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第四話 晴れて、村人

「ほら、ミュー。起きなさい。朝よ」


 母が僕を優しくゆすって声をかける。

 最近はすっかり寒くなって、朝起きるのがつらくてしょうがない。


 冬場の布団は2枚のシーツを縫い合わせ、中にはなにかよくわからない動物のものと思しきちゅるちゅるの毛が大量に詰め込まれたものだが、これが温かくてなかなか手放せない。当初は顔をしかめていた独特な匂いも今では悪くないと思えるから慣れってすごい。


「早く準備しないと洗礼式に送れるわよ」

「おはよう!」


 がばっと跳ね起きる。

 そうだった。今日は待ちに待った洗礼式とかお披露目式とか一神様(いちがみさま)の日とか、とにかく盛りだくさんの日だった。


「じゃあまずは着替えましょうね。自分でお着替えできる?」

「だいじょうぶ」

「そう。じゃあ私も準備があるから一人でお着替えお願いね」


 そう言いながら母は僕に服を渡すとパタパタと部屋から出て行った。考えてみると母も僕に付き合って5年も家にいたのだ。久々の外出に心躍るのも無理はないだろう。

 女性のおめかしを邪魔するほど野暮ではないつもりなので一人で着替えをすることにする。


 母から受け取った服を広げてみる。

 いつもは生成り色の、綿の様な質感の布のジャンプスーツという楽ちんスタイルだったのだが、先ほど渡された服はイベント用のものあってかなり趣が違う。


 生地はいつもと違いさらさらとした手触りで全体的に薄い水色で染め上げられている。

 そして形は裾の少し広がったズボンにボタンシャツ。あちこちに銀糸で刺繍も施されていて、落ち着いた雰囲気ながらも豪華に見える。

 その上から二の腕くらいの長さのケープを羽織るのだが、こちらはネイビーブルーで、縁は白いモヘアニットみたいなモコモコフワフワの生地が縫い付けられている。


 こんなラブリー感あふれる服を着て変じゃないだろうかと思ったが、よく考えると自分の顔を見たことがないので似合うかどうかもよくわからない。

 鏡はこの世界では貴重品なのかはわからないがこの家には一枚もないのだ。

 わかっているのは金髪であるということと耳が長いことくらい。あの両親の子供なのでそこまで悪い顔にはならないと思うのだが。

 父はしきりに天使だとか可愛いと連呼するが、あれは親馬鹿なので参考にはならない。


 とりあえず着替えてみる。

 幼児ボディでは手早くとはいかず、寝転がりながらズボンを履いたり、ボタンをうまくつけられなくて苦労したが、なんとか形は整った。

 一息ついたところでタイミングよく母が部屋に戻ってくる。


「あら。お着替えできて偉いわ。いつの間にボタンまでつけれるようになったのかしら?――うん。すごく似合ってるわ!」


 そう言いながら母が微笑むが、そういう母もよく似合っている。

 僕が今着ているものと同じようなサラサラな水色の生地にはあちこちに銀糸の刺繍がほどこしてあり、僕のズボンとボタンシャツの形と違い、母は足首まであるワンピースタイプのスカート姿だ。さらに頭にはシスター服っぽいベールを被っている。


 母は僕に顔を近づけると髪を撫でつけながら言った。


「ミュー君、かあさまの紅はみだしてない?」


 まじまじと顔を見てみると、なるほど、薄いピンク色の口紅が塗られている。あとうっすらチークもついているかな?

 当然ながら化粧のことなんて男の自分には門外漢ではあるが、よく似合っていると思う。高校デビューで化粧をしようとしつつも先生に怒られない程度のギリギリを攻めているみたいな感じがして微笑ましい。

 そんな失礼な例えは通じないので言わないが。


「うんだいじょうぶだよ」

「ありがとう。じゃあ行きましょうか」


 手を引かれて部屋を出ようとしたところで、こんな時に真っ先に飛んできてほめたたえるような人がいないことに気付く。


「とうさまは?」

「とうさまは一番いい場所をとりに行ったわよ」


 なんとなく父が子供の運動会でとかでは最前列でカメラを構えるイメージが思い浮かびクスリと笑ってしまった。


 母に手を引かれて玄関に近づく。

 いつもはここまで来たら母に引き戻されていたが今日は違う。

 母が僕の手を引きながらドアを開けた。

 一気に冷たい風とまぶしい光が差し込んできて、目をギュッとつぶる。そして、ゆっくりと目を開けるとそこは待ちに待った外だ。


 静かに雪が降っており、あたりは一面白く染まっている。

 目の前に広がる村は、そう、村という程度の規模だ。家の前から雪で覆われているので分かりにくいが舗装してない道が続いており、少し離れたところにぽつぽつと家が並んでいる。

 どの家も、平屋建ての木造で、遠くには木でできた柵がぐるっと村を取り囲んでいる。


 朝早いにもかかわらず、結構な人数がこちらの方向に向かって道を歩いてきている。

 父と母を見るに、ここはエルフとかホビットの村かと思っていたが、見た感じ普通の人間とそう変わらない見た目の者ばかりである。髪が赤とか紫とか緑とかありえない色の人がいるのを見ると異世界なんだなあと思うが。

 しかし、なんでこっちに歩いてきているのかなと人々の流れの先を見てみると、うちのすぐ隣にレンガ造りの立派な建物があることに気付く。

 この建物の雰囲気は――、


「じゃあ教会に向かいましょ」


 そういいながら母がそのレンガ造りの建物に歩を進める。

 やっぱり教会のようだった。


 そして、母に手を引かれ教会の裏口みたいなところから入っていくとそこは小部屋になっており、椅子がぽつんと置かれているのみ。

 母は懐かしそうにその椅子をなでると、ゆっくりと座る。僕はその足の間に座ることにする。


 その後は、しばらく待機ということなので母とポツポツとお話をして過ごした。

 外について聞いてみたところ、この村は基本的には人族ばかりだとか、遠くに見えた柵は魔族の侵入を防ぐためのものだとか、この村は農村なのだとかを教えてもらっているうちに遠くの方でチリンチリンと鈴の鳴る音が聞こえてくる。


「時間ね。もう行くけど準備はいい?」


 僕がこくりと頷くと、母と一緒に小部屋から出て、廊下を進んでいく。

 一際立派な扉の前まで辿りつくとゆっくりとその扉を開けた。


「わー……」


 目の前には教会の礼拝堂とでも言うのだろうか。大広間に長椅子が並べられていて、ざっと百人以上の人数が集まっており、どの人も一様に好奇の目線でこちらを見ている。

 生まれ変わって以降は両親としか顔を合わせてこなかったので忘れかけていたが、前世では結構人見知りが激しかったことを思いだし、急にドキドキしてくる。

 視線を逸らすように列の手前の方を見ると、観衆の前列には僕と同い年くらいの子が数人一列に立って並んでいる。どの子も体に馴染んでいない真新しい服装を着て、モゾモゾと落ち着かない様子だ。

 この子たちも僕と同じようにお披露目なのだろうか。


 そして、その子供たちが並ぶ列の前には、水色を基調とした服装の神官と思しき格好をした父の姿が――って父じゃん!

 そりゃそこが一番いい位置だろうさ。


 いや、薄々感づいてはいた。

 数日前の両親の意味深な会話とか、家の隣に教会があるとか、これで気づかない方がおかしいだろう。

 でも、あの父が神官というのは違和感バリバリで、やっぱり違うかもとか思っていたりしたのだ。

 だって家にいるときの父は、母に愛の言葉を囁いているか、僕の頬をつついて可愛がるか、小さいということがいかに素晴らしいかということを説くポエムを書いているところしか見ていないのだもの。

 そんなことを思っていると、父は部屋の全員に語りかけるように話し始めた。


「みなさんご存じのとおり、私の妻であるアンナと息子のミューハルトは、妻の実家の風習で5年間家に籠もっておりましたが、それも今日で終わりです。妻はまたシスターとしてこの教会でお勤めを再開いたします。皆様の温かいご協力に改めて感謝いたします」


 そう言って頭をスッと下げる。

 母もこの教会で働いていたのか。

 夫婦で子持ちで教会って違和感があるんだけど。いや、そもそも前世の宗教とは一切の関係がないからいいのか。

 そんなことを考えていると、父の姿に目が吸い込まれる。

 なんてことはない動作の一つ一つには気品があふれており、家とは違った姿に思わずかっこいいと不覚にも思ってしまった。

 観衆も優しく微笑みながら頷いている。この様子なら十分に信頼を得ているのだろう。

 なんか肉親がみんなに評価される立派な姿を見るというのは、こう、嬉しいようなむずがゆい感じがする。

 逆授業参観みたいな感じ。


「ではミューハルトも列に並びなさい」


 僕は母の手を離すと慌てて子供たちの並ぶ前列の端に並ぶ。

 母はそのまま壁の端に行ってしまった。


「では、ひとりずつ名前を呼ぶので返事をするように――、ハンクの次女ハル」

「はい!」

「ジャックの三男ボーイ」

「はーい」

「ダコタの次男、ジェロ」

「……はい」


 次々と名前が呼ばれ、子供たちが返事していく。

 ただ単に名前を呼んでいるだけかと思ったが、よく見ると父は白いプレートを子供たちの口の前に置いてから返事をさせており、返事の後のプレートは表面が少し発光したように見える。

 一体何のアイテムか見当もつかないが、子供によって光の強弱があるみたいで、自分がうまく光らなかったらどうしようと思うと緊張が高まってくる。

 そうこうしている間に他の子の順番が終わり、列の最後に並んでいた僕の番になる。父が白いプレートを僕の口のところにもってきた。


「レミアヒムの長男、ミューハルト」

「は、はい」


 どうやったらうまく光らせることができるかもわからず、うわずった声で返事してしまった。

 うわー超恥ずかしい!

 とか思っていると白いプレートはどの子よりもペカーっと一番明るく光りだした。

 他の子が蛍光塗料程度とすると僕のは懐中電灯くらいだろうか。


 ……これは光りすぎても問題ないよね?

 恐る恐る父の顔を見ると、つり上がりそうになるのを必死で我慢しているように頬がピクピクし、鼻の穴が広がっていてすごい形相になっている。どうやら喜ばしいことのようなので一安心ではあるけど、父の鼻息が荒くてかなり気持ち悪い。

 こほん、と咳払いひとつで元の表情に戻った父はくるりと観衆の方に向き直った、この調子だと先ほどのコメントしづらい表情は周りの人には見られていないようでよかったね。


「さあ、これでこの子達はこの村の正式な一員です。では最後に皆で始まりの歌を歌って終わりにしたいと思います。――アンナ、始めてください」


 父が母に声をかけると、母は壁際の腰の高さまである大きな物体にかけてある布を取り去った。

 それは譜面台か一本足のテーブルみたいな形状だった。

 床から伸びる大理石のような艶やかな白い柱の上には複雑な紋様が刻まれた長方形の板が乗っており、その板の中央には宝石が埋め込まれている。

 母はその宝石部分にそっと手を置くと、撫でるように紋様を指でなぞっていった。

 すると、その途端、その宝石からキラキラと七色に輝く光が放たれ、その光は紋様をなぞるように伝わっていき、柱を伝って床へ、床から教会の壁にも広がっていく。

 真っ白で、特にステンドグラスみたいなものがあるわけでもない飾り気のない教会の壁は、一面に光の線で模様が描かれ、まるでICチップの回路図のようだ。

 気づくと母の周りには空中に丸や細い長方形だったりする様々な色に光る模様が、所狭しとふわふわ飛び回っており、母が板の宝石や模様をなぞる度に光る模様の配置や数が変わっていく。

 最終的に母が満足したように周囲に飛び回る模様に指を添えるところは、まるでピアノに指をかけた演奏者のようであった。

 父が歌を歌うと言っていたしあれは楽器なのだろうか。やはりエルフとかいる異世界なのだから魔法とかで動いてるんだよね、あれ。

 それを母が扱えるということは僕も使ってみたりできるということに違いない。そう思うと夢が広がるなあ。


「準備できました」

「うむ。では皆さんご起立ください。『はじまりの日』を歌いましょう。子供達もまねしながらでいいから歌ってみるといい」


 そう言って父は、厚めできれいな装丁をされた本と、白く細い指揮棒を取り出すと皆の前でゆっくりと振った。

 母が空中に浮かぶ光る模様に指を当てると、壁に浮かぶ光の一筋が一際強く輝き、壁全体から音が広がってくる。

 やはり魔法をつかった楽器なのだろう。光る模様をなめらかな指使いで叩く度に壁の模様が複雑に光り、それにあわせて音が響き渡る。

 音としてはピアノに近いのだろうが、建物全体が音源のようでありその迫力に圧倒されてしまう。

 父も含めた観衆が慣れたように声を合わせて歌い出した。


 ――孤独な世界に一の神 暗闇旅して幾星霜


 それは一神様の神話を綴った歌詞だった。

 一神様は何もない世界を旅しており、その途中で今僕たちが暮らしているこの世界を創造したというものだ。

 そのあと子供である神様達を産みだし、その世界を見守るように言いつけて、またたくさんの星々を創る旅に出たというものであった。

 神話自体はよくある話だとしか思わなかったし、歌自体もリズムが単調で目新しさは全く感じない。

 でも、なんでだろうか。

 聞いていると心が落ち着いて、先ほどまで感じていた緊張や細々の不安が嘘のように消えていくのを感じる。

 母の奏でる音色のせいか、それとも父の歌声と格好いい立ち姿のせいか、それともこの村に受け入れてもらったという安心感か、はたまた別の要因があるのか――。


 単純なメロディの繰り返しなので、途中から僕も一緒に鼻歌を歌う感じで合わせてみる。

 すると隣にいた子からも少しずつ同じように鼻歌が聞こえてきて、その場にいた老若男女みんなの声が一つになり、教会に満たされていく。

 合唱団のようにぴったりとはもっているわけでもないし、パート分けをしているわけでもないのだが、不思議な一体感で包まれているのを感じる。

 高校の頃、友達と行った小さいライブ会場でのイベントを少し思い出して、少し懐かしくなってきた。


 そして、歌が終わる。

 歌詞の最後は、一神さまが帰ってきたときも胸を張れるように立派に生きようという言葉で締められた。

 無事に終わったことで、少し寂しいようなほっと一安心したような気持ちをひっくるめて「ふう」と息を吐いていると、大人達からは誰からともなく拍手が起き起こる。どうやら拍手は僕たち子供達に向けられているようだ。

 さっきまで大人達からはじろじろと刺さるような視線を感じると思っていたが、よくよく見ると、どの大人達もこちらを温かい表情で見つめており、純粋にこの村の小さな一員を見守っているんだということがわかる。

 僕はこの日、村の一員になったのだった。


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