第三十九話 今度こそ第一歩
「いやー気が付いたら人が増えていてびっくりしましたよ。それにいつの間にかこちらを脅していた興座の連中まで消えていてありがたいかぎりです、はい」
ちょび髭を生やしたおじさんが、人当たりのよい笑顔を浮かべながら言った。
さっきまで泡を吹いて気絶していたのでどんなひどい目に遭っていたのかと思いきや、チンピラに掴まれ凄みをかけられた時点で、恐怖のあまり気絶していたそうである。
そんな調子で興座なんていう非合法っぽい組織のリーダーが務まるのかと思ったが、つまずいて転んで気絶した僕が言うことではないだろうと思って自重することにした。
マーロンさんの話によれば人柄の良さだけが取り柄みたいなことを言っていたし。
太鼓腹を抱えてほほ笑むおじさんは、確かにほっとするような温和さを感じる。
トライメの拠点に訪れて、色々な荒事に巻き込まれたり、懐かしの友達に再開したりしてから数時間後。
気絶していたチンピラを衛兵に突き出したり、けが人の治療をしたりが落ち着いたところで、僕らはようやく向かい合って話をすることができた。
本当は日を改めて話し合いをした方がいいのではと思ったのだが、マーロンさんが次に来れる日がまた空いてしまうとのことだったので、こうやって無理して場を設けた次第である。
それにしても驚いた。
僕がチンピラにナイフを投げつけられ、何かにつまづいて気絶したが、次に目が覚めたのはマーロンさんの腕の中。
お姫様抱っこという屈辱の体勢だったが、マーロンさん本人は真面目に心配してくれていたので何も言うことができなかった。
それで、マーロンさんの口から、チンピラは片付けられて今はココとフィリップさんがトライメのボスを介抱していると聞いた。
フィリップさんがチンピラ5人を片付けたのだろうけど、やっぱり元Dランク冒険者っていうのは伊達じゃないね。
ココも無事らしいからよかったよかった。
そう思ったのも束の間、その後にトライメの拠点の方向からまた激しい物音が響いてきたので慌てて駆け戻ってきたのだが、そこにいたのは懐かしの幼馴染3人組。
3人ともほんの数か月前に別れたばかりなのに、ちょっと見ない間に立派になったもんだ。
なんか貫禄が出たというか、成長したというか。
具体的に装備も立派になっているし。
でも、3人が街でも噂の期待の冒険者になっていると聞いて、びっくりはしたけど、今では我がことのように嬉しい。
皆立派になってくれておにーさん嬉しいよ、うんうん。
まあ、ハルにも言われた通り、僕はあんまり変わっていないようなので、見た目にますます差がついた気がするけど。
ともあれ、紆余曲折はあったものの、こうして僕らはトライメの拠点で腰を落ち着けることになった。
壁に空いた穴は布やら板やらで応急措置され、散らかった室内には被害の少なかった長机と人数分の椅子が並べられている。
あちら側にはちょび髭のおじさんと、幼馴染3人。
あと、後片付けしている時に慌てて飛び込んできていたトライメの構成員だという人が何人か控えている。
ボスのピンチに何をしていたんだと思ったら、あのチンピラの仲間に足止めされていたのだとか。
用意周到に仕組まれてた作戦だったようだが、フィリップさんを相手にしたばかりに可哀そうな人たちである。
しかし、壁にあの突き刺さり方って、フィリップさんパワー系だね。
これで引退したDランク冒険者ってことは、その差を考えると僕は一生Fランクのままだろう。
対してこちら側には、僕、ココ、マーロンさん、フィリップさん。
フィリップさんはどこか怪我しているのか若干顔色が悪いが、「もう大丈夫だ。お前がここにいてくれれば問題ないみたいだし」と言ってこの場に留まってくれた。
体調が悪いなら帰った方がいいと思うけど、依頼主を最後まで守ろうとする尊敬すべきプロ根性である。
ちょび髭のおじさんは、「さて」と姿勢を正す。
「そちらのお二方には初めてお会いしますね。私めはトライメの座長を務めますグミ・トラオムと申します。この度はマーロン様とそのお仲間様に助けられたようで、感謝の極みです、はい」
「勘違いするな、トラオム。ミューハルト様とココ様、そして、そのシモベ達だ」
「かしこまりました」
端から見たら血迷ったとしか思えないようなマーロンさんの言い草だったが、少しも迷う様子もなくうなずくちょび髭のおじさんことトラオムさん。
きっと貴族様の無茶ぶりに慣れているのだろうが、そこまで当然のようにして受け止められると僕が止めるタイミングを見失ってしまうじゃないか。
「そして、既にご存知のようですが、トライメの用心棒をしてもらっている冒険者、ハルさん、ボーイさん、ジェロさんの3人です」
「改めて久しぶりね、ミュー」
「会いたかったよ!」
「久しい、な」
それぞれが笑顔で挨拶してくる。
うんうん。みんなも元気そうでよかった。
「この3人はつい最近Cランク冒険者に上がっております。実績があるとは言え、この異例のスピード昇格はマーロン様の口添えあってこそ。感謝しております、はい」
「ああ、お前が言っていた有能なボディガードというのはこいつらだったか。Dランクだといざという時に重大な仕事を依頼しにくいから冒険者ギルドへの報告にお墨付きを付けておいたが……。ミューハルト様の知り合いともなればやりやすいことも多かろう。今後とも励むように」
「ははっ」
かしこまるトラオムさん。
こういった態度を見るとマーロンさんって本当に貴族なんだなって実感する。
それにしても、冒険者ギルドで聞いた、瞬く間にCランクまで駆け上がった冒険者ってハル達のことなんだね。
マーロンさんのプッシュがあったみたいだけど、それでもここまで信頼されていることころ見るに、ただの飾りという訳じゃないのだろう。
僕はハル達に尋ねた。
「あれから何があったの?」
「うん? まあまずは近くの大きな街に行って冒険者になろうとしたんだけどね……」
クーガ村の近くの一番大きな街といったらここカシマの街である。
ここで出会ったということは、偶然でもなんでもなく、ある意味必然だ。
しかし、話を聞いてみると3人の旅は初っ端から大盛り上がりだったようである。
「ここまで来る途中で魔物に襲われているトラオムのおっちゃんがいてねー」
「おいら達無視しようかと思ったんだけどさ」
「こっちに来たから、成り行きで、助けた」
「そうでしたな。私が街の外に住む色本絵師の方のところへ原稿を取りに行った帰りに魔物に襲われたのですが、あっさり護衛がやられ、あわやというところでこのお三方に助けられたのです、はい」
ちなみに色本というのは、平たく言うと18禁な本のことである。
トライメの仕事の中にご禁制の書籍の販売があり、カシマから少し離れた村に住む絵師のところに定期的に行っているそうな。
ちょっと内容が気になるけど、ココの手前、それには言及しないでおく。
「やられちゃった護衛の人が手傷負わせていた魔物にトドメを刺しただけだったんだけどね。トラオムのおっちゃんに気に入られてそのまま用心棒におさまったってわけ」
「よく考えたら通行証とか持ってなかったんだけど、おっちゃんに手続きまでしてもらってオイラ達ラッキー!」
「そのまま冒険者にもなった」
「いやいや、ラッキーなのは私でした。命を助けられたのはもちろんですが、フリーの腕の立つ用心棒というのは、なかなかに確保が難しい」
その後、用心棒をこなしつつ冒険者稼業もやっていた3人。
特にトライメにちょっかいをかけてくる連中を縛り上げていると、その中に賞金首の犯罪者が多かったことから、あっという間にランクが上がっていったようだ。
「しかもこの3人は護衛のみならず発想力も素晴らしい。賭場に次々と新しいゲームを導入し、うちのお抱え作家に面白い話を次々提供してくれたことで、うちは急速に業績を伸ばしました、はい」
「はー。すごいねみんな」
僕がそう言いながら3人を見ると、ちょっとバツの悪そうな顔をしているではないか。
「あれ? どうしたの?」
「いや、実はそのお話とかゲームってミューに教えてもらったやつでさ……」
「暇なときに思い出話したり、ゲームをやってたら、トラオムのおっちゃんが是非使いたいって言いだしちゃてね。おいらもどうかなーって思ったんだけど、あんまり喜ぶもんだからつい……」
「勝手に使って、ゴメン」
「あーそんなことか」
どうせ本当は僕が自分自身で考えたことじゃないし、そこまで気にする必要もないだろう。
僕一人じゃそれをお金に換える手段もなかったし。
「みんなが楽しんでくれるならそれでいいよ」
僕がニコリと笑いながら言うと、その場にいた全員が驚いたような顔をしている。
後で色々手伝ってくれるとうれしいなーとは内心思っていたけど、それはおいおい言えばいいやと今は黙っておくことにする。
すると、マーロンさんが膝をつきながら、「神の慈愛……」とか訳の分からないことを言っているが、この人が訳の分からないことをいうのはいつものことだからほっとこう。
「そんなわけでトライメが盛り上がるほど、寄ってくる奴も増えて行って、短期間で私たちのランクも上がっていったというわけ。稼いだ金で私たちもいい装備を買ってもらったし。そんで、オーガベアーを撃退した時にCランクまで上がって今に至ると」
「あんときは森をちょっと焼いたり、罠仕掛けたり、ゴブリンをけしかけたり大変だったなー」
「それでも、死ぬかと思った」
「みんなよくそんな恐ろしいこと思いつくね」
僕がそういうと、3人とも「えっ」という顔でこっちを見ている。
「ミューがそれをいうか……」
「な、なに?」
「いや、なんでも。ミューがいいならいいんだ」
なんかハルがぼそっと呟いた気がするけど、適当に誤魔化されてしまった。
その後の話としては、Cランクに上がったのが割と最近のことで、その後は大きく盛り上がるようなイベントもなく今に至ると。
僕らがカシマの街に来てから結構な時間が経過していたが、僕らが碌に外に出なかったのと、ハル達がスラム街を拠点にしていたことで生活圏が被らず、おかげでお互いの存在に気づかないまま今日まできたようだ。
僕らが呑気に教会のお手伝いをしながら過ごしている近くで、主人公っぽいドンパチを繰り広げていたとは世間は狭い。
ちなみに、今回の襲撃をかけてきたのはトライメの躍進にしびれを切らしたご近所の興座だったらしく、ハル達を偽の冒険ギルドへの依頼でおびき寄せて、トラオムさん本人を抑えればなんとかなるという浅い考えで今回の行動に至ったそうだ。
マーロンさんが大変ご立腹だったので、組織は跡形も残らないだろうとのこと。
南無。
「それでミューたちは何をお願いしに来たの? ミューのお願いなら大体聞いてあげたいところだけど。あと、今なにしてるの?」
「えーっとね……」
「ミューはね、私といっしょにキョーダンを立ち上げたの! ミューがマエストールで私がコンマスなの。2人で!」
急にココが会話に割り込んできた。
やたら力強く主張しているけど、やっぱり同じ年ごろの女の子がこれだけ活躍しているというのを聞くと対抗心の一つも湧くものなのだろうか。
だが、そんな対抗心もどこ吹く風で、ハルは教団という言葉に素直に感嘆の声を上げた。
「へえ、マエストールなんて凄いじゃない! ミューは天空教の神父やめたの?」
「うん。みんなが行ってからしばらく後に神様に認められてね。まあ教団といってもまだ僕とココの二人しかいないんだけど……」
「ミューハルト様、私! 私がいます!」
「……あと信者1人の小さな教団なんだけど」
「ああ、なるほど」
ハルはそこでマーロンさんの態度に得心がいったのか頷いた。
そこでトラウムさんは笑顔ながらも、眉がピクリと動く。
「それでマーロン様はトライメに何をお求めに? まさか、興座ごと教団の傘下に入れと?」
「ほう、話が早いな」
「ち、違いますって! 自発的に来る人は拒みませんけど、トライメには僕らがアルスミサをする興行をやってほしいと交渉に来たんです!」
「ほう、興行を」
マーロンさんは、「有無を言わずに取り込んでもいいんですよ?」と言ってくるが、流石にそんな理不尽なお願いをする気はない。
そりゃあ貴族様が言えば拒否はできないのかもしれないが、そんな強制的に取り込んだところでお互いにやりにくくて仕方ないだろう。
宗教の押し売り、よくない。
マーロンさんは「ふーむ」とうなりながら髭をねじる。
「我々にお声かけいただいたのはありがたいですが、今現在アルスミサを行えるような劇場の伝手はありませんぞ?」
「それはわかっています。こちらも明日明後日にアルスミサできるわけではないので、新規事業として一緒に始めてみないかというご提案です」
「ほう。それでこちらには利がありますかな?」
面白そうにそう言ったトラオムさんにマーロンさんの目つきがギリッと吊り上がったが、僕はそれを目で制する。
僕がやりたいのはキラキラと輝く楽しい公演。
だったらできるだけみんな義務で嫌々じゃなくて、乗り気になってもらわないとね。
「きっとたくさんの人が集まります。この賭場に収まり切れないくらい。だってうちの神様は世界を席巻したいって言ってましたから。それで動くお金がいくらになるかは……。まあ、取り分は相談に応じますよ」
「ね」と僕が微笑みかけると、トラオムさんも笑顔になって一つ頷いた。
そして、ハルがトラオムさんに対し、「言ったとおりでしょ?」と話しかけている。
「いやいや、教団関係のマエストールともなれば、どんな浮世離れした人物なのかと思えば我々のことを分かっていらっしゃる。ハルさん達のブレーンだったということであれば、その発想にも一定の信頼が置けます。後は、……」
「実力を見せたほうがいいですか?」
僕が後を続けると、トラオムさんは「できれば」と返す。
僕は部屋を見渡すと丁度よくというべきか、壊れた机や椅子を隅に寄せたお陰でできたスペースと、部屋を飾っていたようだが割られてしまった花瓶とそれに活けてあった花が落ちている。
十分だろう。
「ココ、いける?」
「うん! 私とミューの二人の実力を見せてやろう!」
元気いっぱいにココが頷いてくれた。
僕はココと一緒に空きスペースに進む。
落ちていた花を拾ってブライのナイフで切れ込みを入れると淡く光り出す。
高価なものは持ってこないほうがいいと言われたけど、今度こそはいつ求められても大丈夫なようにと備えていてよかった。
振り返ると僕らを見つめる目。
一瞬、領主の城でのあの場を思い出してしまったけど、すぐにあの時とは違うと首を振る。
目を細めて見つめてくるトラオムさんは、こちらを値踏みしているようではあるけど優しい笑顔で、あの領主様よりはよっぽど好意的だ。
マーロンさんは鼻息も荒く、いつの間にか床に正座してこちら姿勢よく拝んでいる。これはまあ、いいや。
そして、幼馴染3人は、声には出さず「が・ん・ば・れ」と口を動かして、手をひらひらと振っている。
なんかお遊戯会の子供に戻ったような気分だけど、今の僕らには丁度いいだろう。
花に唇を当て息を吹き込むと、今日は調子よく透き通るような高い音が出た。
「じゃあ、聞いてください!」
「えぅ!」
僕らの夢にもう一歩だ。