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第四十話 騒ぎのあとで

 トライムの本拠地、「賭場トライム」。

 本拠地と言っても、賭場の奥に居住スペースがありそこに座長のトラオムが住んでいるというだけの話だ。

 決して広くはないが、スラム街にあってはしっかりとした造りというだけで、上から数えた方が早い位の立派な建物である。

 だが、今日はいささか問題が発生し、賭場は少し風通しがよくなってしまった。

 人間がすっぽり収まるくらいの穴が壁や天井に空いているし、扉はへし折れている状態。

 あと、椅子や机も壊れたものが多い。

 本当は店を閉めてきちんと修繕を行いたいところであるのだが、零細興座はろくに休めないのがつらいところだ。

 もっとも、この程度の損傷は自宅と変わらないと、気にした様子もなく入ってくる客も多いのだが。


「おじゃま~。お、喧嘩でもあったのかい? だめだよ~呼んでくれたら見に来たのに」


 ほら、また客が一人。

 トラウムはそんな客にも笑顔で、「いらっしゃい。タイミング悪かったね」と言うと、席料を取って案内する。

 この客は最近ショーギにはまってるらしく、ボーイに果敢に挑んでくるカモ……いや、上客である。


 本当は用心棒には厳めしい顔をして隅っこに立ってもらうだけでもいいのだが、数か月前に雇った新人用心棒は積極的に客と遊んでいる。

 最初は真面目に仕事をしてほしいと思っていたのだが、目ざとくイカサマを抑えるし、新しいゲームを導入するようになってからはルール説明にも必要と言うことで大活躍である。


 今までの庶民向けの賭場では、カードを使った模様あてゲームか、石を参加者同士で高い位置から順に落として枠の中に一番中心に近いものが勝ち、というような単純なゲームが多かった。

 別にこれらが駄目とは言わないが、金が絡まないと大人がやるものじゃない。

 しかし、ハル達がせっせと道具を作ってもらったショーギやマージャンというのは普通に楽しい。

 これ以上に楽しいことが他にないのか、街の連中やスラムの野郎どもには(こと)のほか好評である。

 ちなみに、貴族向けの公営の賭場というものもあり、カシマの街には小さいながらも魔物を戦わせたりレースさせたりする施設があるのだが、庶民には縁のないものである。

 トラオムが我が城を見渡すと、糸目の青年が長椅子に座って客の男性と談笑しながらショーギをうっている。


「お、おっちゃん、囲みができてるじゃん」

「今日こそボーイに勝つからな!」

「うわー今日はやばいかも!」


 ボーイは客の(さば)き方がうまく、相手の顔色を見ながら、時には接戦や負けを演じ、ずるずる賭場に引き込む蟻地獄のようだ。


 また視線を巡らせると、壁際に色の浅黒い大きい男性がとんかち片手に作業に勤しんでいる。


「……よし。まずは一か所、塞がった」


 ジェロは見た目の(いか)つさだけでも用心棒として十分なのだが、意外と手先が器用で、ゲームのための道具をせっせと作ってくれているし、今は壁の穴の修理をしてくれている。

 話によると実家が大工だったらしいが、あの腕だったら十分に家を継げただろうに勿体ない。

 いや、トライメにとってはありがたい話なのだが。


 また視線を巡らせると、赤毛の女性が正方形の机の一角に座り、3人の客とマージャンというゲームをやっている。


「はーい、おじさん積み込みはだめよ。次やったら手を切り落としちゃうからね」

「ハルちゃん、ごめんよー。でも、昨日ハルちゃんがオーラスで役満上がって逆転したものイカサマじゃないの?」

「偶然よ、偶然」


 今話している客の親父はハル目当てなのか、よく見る顔だ。

 ボーイと違って演技でも負けることを良しとしない性格なのだが、本人のキャラクターのなせる技ともいうべきか、ご指名をする客はいる。

 トラオムとしては、あんな運と勝負勘のいい相手に突っ込む意味が分からないのだが、自分の儲けになるのだから馬鹿にする気も止める気も毛頭ない


 このように、それぞれ方向性は違うが3人とも優秀である。

 トラオム自身は人柄とそこで得られた人脈で今の地位にありついた人物であり、人の見る目には若干の自信があるが、今でもこの3人を雇ったのは人生を通してもかなりの掘り出し物だと思っている。


「おっちゃん。次のカード配ってくれよ」

「はいはい」


 感慨深げに思索にふけっていたトラオムであったが、目の前にいる客の声に我に返ると、手早くカードを客に配る。

 こちらでは伝統的なカードの模様あてゲームであるが、ショーギやマージャンが流行っているところであっても、短時間でできて頭を使わなくていいこちらを好む客も一定層いるのだ。


「ところでよ。昼間の事なんだけどよ」

「ああ、昼間ですね」


 客の言葉にトラオムは頷く。

 噂は千里を走る。

 特にスラムの世界はとても狭く、いざこざがあったことは周知の事実であろう。

 マーロンの名前こそ表に出ないように隠蔽したが、トライメに挑んだ興座が消えた噂を聞いて挑みかかるアホがいなくなることをトラオムとしては祈るばかりである。


「大変でしたよ、はい」

「いや、そっちじゃなくて歌の方だよ」

「はい?」

「騒動の後にここから聞こえていた歌だよ。あれは次いつやるんだい?」


 今日歌っていた子というと可愛らしい少女2人を思い浮かべる。

 いや、ハル達の話では、小さいハーフエルフの方は信じられないことに男だったか。

 客はゲームをする手を動かしながらも、興奮した様子だった。


「なんていうの、新感覚? すげえよかったよ」

「聞かれていたんですか?」

「ああ。なんてったって、壁に穴が開いていて外に丸聞こえだったからな。騒動の直後だったから道端で聞いていたやつは多かったぜ」

「ほう……」


 その言葉に笑顔を深めるトラオム。

 昼間のあれはよかった。

 今までも仕事や人付き合いの関係で天空教や商売神のアルスミサを聞いたことはあるが、正直なところ必要だから聞いたというところが大きい。

 歌は神のためのもの。

 我々人間はその恩寵(おんちょう)恩寵(おんちょう)を受け取るにすぎない。

 世の中には素晴らしい歌もあるのだろうが、そんなのは全部神様やそれに仕える教団が召し上げてしまう。

 だからこそ、人が人のために歌ったという歌を聴くのは久しぶりだったような気がする。

 あの子達も神様に仕えるれっきとした教団らしいが、アパスルライツが発動しなかったところを見るに、自分たちのためだけに歌ってくれたのだろう。

 その光景たるや、今にして思うと目の前を妖精が通り抜けていったかの如し。

 幸せそうな顔をして卒倒したマーロン程ではないにしても、ああいうのを夢見心地というのだろうか。

 胸の内に小さな炎が灯ったような気がする。

 トラオムはあの小さな教団に対して約束したことを反芻(はんすう)するように告げた。


「あれはね、そのうちトライメが立ち上げを手伝う教団の子達の歌なんだよ」

「へえ! でもそれじゃあ俺らみたいなのはアルスミサなんてそうそう縁がないし聴けねえなあ。アルスミサの開催なんて金がかかるしよぉ」

「いや、あの子たちはどうやら皆に歌を聴かせること自体が目的みたいだから、そんなにお金はかけないんじゃないかな。きっと皆さんにも聞かせてあげますよ」

「じゃあ、次やる時は絶対教えてくれよ。俺が話したら嫁と子供も聴きたいって言ってよお」

「もちろんですとも。ところでそのカード、予想は外れたようなので掛け金は没収ということで」

「えっ! まじかよ!?」


 頭を抱えて崩れ落ちる客を前に、トラオムは頭の中で素早く今後の計画を算段する。

 お金儲けはもちろん念頭にあるが、自分が感じた気持ちと、目の前の客が先ほどまで浮かべていた明るい表情、それを自分の手で広げていけることを思うと、もはや若くもない自分の体に力が漲っていくように感じたのだ。

 こんなところにいるとすっかり忘れていたけれど、これは十代の子供の頃以来感じていなかった夢というやつなのだろう。

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