第二十四話 新しい家
今日2話目
馬車を歩かせること数十分。
街の中心部に近く、中央の大通りからしばらく入っていったところにカシマの街の天空教の教会はあった。
周囲には公園などがある閑静な住宅街といった様子で雰囲気は悪くない。
教会はクーガ村にあったものと基本構造が同じだったのですぐにわかったが、流石にコンマスがいる大きな街のものだけあって、一回りは大きく造りも立派だ。
通りの掃除も、花壇の手入れもよくされている。
僕は教会の横に馬車を停めると、意を決して扉を開けた。
「おじゃましまーす」
実家の教会の数倍は人が入りそうな礼拝堂には、長椅子がずらりと並び、奥には演台がある。
そこに待ち構えていたかのように一人の人物がいた。
「なんだい?」
その人物は、ぎょろりとした瞳でこちらを見つめる。
それは大きいおばあさんだった。
黒い肌。そして、シスター服。
イメージはエンジェルに愛の歌を、的な?
ゴスペルめっちゃうまそう。
その迫力に押されて押し黙ってしまうと、そのシスター(?)はこちらをまじまじと見つめてくるではないか。
何か言わないと、と気を取り直して口を開いたのだが。
「あの……」
「ぶふっ、あーはっはっはっはっはっ!!」
声をかけようとすると、そのシスターは僕の顔を見た途端なぜか盛大に笑いだす。
それはもう大口を開けて盛大に。
僕を指差して机をバンバン叩いて。
ココと顔を見合わせるけど、ココも不思議そうにしている。
少なくとも、僕の顔に何かついていたりするわけじゃないっぽい。
あっけにとられてポカンとしたけど、中々笑い終わらないから思い切って話しかけることにする。笑い過ぎだろう。
「一体なんなんですか!?」
「はーっはっは、ははっ……ふぅ。いやー笑った笑った。あんたレミアヒムとアンナの子だろう?」
突如出てきた両親の名前に、びっくりしながらもうなずく。
「そうですけど……」
「やっぱりね。だってホビットの体格でばっちりエルフ顔なんだもの。ぷぷっ。そんなに折衷案みたいな見た目にならないでもいいじゃない?」
そう言われましても。
自分の顔は体格相応に幼いらしく、父さまの顔がそのままホビットの体に乗っかっているようなアンバランスさはない。
だから、ハーフと言ってもそこまで変な見た目でもないと思うんだけどね。
それに、両親の顔を見る限り、エルフもホビットも耳の長さと髪の色くらいしか違わないと思うんだけどな。
「はあ……。父さまと母さまのことを知っているってことは、この教会のコンマスの方なんですよね?」
「そうさ。私はこの教会のボスを務めるマリアというしがないコンマスさ。ようこそ天空教カシマ支部へ」
そう言いながら手を広げるシスターことマリアさん。
教会の偉い人なんていうから、なんとなく温和な老人を思い浮かべていたから意表を突かれた感じだ。
まあ父さまも神父の割に中身はアレだったし、マリアさんも仕事ではしっかりする人なんだろう。多分。
「それで、あんた本洗礼に来たんだろう? それにしてはレミアヒムの姿が見えないけど。それにそっちの嬢ちゃんは……」
「そのことでお話があります」
話を進め始めたマリアさんに、僕は本来の目的を思い出して慌てて手紙を差し出した。
マリアさんはそれを受け取ると、無造作に封を破り、手紙に視線を走らせた。
手紙に何が書かれているのか、時々僕とココの姿を手紙とチラチラ見比べ、間もなく手紙を読み終わったようだ。
怒ってないよね?
そんな若干の不安がチラリとよぎる。
するとマリアさんは手紙を丁寧に折りたたみこちらにつき返すと、ふんと鼻息を鳴した。
「とりあえず、本洗礼受けないことはわかったわ。うちの神さんは懐が深いんだ。別にペナルティとかはないさ。それに、本洗礼を受けるには試験を受けてもらう必要があったから、ならないからといって問題があるわけじゃない」
その言葉にホッと一息。
よく考えれば、その場で危険があるようなら父さまが何も言わずに送り出すはずもないので、取り越し苦労だったのだろう。
だが、こちらが一方的に断ったのは事実。
僕は大人しく頭を下げ。
「突然お断りすることになってごめんなさい」
「だから、謝られる必要はないって。それよりも、レミアヒムのお願いの方が気になるがね」
そう言いながらマリアさんは、父さまの手紙をあごでしゃくった。
お願い? 何のこと?
封がされていたせいで今まで中身を見ていなかった僕は、マリアさんから父さまの手紙を受け取り読んでみた。
手紙の最初は、僕が無名の神のマエストールになったので本洗礼は受けられないということがあっさりと書かれていた。
そこはいい。問題はその後だ。
「『かわいい子供ががんばって教団を立ち上げるために、そっちの教会の部屋と食事を提供してあげてください。あと、興業のために必要な人も紹介してあげてください。ついでに教団を立ち上げるコツとかも教えてあげてください。さらになんかあったら後ろ盾になってあげてください』って、ええー……」
「あんた愛されてるねえ」
あまりにも図々しすぎる父さまのお願いに一気に脱力してしまった。
なにこの過保護体制。
そりゃコネはあるだけあった方がいいと言ったし、父さまがお願いしたことはどれも僕がどうしようかと悩んでいたことだよ?
でも、こんな直接的に一人の人にお願いすることだろうか。
プライド云々ではなく、明らかに頼みすぎだろう。
うちの父さまは馬鹿なのだろうか。
マリアさんは呆れたような半笑いを浮かべる。
「親馬鹿だね」
「そうですね。僕もそう思います。言い訳になりますけど、これは僕が父さまにお願いしたことではないので、父さまが親馬鹿だったということで許してください。それじゃあ、僕らはここら辺で……」
「ちょい待ち。どこに行くんだい」
「へっ? とりあえず宿でも探そうかと」
「誰がレミアヒムのお願いを断ると言ったんだい。あてがないなら泊まっていきな」
「いいんですか?」
「言っただろう。うちの神さんは懐が広いんだ。十五かそこらののちびっこどもが困っていて放り出すほど落ちぶれちゃいないよ。ましてや、あのレミアヒムのお願いとあってはね」
そう言いながらマリアさんはニヤッと笑った。
なんだこのイケメンすぎるシスターは。これが聖職者の徳というやつだろうか。
一応僕も神様に仕える身のはずだけど、こんな風になるにはまだ色々足りていない。
「それに、レミアヒムと初めて会った頃にされたお願いに比べたらまだましだよ」
「ちなみになんとお願いされたんですか?」
「しばらく教会に住ませろ。天空教のことはよく知らないけど、本洗礼して神父にしろ。そして、適当に安全に働ける村を紹介しろ。あとついでに、アンナとまだ結婚式挙げてないからここでやってくれ、だったね。あんな図々しい奴は初めてだったわ」
図々しいを通り越して、ただただ無礼なお願いだった。
駆け落ち中で余裕がなかったんだろうけど、何をやっているんだよ、父さま。
「うちの親がご迷惑おかけしました」
「まあ実際迷惑だと思ったけど、本洗礼を受けるために必要な技能は誰よりも早く習得したし、あいつがこの教会で見習いをやった時に、貴族の娘っ子たちからのお布施が増えていたから、今はいいと思っているよ。それに、クーガ村にいた神父も高齢だったから、代わりは欲しかったしね」
やっぱり父さまって優秀だったんだね。
マリアさんは近くに置いてあったどっかりと椅子に座り、足を組んで頭をかく。
「そういう訳だから、あんたにもできることはやってやるさ。まず食事と寝床は提供してやる。ただし、掃除とか料理は手伝いな。うちは宿屋じゃないんだ」
「それはもちろん」
「あと、食費はいらないから教会の仕事を少し手伝いな」
「わかりました。アルスミサの手伝いなら僕も……ってあいたたたた!」
突然頬をつねられたような痛みが襲い掛かり、僕は思わず悲鳴を上げてしまった。
マリアさんは眼前にいるし、ココも心配したように駆け寄ってきている。
当然どちらも犯人ではない。
謎の事態に驚いていると、マリアさんが呆れ顔で言った。
「あー……そりゃ神様からの天罰だろうね」
「神様ってヨミ様の?」
「ヨミ様ってのがあんたらの神さんかい? 神さんと直接契約すると、その行動はいつでも見られるからね。罰当たりな行動をとったら天罰がくだるようになっているらしいよ。まあ普通は人間一人ひとりの行動なんて気にされてないのか、滅多なことじゃないんだけどね。ちなみにあたしはくらったことないから分からないけど」
ということは今僕ヨミ様の気に入らないことをしたってこと?
もしかして、天空神様のアルスミサのお手伝いはアウトなの?
心狭くない? 天空神様を見習ってほしいところだ。
「天罰は、最悪死に至るものもあるらしいから無理しないでいいよ。尤も、死ぬほどの天罰なんて、他の神に唆されて自分の神を殺そうとしたとかいう神話でしか聞いたことないから、本当そこまでできるのかは知らないけど」
マリアさんの言葉に僕は身を竦ませた。
二十四時間衛兵から剣を突き付けられているようなものではないか思ったのだが、その後のマリアさんの説明によると、天罰が下るのは神様に直接絡むものだけで、人間の法律に反することまで下るものではないらしい。
実際にあった話では、ある神のところのコンマスが連続強盗殺人を犯した時には何もなかったが、その後に自身の神を馬鹿にする発言をしたところ、手が激しい痛みとともに動かなくなり、コンマスの資格を失ったということがあったのだとか。
つまりヨミ様的には、天空教のお手伝いは、直接絡む禁止事項なのか。
「じゃあ寄付金集め……いたっ!」
向う脛を叩かれたような痛み。
「日曜集会のお手伝い……あうっ!」
頬をはたかれたような痛み。
「教会前のお掃除……ひゃう!」
デコピンされたような痛み。
「それくらい、いたっ、いいじゃ、いたっ、ないですか! もうっ、さっきから痛いって!」
天罰が地味で痛い。
そんな僕の様子にココはおろおろしながら、僕の前の空間に手を伸ばすけど、当然何も触っている様子はない。
マリアさんはゴホンと咳払いすると、何もない中空に向かって声をかけた。
「あー、ヨミ様……でいいのかな? 二人の今後についてだけど、歌う場所として教会横の公園を貸してやろうかと思うんだ。それだったら、自分たちの歌う場所の近くぐらい掃除してもいいんじゃないかね」
その提案に、僕の額を執拗にペチペチしていた痛みがぴたりとやんだ。
これは了承したとみていいのかな?
「じゃあ教会前の掃除はやっていいですよね?……へぅ」
頬を指でぷにぷにと突かれているような感覚がする。
痛くはないけど鬱陶しい。鬱陶しいけど、これは多分OKなのだろう。
「いいみたいです」
「よし。とりあえず残りのお願いについてはおいおい考えるとしようさね。とりあえず、部屋は奥の階段を上った二階だから行きな」
「「ありがとうございます」」
僕とココの声が重なった。
これで僕らはこの街における足場が固まったわけである。
マリアさんには申し訳ないけど、順調な一歩だと言えるだろう。
本当に申し訳ないけど家賃も食費もタダだから、日銭を稼ぐためにモンスター退治とかもしなくてよさそうだ。
冒険者になって、強力なモンスターを異世界チートな能力で楽々倒して、豪邸を建てるとかいう話も前世で聞いたことあるけど、僕の細腕では難しそうなのでありがたい限りである。
獣人とはいえ小柄なココと、それよりも小柄な僕。
いやいや死んじゃうって。
ココは耳と鼻が利くらしいから、逃げることはできると思うけど、積極的に狩りに行くのはちょっと難しい気がする。
冒険者も気にはなるけど、ゴブリンレベルで戦えるか怪しい僕らは素直に好意に甘えることにしよう。
「よかったねミュー。マリアさんいい人みたいで」
「そうだね。少しはヨミ様にも見習ってほしいね……いたっ!」
後頭部をはたかれた痛み。
本当にうちの神様は心が狭い。