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第三十二話 僕とココの新しい関係

 ヨミのいる神の間に行き来する時は意識を失うんだけど、これって我慢できたりはしないものだろうか。

 異世界を行き来した時の風景って結構気になる。

 某RPGの旅の扉みたいに風景がぐにゃぐにゃになるのか。

 それとも、某電子世界に入る作品みたいに線がたくさん走っている穴みたいなところを通り抜けぬのか。

 正気度がごっそり削られるようなのなら勘弁だけど、気になる。

 でも、全身麻酔を我慢しようとするのが無駄みたいなのと同じくらいあっさり意識を失うんだよね。

 目が覚めたら時の感覚は一瞬なんだけど。


 そんな益体もないことを考えながら、僕が目を開けると、そこはいつもの教会の自室。

 窓から差し込む光は、時刻が既に朝になっていることを示している。

 そんなに長時間あっちにいた気はしないんだけど、あっちの部屋で結構寝ていたのかもしれない。


 それよりもこの部屋の荒れ具合はなんだろうか。

 押し込み強盗でも入ったのかというくらい何もかもが荒れている。

 僕のベッドは横倒しになって布団は引き裂かれているし、タンスは上下逆さまになっていて、そんなに入っていない中身も散らばっている。

 天井にも穴が開いているし、ドアも外れている。

 もしかして、パニクってると言われていたココがやったのだろうか。

 探した結果がこれというわけ?

 いくらなんでも、天井やタンスの中まで探す必要はないと思うんだけど、人を鼠か何かと勘違いしていないだろうか。

 そこまで慌てていたということには申し訳なく思うけど。


 どうやってこれらを片付けようと呆気にとられていると、部屋の外の方から、近所迷惑になりそうなくらいの大声が聞こえてきた。


「放してー! 探しに行くのー!」

「ちょっとは落ち着きなさいな。教会の関係者に街中を探してもらうようにしているし、街の門番もそれらしい姿は見ていないって言っていたんだから、大人しくしておきな!」

「でも! 家出したところで悪い人に捕まっていたらどうするの!? ミューは可愛くて持ち運びも簡単なんだよ!」

「そうかもしれないけど、あんたが外を今の勢いで走り回ったら、兵士に捕まるのがオチだろうさね」

「そういうのは全部ぶっとばすから!」

「こっちにも(かば)える限界があるんだから止めなさいって」


 ココって、ほがらかでのんびり屋さんなイメージだったから、ここまで感情的になるとは予想していなかった。

 このまま街に出て兵士に取り押さえられでもしたら目も当てられないし、すぐに下に降りて行くことにする。


「ただいま。心配かけた――わぎゃー!」

「ミュー!!!! 心配したんだよー!!! どこ行ってたのー!!!!」


 僕の言葉が終わるよりも先に、僕の姿を認めたココはダッシュで突っ込んできて、僕を抱きしめてきた。

 そう言ってみると穏便になるが、体感的にはタックルからの鯖折(さばお)りという方がより正確だろう。

 僕自身は筋力こそないけど運動神経はそこまで悪くないと思っていたのに全く反応できなかった。

 そして、抱きしめられた状態からはピクリとも抜け出せない。

 体のどこからかミシミシと軋む音が聞こえてきて、体に押し付けられた二つのたわわな果実や頬と頬がくっつけられる嬉し恥ずかし柔らかな感触を楽しむ余裕はない。

 ないったらない。


「私もっとがんばるからー!!! 捨てちゃやだよぅー!!!」

「ココや。そろそろ放さないと、その子壊れるよ」

「えぅ!? 本当だ! ミューがぐったりしてる!」


 ……はっ。また死んじゃうかと思った。

 僕は息も絶え絶えココの手の中から脱出すると、マリアさんがほうっと息を吐く。


「家出はおしまいかい?」

「家出じゃなくて神様に呼び出されていたんです」

「そうかい。さすがマエストール。気に入られているね」


 何事もなかったかのように軽口を叩くマリアさん。

 そういえば、マリアさんがお城で、僕らの活動のために手をうってくれていたことを思い出す。

 僕は息が整ったところで、マリアさんに頭を下げた。


「マリアさん。お城ではありがとうございました。おかげで心置きなく活動できます」

「おや、気づいたのかい。まだ落ち込んでいるようだったら教えてあげようと思ったけどね」

「恥ずかしいところをお見せしました」

「はん。若いんだから恥かいてなんぼだろ。あたしは教会関係者にあんたが見つかったのを伝えに行くから、ちゃんと相方を押さえておくんだね。今度同じ状況になっても止めないよ」


 マリアさんはそう言うと、ズカズカと足音を鳴らしながら教会を出て行ってしまった。

 なんとなくだけど、同じ状況になったらまた助けてくれそうに思えるのは甘すぎだろうか。


「さてと……」


 僕はくるりと振り返る。

 恐る恐るといった様子で僕の服の裾を掴んでいたココは、僕と視線を合うとビクリとその体を震わせた。


「えーっと……」


 色々言おうと思っていたけど、何から言うべきか迷う。


「あのね、ココ――」

「ごめんなさい!」

「うん?」


 僕が何か言いかける前にココがばっと頭を下げる。

 熊の耳が自力で動くものなのか寡聞にして知らないけれど、ココの熊耳もシオシオとへたれている。


「私の歌が下手だったからミューを悲しませたんだよね? ミューが何も言ってくれなくて……起きたらいなくなってて……私見捨てられちゃったと思って……ミューがいなくなったら、私……私……ぐすっ」


 自分で言いながら気持ちがぶり返してきたのか、大きな瞳にみるみる内に大粒の涙が溜まっていく。

 僕はその様子に「ココは悪くは……」と言いかけたところで口をつぐむ。

 この悔しさや悲しさは、きっと次に繋がる階段になる。

 だから、全部自分で引き受けるのは優しさじゃない。

 僕は意を決すると、はらはらと涙をこぼすココを抱き寄せる。

 身長差的に、胸を貸すというよりはしがみつくようになっているのは仕方ない。


「確かにココの歌は音程も外れてたし、走り気味だったし、不必要に声が大きかったよ」

「ごめんなさい……」

「そして、僕は楽器も使えなかったし、歌の方も声が小さすぎてよく聞こえなかった。つまり、僕らはまだまだだったね」

「えぅ?」


 そんなことは、と言いかけるココの口を人差し指でぴっと止めた。


「だから、もっとがんばろう。やらないといけないことがたくさんあるんだ。今まで以上にビシバシ行くから覚悟しててよね!」


 その言葉に、一瞬ポカンとしたココは、その意味を理解したのか、その表情は喜色に溢れ出していった。

 手で涙を拭うと。


「ミュー! 私がんばるよー!」


 そう言って僕のことを抱きしめ返すのだった。

 その途端、僕の額が急に暖かくなり、ココのお腹のあたりからは光がちらりと見えた気がした。


(ミューがいてくれる。ミューが笑ってくれた。ミューはもっと色々教えてくれるっていってくれた。ミューはすっと一緒。ミューのためなら何でもする。ミューのためなら何でもできる。ミュー!)


 んん? 今なんか音が聞こえたような――。

 って、ぐええ!


「痛い痛い痛い!」

「わーごめんなさい!」


 また鯖折りに突入しかけたココが、慌てて僕を解放する。

 よく聞き取れなかったけど、何か変なものが流れ込んできたような気がする。

 もうすっかりその形跡はないけど、……気のせいかな。

 実は僕はドMで、その予兆でしたとかいうことはないと思いたい。

 喜びを感じるのは、押し付けられていた女性の神秘の部分だけだったと思いたい。


 それは置いといて、僕を放してくれたココは嬉しそうにそこら中を跳ね回りながら、手をバタバタさせている。

 それはもう見てるこっちが楽しい気分になるほどのもので、熊というよりか、飼い主に会って喜んでいる犬のようだった。


「そんなに喜ばなくてもいいのに」

「だってもっとビシバシいくんでしょ? ってことは、もっと色々教えてくれて、ずっと一緒にいるんだよね?」

「まあそうだよ」

「やっぱりサイコーだよ! 私なんでもやるからね!」


 なんでも、か。

 小さいとはいえ健全な男子としては、かわいい女の子に言われると結構ドキドキするセリフだ。

 なんだったら女の子に言われてみたいセリフトップ3に入っているかもしれない。

 よくない。よくないなあ。

 男の子にそんなこと言っていると、悪い狼に食べられるかもしれないと心配になる。

 いや、狼よりも熊の方が強そうか。


 ふと、ここまで全力で信頼してくれるってココは僕のことをどう思っているのだろうかと思う。

 友達ではあるけど、少なくとも悪いようには思われてないよね。

 生前、やらずに後悔するよりやって後悔した方がいいということの上位に愛の告白があったことを思い出す。

 いや、ここまでの様子を見るにかなりいい感じではないだろうか。

 そう意識すると急にドキドキしてきた。

 言いたいことがあれば言うことと、ヨミに言われたばかりだ。

 これは、彼女いない歴トータルうン十年の僕にチャンスなのか?


 改めてココを見ると、それはもう魅力的だった。

 性格、無邪気でよく懐いてくれてとてもよし。

 見た目、ただ可愛いだけでなく、ケモノ耳が個人的にクリティカルヒット。

 躍動感のある肉体は、少女らしい愛らしさも備わり最強に見える。

 繋がりはとしては、ヨミのマエストールとコンマスということで、もはや神が祝福しているといっていい。

 これは優良物件というレベルを超えている。

 田園調布の一軒家どころじゃない。

 アッパーイストサイドかビバリーヒルズの豪邸だ。


 でもちょっと待ってほしい。

 アイドルに手を出すプロデューサーってどうなのか。


(いいじゃないか。恋をすると女の子は輝くんだぜ。女の子を輝かせるのがお前の役目じゃないのか?)


 僕の中の悪魔がそう囁く。

 悪魔の声は流石に魅力的だ。


(プロデューサーはアイドルに手を出すもの。たくさんの作品で見てきただろ?)


 いくら悪魔でも、前世で頑張っているプロデューサーさん達に謝れと言いたい。


(でも、今度の人生は後悔しないように生きるって決めたでしょ。大丈夫。この世界では君がグローバルスタンダードだ)


 悪魔の声が頭に響き渡る。

 なるほど、後悔しない生き方って大事だよね。

 見た目に引っ張られて僕の中の男は落ちぶれたのか? 否!


「あのさ、ココ」

「えぅ? なあに?」


 ココが笑顔で答えてくれる。眩しすぎるぞ15歳。

 でも大丈夫。僕も今は同い年。


「ココは僕のことどう思ってる?」

「大好き!」


 キタ! 返ってきた答えはどストレート。

 これはいけるのか?

 言っちゃっていいのか?


「それじゃあさ、僕と……」

「私とミューは一生の友達だよね! わーい!」

「……うん、友達サイコー」


 構えた途端、先手を打って入ってきたカウンターパンチの前に、僕はあっさりと戦意喪失。

 はい、ダウン。レフリーストップ試合終了。

「けっ! ヘタレが」そう言いながら僕の中の悪魔は去っていった。

 無理無理無理。

 僕が思ったままに生きるには、もう少し修業が必要のようだ。


 ニコニコと天使のような微笑みを浮かべるココを前に、僕はただ乾いた笑いをもらすだけ。

 すると、何もないはずの後ろの空間から、ポン、と肩を叩かれた感触がした。

 そっとしておいてよ、ヨミ。

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