第二十五話 僕らの数か月
「今日もいい天気~♪」
「えぅ~♪」
もう春の陽気で今日はポカポカと温かい。
僕もココも掃除をしながら、自然と歌ってしまうのも仕方ないだろう。
このカシマの街の教会はクーガ村のものと比べると大きく掃除も一苦労ではあるが、数か月もやってきたのもあり、最近ではすっかり慣れてしまった。
いつもフードを被っている僕らを最初は不審な眼で見ていたご近所さんも、最近ではすっかり馴染んできており。
「おっ。ミューちゃん、ココちゃん。今日もごきげんだね」
「おはようございます」
「おはようおじさん!」
このようにご近所付き合いもばっちりである。
おいしい食事と安全な寝床。
かわいい友達とのんびりとしながらもやりがいのある日々。
最近とってもいい感じ。
「さて、そろそろお昼ご飯の時間だし戻ろうか」
「うん! 今日はなにかなー? お肉がいいなー」
「お肉は後で買ってあげるから我慢しないと。きっといつもどおりだよ」
「ミューはあんな味の薄いお肉が少ない料理なのに、おいしそうに食べるよね」
「まあ体質というか……。今なら京料理もおいしく食べれる自信があるよ」
「キョウ料理?」
「こっちの話」
そんな他愛ないことを離しながら僕らは教会の裏口へ向かい、食堂へと入っていくのだった。
「あんたらの目当ての人物が見つかったよ」
いつも通りの薄味かつヘルシーな料理をおいしくいただいて、のほほんと食後のお茶を飲んでいるところで、マリアさんがそう言った。
目当ての人物……。はて、僕は誰か探してたっけ?
あえて言うならココの家族は見つかったらいいなと思っているけど、この街にいるとは思っていないので、探してほしいとも言っていない。
横を見ると、ココはお茶に茶色い砂糖をざらざらと放り込むのに夢中で、話を聞いている様子すらない。
前々から思っていたけど、ココはちょっとでも難しい話になると途端に興味を失う。
僕を完全に通ってくれていることは嬉しいけど、ちょっと不安になるな……。
マリアさんは僕らのそんな様子に呆れたような顔になる。
「なに抜けた表情しているんだよ。あんたらの興行に必要な人物の紹介だよ」
「あー」
「忘れてたんかい? 何しにこの街に来たんだよ」
「いや、本当に見つけてくれるとは思ってなくて。時間も経ってましたし、そこまではしてくれていないものと」
「あんたらが来たのは一神様の日直前だったからね。準備やら後片付けが忙しかったんだよ。それに会うにも時間がかかる人だったからね。文句を言いなさんな」
「文句なんて。いつもいつもありがとうございます」
僕がぺこりと頭を下げると、ココも何も考えていない様子で僕に倣ってぺこりと頭を下げる。
確かにここに来た直後に一神様の日があったなあ。
クーガ村でも歌を歌ったり宴会したりと忙しかったが、ここの教会はその比ではなかった。
僕らは種族の関係で表立って動けないし、あんまり踏み込んだ手伝いすると、ヨミ様の天罰が容赦なく飛んでくるので、あんまり役には立っていなかったが、それでもお掃除やら買い出しの手伝いやらでバタバタしたものだ。
その忙しさもあって、興行の方はすっかり忘れていたのだが。
「それで会う気はあるんだね?」
「もちろんです。そのために毎日練習もしてましたし」
「うん。歌ったりしたし、体力作りとかもしたよ!」
「あれは遊んでいるんじゃなかったのかい」
ヨミ様に怒られない程度のお手伝いである買い出し、料理、掃除とかの合間にやっていた、街頭ライブや走り込みや筋トレしていたことを言っているのだろう。
傍から見たら、遊んでいるように見えたのかもしれないね。
ちなみにココについては、最初から筋力体力ともに恐ろしくあったから、付き合っている僕の方がきつかったぐらいだった。
意味があったのかと思うが、本人はキャッキャと楽しんでいたみたいだからよしとしよう。
マリアさんが僕らを見ながら、手紙らしい封筒をいくつか取り出した。
「教団を立ち上げる気がないんだったら、こっちを紹介してもよかったんだけどね」
「なんですかそれ?」
「あんたらの養子縁組の希望者だよ」
「はい?」
「かわいそうな孤児のあんたらを引き取りたいってさ。知らないのかい? あんたらいつの間にか、孤児とかスラム街の貧しい姉妹とか色々噂がたってるんだよ」
「ええー!!」
なんともまあ、一体なんでそんなことに。
といっても教会周辺で、突如小さいのがうろつき始めたらそういう風に思われるのは仕方ないのかな。
歌っている時にお金を入れてくれている人たちの目が妙に優しかったような気がしたのはそういう訳だったか。
気持ちは路上ミュージシャンだったけど、どちらかというと、かわいそうな子供扱いだったとは。
「地味にショック……。練習のためにやっていたとはいえ、子供のお遊戯にしか思われてなかったなんて。ところでココはなんで嬉しそうなのさ?」
「ミューと姉妹……エヘヘ」
どこに喜ぶポイントがあるのか分からないけど、ココは照れたように頭をかいている。
姉妹……。まあ顔をフードで隠していたし、仕方ないか。
マリアさんはそんな僕らの様子に笑いながら手紙をしまい直した。
「まあ、やる気があるならここらへんは適当に断っておくさ。結構大きな家からのお誘いとかもあるから多少もったいない気もするがね」
「どうせ僕らの耳を見たら態度変わりますよ」
「さて、それはどうかねえ。あんたらの顔見たら増えそうな気もするけど……。そうだ。ついでにもう一つの約束、教団の立ち上げについても教えておいておこうかね」
そう言えばそういうお願いもしていた。
これも、この数か月はマリアさんがバタバタしていたので、なかなか切り出せなかった話である。
たまに顔を合わせる時も、僕やココの過去話を離してばかりだったし。
特に父さまと母さまの話をよく聞きたがるのだ。
マリアさんは新しいお茶を淹れると、「さて」と僕らに向き直る。
「そもそも、あんたのところの神さんは何を目指しているんだい?」
「えっと……」
ヨミ様に会った時に、最後に言われていたセリフが脳裏をよぎる。
現・夢神様の打倒とか、世界を席巻とか言ったら、邪教認定されないだろうか。
そもそも、世界席巻って世界征服でもしたいのだろうか。
もしかして、僕は大魔王の部下みたいなものなのかな。
僕が悩んでいると、マリアさんが不思議そうに言った。
「国を作りたいとかないのかい?」
「国とか作れるんですか?」
いきなりスケールの大きな話にびっくりする。
この世界のことだから、きっと日本の町興し的な〇〇王国とかじゃないガチの国だよ?
そんな僕の反応にマリアさんは嘆息一つ。
「そこら辺から説明しないと駄目みたいだね。まあ、教団は神さんによって規模はまちまちだけど、国を持っているところは多いね」
「クーガ村やカシマの街が属するこのドーフィス王国では、天空教が最大宗派って聞いていますけど、ここって天空教の国なんですか?」
「違うわ。ドーフィス王国の最大宗派は天空教だけど、別に天空教の国っていう訳ではないね。天空教は、結界というわかりやすい恩恵があるし、天空神様の教義は敵対する者が少ないから、多くの国で信仰されているってだけさ。遠く離れた聖地と呼ばれる山の上に、天空教の本部があるけど、あれも国とはちょっと違うかな」
この世界では神様の存在がはっきりしているせいで、一神様から産まれた多神教という認識は万国共通だ。
一般の信者としては、教義で禁止されない限り複数の神を信仰することは問題ないらしい。
その点で、天空神も信仰しているという国は非常に多い。
そんな訳で、教会と言えば普通は天空教を指すという程の規模を誇るに至ったわけだ。
「王族が代々マエストールを務める教団もあるけど、そういうのは昔、教団が国を作った結果だね。ちょっと毛色は違うけど、今この国に戦争を仕掛けてきているガトリング帝国は、戦神のマエストールを務める頭領が作った、傭兵団が国になったものだよ」
国王がマエストールをやっていると、当然ながら他の宗教が最大宗派になることはあまりないのだが、現ドーフィス国王はどこかの宗教のマエストールというわけではない。
ドーフィス王国は、一見不利に思えるその事実を最大限活かすために、積極的に様々な宗教を取り込んで国を盛り上げているらしい。
そのことから、天空教が最大宗派として教会を置きつつも、農業神の楽団が町々を巡るような感じができるようだ。
その話に納得しつつ、改めてうちの神様のことを思い浮かべる。
「ヨミ様は、信者は欲しいみたいですけど、国が欲しいのかというと微妙な気がします」
「まあ信者がいれば国にこだわる必要もないかもね。農業神のところなんかは、信者は多いけど、メンバーの大半がアルスミサのための旅暮らしをしていて、自分たちの国があるわけではない。それでも、楽団と言えば農業神のところを指すくらいには規模が大きいわけだし」
「国があったら、世界一の農業国になって豊かになりそうですけどね」
「あそこの神さんの教義が、世界中の農地を豊かにすることらしいから、そこは教団の方針というところだろう。他にも信者が一つの一族だけとか、一つの村だけといのもあるね」
「よくそれで教団が存続しますね」
「信仰は数だけじゃなくて質も大事だし、コンマスやプレイヤーの数が少なかったら、アパスルライツの力も分散しないからね」
やっぱりコンマスって無制限に増やしていいわけじゃないんだ。
そりゃ誰でもアパスルライツの恩恵を使えるようになるなら、喜んでどこかの信者になるだろうけど、大量の信者がみんなアパスルライツを使い始めたら、いくら信仰の力があっても足りなくなるから仕方ないか。
そんなにうまい話はないらしい。
あと、信仰は質も大事っていうのは、信仰の強さも必要ってことかな。
確かにゆるい信者10人よりも狂信者1人の方が強そうな気がする。
そんな狂信者ばかりの教団っていうのも嫌な話だけど。
「あんたのできるアパスルライツの効果ってなんだい?」
「なんか派手な光とかでるらしいです。あと煙が出たり……」
「そりゃあ……即物的な恩恵で信者を増やすのは難しそうだね」
「それはたしかに」
もっとアパスルライツの効果を考えればよかったかな。
でも、僕の目標はアイドルをプロデュースすることだから、ヨミ様には悪いけど、アパスルライツの効果だけで信者が増えるのはなんか違う気がするんだよね。
我儘かもしれないけど。
マリアさんは指で自分の頭をトントンと叩きつつ。
「そういうことだったら、アルスミサの場所を確保するためにも、なおさら興行のための紹介は必要になるだろうね」
アパスルライツが生活に役立つものなら、アルスミサ開催の依頼主を探してそいつに全部任せればいいんだけどね、と呟くマリアさん。
確かに、農業神の楽団のアルスミサはうちの村の時のようにお金を払って依頼して、場所やおもてなしは依頼者である村総出で準備していた。
翻って自分たちは、開催するハコを探して自分たちで準備するか、もしくは準備してくれるスポンサーを探さないといけないのだろう。
となると、まずはヨミ様を神とする教団を立ち上げて、自分たちの立ち位置をはっきりとさせる必要があるわけだが。
「新しい宗教を立ち上げるのにルールとか手続きってあるんですか?」
「基本的にはないよ。本物の神さん相手に、人間風情が許可とかおこがましいってもんさね。ただ、アルスミサをするなら下準備や周知や許可等はいるね。それが他の神様の縄張りともなればなおさらね」
うちの村では、毎日父さまと母さまがアルスミサをやっていたが、特に許可をとった覚えはない。
教会という拠点あってこそなので、それは当然のことだったのだが、今のところその当然がなにもない自分たちのやることの難しさが改めて認識される。
「あれ? そういえば、僕ら特に許可も取らず、路上で演奏やってましたけど……」
「そもそも、誰からもアルスミサって認識はされてなかったからでしょ」
「そうでした。かわいそうな孤児扱いでしたね。もしかして、あれがアルスミサだとばれたら怒られます?」
「この街は心優しい天空教の管轄だし、大事起こしてなければ問題ないさ。一番問題にすべき立場が私だしね。でも、突然光や煙をまき散らしたら、下手したら内乱の疑いで捕まっていたかもしれないよ」
まだ一回もヨミ様のアパスルライツは発動させてないから効果がどの程度かわからないのだけど、そういうことであれば迂闊に使うのはやめておこう。
あのヨミ様の性格からして、飛び出る光が線香花火みたいな情緒溢れる程度のものとは思えない。
それでパニックでも起きようものなら、ヒト族じゃない僕らがどんな扱いを受けるかは考えるだけで恐ろしい。
「それで、マリアさんはアルスミサをやるために人を紹介していただけるんですよね。どなたなんですか?」
「この街の領主だよ」
リョウシュさんかー、へー。
……って領主様!?
僕は突然出てきた偉い人の名前に口元が引きつりそうになった。
領主。当然ながらこのカシマの街一帯を治める一番偉い人である。
「そんなに偉い人を!?」
「私は天空教の支部長として領主には定期的に会うことがあるからそんな特別なことではないさ。でもまあ、貴族としては伯爵位だから偉くはあるね。こうして面会の予約にも時間がかかったぐらいだし。でも、領主の許可をとれば心配はないし、うまく取り入れば街営劇場も使わせてくれるからね」
なんでもないことのように言うマリアさん。
確かにうまくいけば色々な問題が一挙に解決するように思える。
そう考えるといきなり領主様に会えるというのはお得な話なのかな。
いや、きっと幸運な話なんだろう。そう思おう。
「そういう訳で面会は一週間後。それまでに準備をしておきな」
「準備?」
「領主に会うんだからそれなりの服装をしろってことだよ。あんたらが孤児扱いされている原因の一つはその服装にもあるんだからね」
僕とココはお互いの姿を見合わせる。
僕はいつも通りのローブ姿。
ココは丈の短いスカートに、へそ出しの袖がないシャツ。
そして二人とも耳を隠すためのフード付きマント。
何か変だろうか。
そりゃ地味と言えば地味だけど。
「染の色も安そうな染料だし、刺繍もないじゃないか」
「クーガ村では天空教の衣装以外そんなものでしたけど」
「田舎の農村はそうだろうけど、あんたらの服装を見てマエストールとコンマスだと思う人はいないよ。それじゃ田舎者かそんな服を中古でしか買えない貧乏人さ」
田舎者なのは事実だけど、確かに舞台衣装は大事だ。
アイドルだって華やかな衣装は必要だろうし。
考えてみれば、この街に来てから新しい服の一つも買ってこなかったことに気づいた。
「それじゃあ明日はお買いものに行ってきていいですか?」
「好きにしな。ついでに街もゆっくり観光してくるといい。あんたはこっちを気にしすぎだよ」
僕の言葉に、マリアさんは手をしっしっと振るようにして、そのまま去っていったのだった。
こちらはお世話になりっぱなしだったから、積極的にお手伝いをしていたんだけど、そのせいでまだそんなに街を見て回っていないんだよね。
市で買い出しや食事はたまにしているんだけど。
それまでボーっとしていたココは、キラキラした表情でこちらを見て。
「それじゃあ明日はミューと遊びに行っていいの?」
「そうだね。色々お買いものしないとね」
「わーい! お友達とお出かけだー!」
そう言いながら飛び跳ねるのだった。
うーん。こんなに喜ばれると、仕事にかまけて家族サービスしてこなかったお父さんの気分。
僕は目標に向かっている気分だったので辛くはなかったけど、ココにはもう少し息抜きが必要だったかもしれない。
明日はゆっくりと楽しもうと思うのだった。