる器官を道具に加工したものだ。
だが、その部分を切り取れればいいというものではないらしい。
「私も詳しいことは分からないけどさ。魔石で動かせるようにすることも難しいって。あと、同じ魔物でも同じ道具にできるとは限らないくらいクセがあるから、精霊の声?を聞くことが大事とかなんとか」
「それは難しそうだねー。ハルは聞こえる?」
「聞こえない。っていうか、精霊って話せるのかね?」
そう言いながら自分のキルショットを抜くと耳を当てている。
多分、精霊の声を聞くってそういうことではない気がするんだけどね。
職人ってそういう表現しがちだし。
鋼の声とか食材の声を聞けとか。
ハルがこちらに「聞いてみる?」と差し出したので、一応フードの中にしまっている自分の耳に当ててみた。
「まあ、聞こえるはずが……」
『もっと血を……。命をすすれぇ……』
「…………ハル。返すね」
「なんか聞こえた?」
「ナニモキコエナイ」
「そう?」
ココがやってみたそうな顔をしていたので、ハルの許可を貰ってから渡すと、頭の上に武器を乗せるが「何も聞こえない」とすぐに返すのだった。
ああ、やっぱり耳って頭の上に生えてる方で聞いているんだね。
ヘッドホンとかあったら形はどうするんだろうな。
……僕はなにも聞かなかった。いいね?
「ちなみにハルはその武器使ってて無性に人を斬りたいとか思ったりする?」
「別に。テンションは上がるけど」
「いい? 武器に呑まれちゃ駄目だよ? 人が武器を使うんだからね?」
「まあ、分かってるけど……」
そんな些細なやり取りをしていると、職人通りに到着。
平民街の西側の方にあり、スラム街と比較的に近いところに位置する。
ここはスラム街ともまた違った猥雑感がある。
スラム街は立ち並ぶ家自体がボロボロで不揃いなことによるものだとしたら、こちらは路上にまで所狭しと物が並べられたことによるものだ。
路上で作業する職人、職人向けであろう飲食物を売り歩く物売り、とりあえず放り出されているのであろう端材、質が悪いのか雑に積み上げられ値札をぶら下げた商品などなど。
商店が立ち並ぶ街の大通りも活気があるが、こちらは活気に加えて熱気のようなものが感じられる。
「すごいねー!」
「うん。ここに来る用事が今までなかったけど、これはすごいや」
「ここの連中は荒っぽいからうかつに近寄らないほうがいいよ」
ハルを先頭に歩を進める。
職人っていうくらいだからむさくるしい男ばかりかと思いきや、若い女性や子供の姿もチラホラ見かける。
しかし、どの人もせわしなくズンズンと歩いていて、僕みたいなのがぼんやりと歩いていたらはじきとばされて怪我しそうだ。
そんな中にあってもハルは目立つようで。
「ハルちゃん、今度うちの鎧持っていっていいよ」
「そんなにしてもツケは減らさないからね」
「今度うちが作った椅子を賭場に入れないかい?」
「ボーイかトラウムのおっちゃんに言って」
「髪飾り作ったけどどう?」
「いらん!」
歩く度にあちこちから声がかかる。
これが数少ないCランク冒険者の勇名というやつだろうか。
また、職人通りはスラムに近いこともあって、賭場に行く客も多いこともあるのかもしれない。
逆に僕らに声なんてかかることもない。
Fランクだからというか、そもそも冒険者としての仕事を一回もしていないしね。
そんなことを思っていると、ハルが道行く鍛冶師に声をかけられてやり取りをしているところで、10歳かそこらくらいの男の子がこちらに向かって話しかけてきた。
「なあ、お前」
「なに?」
「お前、『赤蛇』の知り合いかなにかか?」
赤蛇?
状況からしてハルのことだとは思うけど。
そんなことが顔に出ていたのだろう。
男の子は呆れたような表情になり。
「おまえカシマの街が誇るCランク冒険者『クーガ・キメラ』を知らないのか?」
「クーガっていう村なら知ってるけど」
「流星のように現れて、瞬く間にCランクまで上り詰めた冒険者チームだよ。『赤蛇』ハルさん、『黒獅子』ジェロさん、『黄山羊』ボーイの3人だよ。さっきから仲良さそうに一緒に歩いてるけど、知り合いじゃねえの?」
「友達だけど」
チーム名とか二つ名って憧れるけど、ハルはそんな風に呼ばれてたのね。
しかし、ボーイの黄山羊っていかにも数合わせっぽくてちょっとショボいな。
一人だけさん付けしてもらってないし。
男の子は僕の答えに興奮したようになり。
「じゃあさ、ハルさんにうちの工房と専属契約するように言ってくれない? いくら俺が言っても流されるし、友達が言ってくれたら――」
「なーにやってんのよ」
と話の途中だったのだが、話が終わったハルが話に割り込んできたのだった。
その途端、男の子はしまったという顔をして笑顔を引きつらせると、そのまま踵を返して走り去ってしまう。
もちろん僕としてはハルが決めることだから口を挟む気もなかったのだが、本人を前に逃げるなんて本末転倒ではないだろうか。
「この辺には職人見習いみたいなのが多いからね。有名な冒険者と専属契約になれば、一気に有名になれるって持ちかけてくるのが多いのよ」
「ハルに専属はいないの?」
「いないわね。キルショットも普段使いの剣も鎧も全部違うところで買ったし。この街にずっといる気もないから、下手に制限を付けたくないのよ」
そういう考え方もあるのか。
しかし、クーガ・キメラの赤蛇ねえ。
「かっこいいでしょ?」
「僕はいいと思うけど、ボーイの黄山羊はどうにかならなかったの?」
「山羊は食べてよし、乳も出す、毛も使える、山地での荷物運びと使い勝手がいいところが器用なボーイにピッタリじゃない? あいつ護衛の他に帳簿の計算や商品の営業、本のイラストやコラム執筆までやってるのよ」
昔から器用だとは思っていたけど本当に便利使いされてるな。
ボーイに関しては、冒険者しなくても十分に食っていけるのではないだろうか。
「ミューもチームに入れてあげようか? そうね……、二つ名はゴールデンドラゴンとかどう?」
「いや、名前負けも甚だしいから遠慮しとくよ」
「それにミューは私と組んでるんだから、あげないよ!」
そういえばココと一応チーム登録してたな。
ハルはそこまで本気じゃなかったのか、パタパタと手を振るとくるりと向き直ったのだった。
ハルは「さーどいたどいた!」と人垣をかき分けていくが、そんなに職人を引き付ける彼女の実力に少しうらやましくも思う。
ホント、もうちょっと頑強な肉体に生まれていたらそういう道に歩んでもよかったんだけどね。
程なくして目的の工房に到着した。
鍛冶とかやっている工房特有なのかもしれないが、分厚そうな石造りの建物には頑丈そうな扉が据え付けられ、いかにも一見さんお断りな雰囲気を醸し出している。
申し訳程度に扉の脇に『バリウス工房』と刻まれているが、飾り気もなにもなく、事前に知らなければ何をやっているかさえわからず、踏み込んでみようという気さえ起きないだろう。
「おっさんいる?」
僕の緊張もなんのそので、遠慮なく踏み込んで行くハル。
僕らもその後ろをそっとついて行った。
「おっさーん。来たわよー。いないのー? おっさーん!」
「おっさんおっさんうるせえな!」
「おっ、いるじゃん。すぐに出てきなさいよ」
そんなやりとりをしながら奥から出てきたのは、武器職人というイメージをそのまま体現したような厳つい男性。
無精ひげに鋭い眼光は、睨みつけられたらすぐにUターンして引き返したくなるだろう。
ガッチリと筋肉がついた腕は、重そうなハンマーを軽々と持ち上げ肩に担いでいる。
何かの作業中だったのだろうか。
先ほどの低い怒鳴り声はいかにも不機嫌そうだった。
予約という概念すら怪しいのでいつ行くのがよかったのかは分からないが、少なくとも今がベストだったようには見えなかった。
「赤蛇が急に何の用だ。まさかもうキルショット壊したんじゃねえだろうな!?」
「そんなわけないじゃん。信用ないわねえ。今日はおっさんに新しい客を紹介しに来たのよ」
「いるかそんなもん。こっちはただでさえ職人ギルドからの要請で軍の仕事が増えてるんだぞ!」
「ケチケチしないでよ。こっちはおっさんの腕を信用して連れて来てるんだからさー」
「信用しているんだったらおっさんじゃなくて、ちゃんとバリウスさんとでも呼べや! 多少見込みがあるようだから作ってやったが、本来ならお前みたいな若造には作ってねえんだぞ!」
帰れと言わんばかりに怒鳴る職人、バリウスさん、にブーブーと食い下がるハル。
ハルがいなければ門前払いだったのかもしれないが、どうにも旗色がよさそうには見えなかった。
しかも、軍の発注とか受けているときに、専門外な楽器を頼むのは無理があるのかな。
こっちは急ぎじゃないし、出直すなり他の人に頼むほうがいいかもしれない。
そう思いながら僕はハルの裾をくいくいと曳く。
「あんまり無理言ったら駄目だよ、ハル」
「いやいや、このおっさん口が悪いからこんな言ってるけど、内心は仕事やりたいと思ってるから」
「口が悪いのはお前だろうが! 最近仕事のし過ぎで俺の家庭がどれだけ冷えてると――」
そう言いながらようやくこちらの存在に気づいたようだったバリウムさんは、僕とココの姿を認めるなりピタリと言葉を止めてしまう。
なんかまじまじと見られているけど、フードを被った状態の僕らがそこまで珍しいだろうか。
まあ、ハルを若造というくらいだし、僕らなんか子供そのものにしか見えないんだろうけど。
そして、たっぷりと1分は見られただろうか。
ようやくバリウスさんが口を開いた。
「お前ら……教会横で歌ってた孤児、か?」