第二十六話 異世界の楽しみ方 武器屋編
昨日の宣言通り僕とココは、今日一日街に出ることにした。
朝。僕は洗濯されたいつもの服装を出す。
代わり映えのしない、いつものローブ姿、それにフード。
広げて眺めてみるが、言われてみれば確かに地味かもしれない。
毎日洗濯しているから不潔感はないけど、その分色も薄くなっている気がする。
「やっぱり新しい服買わないとなあ」
「ミュー新しい服買うの?」
その言葉に振り替えると、ココがいつも通りの服に着替えてこっちを見ていた。
マリアさんから借りている教会の一室では、ベッドが並べられていて、僕とココの相部屋となっている。
年頃の男女で同じ部屋というのは問題しかない気がするが、教会の一室を間借りしている身で、もう一部屋下さいとは言えなかったのだ。
聖職者のマリアさんに、欲望が抑えられそうにない、なんて言えるわけがない。
むしろマリアさんの方から問題視して欲しかったのだが、「うちの信者でもない子供が見えないところで何をしようが文句を言う気はないよ。ちゃんとお掃除さえしてくれたらね」と言われたらぐうの音も出ない。
ココはココで、集団生活に慣れているせいか、無邪気に「ミュウと同じ部屋だー」って喜ぶのだから、僕の方から断る道はなくなった。
こっちの目を気にすることなく服を脱ぐココに最初はどぎまぎしたものだ。
今さっき? ちゃんと目は逸らしていたよ。
なんかこう無邪気かつ無防備に振る舞われると、そんな目で見たら罪悪感を感じそうなのだ。
僕はいつも布団を被ってその中でごそごそと着替えるけど、こういうのって普通逆じゃないかといつも思う。
僕はココの質問に頷きつつも付け加える。
「ココの服も買うよ」
「うーん。私はこれでいいけど」
そう言いながら、僕と同様、古ぼけたいつもの服の恥をつまむココ。
次々と服を買って浪費されるのも困るけど、ここまで興味がないのも困りものだ。
「だめだよ。ココはアイドルにするんだからもっと綺麗な服を着ないと」
「でも、私よりも前に、ミューの方がもっとかわいい服を着た方がいいよ。天空教の水色の服も似合っていたし」
ココの言葉にがっくり肩を落とす。
「僕にはかわいい必要はないよ。あと、天空教の制服は、着るとヨミ様から怒られるからなあ」
マリアさんから天空教の制服のお古を着ていいと一度勧められたことがあったけど、素直に受け取ろうとしたら後頭部を叩かれるような衝撃があったから、宗教的にきっと駄目だったんだろう。
ヨミ様は心が本当に狭い。
あと、ココのこの僕に対する可愛くしたいという思いはなんなんだろう。
これが他の人だったらからかっているのかと思うけど、素直な目で言うんだもんなあ。
それはともかく、僕とココは珍しくも朝から市街地にお出かけをする。
今は平日の朝であるが、たくさんの人が行きかっていて、村と比べるととても賑やかだ。
最初の頃は、ココが「お祭りみたいだね!」と言っていたが、ここらの一帯で一番の規模の街だけあって、これが日常なのだ。
「やっぱり人多いね! どこ行こうか?」
「一番の目的は服屋だけど、折角だしあちこち見ながら行こうと思ってるよ」
「うわぁ! 楽しみ!」
ニコニコしながら機嫌よくスキップするココの姿に僕も笑顔になる。
普段は教会の手伝いと歌の練習で、こうやって自由に出歩くことが少なかったのだ。
一応隠してはいるけど、僕らがヒト族じゃないと知られたら、迫害とまではいかなくても、嫌な目にあうかもという危惧もあったりしたからというのもある。
だが、大分この街にも慣れてきたし、これを機に出歩いて見るというのも悪くない。
「ねえ、ミュー! あれ食べよう!」
「わわっ! 落ち着いてココ!」
僕の手をひいて駆け出すココ。
その行先には屋台が並んでいる。
まずは行きつけの市場街だ。
あまり出歩かないとはいっても買い出しは必要なので、僕らが行き慣れた数少ない場所である。
僕は教会での食事で満足しているが、主に肉を求めるココは追加の食事もここに買いに来ているのだ。
「おじさん、肉串ちょうだい」
「おう。嬢ちゃん久しぶりだね。ほいよ」
「ありがと」
行きつけの店で木の串にささった肉を持って幸せそうな顔。
ココはすぐに肉をほおばると、口の端から肉汁やらタレやらを流しながらおいしそうにもきゅもきゅと咀嚼している。
口に入るだけ詰め込む様は、クマというよりもハムスターみたい。
「ミューも食べない?」
「僕、あんまり脂が多いもの食べるとおなか壊すからやめとくよ。果物でも買ってくるね」
見てるとおいしそうだなと頭では思うんだけど、相変わらず体が肉類を受け付けないことはもったいないと思う。
この街に来た当初に僕も一回食べてみたのだが、一本食べたところで激しい胃もたれに苦しんだことを思い出す。
前世では、あんな体調になるのは、背脂ちゃきちゃきニンニクマシマシの大盛りラーメンを食べた時ぐらいだったのに、脂身の少ない肉ですらあんなになるという我が身が恨めしい。
でも、もっと変なのに転生して、全く食事が不要とか、人肉しか食べられないとかなるよりマシだと思おう。
僕はお店で青色のリンゴみたいな果物を2個買って、一口しゃくり。
うん。甘酸っぱくておいしい。
「ココも食べる?」
「ありがとう!」
そう言うや否や、ココは僕が一口齧った方を取って食べ始めた。
もう一個買ったんだから、食べかけの方を取らなくてもいいのに。
僕が齧ったところを覆うように齧ると、それはもうさっきの肉串よりも嬉しそうにもっしゃもっしゃと食べている。
肉が一番好きかと思ったけど、やっぱり甘いのは別なんだろうか。
そういえば、こういうのも間接キスというのだろうか。
いや、全然違うな、うん。
「おなかも膨れたし、次に行こうか」
「うん!」
僕らは市場を抜けると、大通りに出る。
まだ午前中ではあるけど、既に人通りは多い。
街の大通りは大部分が商店となっているようで、色々なお店が所狭しと並んでいる。
前にも思ったが、クーガ村と違って、店頭に商品を並べているお店も多いので、こうやって見ているだけでも楽しい気分になる。
改めて見ると、何を売っているかも知らない店も多い。
ココは僕の方を見て尋ねてきた。
「もう服屋に行く?」
「折角だからもっと色々見て回ろうよ。あっ、あれ武器屋だ。入らない?」
剣などが並ぶ店を僕が指さすと、ココは不思議そうな顔で首をコテリと傾ける。
「ミューは武器が欲しいの?」
「そういう訳じゃないけど、なんかワクワクしない?」
「うーん。そうかなー」
やっぱり女の子にはわからないロマンかな。
ココはそんなに興味がなさそうだけど、ギラリと輝く鋼色が並ぶ店が僕の心を掴んで放さない。
武器って男の子だよね。
特に何が欲しいわけでもなかったけど、見るだけでも楽しそうだし、僕は店内をそうっと覗き込んだ。
店内に並べられた棚には、剣や槍、斧やハンマーなどがショーケースに入ることもなく無造作にずらっと並べられている。
まさにイメージ通りのザ・武器屋。
前世で日本刀の店に行ったことはあるが、その時は自由に手を触れられるような店構えではなかったので、ご自由にお手に取ってくださいと言わんばかりのこの場所に興奮は急上昇。
命を奪うことができる武骨な輝きに、僕は身震いをしながらも触ってみることにした。
早速手頃そうな見た目の、普通の剣を握って持ち上げてみる。
「お、重い……」
手にずっしりくる重みに、僕はよろめきそうになったので、慌てて棚に戻した。
そんな僕の姿にココは一言。
「ミューに武器は似合わないよー」
「ううっ。普通の店売りの銀貨2枚程度の安い剣すら使えないなんて……」
ちなみにこの辺りの通貨は、ドーフィス王国を含むいくつかの国が採用している共通貨幣があり、下から順に銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨の種類がある。
もっと上の貨幣もあるらしいけど、貴重すぎて街ではまず出回らない。
銀貨2枚あれば僕とココ二人なら1か月分くらいの食費となるが、魔物相手の冒険者が実戦に用いる武器としては安い方である。
そんなことを話していると、店の奥から禿げ頭のおじさんがのそりと出てきて、僕らに声をかけてくる。
きっと店主なのだろう。
「なんでえ。あんたら冒険者か何かか?」
前にも言ったとおり、冒険者と言えば冒険心溢れる自由業な人全般を指すことが多い。
とはいえ、この街に来て初めて知ったのだが、冒険者とは正確に言うと、冒険者ギルドという団体があり、それに加入している者を指しているそうだ。
後で行くつもりではあったが、今のところ僕らは正確な意味での冒険者ではない。
冒険者ではないのだが、じゃあ何かと言われると、それはそれで困る。
あちこちを旅する予定だし、教団というにはまだ駆け出しもいいところだから、冒険者と言われれば近いかもしれない。
少なくとも天空教の神父になるよりは冒険している人生だろう。
そこらへんを踏まえて僕は返事をした。
「まあ近いと言えば近いです」
「剣一本持てずによくやる気になるな。そっちの嬢ちゃんはけっこうやるみたいだが」
「えぅ?」
僕がココの方を見ると、ココは僕が持ちきれなかった剣を片手で軽く振っている。
軽くショッキングな光景だけど、僕が貧弱すぎるだけで、剣が極端に重いわけではないのだろう。
きっと大人なら楽勝くらいなのかな。
僕がしょんぼりしていると、店のおやじさんは笑いながら言った。
「おめえさんなら軽いエクスツールを使った方がいいぞ」
「えくすつーる?」
「魔道具の武器のことだよ」
僕は、おやじさんの言葉にほーと感嘆の声を漏らした。
魔道具と言えばエクストラを使う魔物の素材から作る不思議道具。
おやじさんの話では、魔道具の中でも、特に高度な性能を持たせた道具のことをエクスツールと呼んでいるのだそうだ。
歴史に残る伝説の武具とかいうエクスツールもあるが、軍事用のものやら、有力な冒険者が使うようなものもあるそうだ。
何それ欲しい!
僕の反応がよかったからか、おやじさんは店の奥に一旦引っ込むと、不思議な光り方をしているナイフを持ってきた。
「これがうちに置いている数少ないエクスツールの一つだ。このナイフはミネラルスライムの素材が使われていて、魔石が続く限り振動して、何でもスパスパ斬れるぜ」
「おおー」
鉱物でできたスタイムの素材か。
スライムと聞くと弱そうに思えるのはドラ○エ派の悪い癖だが、効果を聞く限りすごい便そう。
軽そうで、非力な僕にも使えそうだ。
「ちなみにいくらですか?」
「金貨十二枚だな」
「高い! そんなの買えないよ!」
「だろうな。でも魔道具の武器は大体これ以上の価格はするぜ」
すごくても単純な効果のナイフだからもっと安いものかと思っていたよ。
おやじさんの話によると、エクスツールは戦闘に使えるものだからこの国では作製・販売は許可制だし、作ること自体にも高度な技術が必要なものだからどうしても値段が高くなるそうな。
別に魔物を倒す冒険者になる気はないけど、ちょっといいなと思っていただけに残念。
しかも、魔道具となったら魔石も消費するし、趣味で買えるものじゃないね。
そういえば、武器じゃないけど僕も魔道具を持っていたことを思い出す。
お手軽楽器製造器なだけで戦闘にはまるで使えないけど、一応はこれも魔道具だ。
僕は背中に括り付けた袋にしまっていたブライのナイフを取り出して尋ねた。
「ねえおじさん。これはいくらぐらいしそう?」
「ん? なんだそ……うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」
「えっ? うわっ!?」
ナイフを興味なさそうに見ていたおじさんはブライのナイフを見るなりかぶりつくように顔を近づける。
取られるんじゃないかと思ってびっくりしたが、即座にココが間に割り込んで引き離してくれた。
ココちゃん男前。
「ぐるるるるる」
「す、すまねえ。ただ、そのナイフに刻まれた刻印や素材。間違いなくかなりの逸品だ。一体どこでそれを?」
「父からもらったものなんですけど、うちの家宝だそうです」
「よかったら金貨百、いや、二百は出す! 譲ってくれる気はないか!?」
血走った目で話すおやじさん。
さっき自分で販売は許可制と言ったことを忘れたのだろうか。
このままでは襲われかねないと僕は踵を返した。
「ごめんなさい! お邪魔しましたー!」
僕はまだ唸っているココの手を握ると、武器屋から慌てて飛び出して行く。
父さまの親馬鹿! 過保護!
なんていうものを渡してきたんだ!
あんまりこれも見せびらかさないようにしよう。
カツアゲでもされたら守り切れる自信がない。
僕はブライのナイフを大事大事にしまい直して、次の場所へと向うのだった。