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第三十五話 毒を食らわば

興座こうざ?」


 僕はマーロンさんの言葉をオウム返しに言いながら首をひねる。

 聞き覚えのない単語だ。

 ココの方に視線を向けると、ココはこちらに照れたようにはにかんでいる。

 分かっていたけどダメのようだ。

 こういう時は困ったときのマリアさんである。


「あんた本当に何も知らないねえ……」

「ごめんなさい。田舎者なもので」


 この場合、純粋な知識なので異世界生まれというのは関係ないのだろう。

 ここに来て数か月経つし、もうちょっとこの世界を知る必要があるよね。

 こういうの、どこで勉強するんだろう。

 マリアさんはやれやれと言いつつも、一から説明してくれる。


「興座っていうのは、公のギルドになっていない、何でも屋的なことをしているギルドみたいなものかね」

「ギルドっていうと、冒険者ギルドみたいな?」

「そうなんだけど、冒険者ギルドも特殊だからね。普通なら、鍛冶ギルドとか建築ギルドとかパン焼きギルドとかそういった方が馴染みあるよ」


 そもそもギルドというのは、職人や個人商店を、業種ごとにまとめ上げている組織体のことを指している。

 前世で言うところの会社を薄く浅くしたようなものだ。

 仕事を依頼する時はギルドを通すことで、一定以上の職人を紹介してもらったりできるし、職人間の取り決めをギルドで決めることもある。

 そして、どのギルドも概ね町単位の組織であり、大きい街だと同業種で複数あったりすることもあるらしい。

 ギルドに所属しない職人も一定数いるが、そう言った人はどうしても横の繋がりが持ちにくかったり、仕事が十分に持てなかったりとデメリットも大きいのだとか。

 その代わり、ギルドに所属すると、上納金があるところや、仕事を割り振られて断り切れなかったりとしがらみもあるらしいが、それは僕らには関係のない話だ。


 冒険者ギルドが特殊なのは、普通は町単位のところが、国をまたぐ単位の組織であることだ。

 魔物がいる世界なので、それを軍ではなく腕自慢の個人が退治を請け負うというのは、昔からある仕事。

 そんな冒険者が、他の仕事と同じようにギルドを組むことは自然な流れであったが、具体的な武力を持つ組織というのは何かと問題が発生する。

 為政者に睨まれやすいし、戦争にでも駆り出されれば最前線へ優先配置。

 これじゃ(ろく)に魔物を狩れないと考えた当時の冒険者ギルドは、異例ともいえる全世界での連携を試み、独自の立場を築いたのだそうな。

 自身で危険な道中を踏破できる冒険者ならではの行動力だろう。


 そして話は戻って興座。

 そんなギルドと認められない仕事を一手に請け負うギルドみたいなものなのだとか。


「ギルドにならない程度の仕事って、ゴミ拾いとか?」

「ゴミは自分で拾うものだし、掃除夫を雇いたいなら使用人ギルドがあるだろ」

「じゃあ、路上で詩を売ったり、友達代行業だったり、犬の散歩代行業だったり、刺身にタンポポ載せたり、布団の寝心地を確かめたり、化粧品の雫が一滴一滴流れるのを見つめたり、よくわからない薬を飲んでその効果を確かめたり……」

「後半よく分からないけど、そんな仕事はないだろ」


 呆れた表情のマリアさん。

 半分くらいは前世でやらされたことあるけど、まあ、この世界にはないか。


「そりゃ最初の頃こそは本当に細かい仕事だったらしいよ。でも、いまじゃかなり意味合いが違う。街で公に認められていない物を売ったり、荒事向きの用心棒をしたり、後は賭場のしきりとかね。あまりお上品な連中じゃないさ」


 それって頭に『ヤ』とか『ギャ』とかつく職業じゃ……。


「たしかにマリターノファミリーとオーガ組の連中なら、劇場の公演にも枠を持っていたけど、あんな危ない連中にこの子らを預ける気かい?」

「いえ、流石(さすが)にあんな方たちに声をかけるなんて真似はしません。小さいし新興ですが、信頼できる興座があるんですよ」


 マリアさんのジロリと音がしそうな目つきに、さらりとかわすマーロンさん。

 ギルドってさっきの説明だと、一つの街に1つか2つくらいのイメージだけど、興座ってそんな小さい組織が複数あるものなのかな。

 僕のそんな疑問にマリアさんは答える。


「興座といっても普通のギルドと同じくそんな数はないものだよ。組織の体質上、分かれやすいのは確かだけど、私が今まで見てきた町だと、大体が大きい組織が仕切ってるもんさ。でも、確かに、この街には妙に小さい興座が多いのは事実だね」

「そうなんですね」


 その言葉にマーロンさんは頷きながら一言。


「まあ、そんな風に小さい組織を増えやすくしているのは私なんですけど」

「「はい?」」


 突然飛び出した言葉に、僕とマリアさんはそろって疑問の声を上げる。

 どういうこと?


「いえ、私が出世するには貴族間の繋がりが薄かったので、平民の協力者が欲しかったんですよ。裏仕事向きの興座の人材がね。でも、あまり大きいところは既に他の貴族の息がかかっていたので、ちょっとずつ規制法や衛兵の見回りに手を加えて空白地帯を作って、新しい興座を作る余地を作ったのです。あとはまあ、裏から情報を流したり、スラム地帯の人材をすくい上げたり色々しましたが……。おかげで、私が一等書記官となった今は、興座のごった煮状態ですね」


 はっはっはと、爽やかに笑うマーロンさん。

 いや、軽く言ってるけど、それはかなり大変なことなんじゃないだろうか。

 この人のサクセスストーリーって、実はかないえげつない気がする。

 そして、それを僕らに軽く言っていいのか。消されたりしないよね?


「なにを仰います。神には全て告白すべきでしょう?」

「いや、だから僕らは神では……」

「ここにいる方々は信頼しています。それに、一等書記官となった時点で証拠も消してありますし、ばれたところで今更どうこうなる話ではありません」


 どっちかというと、後半がメインな気がする。

 それで僕らに害が及ばないのであれば文句はないんだけど。


「それで、その新興の興座ってどんなところなんですか」

「『トライメ』っていう興座です。1年くらい前に、中規模の興座が分裂してできたところですね。その時の分裂した中では一番小さく、小さな賭場が一つと、ご禁制の娯楽本などの販売、後は用心棒を少々っていう比較的クリーンなところです」

「比較的、ね。信頼できるんですよね?」

「信頼できるかについてはお墨付きです。私も下町でのお仕事はよくお願いしていますし、座長の人柄だけが取り柄みたいなところでした」

「それはいいことですけど、人柄だけが取り柄の小さな組織で大丈夫なんでしょうか。それなりに大きくないと、僕らの公演をやってもらえないんじゃ……?」

「そこも大丈夫だと思います。トライメを押したのは、ここ数か月で急激に力を伸ばしていることがあるんです」

「急激に? なにかあったんですか?」


 マーロンさんは、はいと頷く。

 なんでも、きっかけは数か月前にトライメに有望な新人が入ったことだと。

 たかが新人が入ったところでどう変わるのかと思ったのだが、元々弱小興座のトライメは、この新人のおかげでメキメキと伸びているらしい。

 その新人は、まず腕っぷしが強い。

 この業界なんといっても力が大事であるのだが、その新人は、魔物相手に貴族を守り切ったという逸話を持ち、冒険者ギルドであっという間にランクを上げた有名人らしい。

 そのおかげで、他の興座や、柄の悪い連中に睨みが効く。

 そして、頭も切れる。

 賭場ではどこも代わり映えのない仕組みだったものを、次々と新たなゲームを導入し、最近では多くの人を呼び込んでいるんだとか。

 右から左に流すだけだったご禁制の娯楽本も、トライメ独自の本が作られているとかで、これもこの新人の仕業ではないかと噂されているようだ。

 また、度胸にも優れ、全く顔も知らないところに飛び込んで行って、仕事を引っ張ってくる有能ぶり。

 話を聞いていると、驚くくらいの完璧超人だ。

 これくらいの有能さが僕にもあれば、前世でも今世ももうちょっとうまくやれていたんだろうけど。


「トライメは劇場や演劇の伝手(つて)は持っていませんが、裏を返せば余計なしがらみがないということ。新規事業に開拓に余念がないようですから、うまく取り入って段取りをさせてしまいましょう」

「トライメの人達の負担が大きくないですか?」

「大丈夫。うまく取り込んでしまうか、ボロ雑巾のように使い捨ててしまえばいいのです」

「信頼できる相手って言ったのに、扱いひどくないですか!?」


 僕が思わず突っ込んでしまったが、マーロンさんは本気で何を言っているのか分からないといった表情でこっちを見ている。

 下級とはいえ貴族。あと、裏で色々やっていそうな人間ということか。


「相手は平民なのですから、利用できるものは利用しないと」

「僕らも、その平民なのですけど」

「あのですね、ミューハルト様。あなたは神なのですよ?」

「いや、そんな聞き分けのない子に言い聞かせるように言われましても……」


 違うからね。

 駄目だ、やっぱりこの人めんどくさい。


 意見を求めてマリアさんとココの方を見た。

 マリアさんの方は、「好きにしな」のあっさりしたもの。

 僕ら自身の問題なので、仕方ないと言えば仕方ないのだろう。

 むしろ、マリアさんのことだから、明らかにおかしな話なら止めてくれるだろうし、後は自己責任ということか。


「ココはどう思う?」

「えぅ? ミューの好きにしていいよ。いざという時は私が守るから」

「相変わらず丸投げと男気なところはいいんだけどさ。マーロンさんの話について思うところとかない? 僕が決めるにしても意見は聞いておきたいんだけど」

「うーん……」


 お、珍しくココが考えるそぶりをしている。

 本当にあんまり考えることをしないから、眉を寄せた表情っていうのはレア顔だ。

 そして、うんと頷いたココが言った。


「そのトライメとかいうミューのボロ雑巾を、私がいつ絞るかって話だよね?」

「ごめん。僕が穏便に話をしに行くから、ココは僕の横にいればいいよ」

「えぅ。わかったよ。 私、ミューの、そばにいる!」


 いい笑顔でコクコクと頷くココ。

 この子、こんなに脳筋みたいな感じだっただろうか?

 時々、なんか物騒なところが見え隠れする気がする。

 いや、普段のココはいい子なんだ。

 きっと農業神の楽団での扱いが、ココに暗い影響を与えていたに違いない。

 僕が大人の態度を見せていれば、きっとココも健やかに成長してくれるだろう、多分。


「マーロンさん。どういう扱いをするかはともかく、一度トライメの方と話をしたいと思いますので、紹介をお願いしていいですか?」

「はい、喜んで。神のお役に立てるようで光栄です」

「だから、僕は神じゃ――。もういいや。とにかくお願いしますね」

「はい、では後ほど詳しい日時をお伝えしに参りますので」


 こうしてマーロンさんとの話し合いはひとまず完了した。

 まだまだ不安は残るけど、次に繋がったのでよしとしておこう。

 興座。

 なんか公的権力に指定されたりマークされたりされがちなあの組織に近そうで緊張する。

 どういう交渉をしようか――。


「マーロン一等書記官殿、トイレはあちらで、出口はこっちですわ」

「シスターマリア、私はもう少しこの部屋にいたいのですが」

「お帰り下さい」

「そうだ、ライバルだった一等書記官候補を蹴落とした時のいい懺悔話があるのですが、聞きませんか?」

「帰んな!」

「帰りたくない!」


 僕は横で繰り広げられる騒音を聞きながら、次の交渉に備えるのだった。

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