第二十八話 衣装を作ろう
とっとっと軽快な足音が冒険者ギルドの階段に響く。
そして2階のフロアにひょいと顔を出したのは、フードを目深に被った少女、ココだった。
冒険者ギルドの2階は案内掲示板に書いてあるとおり、魔石買取所とアイテムショップがある。
2階に上がったココはアイテムショップに目もくれず、魔石買取所のカウンターへ真っ直ぐに向かって行った。
客も少なく暇そうにしていた店員のおじさんは、こちらに向かってくる姿に見ない顔だなと思った。
フードをかぶっていて顔ははっきり見えないが、褐色の肌をした若い少女だ。
とはいえ、冒険者の中には必ずしも見た目相応とは限らない実力者もいるので、一応姿勢を正しておく店員。
少女は店員の前に立つと、開口一番で言った。
「おじさん。魔石買ってくれるの?」
「うん? ああ、あったら買うよ。なんだ嬢ちゃん。魔石を拾ったのか?」
「うん拾ったー」
その言葉に、店員は納得したようにうなずく。
魔道具の燃料になる魔石は、重要とは言いつつもそれなりに流通している。
街の外で魔物の死骸から見つかることもあるし、町中で偶然拾うこともあるだろう。
貧民の子どもだったら、ゴミ捨て場でくず石になった魔石の中から少しでも魔力が残っているものを選り分ける仕事もある。
尤も、そういう魔力が切れかけたくず石は使い道が限られるので、専門のブローカーが買い叩くのが常なのではあるが。
まあ、寒そうな格好をしているが、肉付きもよく悲壮感もないので、貧民の銭稼ぎではなく、幸運にも未使用の魔石を拾ったのだろうと予想する。
ここは冒険者ギルドなので、通常一般の人からの買取はしていないのだが、少女は手にギルドカードを持っているのがちらりと見えた。
(まあ冒険者登録してるんだったら買い取る義務はあるんだが、一粒二粒だけならめんどくせえな)
そんなことを考えつつも、店員は態度に出さないように、「じゃあここに出して」とカウンターをコンコンと叩いた。
しかし、少女がリュックから取り出したのは、両手には収まりきれないサイズの皮袋。
それを机の上に置かれた瞬間、ジャラッという音が机に響く。
店員は目を見開きながらその袋を開くと、そこから出てきたのは、一個一個のサイズは小さいものの、大量に詰め込まれていた未使用の魔石だった。
しかも形状から考えるに、鉱山で取れるものや、街で売られている加工済みのものではない。
魔物から取り出した原石だ。
「こりゃどこで拾ったんだ?」
「えーっと。私がゴブリンとかをえいってすると、たまに手にくっついている時があったんだよね。私魔道具持ってないけど、綺麗だから取っておいたの」
その言葉にさらに目を見開く店員。
その状況は、どこからどう考えても拾ったということには当てはまらない。
「そりゃ普通に魔物を倒していたってことかい? そこまで大きい魔石はないけど、この量はどれだけの魔物倒してきたんだよ。あんたもしかしてCランク冒険者か?」
「ランク? さっき登録したからFだよ?」
その言葉に今度は目だけではなく、口もあんぐりと開く店員。
ランクがFだからといってゴブリンを倒してはいけないという決まりはないが、目の前にある魔石は、どう見ても目の前の少女が積み上げられるものとは思えなかったのだ。
たまに高性能なエクスツールを駆使し、若くして活躍する冒険者はいるが、目の前の少女はそれらしきものも持っているようには見えない。
というか、魔石はたまに手にくっついていただけということは、倒した数はそれ以上……?
(一体どういうガキなんだ・・・・・・!?)
駆け出し冒険者が自分を大きく見せるために、他人から買い取った魔石を持ってきたというのが一番納得できる説明なのだが、目の前の少女からはそのような気配が一切見えない。
ただ無邪気に首をかしげ。
「ねーねー、買い取ってくれないの?」
「お、おう。ちょっと待ってな。……この質と量だと金貨5枚だな」
「わー、すごーい!」
冒険者としては目が飛び出るほどの金額ではないが、一番小さい魔石は大銅貨数枚程度の価値しかない。
それが積みあがってこの金額ということに、店員は改めて畏怖の念を抱く。
この子はバケモノになるか英雄になるかのどっちかだろうと。
目の前で金貨を嬉しそうに掲げる少女に恐る恐る声をかけてみた。
「折角金が入ったんだからなんか買っていくかい? 便利な道具や回復薬とかあるぜ」
「ううん。いらない」
「なんか使う予定があるのか?」
「友達にプレゼントするんだ! ミューが私のあげたプレゼントでキラキラしてくれるの楽しみだなあ♪」
そう言いながら少女はお金を受け取ると足取り軽く、エヘヘと笑いながら階を降りて行ったのだった。
(あ、冒険者カードちゃんと見るの忘れてた)
店員は自分のしたミスに遅ればせながら気づく。
この後、ゴブリンを大量に倒したFランクの少女がいるという話は店員の口から冒険者ギルドの他メンバーに語られたものの、店員の勘違いか嘘をつかれたか幻でも見たんだろうと流されることになったのだった。
***
「おまたせー」
「おかえり。なんかいいの買えた?」
「秘密♪ そのうちびっくりさせるから楽しみにしててね!」
「えー気になるよー」
「エヘヘ」
すごく嬉しそうな表情のココ。
そんなにアイテム屋にいいものがあったんかな。
楽しみにってことは僕にも役に立つアイテムとかかな?
ココの言うとおり、その時のお楽しみってことでいいか。
そんな感じで僕らは冒険者ギルドを後にしたのだった。
「それで、ここが最後の目的地の服屋だね」
「なんか古い臭いがするお店だね。小さいし」
「これでも色々な教団御用達の名店らしいよ。マリアさんの紹介だし」
冒険者ギルドを出た僕らは、昼食を挟みつつも街歩きをし、夕暮れ前には最終目的地の服屋に到着したのだった。
大通りから外れた路地の奥。
高級そうな住宅が立ち並ぶ区画の隅っこにその店はあった。
『マダムシエスタのテーラー』
高級街にあるにしてはこじんまりとした店には、さらに個人宅の表札かと思う程、目立たない看板が掛けられている。
だが、小さいながらもセンス溢れる高級感に僕は気後れしてしまう。
そもそも、前世でも吊るしのスーツとかしか買ってこなかったのに、こういういかにも職人がいますよー的な服屋というのはどうにも苦手だ。
でも、この世界では工場での大量生産がないから、新品の服が大量に並ぶような服屋はない。
じゃあどうするかというと、大方の平民は布屋で生地を買ってきて家庭で作ることが多いのだ。
今、自分が来ている服だって母さまが作ってくれたものだ。
服屋自体はあるにはあるのだが、その種類は大別して2つあり、古着を売る店か、職人が仕立ててくれる店かだ。
当然アイドルが来てもいい服なんて中古では出回らないので、作ってもらうしかないわけだ。
一応補足しておくと、自分とココに一から服を仕立てる技術はない。
服を買いに行く服がない、と言いたいところだが、マリアさんからは気にしなくていいと言われいるので、ここは行くしかあるまい。
「よし行こう!」
「えぅ!」
ココの方はノリだろうけど、僕らは威勢よく店に乗り込んだのだった。が。
「あらあらまあまあ。小さいかわいいお客さんね。どこから来たの? 服の注文よね。はい、まずはサイズ図るわねー。うんうんうんうん。スタイルいいわあ。これだったら色々似合うわよ。この耳と尻尾が白いから色は何を合わせようかしらね。そちらの子は髪は金色で肌が白いから二人は同系色にするよりもコントラスト出した方がいいかしらね。そういえばまずは仕える神様を聞いておかないといけなかったわね。天空神様のところだといつも水色ばっかりじゃない? 水色も悪くはないんだけど、もうちょっと変化があってもいいわよね。夜みたいな黒とか夕方みたいな赤もいいと思うのよ。それでね……」
「ストップストップ!」
「えぅ~!」
「あらま」
僕らが店に入るなり、奥から登場した人が猛烈な勢いで僕らの体を触ったり図ったりしながらおしゃべりを始めた。
結構な年齢と思われる女性なのだが、どっしりとした体形とウェーブがかかった黒髪、大きい鉤鼻と黒一色の服はおとぎ話の魔女のようだ。
この人が、店の名前にもなっているマダムシエスタだろうか。
いつのまにかフードも脱がされていて慌てたりもしたが、僕らの種族にまるで動じた様子もない。
みんながみんな差別意識があるという訳ではないのなら、あえて隠す必要もないのだが。
僕は目を白黒させているココをかばう様におばさんから引き離すと、まずは簡単な自己紹介をした。
「それで、僕らマリアさんの紹介で来たんですけど」
「じゃああなたたちがミューちゃんとココちゃんね! 私はシエスタ。マリアから話は聞いているわ。あの人ったら50年前から一度も服のデザイン変えずに同じものばかり作るから全然面白くなかったのだけれど、こういう子を連れてくるなんて、初めて面白い仕事の依頼になりそうね。天空教といっても、少しくらいは制服も遊んでいいと思うのよね。袖口とか襟口とかね。せめて裏地くらいは好きにしてもいいと思わない? その点あなたたちの神様って特に制服は決まってないのよね? それだったおすすめなのが……」
「だからちょっと落ち着いてください!」
「えぅ~……」
今日は何度も僕を守ってくれたココがなんか既に弱ってる!
僕らはまだ話したそうにしているシエスタさんを引き離すと、やっとのことで打合せテーブルへと座ることが出来た。
ちなみにここまで持っていくのにも体感30分はかかっている。
話しながらも採寸されていたから、あとはデザインを伝えるだけでいいだろう。
ただし1を話すだけで10の質問が返ってくるこの人と会話するだけで一苦労なのだが……。
「というわけで、アイドルというのは可愛くてふりふりでひらひらな感じがいいんです。女性受けもするスタイリッシュなのがいいと言う同級生もいて、僕も別にそれを否定するわけじゃないんですけど、やっぱり最初というか基本というか、皆に見せるのはそれがいいと思うんですよね。例え少女趣味と言われようとも、リボンとレースっていいと思うんですよ」
「あなたいいわね! こんなに私の趣味に合う依頼は初めてだわ!」
「それでここの部分は短めで、でもココは締め付けられるのは好きじゃないみたいだからここを開いて」
「あらー。いいわねー」
「ミュー楽しそう……」
「あれ? そうかな?」
ココの声で我に返った。
おかしい。いつの間にかシエスタさんと僕のセリフ量が逆転している。
この世界に来てからはおっとりのんびりミューハルトくんだったけど、久しぶりな趣味の世界にヒートアップしてしまった。
思ったよりもこのシエスタさんが話せる人だったからつい乗ってしまった。
でもおかげでココのかわいい衣装が決まったと思う。
エクストラで手足をクマーな感じにしても可愛くなるようにするのには苦労したのだ。
本人はまだ抵抗があるだろうけど、いずれはあのふわふわの手足でもこもこ踊ってもらうつもりだ。
「ここまででこれくらいかかるけど大丈夫?」
「うっ……かなりするなあ」
マダムが、かかる費用をそろばんをはじいて見せてくれたが、結構な金額に言葉が詰まる。
払えなくはないけど、手持ちのお金をかなり使っちゃうなこれ。
「あなたのこと気に入ったから、これでも原価ギリギリにしたのよ」
「ありがとうございます。初期投資と思ってこれでいきます」
「でも、それだとあなたの服はどうするの? これでココちゃんの服だけなのよ」
「僕? 僕はアイドルじゃないし、せいぜい隅っこで楽器弾くだけだから地味なのでいいですよ」
「そう? もったいないわねえ」
僕はさっきまでの力の入れ具合と違い、サラサラとデザイン画に黒一色で丈の長い黒子みたいな衣装を書き込む。
あんまり安い生地だとなめられそうだからそこそこにしておくが、刺繍も飾りも一切なしのシンプルなものだ。
アイドルより目立ってどうするよって話だ。
だが、さっきまで自分の衣装の打合せでは上の空だったのに、僕の服のデザイン画を見て文句を言うのはココ。
「えー可愛くない。もったいないよー」
「だから僕は可愛い必要はないんだって。それに、もうお金もないし」
「えぅ~。それだったら私の衣装を少し安くしても……」
「それはだーめ。こればっかりは譲らないからね」
なぜかココが不満げだが、お金がないものはないのだから仕方ない。
「ということでお願いしますね、シエスタさん」
「はいはい。それじゃ来週そっちに持っていくわね。もしミューちゃんの衣装を変えたかったら早めに来るのよ」
「変えませんって」
そう言いながら代金を支払うと僕らはマダムシエスタのお店を後にしたのだった。
気づけばすっかり日が暮れてしまっている。
今日は色々あったけど、最後の最後にいい仕事が出来たと僕は満足だ。
ココとのお出かけも楽しかったし。
そういえば、これってデートなのかな?
いや、ココはなんも意識してないから考えるだけ損か。
早く家に帰ろっと。
「行こうココ」
「……うん」
名残惜しそうにマダムシエスタのお店を見るココを連れて僕は家路に着いたのだった。
やっぱりココも服屋に興味があったのだろうか。
今度は私服を作りに来ようかな。
***
その日の夜。
銀色に月明かりを反射する姿が夜道を駆ける。
カシマの街は、表通りの歓楽街やスラム地区の風俗街あたりこそ明かりがともっているものの、それ以外の場所はしんと静まり返っており、その者の駆け抜ける音だけが響いている。
その尋常ならざるスピードに偶々目撃していた者からは魔物が出たという噂が流れるのだが、その原因である張本人は全く気にすることはない話だ。
マダムシエスタの店にその銀色の影が到着すると、扉を壊さない程度に強く扉を叩く。
「こんな夜中に誰――あら。ココちゃん」
「おばちゃんお願いがあるの」
そこに立っていたのは昼間に店を訪れた少女、ココだった。
評判のいい職人であるシエスタにとって、夜中に貴族や大商人の遣いが急な注文をしに来るということはままあるので、この時間に人が来るというのもそれほど驚くことではないのだが、流石にこんな若い女の子が来るなんてことはない。
街中だから魔物は出ないとしても、近頃は決して治安がいいわけでもないのだ。
だが、ココの種族を思い出してめったなことは起こらないかと納得するシエスタだった。
お願い、と口にしたココの表情は真剣そのものであり、また、あれほど仲のよさそうだったミューハルトの姿がないことに気づく。
今日知り合ったばかりの相手ではあるがシエスタにはピンと来るものがあり、それを快く迎え入れることにする。
そして、その用事は予想の通りだった。
「ミューの服を可愛いのに変えて!」
「待っていたわ、その依頼! でもお金はあるの? 別に出世払いでもいいけど……」
「これでお願い!」
そう言いながらココは懐から手持ちのお金を机に叩きつける。
大きく光る金貨を前にシエスタは大きくうなずく。
お世辞にも裕福そうには見えないココが、どうやってそのお金を稼いだのかはわからないが、シエスタにとってそれは些細な問題だ。
ここで言えることはただ一つ。十分に足りるということ。
「要望は?」
「私が銀色の布を基調にピンクの刺繍をいれていたよね? ミューは逆にピンクを基調に銀色の刺繍で、その、私とペアっぽい感じにしてほしいなーなんて。エヘヘ」
「いいねいいね。デザインも合わせる?」
「私は動きやすい方がいいけどミューはゆったりと露出少な目の方がいいよ。あんまり他の人にお肌見せちゃだめだと思うな」
「それだったら刺繍や飾りでペア感を出さないとね」
「うん! それでね!」
真剣な表情ながらも嬉しそうに意見を次々出してくるココに、ミューハルトがココの服のデザインを力説していた姿が重なって見える。
(この子たちお互いの服を考える時が一番興奮しているわね。面白い子たち。いいコンビだわ)
そんなことを思いつつも、ミューハルトの服に納得いっていなかったのはシエスタも同じ。
ココの意見を尊重しつつも、職人としての目線で、新たな意見や修正を加えていく。
こうしてノリに乗った二人の相談は深夜にまで及んだのだった。
翌日、いつまでもぐっすりと眠って起きてこないココを見ながらミューは「昨日ははしゃいで疲れたんだなー」なんて暢気に思っていたわけだが、その身に降りかかる出来事を、この時はまだ知らない。
「僕の服も、胸にワンポイント刺繍くらいした方がよかったかなー。まあいいか」