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第三十三話 帰還のあとで

 飛び散った衣類をせっせと畳みながら僕は嘆息を一つ。


「よくここまで暴れたよね」

「えぅ……ごめんなさい」

「この件に関しては僕が原因でもあるから責めないけど、きちんと片づけようね」

「はーい」


 僕とココは今、ホームとしている教会で部屋を掃除しているところである。

 感動の再会と、ミューハルト恋愛杯1回戦ノックアウト負けを終えた僕は、何はともあれ周囲を見回す。

 そこには、ココが僕を探すために繰り広げた、捜索という名の暴走の跡が広がっていた。

 泥棒だったら仕事が雑。強盗でもここまでしない。

 そう言いたくなるくらいの荒れ模様である。


「大体なんで天井に穴が開いてるのさ」

「だってミューは小さいから、天井裏に隠れられるかもって思って……」

「小さいから天井に届かないって。……言ってて悲しくなるな。ココはどうやって穴を開けたの?」

「それは、えいっって」

「えいっ、ねぇ」


 いつもこう言ってるけど、ココの「えいっ」ってなんなんだろう。

 実はとんでもないものなのか。

 でも、エクストラで手足が熊になるといっても、胴体は少女のままなんだから大した威力になるとは思えないんだけどなあ。

 パンチは手だけで撃つものじゃなくて、広背筋や体のひねりが重要だと格闘マンガで聞いたことがあるし。

 まあ、質量と爪があるから剣を持つくらいの威力はありそうだけど。


 すると、背後でゴトンと大きな音が鳴る。

 後ろを振り向くと、元の位置に戻ったベッドの前で、手をパンパンと払うココの姿が。

 さっきまでベッドは上下ひっくり返っていたような……。

 えーっと。安いベッドだし、きっと軽かったんだろう。うん。


 僕は、散らかった洋服を畳んでタンスに仕舞ったり、布団のシーツを張り直したり。

 手先がそんなに器用ではないココは、大きな家具の移動や、箒でごみを集めたりしている。

 折角だし大掃除だと思えばいいだろう。

 ココは言われた通りせっせと片付けながら僕に話しかけてきた。


「マリアさん遅いね」

「教会関係者に僕が見つかったって言いに行ったんだっけ? 悪いことしちゃったね」

「でも、今回はヨミが連れて行っただけだからいいけど、本当に人さらいとかいるんだから注意しないと駄目だよ?」

「それはそうだね。心配かけてごめんね」


 僕がそう言うと、ココは満足そうに「わかってくれればいいんだよ」にニッコリほほ笑んだ。

 やれやれ、本当に注意するべきなのは、女の子のココの方のはずなんだけどね。

 聞くところによると、こんな街中だったり貴族街だったりしても、子供の誘拐というのは実際少なくない数が起こっているらしい。

 大体は身代金目当てだが、よい見た目だったり特殊な技能を持っていたりすると奴隷市場に売られることもあるらしいから怖い話だ。

 スラムには身寄りのない子供も多いので、そちらの方が狙われるのではと思ったりしたが、そちらの方からさらうと、身代金は取れないわ、逆に横のつながりが強くて襲撃をかけられたりで逆に誘拐は少なくなるのだとか。

 ただし、少ないだけでスラムでも誘拐はあるし、むしろ安い値段での人身売買はあるのだから安全な訳ではない。

 日本や人の少ない田舎の村で暮らしてきた自分としては奴隷市場と言われてもピンとこないけど、ここらじゃ珍しくて高く売れそうな種族だから他人事じゃないだろう。

 奴隷を救う程の余裕もないし、逆に利用したいと思うほど困ってもないけど、自分が売られるのだけは勘弁してもらいたい。


 ココは、いかに僕の方が危ないということを力説していたが、今度はその話はヨミの方に及んでいく。


「大体、ヨミもミューを連れて行くんなら私も連れて行ってくれないと!」

「それは、僕が落ち込んでいたせいだから許してあげてほしいな」


 泣いていたことを思い出して顔が赤くなる。

 ううっ、あんなに恥ずかしいことを言ったり見られたりしてたから、もうヨミには頭が上がらないな。

 いや、神様相手だから頭は下がりっぱなしで正しいのかもだけれど。

 そういえば、ヨミの言葉で気になることを思い出す。


「ねーココ。ヨミがあのアルスミサで信仰が入ってきたって言ってたけど、なんか心当たりある?」

「えぅ? うーん。みんな険しい顔してたし、わかんない」

「だよねえ」


 わざわざヨミが嘘をつくとは思えないけど、やっぱりあんな稚拙なアルスミサで信仰する人がいるとは思えない。

 父さまがいれば大量に信仰をしそうではあるけど、それはどちらかというとお遊戯を見に来た親に近いからね。

 首をひねりながらも掃除を続けていくと、なんとか昼ごろには片付けが終わった。

 外れたドアや開いた穴はどうにもならないので、後で職人さんを呼んで直してもらうことにする。

 あんまり高くつかなければいいけど。

 そんなことを思っていると、見計らったかのように教会に誰か入ってくる足音がした。

 ココは耳をぴくぴくさせるて言う。


「マリアだ。あと他に誰かいるね」

「よく足音で聞き分けられるね。他の誰かって?」

「うーん。大きめの二足歩行の人間。強くはなさそう。でもアパスルライツやエクスツールを使われたらその限りじゃないかも」

「本当に耳がいいよね」


 ココの戦力分析はともかくお客さんが来たのは間違いない。

 僕とココは、服についた埃を払ってフードを被ると階下に降りて行くことにした。

 教会としては部外者ではあるけど、お手伝いの一環として、言われればお茶や案内くらいはしているのだ。


「おかえりマリア!」

「ココ、お客さんの前だよ。いらっしゃいませ」


 そこにいたのは予想通り、一人はマリアさん。

 もう一人は結構いい身なりをした、背の高い痩せた男性がマリアさんの後ろに立っていた。

 んー、どこかで見た顔のような。

 でもこんな三十前後の男性の知り合いなんて記憶にないし、どこか街中で会ったかな。

 僕がその顔を見つめると、その男性は落ち着きなく視線を逸らし、僕とココが視界入らないようにキョロキョロとしている。

 いかにもな怪しさだけど、なんだろうか。

 マリアさんは何事もなかったかのような態度で、こちらに歩いてきて言った。


「あんたたち掃除は終わったかい?」

「はい。修理しないといけないところはまだ残ってますけど、それ以外は終わりました」

「そうかい。それじゃあこの人を応接室に連れて行ってやんな」

「はい。この方は?」

「ああ。領主のところの書記官様だよ。城で議事録を持ってきてもらう話をしていただろう」


 そうだった。

 そして、これが実は大事な話で、この議事録を天空教の方に移送することでここの領主さまが僕たちの活動を認めた言質となるのだ。

 相手がお役人ということもあるし、きちんと応接室に案内しなくては。

 無いとは思うけど、下手な行動を取って書類を台無しにされては事である。


「では、こちらにどうぞ!」

「は、はい」


 僕の、目いっぱいの愛想振りまきモードに、やっぱりキョドる書記官さん。

 本当に何かしたっけ?


 場所を移して教会の応接室へ。

 応接室と言っても大層なものがあるわけでもなく、テーブルと向かい合った椅子がある程度だ。

 マリアさんと書記官さんが椅子に座り、その二人に手早くお茶を出したところで部屋を出ようかとすると、それをマリアさんが手で制す。


「あんたたちも無関係じゃないからここにいな」


 あまりいい目で見られないだろうし出ておこうと思ったが、そう言われてしまったら立ち去るわけにもいかず、部屋の隅に大人しく控えておくことにした。

 書記官さんはそんな僕らの様子にわざとらしいくらい目もくれず、マリアさんに向かい背筋を正して言った。


「私はカシマ領で一等書記官を務めますマーロンと申します。今日は、天空教カシマ支部のシスターマリアに先日の会合の議事録をお持ちしました」

「素早い対応感謝しますわ」

「いえ、伯爵も天空教の尽力にいつも感謝していますので」


 マーロンさんは甲高い声でそう言うと、懐から(ろう)止めのされた封筒を取り出し、マリアさんに恭しく差し出した。

 一等書記官がどれほどの地位がなのかは分からないが、一等というからには低いわけではないだろう。

 そんな立場の役人でもへりくだるマリアさんの立場を改めて実感する。

 父さまの伝手からよくしてもらっているが、最大宗教のコンマスに顔を繋いでもらうって、実は結構すごいことだったんじゃないだろうかと思う。

 僕も一応マエストールだけど、こんなに偉くなることができるんだろうか。

 別に偉くなりたいわけではないけど、ヨミのためにも偉くならないといけないんだろうな。


「受領のサインを……これでいいですわね」

「ええ、確かに」


 そんなやり取りが終わり、書記官さんはマリアさんから書簡の受取サインをしまう。

 特に何が起こるわけでもなく、これにて無事完了である。

 よかったよかった。

 さて、これからの活動を考えないといけないね。

 とか思っていたのだが、不思議なことにマーロンさんが中々帰る気配を見せない。

 お茶を一口飲んではそわそわと身じろぎし、またお茶を一口。


 これが普通なのかと思ってマリアさんの方をチラリと見るが、マリアさんも怪訝な表情でマーロンさんを見ているので、よくあることではないのだろう。

 マリアさんが適当に雑談的な話を振ってみるが、帰ってくるのは「はあ」とか「まあ」とか気のない返事。

 早く帰れとも言えずに気まずい沈黙が流れる。

 僕がお茶を淹れなおすべきか考えていたところで、マリアさんがしびれを切らしたように口を開いた。


「マーロン一等書記官様、お手洗いならこの部屋を出てすぐ右に曲がった奥のところですわ」

「あー……いえ、違うんです。その……なんと言いますか」

「言いたいことがあるなら聞きますわよ。ここは教会。告白は慣れっこですから。ああ、この二人は外させましょうか」

「え、いや。……わかりました。話しますのでそこのお二人もそのままでいいです」


 マリアさんの言葉で部屋をやっと出られると思っていたが、どうやら僕らもいなくてはいけない様子。

 お役人さんの近くにいるというだけで緊張するんだけどなあ。

 下手なことを聞いて厄介ごとに巻き込まれることは避けたいのだけど。

 そんなことを考えていると、マーロンさんはなぜか僕らの方をまっすぐに見つめて話しかけてきたのだった


「あの、先日お城に来てアルスミサをやられたお二人ですよね」

「え? そ、そうですけど」

「フードを外していただくことは可能でしょうか?」


 フードを? なんで?

 もう僕らのことを知っているのだから、あえて隠す必要はないのだが、その意味がわからずに困惑してしまう。

 ココの方を見ると、同じくこちらを見つめて困り顔。

 外していいのと目で尋ねてきている。

 少し戸惑いはしたが、断ってもいいことはなさそうなので、ココに頷き、僕もフードを外す。

 その途端である。


「おお……おお……神よ……」


 マーロンさんは椅子から離れひざまずき、僕らに向かって手を合わせたのだった…って、ええ!?

 なにこれ。ますます意味がわからない。

 素直に怖いよ!

 流石のマリアさんも困惑したように書記官さんに尋ねる。


「一体なにごとだい? 説明してもらえないかね」

「……」


 頭を下げて動かない書記官さん。

 一応僕も声をかけてみる。


「あの、顔をあげてく――」

「はいっ! かしこまりました!」

「はやっ!」


 僕の言葉に書記官さんは食い気味に直立不動の姿勢になる。

 その動きはまるで、よく訓練された戦士のそれだった。

 その異様な動きにビクビクしながらも、恍惚(こうこつ)の表情を浮かべるマーロンさんに尋ねることにした。


「あの、これは何事でしょうか」


 すると、彼は僕の言葉に一言返すのだった。


「わが信仰はここにあり」と。


 うん、会話のキャッチボール、しよ?

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