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第三十一話 神の座、再び

今日2話目です。

「そろそろ起きぬか」

「ん……」


 なんか甘ったるい声と匂いがする。

 ぼんやりとする頭は、まだ睡魔と仲良くしたいと駄々をこねてくるが、呼ばれているからと断ち切って目を覚ます。

 起き上がろうと手をベッドにつこうとすると、普段とは違ってありえないほどずぶずぶと沈み込んでいく。

 これは教会の安ベッドの感触ではない。

 するともう一回、今後ははっきりと声が聞こえてきた。


「やっと目が覚めたか」

「えっ……わーっ!!」


 目を開けると、そこにいたのは輝くピンク色の髪を持つ神々しくも美しい少女。が全裸。

 事態を飲み込む前に脳みそが緊急アラートをけたたましく鳴らし、僕は咄嗟(とっさ)に声をあげながら、その場から飛びのくのだった。


「わーっ、わーっ、わーっ!!」

「ああ五月蠅(うるさ)い。安心せい。別に事後とかじゃないわい」


 なんか色々と見えたような、いや見てない。

 女神の裸を見た男の末路は、大体悲惨なのがお約束なのだ。

 僕は目を瞑りながらベッドから飛び出すと、ジャパニーズドゲザスタイルで頭を地に付けて言う。


「服着てください。ヨミ様」

「うむ。我は寝る時全裸派なだけじゃから、起きたら服を着るわい」


 我らが主神、ヨミ・ベルベット・ルーンルーン・トリックスター様の久々の降臨だった。


 しばらくはドゲザ状態で、ごそごそという衣擦れの音を聞いてドキドキしていたのだが、「もうよいぞ」という声で頭を上げると、ヨミ様は前に見た時と同様、ド派手な着物姿へとチェンジしていた。

 短時間かつ一人で、どうやって帯を薔薇の花が開いたような結び方にできるのかなど疑問は尽きないが、そこらへんは神様だからということで流すことにしておく。

 やっと落ち着いた僕は、相変わらず狭い六畳間の中央に置かれたコタツへ足を入れ、ヨミ様と向かい合う。


「お久しぶりです」

「うむ、元気そう、ではないようじゃな」


 そのヨミ様の言葉に、僕はむぐっと言葉を詰まらせる。

 ヨミ様は、どうやらいつでもこちらを見ているらしいので、こちらのことなどお見通しだろう。

 つい先ほどまで、色々と突然すぎてそれどころではなかったが、少し落ち着くと頭をよぎるのは、領主の前での失敗の記憶。

 僕はうなだれながらヨミ様に向かって頭を下げた。


「ごめんなさい」

「なんであやまっとるんじゃ」

「僕のせいで教団ができなくて……」

「ああ、そうじゃな。じゃあ先に説教からしとこうかの」


 やれやれというようにため息をつくヨミ様。

 その言葉に僕は身を震わせた。

 神罰は死に至るものもあるらしい。

 目の前の女神は曲がりなりにも神様。機嫌を損ねたらどうなるのか。

 そして、何よりも、今日の恥を晒しただけの謁見について言われると思うだけで身を焼き尽くされるようにつらい。

 何もうまくいかなくてふさぎ込みそうになるこの感覚。前世の会社では毎日のことであったが、ずいぶんと久しぶりに感じる。

 実際、十五年ぶりなのだから、十分久しぶりか。

 僕っていつもこんなだったなという気持ちで、頭のてっぺんまで冷水に漬かったような凍えるような心細さを感じる。

 手をぎゅっと握りながら、次に来るであろう叱責に構えていると、ヨミ様がおもむろに口を開いた。


「まずはお主は我をないがしろにしすぎじゃ」

「は……?」

「天空神の縄張りをきれいにするくらいなら、我への祭壇でも作ったらどうじゃ」

「はぁ」


 教会に来たばかりの頃を思い出す。

 そういえばデコピンやらなんやらやられていたような。


「あと、服が地味。あんな真っ黒けな恰好じゃ目立たんじゃろ」

「えっと……」

「制服の指定はせんが、我はピンクとか赤とか白とか。あと光る色が好きじゃ」


 自分が着ていた黒子みたいなローブを思い浮かべる。

 だから僕は裏方だから、と言いたかったが、それはぐっと飲み込む。

 ヨミ様に反論するのは、領主に向かって言うより無駄な気がしたのだ。


「あとはのう」

「まだあるんですか」

「お前はもっと楽しめ」

「――――――」


 ヨミ様の言葉に動きが止まる。

 楽しめって、何を?


「今日のアルスミサを見とったが表情が固いんじゃよ。見てるこっちがつらくなるわ」

「…………はい」


 僕は目を伏せて短く返事を返した。

 色々思うところはあるが、素直に頷くことした。

 上司には逆らわない、楯突かない、反論しない。

 それが骨身に染みついた処世術だった。

 すると、じっと僕の目をのぞき込んだヨミ様は、目を吊り上げていきなり僕の頬をつついたり引っ張ったりし始める。


「ひたたたた! 何するんですか!」

「うむ、生で触るのはいいのう。――ついでに、お主は溜め込みすぎじゃ!」

「な、なにを?」

「今もそうじゃが、言いたいことがあるのに何で言わん! そんなに消極的でやりたいことがやれると思っているのか!」


 その言葉に頭の中でぷつっと何かが切れる音がした。

 僕はヨミ様の手を振り払う。

 言いたいこと? 人の気も知らないで言いたい放題言いやがって。

 そんなに聞きたいなら言ってやる!


「だって偉い人に反論したってしょうがないじゃないか! 領主もヨミも好き勝手言って! あんな状況でできるか!」

「あんな状況とな?」

「突然言われて楽器もないし、あんな怖い顔で睨んでくる観客でどう盛り上げろって言うんだ!」


 それからは散々だった。

 堰を切ったように今までの想いがだらだらと零れ落ちる。

 感情的に怒鳴ってしまったのは最初だけで、次第に僕の口調はトーンダウンはしていったが、僕の口からはだらだらと愚痴が零れ落ち続ける。

 それこそ、ここに生まれ変わったことまで愚痴ってしまった。

 それでも意外だったのは、ヨミ様は、決して短くない僕の文句をただただ聞き続けていたことだ。

 生まれて初めて言いたいことを言いきったところで息をつく。

 そして、最後に一言だけ呟いた。


「悔しい。もっと上手にやりたかった」

「うむ」


 なぜか頬を暖かいものが流れていくのを感じる。


「よいよい。よく言った。ほれ近う寄れ」


 そう言うと、ヨミ様は僕をその胸に優しく抱き寄せた。

 ふわっとした香気とほんわかした優しさが僕を包み込む。

 その途端、今まで溜め込んでいたものが堰をきったように溢れてきて、僕は顔をうずめてしばらく声を殺した。

 どれくらい時間が流れただろうか。


「落ち着いたか?」

「……はい」

「さっきどさくさに紛れて我をヨミと呼び捨てにしたのう」

「ご、ごめんなさい」

「いや、よい。存外悪くなかったぞ。これからはヨミと呼ぶことを許そう」


 特別じゃぞと、どこか楽しげに僕の頭を撫でて、からかうように言う。

 うう、恥ずかしい。でも、なんかすごくすっきりしている。


「礼儀は大事じゃが、いい子ちゃんしすぎなんじゃ。お前はあれじゃな、逆に馬鹿じゃな。マエストールの役目は糊口(ここう)をしのぐ糧ではなく、その在り方を世界に押し付けることじゃ。若いんだからもっと奔放に生きよ」

「僕、前世と合わせたら結構な年齢なんだけど」

「我はそれよりも遥かに上じゃ」


 確かに、神様から見れば、僕らなんて人生を全うしたところで、あっという間のことなんだろう。

 そして、ヨミ様、じゃなくてヨミ、は優しく微笑みながら問いかけた。


「あと、お主がもっと本音で話すべき者がおるじゃろ」

「……ココ?」

「そうじゃ」


 ココ。僕を信じてついてきてくれたアイドル候補。

 思えば、僕の夢を押し付けている気がして、どこか気がひけていたように思う。

 歌うのは好きだけど、アイドルをするのはイコールじゃないとあまり無理させていなかった。


「今日のアルスミサだって言うべきことがあるんじゃないのか? お主の作りたいアイドルは、指導も反省もなくてできるのか?」

「アイドルってこの世界じゃ僕の頭の中にしかないのに、それを無理やりやらせていいのかな」

「あいつも一応大人じゃ。嫌なら嫌というだろう。びしっとせい。それでも我のマエストールか?」


 そうか。そうだよね。

 言わなきゃわからないこともあるか。

 そう思うと、僕の頭の中に今日のアルスミサの反省が次々と出てくる。

 まず直立不動で歌っていたけど、なんで踊らなかったのだろうか。

 歌の完成度もまだまだ。

 ココには割と好きに歌わせてきたけど、もっと人に伝える歌い方の練習も必要だろう。

 そもそも、あの場ですぐ歌わずに、日を改めることだってできたはずだ。

 領主だからって諦めていたけど、宗教的なものですとでも言えば納得してくれたかもしれない。

 できなかったかもしれないけど、それだって言わないとわからなかったのだ。

 うん。僕はできたかもしれないことをたくさん抑え込んできていたんだな。

 ヨミはうんうんと頷く。


「まあ、あの娘なら、お主がどんな我儘(わがまま)を言っても聞きそうではあるがの」

「そうかな?」


 確かにココはいつも僕を守ろうとしてくれるいい子だけど、そこまでだろうか。

 でも、農業神の楽団ではひどい扱いだったみたいだし、無茶を言っても聞きそうな要素はあるのかもしれない。

 僕が酒とギャンブルにおぼれる横でせっせとお金を貢いでくる光景を想像してみる。

 ……いやー、ないわー。

 僕自身、絶対そんなことする気はないけど。


「どっちかというとホステスに入れ込むダメ男って感じかのう。あっちの方には本音で語れとは言いにくいのう」

「? なんか言った?」

「うんにゃ。独り言じゃ」


 ぼそりとヨミが何か言った気がするけど、小声だったしよく聞こえなかった。

 まあ大したことではないのだろう。

 でも、僕は指折り反省点を思い浮かべたところで、がっくりと肩を落とす。


「でも、領主にもう会えないかもしれないし、折角の機会を潰しちゃったよ……」

「それなら別に問題なかろう」

「どういうこと?」


 僕が顔を上げると、ヨミがにんまりと笑う。


「天空神のジジイのところのやつを褒めるのは癪じゃが、あのマリアとかいうやつはよい仕事じゃった。レオナルドとかいう小僧にさりげなく街での活動を認めさせたのじゃからな」


 認めてたかな?

 マリアさんと領主の最後の会話を思い出す。

 あの程度とか耳障りとか子供の遊びという単語に反応してしまって思考がストップしていたが、よく考えると、最終的には活動が認められたような言いぶりだった。

 放置と言ってもいい気がするけど。


「お主は大したことに考えておらんかもしれんが、他の教団の縄張りで大っぴらに活動を認めてもらうというのは結構大変なことなのじゃぞ? あの小僧自身がどこの教徒でもなく、また最大派閥が緩いことで有名な天空教のジジイのところだから済んだようなもんじゃな」

「そんなに大事なの?」

「信者の獲得は極端な話、ゼロサムゲームみたいなもんじゃ。自分のところの信者を奪われると聞いて、いい顔するやつはおらん。下手に目を付けられて邪教認定されたら、昔の我と同じ有様じゃ」


 優秀なマエストール、コンマス、プレイヤーとなる人物は、どこの神様だってほしいと思っている。

 勢力圏が重複するというのは、それが奪われる機会に繋がりかねないのだ。

 一般の信者にしたって、複数の神を信仰すること自体は禁止されていないが、他の神様に祈る時間や寄付が増えれば、必然的に自分のところへの信仰の量は減少する。

 他の神様の勢力と争わず広く浅く信者を増やしている天空教のように、神様によって方針が異なってくるが、信仰を集めるという一点ではほとんどの神様で共通している。


 言われてみれば、ヨミの昔の教団は内部分裂で弱ったところを突かれ、周りの邪教認定により壊滅に追い込まれたという話だった。

 信仰の自由なんて戦って勝ち取るぐらいのこの世界。

 そう思えば、マリアさんのしてくれたことは大きな意味があったのだろう。


「でも、あんな口約束で大丈夫かな」

「議事録を貰って天空教にも送ると言っておったろう。これで、後であの小僧が知らばっくれても、しっかりと天空教に証拠が残っておる。マリアが後ろ盾となっている限りは最悪、弾圧まではされんじゃろ」

「ああ、あれはそう意味があったんだ」

「当初の目的は達成したんじゃから気にすることはあるまい。そりゃ気に入られれば御の字だったが、これからもコツコツやればよかろう」

「うん、……うん。そうだね!」


 さっきまで異世界生活おしまいぐらいに落ち込んでいたけど、一気に反転して晴れ晴れとした気持ち。

 我ながら単純だと思うけど、それも素直に受け入れることにしよう。

 目の前のいいことだけを掴みとっていったほうが人生はきっと楽しい。


「それに、あの失敗っぽいアルスミサも全くの無駄ではなかったようだしの」

「それは活動の保証を取り付けたこと以外で?」

「そうじゃ。ほんのちょっとじゃが、密度の濃い信仰の力が入ってきた」


 僕はその言葉に首を傾げる。

 領主様はあの通りだったし、そばに控えていた兵士も怖い顔をしていて、信仰しているようには見えなかった。

 あとは、演者のココを除くとしても、マリアさんくらいしかいないけど、それも違う気がする。


「誰からのものなの?」

「それは知らん。知らんが、さっきのアルスミサの直後からじゃ」


 まさか領主様が内心は信仰していたということは、……ないな。

 領主様が隠す必要はないだろうし。

 うーむ。

 ヨミは、手をパタパタ振り。


「その信仰のおかげで、こうしてミューを呼び出せたわけじゃしな。こうやって神の座に呼び出すのもタダじゃないのじゃぞ」

「そうだったんだ。だからココは今回呼び出さなかったの?」

「まー、それもあるがの」


 そこでヨミは意地の悪そうな顔でニタリと笑う。


「可愛い泣き顔は、他の女に見られたくないかと思ってのう」

「う……。絶対にココには言わないでよ」

「もちろんじゃ。こういうのを楽しむのは主神の特権じゃからな。せっかく選んだ、たった一人のマエストールなのじゃ。多少は贔屓もしてやらんとな。嬉しいじゃろ?」


 相変わらずの意地の悪い笑顔だが、その奥にあるのは優しさか。

 僕も微笑んで言う。


「うん。すごい嬉しい。こうやってヨミに会えて僕は幸せだよ。ありがとう」

「――っ! 本当にい奴じゃのう! うりうり」


 僕はどうやらヨミのなにか琴線に触れたようで、顔を赤くしたヨミにペチペチされたりもみくちゃにされてしまった。

 これは照れているんだろうか、母性本能とかだろうか。

 これくらいの見た目の女の子にべたべた甘やかされるって見た目的にアウトっぽい気もしたけど、こっちも小さいからいいか。

 しばらく甘ったるい空間を堪能していたのだが、ヨミが突然動きを止める。


「どうしたの?」

「ココがお主のおらんことに気付いた。出て行ったかと思ってパニクっておる」

「あのタイミングでいなくなったらそう思うよね。すぐに戻してもらっていい?」

「もうちょっと楽しみたかったが仕方ないの」


 ヨミは名残惜しそうに僕を放すと、改めて腰に手を当ててふんぞり返って言った。


「さて、これでまたしばしのお別れじゃ。最後に何か言っておきたいことはあるか?」

「言いたいこと? えっと」

「ほれ、言いたいことがあったら素直に言うと決めたばっかりじゃろ?」


 確かに。

 じゃあ思ってても言わなかったことを最後に一言。


「ヨミってかなりの年みたいだけど成長しないの? 胸とか」

「とっとと去れ!」


 ヨミの鋭い蹴りが僕の顔面に突き刺さると僕の意識はそのままブラックアウトしていった。

 何でも言えと言ったのに理不尽なと思うと同時に、やっぱり最低限の自制も必要だなと思いました。まる。

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