第三十話 初めての演奏会
今回は話が暗いので注意。
次の話でフォローしますので。
流石に謁見の間だけあって部屋は広いが、天井が高めの会議室といった感じ。
奥に飾られた大きな肖像画、壁に並んだ兵士や文官といったものが威圧感を醸し出している気がする。
部屋の奥にはズドーンと高そうな椅子が置かれているが今のところ誰も座っていないようだ。
事前に聞いた貴族の礼儀作法では、格下の人が面会するときは、家主の方が後で入ってくるものらしい。
天空教のコンマスであるマリアさんも、重要な役割を果たしているとはいえ、伯爵位を持つ領主からしたら格下という扱いなのだとか。
僕らは指定された位置まで行くと、片膝をついて顔を伏せる。
「面を上げよ」
誰かが部屋に入ってきた音のあとで、野太い兵士の声が響く。
顔を上げた先の、立派な椅子に座るのは一人の男性。
年は五十過ぎくらいだろうか。
がっちりとした体つきと白くなった髪、立派な髭。
ロマンスグレーのダンディなおじさまと言いたいところだが、それにしては眼光がやたら鋭く、何もしていないのに僕は身がすくみそうな思いだ。
手筈通り、まずはマリアさんが口を開く。
「レオナルド・V・カシマ伯爵様、本日の良き日にお目通り叶いましたことを、全てを創成した一神様及び天空神オーム・アルファ・ベールベール・スターライト様に感謝するとともに、伯爵様の寛大な御心に御礼申し上げます。ご機嫌麗しゅう」
「世辞も長い挨拶も無用だ、マリア。お前の性格はよく知っているし、俺はお前を気に入っている」
「そのお言葉に深く感謝いたしますわ。それでは。伯爵様のお時間とお手間を取らせぬよう、早速ではございますが、お話に入らせていただきます」
そう言いながらマリアさんと領主レオナルド伯爵は会話を始めた。
普段は、よく言えば気さくな、悪いく言えばやや口の悪いマリアさんが、きちんと敬語を使っているのが新鮮である。
うーん、伯爵は特に不機嫌層と言ったわけではないように思うけど、常に睨むような目つきがちょっと怖い。
二人はしばらく今度のアルスミサの予定や、交易の状況などの会話をしており、僕とココは入っていく余地はない。
むしろ入るなと言われているので気は楽だ。
ココも、難しい話の時のいつも通りな、ぼんやりした様子。
しばらくすると、会話がひと段落したところで、ついに領主様の話が僕らに及んでいった。
「ふむ。それでは今後も引き続き天空教の支援は続けるので、アルスミサに努めてくれ。それで、今日来たのはこの会話のためだけではないらしいな。後ろの二人か?」
「その通りで御座います。さあ、ご挨拶しなさい」
マリアさんの言葉で、領主や周りに控えている兵士の視線が僕らに一気に集まる。
武器を持った人や、怖い領主の視線が集まるって結構な恐怖。
でも、マリアさんが僕らの後ろへ下がる時に小声で「しっかりやりな」と言ったことで、気持ちはふわふわしていたが、なんとか僕とココは一歩前へ出る。
「領主さまにおかれましては謁見の機会を与えてくださり――」
「その前に、お前らのその被り物は頭にくっついておるのか?」
その言葉で僕らはフードを被りっぱなしだったことに気づき慌てた。
日本でも帽子を被ったままというのは礼儀違反なのに、伯爵の前でこれとはやってしまった。
最近は外ではフードを被るのが普通だったからすっかり抜け落ちていたのだ。
また、何か言われないかと不安になったが、これはいずれ馴染まないといけないことだと思い、恐る恐るフードをとる。その瞬間。
「! 獣人!」
周りの兵士がココの耳に集中した。
僕の方は対して注目されていないが、やはり獣人に対する風当たりが強いようだ。
「お前たちここまで獣人を連れてきて――」
「よい。マリアの連れだ。これくらいでうろたえるでない」
「はっ。かしこまりました」
伯爵の鷹揚な言葉で即座に兵士たちは構えを解いた。
よかった。ここまで獣人が警戒されるとは思っていなかったけど、マリアさんの信頼度にここは感謝だ。
「それでお前たちは報告によると、新興の神のマエストールとコンマスで、新しい教団を立ち上げたいそうだな」
「そ、そうです」
「エルフの子供と獣人が中心とはな……。お前たちの神は何を司っているのだ?」
エルフの子供じゃなくて、エルフとホビットのハーフで成人ですとは訂正しない。
僕は言われたことに正直に答えることにした。
「今はまだ何も。ただ、将来は夢神様に成り替わ――夢神様に近いものを司るつもりです」
「夢神か。この国には拠点のない神だな。お主らのアパスルライツは安眠をもたらすということか」
「いえ、その、美しい光を出したり、煙が出たりします」
「その光は心安らかにするものなのか?」
「……いえ、むしろ目が覚めるほどのものかと」
「ふむ。わからんな」
謁見の間に沈黙が下りる。
うちの神様は説明しにくいことが多すぎるんだよ!
それに、目的であるアイドルに至っては、概念を一から説明しないとわからないと思うけど、伯爵相手にどこまで言葉を重ねていいかがわからない。
喋れば喋るほど失言しそうで怖いというのもある。
すると伯爵は頬杖をつき。
「よくわからんから、試しにここでアルスミサをしてみせろ」
「はい? いえ、ですが」
「俺はやれと言ったのだ。お前らのアパスルライツは爆発したりする危ないものではないのだろう?」
「それはそうですが」
「ならばやればよかろう」
その言葉で僕の体がピシリと硬直する。
そこまですぐにするつもりじゃなかったから、心構えも全くできていないのに!
いや、でも百聞は一見にしかずというし、やった方が早いのか?
ここで気に入られれば一気にスターダムだけど。
だが、そこでふと、大事な楽器が手元にないことに気付いてしまう。
僕は案内してくれた兵士の元に近づき話しかける。
「さっきのナイフを渡してくれませんか。あれは楽器の魔道具で――」
「なんであろうと武器は渡せません」
「そんな!?」
その言葉に僕は真っ青になる。
楽器がないのにどうしろというのだ。だが伯爵は。
「なんだ、楽器がないのか。だが、教団のトップのマエストールともなれば、歌声だけでもアルスミサができるという。歌だけでよいからやれ」
「……はい」
僕はうなだれながらも、なんとか声を絞り出した。
そこまで言われては引き下がることもできない。
そこでできないと言えば、やる前から自分たちが2流であると認めるようなものだ。
僕は諦めてココと並ぶ。
こうなればアカペラでいくしかない。
ボイスパーカッションでもするかという考えがちらりとよぎったけど、やったこともないのに無謀だとすぐに諦める。
追い詰められているな、僕。
ココがそんな僕の様子に心配そうに小声で言った。
「大丈夫?」
「うん。ココ、今日は僕も一緒に歌うから声を合わせて」
「えぅ。わかった!」
頷くココに僕はどこかへ彷徨いそうになる意識を必死で引き止める。
息を吸い込み、僕らはヨミ様に捧げる歌を歌い始めた。
だが――
(ココのペースが早すぎる! 今、音がずれた! そこで声量をあげちゃだめだって! というか、この部屋はよく響くから、外と同じ声量だと大きすぎるよ! いや、僕の声も小さくて、裏返っちゃった! ああ、もう!)
言い訳だったらいくらでもしたい。
でも、そんなものが意味がないことは、自分がよくわかっている。
いつまでこの時間は続くんだろうか。
自分で聞いてて、顔を覆いたくなるような歌を歌っていたわずか数分の時間が、永遠のように思えてきた頃、伯爵が突如として手を叩いた。
大きく2回だけ叩いたそれは、拍手ではなく、間違いなく終了の合図。
僕は即座に声を止めると、まだ歌おうとするココの口を手で塞いだ。
また沈黙が下りる謁見の間。
しばらく目を瞑っていた伯爵だが、しばらくしてゆっくりと口を開いた。
「無駄な時間だったな」
その一言が胸に突き刺さる。
「曲調や歌詞についてはよくわからん。判別できる基準がない。だが、それ以外が未熟すぎるな。そもそも、お前たちは誰に向かって歌っていたのだ」
その言葉で、僕はようやく周りを見回した。
伯爵に兵士、そしてマリアさん。
その表情は、マリアさん以外はうんざりとしていたことに、言われてようやく気付いた。
そうだ、僕は今なんのために歌っていたんだろう。
「ふん。子供のお遊戯に付き合う程こちらは暇ではないのだ。帰るがいい」
呆れたようなその声に、僕はなんとかぺこりと頭を下げて帰ろうとするが、足がふらついて思い通りに動かない。
下手に動かそうとすると、突然走り出しそうだ。
そんなところで、ココが僕の手を握って引っ張ってくれた。
なんとか部屋を出ていくことができたけど、ココ、手が痛いって。
僕とココは案内の兵士につき従ってふらふらと歩いて行ったが、後ろの方でマリアさんの声が聞こえていた。
「マリアよ。こういうのは程々にしてくれよ」
「申し訳ありませんでした。それで、あの程度の子供が街で好きに活動しても問題ないと思われますが、いかがでしょうか?」
「いちいち許可をとることか?」
「いえ。耳障りだったらやめさせるべきかと思われまして」
「ふん。碌にアルスミサもできない子供の遊びに許可なんかいるか。好きにしろ」
「かしこまりました。天空教の本部に、今日の話は報告を行うので、議事録を後でいただけないでしょうか」
「書記官に持っていかせる。以上だな」
「寛大なお心に感謝しますよ」
「わかったわかった」
あの程度、耳障り、子供の遊び。
その単語がいちいち心に突き刺さる。
確かにその通りだったな。
それから、教会にどうやって帰ったのかは、記憶があるようなないような感じだ。
いや、覚えてはいるけどふわふわとして現実感がなかった。
その間は、マリアさんもココも一言も発することがない静かな帰路となった。
夜。いつの間にか夜になっていた。
僕は黒子衣装をいつの間にか脱いでいて、いつもの地味な服でベッドに横たわっていた。
ふと、風が吹き込んでいるなと思って顔を上げる。
すると、僕の動きに反応したのか、隣のベッドで所在なさげにしていたココが駆け寄ってきた。
「大丈夫?」
心配そうに聞いてくるココ。
今日は何回大丈夫と聞かれただろうか。
よっぽど僕は大丈夫じゃないんだろうな。大丈夫だったら聞いてこないもの。
僕が何も返せずにいると、ココがしょんぼりとした様子で言ってくる。
「ごめんね。私の歌が下手くそだったからリョーシュの人にも馬鹿にされちゃって……」
そう言われて、僕は声を絞り出すようにして言った。
「ココは悪くないよ。声も出てたし。僕なんか声が消えそうで……全然だめだよね」
「ううん。私の声が大きすぎたからだよ。それに歌うのは私で、ミューは、えーっと、ぷろでゅーさーっていうのが仕事だし」
「じゃあ今回失敗しちゃったしプロデューサー失格だ」
「そんなこと!」
ココはなおも食い下がろうとするが、言われれば言われるほどココに庇われているようで、何にもできなかった自分に嫌気がさして、僕は爆発しそうな気持をかろうじて抑えながら言った。
「ごめん。少しそっとしといて」
ココがまだ何か言いたげにしていたけど、僕は布団を頭からかぶるとココとは反対の方を向いて転がる。
今は気分がひたすらネガティブな方に落ちていて、このままだとココに当たってしまうかもしれない。
それだけはしたくないと思って口をつぐむ。
僕は視界の隅に写る、さっきまで着ていた衣装のように、真っ黒で真っ暗な気分のままゆっくりと目を閉じたのだった。
いう訳で落ち込むミュー君でした。
落ち込ませっぱなしじゃかわいそうなので、予定通り今日中にもう一話投稿します。