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第三十八話 敵と書いてしりあいと読む

「えぅ?」


 突如として建物内にギンギンと響き渡った声に、ココは軽くビンタでもしておじさんを起こそうとした手を止めた。

 その声は入口から響いてきたものであり、少なくとも知っている人物ではない。

 壁に突き刺さっていたり横たわっているチンピラズのどれでもないのは、女性の声というだけですぐにわかった。

 ココが視線を向けた先には三人のヒトがこちらに厳しい視線を向けていた。


「あんた……その手に握っているおっさんに何をしてるんだい」


 燃えるような赤髪をなびかせ、使い込まれた革鎧を身に着けた女性が怒りのオーラをまといながら問いかけてくる。

 先ほどのココの放っていた危険そのものがいるような生存本能に訴えかけてくる圧こそないが、先ほどのチンピラ五人が束になっても出せなかった殺気を放っている。

 残念ながらココはそれを危機とまでは思っていないようで、首をかしげるだけなのだが。


「聞こえてないのかい? 何しようとしているか、と聞いているんだけど」

「起こそうとしてるだけだよ? 後でお願い事をするつもりだけど」

「ああん??」


 眉間に険を深めながらその赤髪の女性はココを睨みつけたのだが、ココはなんで相手がそんなに怒っているのかとキョトンとしていて、まるでかみ合ってない二人である。

 その一方で、フィリップの方はこの雰囲気に焦りを感じていた。


(あいつら聞き覚えがある。赤髪の女に、ひょろい兄ちゃん、そして大男。トライメの新人冒険者ってあいつらのことか。まずい。噂が本当ならさっきのチンピラとはわけが違うぞ!)


 赤髪の女が言葉を続ける。


「ははあん。わかった。最近ちょっかいかけてきていた興座(こうざ)の連中がいたけど、あんたらがそうかい。あたしら留守の内に、()まで巻き込んで好き勝手してくれていたじゃないか」

「違う! 俺らは普通に約束してきたんだ。トライメにとってもいい話だと事前に約束してたのを知らないのか!」

「そっちのおっさんも仲間かい? ああ、聞いているとも。うちらの興座を引き渡したらいいようにしてやるって言ってきていたふざけたやつがいるってことをな!」

「違う!」

「はん! 悪人はみんなそういう!」


 まるで話が通じない。

 ますます深まる一触即発の気配にフィリップは頭を抱えたくなったが、この期に及んではどうにもなりそうにない。

 ココがいる以上、こちらが負ける気もしなかったが、トライメの構成員まで潰したら間違いなく問題になることは目に見えているのだ。

 かといって逃げようにも唯一の出口は三人組が塞いでいる。

 フィリップがそんな思考を巡らせていると、三人組はぼそぼそと会話をし始める。


「なあ姉御、だからあの依頼は怪しいって言ったじゃん。やっぱり罠だったんだよ」

「私一人で行くって言ったのに着いてきたあんたらが悪いんでしょ?」

「姉御、一人だと、危ない」

「心配性ねえ。ま、こうやって速攻終わらせて戻ってきたんだから、後はあいつらを叩きのめせば無事解決でしょ?」

「そうは言っても、あの女の子は多分獣人だよ? 前、なんとか追っ払ったオーガベアーくらい強かったらやばいんじゃね?」

「今、罠も作戦も、なんもない」

「うっさい!」


 どうやらリーダーらしき女はかなり短気らしく、残り二人の男はやれやれといった顔。

 これが彼らのいつものことなのだろう。

 ここでようやくココが状況を把握したらしい。

 慌てる様子もないが、のんびりと口を開いた。


「別にこのおじさんにはひどいことしないよ。お願いはするけど、友達からオンビンに、って言われてるし」


 3人組は周囲を見渡す。主に壁に突き刺さったチンピラとか。


「あんたの穏便っていうのはあたしらの知っている言葉とかなり違うみたいだね。本当に意味知ってる?」

「私の友達が言ったんだから間違いないもん!」

「じゃあそのお友達とやらは相当のイカレ頭ね」


 赤髪の女がそういった途端、今までだって剣呑だった空気が、またピシリと音を立てたように凍り付いた。

 ココは手にもっていた男性をドサリと落とすと、ユラリと空気を引きずるような重々しさで三人組の方に向き直った。


「今、なんて言ったの? 私の友達が、なんて? ねえ、ねえ」

「頭の上に乗ってる耳って実は飾り? あんたのお友達がイカレ頭って言ったんだけど」

「なあ、姉御。なんかまずくない? 急に鳥肌が立ってきたんだけど」

「……気をつけろ。来るぞ」


 そう言いながら身構える三人に、手足を獣のものに変えるココ。

 急に静まり返る場。

 それを破ったのは、なんとか間に入ってきたフィリップだった。


「お前らそれくらいに――!」

「邪魔!」


 口火を切ったのは三人組。

 一丸となり一直線に向かってきた三人は、赤髪の女がフィリップの剣を弾き、糸目の男が足払いをかけ、大男が腕を突き出すと、フィリップは一瞬でなすすべもなく壁に衝突した。

 肺の中の空気を全て吐き出しながらも頭の中は驚愕で埋め尽くされる。


(引退して衰えたとはいえ俺は元Dランクだぞ!? 一瞬でこのザマとは、ココといい、あの三人組といい最近の若者はどうなってやがる!?)


 意識を失いはしなかったが、衝撃で膝をついていると、眼前ではすぐに次の戦いが繰り広げられていた。


「ふん!」


 大男は手を突き出してココを吹き飛ばそうとしたのだが、ココが正面から突き出した拳はわずかの拮抗(きっこう)もなくそれをはじき返した。

 ココが特別小さいわけではないが、大男と比べるとすっぽり覆い隠されてしまいそうな体格差。

 それが当然のように覆される様子に、今までピクリとも動かなかった大男の表情にわずかながら驚きが漏れ出た。

 しかし、ココの追撃が入ることはなかった。

 大男の足元から糸目の男が滑るように現れると、その手に持ったナイフを突き出してきたのだ。

 だが、ココは追撃を諦めただけで、糸目の男のナイフに余裕をもって反応し、手でナイフを払おうとしたのだった。


「!?」


 だが、ここでようやくココの顔にも驚きが浮かんだ。

 振り払おうとした糸目の男の右手にいつの間にかナイフが握られていない。

 ココの手が空を切った後に見えたのは、糸目の男の左手に握られたナイフが少し遅れて迫ってくる。


「女の子でも獣人相手なんだから、多少の小技も使うよっと!」


 そのままナイフがココの脇腹あたりを切り裂くかと思われた。だがしかし。


「あれぇ!?」


 完全に虚をついたし、避けられるタイミングとは思われなかった刃は、ココが咄嗟(とっさ)に上げた右足に阻まれてストップしてしまった。

 (すね)で受ける形となったが、その足は白熊のそれと同じであり、表面を浅く切り裂けば十分と思っていた程度の力では、毛に覆われた表面ですら傷つけるに至らなかった。

 そして、折り畳まれた右足は突き出され、糸目の男と大男をまとめて前蹴りの形で吹き飛ばさんとした。

 だが、赤髪の女が残っていた。

 仲間の二人がどのような攻撃をしてもタイミングを合わせて戦闘続行不能になる程度の手傷は負わせようと思っていた彼女。

 しかし、仲間が返り討ちに遭いそうになった様子を認識すると、即座に迫りくるココの足に剣の峰を当て少しでも軌道を逸らそうとしつつ、反対の手を伸ばして仲間の体の一部を掴んだ。

 その甲斐もあってか、まとめて転がりはしたものの壁に突き刺さることはなかったし、赤髪の女はすぐに受け身をとって立ち上がった。


「あーくそ。折角研ぎに出したばかりの剣が一発でおじゃんか。あんたら生きてる?」

「右手以外なら、いける」

「おいらもうだめかも……。めっちゃ痛ぇ」

「二人ともまだいけそうね」

「ひでえ!?」


 そんなことを言いながらもまだ戦意は衰えていない様子で構える三人組。

 赤髪の女は、ココの蹴りで折れ曲がった剣を捨てると、腰に装着していた装備を抜き放った。

 それは肘から先くらいはある杭の形をしたもので、その柄にはひもが括りつけられている。

 そのひもは鞭のように長く、端の方の握りの部分は、不思議な文様と宝石があつらえられた立派なものだ。

 赤髪の女性が柄の部分を握り、カチリと何かを押した音をさせると、銀色をした杭はぼんやりとした光を放ち出す。


「あんたたち、こっから先は手加減なしだ。合わせな」

「それ使うのはあんまり……っても言ってられないよねぇ」

「うが」


 その武器を見たココは、そのままもう一回吹き飛ばせばオンビンに済むかと思っていた足をピタリと止める。

 あれはきっと危ないものだと、野生の勘が本日初めて反応したのだ。

 今までココにあった、ただイライラをぶつけていただけの圧が、獲物を狙う獣の視線に切り替わる。

 息の詰まりそうな緊張が生まれる。


 ジリジリと体を動かし、今にも爆発しそうな緊張感か限界まで達したその時。


「ココ大丈夫!? わーフィリップさん倒れてる! わわわ、壁や天井から人が生えてるし、なんで!?」


 入口から、本人は至って真剣そのものなのだろうが、この張り詰めた空気にプスリと針を刺して(しぼ)ませるような、場違いなコロコロとした声が響き渡った。

 今にもお互い飛びかかろうとしていたココと三人組はつんのめるようにたたらを踏んでしまう。

 そして、全員が突如として乱入してきた、耳を激しくピコピコさせているちみっこい子供に視線を集中させる。


「ミューこっちに来たら……!」

「あれ、ミュー?」


 ココが焦った声を上げようとすると、それにかぶせてきたのは赤髪の女性。

 その声の主に、ちみっこ、ミューハルトが視線を向けると、そこに懐かしい顔が揃っていることに気づき、驚いたような顔を見せる。


「ハル? それにボーイとジェロも。こんなところで何やってるの?」

「ミュー! 少し見ない間に大き……、いや小さいままね」

「ほっといてよ」

「やっぱり本物のミューだー!」


 そう言いながら駆け寄ってくる三人組、それはミューハルトのいた村の幼馴染のハル、ボーイ、ジェロだった。

 ずいぶん会っていない気がしたミューハルトだったが、数えてみるとわずか一年にも満たないことに気づく。


「ミューひっさしぶりー!」

「ボーイも元気そうだね。なんか筋肉ついた?」

「ミュー、も元気そう」

「ジェロも、……なんか大きくなってない? まだ背伸びてる?」

「それに引き換えミューは変わってなくて安心したわ」

「ハルは髪伸びたね」


 別れた前と変わりなく楽しそうに談笑する三人に遠巻きに眺めていたココだったが、意を決して割り込んでくる。


「ミュー! この人たち危ないから離れてよー!」

「えっ? この三人は昔からの友達だから大丈夫だよ。あ、もしかしてトライメの期待の新人ってハル達のことだった?」

「多分そうよ。それよりも、ミューは危ないからこの獣人から離れないと!」

「こっちは僕の最近できた友達だから大丈夫! 今日はトライメの人に、マーロンさんっていう貴族の方の紹介で会いに来たんだ。なんか変な人たちが先にいたみたいで大変だったけど」


 ハルとココに両側から抱えられて足をプラプラさせているミューハルトの説明に、二人はお互いを胡散臭(うさんくさ)げな目で見つめあう。

 つい先ほどまで殺し合いに発展しそうだった相手であり、そう簡単にはいそうですかと言えるものでもなかったのだが――。


「はい! あくしゅ!」


 ニコニコと笑いながらこちらを見つめてくる空色の瞳に、しぶしぶながらも手を握り合ったのであった。

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