第四十一話 友達の友達は友達?
「ミュー、いるー?」
「いらっしゃい、ハル」
子供の時とあんまり変わらず、そうあるのが当然と言わんばかりに僕らの部屋に入ってきたのは幼馴染のハルである。
前も思ったのだが、性格こそ変わっていないけど、その顔つきはこの数か月でちょっと大人びたように見えるね。
男子三日会わざれば刮目して見よ、なんて言葉があるけど、女子にしたってそれは一緒だろう。
使い込まれた革鎧と腰に帯びた剣に違和感がない。
「ん? なにやってんのあんたら」
「ココのお勉強だよ。ね」
「えぅ~……」
ハルの質問に同意を求めたのがだ、そのココはげんなりした様子で机に突っ伏している。
頭に生えた可愛らしい耳も心なしかヘナっとしているように見える。
目の前には勉強道具が並べられているが、残念ながら道のりは長いといったところだ。
このように、最近は空いた時間に僕がココにお勉強を教えるということをしてるのである。
ここしばらく思っていたのだが、ココはあまり考えなさすぎるというか、思ったままに行動することが多すぎると思っていたところだ。
素直なのはいいんだけどね。
でも、今後ココは僕らの教団のアイドル第1号。
おバカアイドルというのもそれはそれで需要はあるのだろうが、行く行くは教団ナンバー2ということを考えると、もう少し考える力を持ってほしいところ。
なにはともあれ読み書きそろばんが基本だろう。
そういうことでのお勉強という訳だ。
ちなみにココの学力はというと、かろうじて簡単な文字は読めるようだが、書くことと四則演算はさっぱりだった。
誠心誠意地道に鍛えていきたいと思う。
「ふーん……ずいぶんと基本的なところからやってるわね」
「ハル、やる気をそぐようなこと言わない。大体、ハルだってお勉強苦手だったでしょ? 僕がどれだけ手伝ったか」
「そんなこともあったわね」
ハルは遠い目をしているけど、教会学校で父さまの合格を貰えるまでずいぶんと時間をかけていたのはそこまで昔の話じゃないぞ。
教会学校は義務教育でもないから、先生である父さまが合格を出すか、本人とその家族がもう十分と思うまでやっていたのだ。
ハルの家は街から派遣された兵士だったので、厳しいお父さんが合格貰うまで卒業させてもらえなかったものあり、ハルが長いこと通っていたことを思い出す。
僕なんかはかなり早くに卒業していたのだが、ハルの勉強につきあっていたことを忘れたとは言わせない。
ハルはそんな僕の視線に目を逸らしながら、ぐいっと話題転換を図る。
「ところでミューの教団絡みのことで話をしに来たんだけど、出直した方がいいかしら?」
「いや、ココも今日は限界みたいだしいいよ」
僕はそう言ったのだが、いつもは勉強終了というと清々さを全身で表していたココがなぜか今日は微妙な表情。
勉強道具とハルを交互に見ながら葛藤している様子が見て取れる。
これは間違いなく、ハルに基本的なことをやっていると言われているのを気にしているのだろう。
こうなるから下手なことは言わないでほしいのだ。
ただでさえ苦手意識があるものなんだから誉めて伸ばそうとしているのに。
「大丈夫だよ。ちょっとずつでもできるようになってるし、できるまで僕が教えるからさ」
「う、うん!」
「ふーん……」
頷くココに、半目でそんな僕らを見つめるハル。
……なんか微妙な空気が流れる。
僕が悪いわけでもないだろうに、なぜか気まずくなってしまったので、僕は手を振り払いながら立ち上がった。
「そ、それで! ハルはなにか話があるんじゃないの?」
「おっと。そうだったわ」
そう言うと、ハルはあまりものがない教会の僕らの部屋を見回すと、僕の普段使っているベッドに腰掛ける。
追加の椅子もないし、ココのベッドの方は布団がぐしゃっと乱れているから仕方ないけど、女の子が僕の使っているベッドに座るってなかなかドキドキするシュチュエーションだ。
それを言うならココと一緒の部屋という方がすごいのかもだけど、そちらは流石にもう慣れた。
悲しい慣れだけど。
「それで教団のことで話に来たんだっけ? 今日はひとりなの? ボーイとジェロは?」
「二人とも会いに来たがってたけど、拠点とおっちゃんの護衛についとかないといけなくてね。ミューによろしくって」
ハルの言うおっちゃんってトラオムさんのことだよね。
マーロンさんが権力的に『後片付け』したおかげで、あの日にちょっかいかけてきた興座は跡形もなく消え去ったらしいけど、しばらくは気を抜けないだろう。
あの日からちょっと間が空いたけど、マーロンさんとココにはあまりスラム街に近づかないように言われていて会いに行けてなかったんだよね。
どうせ同じ街にいるからと思っていたけど、連絡もとれずに会えないというのはちょっと寂しいものだ。
ボーイとジェロともまた遊びたいもんだ。
ハルは、「とっとと用事を片付けようかな」と真面目な顔をする。
「おっちゃんは公演の場に心当たりがあるらしいから交渉に行くって言ってたよ。ただしちょっと時間がかかりそうみたい。でも、別に急ぎじゃないんでしょ?」
「うん。トラオムさんには日時と場所が決まったら教えてって伝えておいてね」
「了解。それでほかに準備するものあるか聞いておいてって言われてるんだけど」
「準備するものね」
僕は指で机をトントンと叩きながら黙考する。
この世界でアイドル興行することが形になりつつあるが、前世の僕の知識は完全にお客さん目線で、運営のノウハウがないことには不安を感じる。
僕が在籍していた芸能プロダクションは詐欺集団で、僕が経験したのはよくわからないバイトと雑用ばっかりだったし。
ヨミからは、僕のやったことが今後のスタンダードになるんだから好きにしていいみたいなことを言われていたけど、逆に言うとここで手を抜くわけにはいかないだろう。
「場所と客集めはトラオムさんに一先ず任せるから置いておこう。肝心のアイドルはココがいると。あとは、……楽器かな」
「楽器だったらミュー持ってたよね?」
「そうそう。この前うちの賭場でやってくれたのよかったわよ」
ココとハルが口々に言ってくれたが、僕は首を振る。
「正直に言って、ブライのナイフで作った植物の楽器は持続性に不安があるし、音が単調なんだよね。即興でパフォーマンスするくらいならいいけど、本格的な公演をするならチアリュートみたいなのがほしいな」
実家にあったピアノに似た魔道具を思い出す。
ブライのナイフで作った草花の笛もいい音することもあるけど、今のところチアリュートほど音の深さや多重性を出せたことはないのだ。
「なるほどね。だったらエクスツール職人のところに行く必要があるわね」
「エクスツール……。魔道具の中でも性能がいいものだよね。武器じゃなくてもエクスツールって言うんだっけ?」
「魔力放出量が一定以上のものは楽器でもなんでも言うらしいわよ」
よく分からないけど、というハル。
ブライのナイフができることなんてささやかな気がするけど、以前武器屋のおじさんが驚いていたくらいだし、これも立派なエクスツールなんだろう。
ハルは自分の腰につけている鞭に杭を括りつけたような道具をポンと叩く。
「これもこの街の職人の作品よ。普通ならそう簡単に作ってもらえないんだけど、私が紹介してあげるから大丈夫よ」
「でも、お高いんでしょう?」
「なにその言い方? ――高いは高いけど、お金はおっちゃんが出してくれるって。予算はこれくらいで」
ハルが指で数字をピッと作る。
……わーい、大金持ちだ。
スポンサーってそんなもんなのだろうけど、具体的な金額を示されると急に怖くなる。
「ほ、本当にその金額であってるの? 後で返せって言われない?」
「言わない言わない。投資ってそんなもんでしょ? それにこれだけおっちゃんが気前よく出せるようになったのは私たちのお陰なんだから、私からお金出してもらったと思えば気も楽じゃない?」
「ハルも僕に返せって言わない?」
「返せとは言わないけど、代わりになんかしてもらおっかなー」
ニヤニヤしながら意地悪そうに言うハル。
この僕をからかう感じはちょっと懐かしい。
姉がいたらこんな感じなんだろうか。
僕の方が中身は大人のはずなんだけど。
そう思っていると、ココがぐいっと僕らの間に割り込んでくる。
「ミューに手を出したら許さないから」
「あん? 勘違いしているようだけど、友達のミューにひどいことはしないからね?」
「それでも、私の親友で、同じ神様に仕えるうんめーきょーどーたいなんだから変なことしないで」
「へえ……。私の10年来の幼馴染がずいぶんと世話になってるみたいだね」
わーココちゃん運命共同体なんて難しい言葉覚えてくれて先生嬉しいよ。
でも、なんでこんな剣呑な雰囲気なのかな?
いや、答えはわかっている。
いくら僕でもそこまでにぶくない。
そう。
トライメの拠点で初めて会った時に、僕が入ってくるまで誤解から少し喧嘩していたことが尾を引いているのだろう。
ボーイは目を逸らしながら「ちょーっとあぶなかったかな」と言っていたけど、喧嘩っぱやいハルと、純情直情なココは衝突しやすいことは目に見えてる。
だけど、これからは仕事仲間なのだから仲たがいはよくないし、何より間に挟まれた僕が困る。
友達の友達は皆友達なんて言う柄じゃないけど、この二人にはぜひ仲良くしてほしい。
僕は二人の間に割り込む。
「二人とも落ち着いて! それよりもエクスツール職人のところに行くんでしょ?」
「それもそうね。ほらミュー行きましょう。案内するわ。ココはお留守番してていいわよ」
「私も行く!」
「手足振り回して工房壊さないでよ。あと、素材にされないようにせいぜい気をつけてね」
「グルルル……」
「ほ、ほら! 行こう! わーい楽しみだなあ!」
本当に仲良くしてくれないかなあ……。