第二十九話 いざ、領主へ
あっという間に一週間が過ぎ、領主様と謁見する日が来た。
平民である僕らが貴族と対面する機会なんてそうそうあるわけではないから、この一週間は最低限のマナーを身に着けることに終始したといっていい。
一緒にお食事するわけでも、舞踏会に出るわけでもないので、そこまで覚えることが多いわけでもないのだが、仮にも新しく教団を立ち上げる代表者が礼儀知らずなのはまずいと思ってかなり力をいれて練習したのだ。
当然、ココにも勉強してもらったのだが、こちらはなかなか厳しいと言ったところか。
僕は前世での礼儀作法と天空教での神父の勉強で土台が出来ていたからいいが、流石にゼロからの出発では厳しいものがある。
それでも、後ろで黙って控えている分には悪目立ちしない程度に出来ただろう。
「いい? 領主様に何か聞かれてもうかつに答えちゃだめだよ。あと返事は『はい』だからね?」
「うん!……じゃなくて、はい!」
「……大丈夫かなあ」
マリアさんが横にいるし、言葉づかい一つで首を刎ねられることはないと思いたいけど、不安だ。
笑顔はいいんだけど。
そんな感じで、自室で最後のレッスンをしていると。
「あんたたち、シエスタのやつが来てるよ!」
階下からマリアさんの声が聞こえる。
「注文していた服が来たね。一週間で仕上げるなんて無茶だったかと思ったけど間に合ってよかった」
「私取ってくるね」
ココは部屋を飛び出すと階下へ駆け出していく。
興味なさげだったけど、意外と楽しみにしてくれていたのかな?
喜んでもらえてなによりだよ。
と思っていたら。
「えー!!! なんでないの!?」
とココの悲鳴が聞こえてきた。
もしかして服が出来てなかったのか。
それだとまずい事態になると思い、僕も階下に降りて行く。
そこには申し訳なさそうにしているシエスタさんと、それに詰め寄るココの姿。
「ごめんねえ。なんせ指定してたピンクの染料が西方の産地から届かなくなっていてね。戦争の影響だと思うけど、布地自体がないんだよ」
「そんなあ」
はて? ピンクの布地が必要な部分ってあったっけ?
僕がシエスタさんの持ってきた包みを開けてみると、そこには依頼していたココのアイドル衣装と僕の黒子衣装が入っていた。
なんだ。出来てるじゃん。
思ったとおり、いや、思った以上のいい出来だ。
造りがしっかりしていて安っぽさがない。
いい生地にしてよかったと思う。
じゃあ、なにができてなかったのかと首をかしげてココに尋ねる。
「ちゃんと衣装はあるけどなにが出来てないの?」
「えうっ……。その……あの……」
「ココちゃんの趣味のものだよ。ついでにちょっと頼まれていたんだけど、仕入れの関係で作れなくてね。本当にごめんね」
「そ、そう! そうなの!」
シエスタさんの言葉に、慌てたように頷くココ。
いつの間にそんなものを頼んでいたのか。
それに口ごもるような趣味のものとは……下着とか?
いけない、突っ込んだらセクハラになりそうな気がするからもう聞くまい。
「趣味のものかー。それは残念だったね。でも生産終了の限定品とかじゃないんだから楽しみに待っとこうよ」
「うん……そうだね……」
それでも丸い耳をへなっとさせてがっかりした様子のココ。
それにしても、ココにも女の子らしい趣味とかあってよかった。
あんまり我儘も言わないし、せいぜい肉くらいしか欲しがらないから、気を遣っているのかなと思っていたんだよね。
とりあえず心配もなくなったし、僕とココはそれぞれ新しい衣装に袖を通した。
まずはココからお披露目。
「すっごい似合ってるよ!」
「そ、そう?」
ココがくるりと一回転。
髪の色に合わせた白銀の服がひらりと舞い、チョコレートみたいな肌の色とのコントラストがお互いをよく引き立てあっている。
またところどころに施されたピンク色の刺繍がお洒落。
まだ寒いとは思うんだけど、へそ出しルックがとても眩しい。
いつもの服もそんな感じだけど、本人は平気と言っているからいいのだろう。
お布団も朝になったら全部跳ね飛ばしているくらいだし。
ココは刺繍部分を見ながらシエスタさんに言う。
「この刺繍のピンクはあるのに布はないの?」
「糸は在庫があるけど布地はなかったんだよ」
一体何が欲しかったのかは知らないけど、よっぽど趣味の品とやらが欲しかったようだ。
でも、衣装を着た時に、照れながらも嬉しそうな顔をしていたことは見逃さない。
その笑顔のためならいい衣装だって安いものだ。
そして次は僕。
着替えてみんなの前に出る。
「地味だねえ……」
「あんたシエスタの弟子みたいになってるよ」
「全然可愛くないよー」
マダムとマリアさんとココに口々に駄目だしされてしまった。
イメージは黒子。
黒く飾り気のないローブではあるが、生地と造りがいいせいか、わりといいと思うんだけど……。
あくまで目立たないようにというのがコンセプトなので、予想通りといえばそうなのだけど、ここまで言われると少し思うところが出るな。
やっぱりワンポイントくらいした方がよかったかな……。
ともあれ、服に関する品評会を終えたところで、マリアさんが手をパンパンと叩く。
「さ、準備出来たら。出発するよ」
その言葉に従い教会の前に出ると、そこに控えていたのは一台の馬車。
僕らがこの街まで来るのに使っていたものとは大違いの立派なものだ。
馬も一回りは大きいものが2頭立てで、小奇麗な格好をした御者も乗っている。
「こんなのありましたっけ?」
「うちのじゃなくて領主さまのところの迎えだよ。これでもあたしは街の中では割と重要な役割なんだよ」
「じゃあ教会を貴族街に置いてもよさそうなものですけど」
「貴族街にも教会があって人は置いているけど、あたしはこっちの方が性にあってるさね」
そう言いながらにやりと笑うマリアさん。
口は時々悪いけど、基本親しみがあるいい人なんだよね。
「がんばっておいでよ」
「はい」
「ありがとうね」
シエスタさんに見送られながらも馬車に乗り込む。
そしてすぐに馬車は出発した。大通りを出て真っ直ぐにお城の方に向かって行く。
馬車から見る風景はいつもと違って高いね。
これぐらい人を見上げなくていい身長がほしいものだ。
尤も、馬車の小さな窓から見ると、外の人は領主の馬車だとわかっているのか、慌てて道を開けて膝をついており、かなり違和感のある風景になっているのだけど。
しばらく走ると貴族街と隔てる門を通過する。
僕らは貴族街に入ったことがなかったけど、舗装の石畳が綺麗になり、馬車の揺れが少なくなったことで高級街なんだなと実感した。
さっきまでは、大通りこそ石畳で舗装されていたが、細かい凹凸が多く、ゴムタイヤやサスペンションなんて気の利いたものがない馬車は、中々しんどい乗り心地だったのだ。
サスペンションかー。あれってどんな仕組みだったんだろうね。
きちんと知っていれば再現できたんだけどね。
あと、貴族街は建物自体が大きくて、庭とかの敷地も広い。
まあ敷地だけだったらクーガ村も広かったけどね。
土地単価は雲泥の差だろうけど。
そんなこんなで外の風景を眺めながらしばらく揺られていると、あっという間にお城に到着した。
馬車から降りたココはお城を見上げるように後ろにグインとのけ反る。
「わーすっごい! これだけ大きいとお掃除大変そうだね」
「自分たちでは掃除しないだろうけどね」
地方貴族の領主のものだからと言うべきか、領主の城は、大きくはあってもよくイメージするお城よりは小さいくらいのサイズ感。
また、日本人が西洋のお城と言われて想像するノイシュバンシュタイン城とかほどの華美さもない。
ただ、石造りの壁面にはところどころに覗き穴があったり、焦げ跡があったりと、魔物が強いこの世界ならではの武骨さを感じる。
せいぜい3階建てくらいの大きさだけど、城自体が小高い丘に建っているせいで、遠くまでよく見通せそうである。
こういうのは平山城って言うんだっけ。
防衛と政庁の両方の機能を兼ね備えているとか。
僕らは貴族が通る一番大きな正面門ではなく、横の普通サイズの扉を通らされると、城の兵士の先導の元、城の奥へと案内された。
中も石造りで、壁の飾り布や調度品は美しいが、基本的には解放感のない、いかにも業務用通路みたいな感じだ。
それにしても、石造りの重苦しい廊下を一歩一歩領主の元へ向かっていると思うと、こう――。
「ミュー顔が引きつってるよ。ポンポン痛いの?」
「今さらながら緊張してきた。心臓が飛び出そう」
「抱きしめてあげようか?」
「いいよ。今されたらへたり込むかもしれない」
そう、さっきまでは物珍しさもあって、楽しみながら来たのだが、ここに来てようやく本来の目的を実感して緊張が湧き上がってきたのだ。
意識するなと自分に言い聞かせてみるけど、さっきからうるさいくらいに心臓が早鐘をうっている。
ココからの魅惑的な提案を反射的に断ってしまったけど、なぜかココの方が残念そうだった。
しばらくしずしずと歩いていると、広めの通路に出て、そこに並ぶ中でも一際大きい扉の前に案内された。
扉の向こうから品のいい、いかにも執事といった感じの人が出てきて、兵士に耳打ちする。
耳のいいココから後で聞いたのだが、「もう準備はできているのでお通しください」って言っていたそうな。
すると、案内の兵士が僕らの方に振り返りながら言う。
「ここから先は謁見の間になります。手荷物等がありましたらここでお預かりします」
マリアさんは手ぶら。
ココはいつも持ち歩いているリュックをドサリと置く。
僕は鞄からブライのナイフを取り出すと兵士に見せた。
「これは持ち込めませんか?」
「すいませんが武器はお預かりする決まりになっております」
武器じゃなくて楽器なんだけど、流石に貴族を前に刃物は持ち込めないか。
高価なものなので預けるのは心配だけど、マリアさんもしっかり目撃しているし、盗られる心配はないと思いたい。
兵士にナイフを渡した瞬間、なぜか手の甲をぺちりと叩かれたような感触がした。
「???」
「どうしたのミュー?」
「いや、なんでも……」
とりあえず、気のせいかと思いながら、僕らは遂に領主のいる謁見の間へと歩を進めたのだった。
明日の投稿はちょっとお休みします。
そのかわり月曜は2話投稿しますので……