第二十三話 ようこそカシマの街へ
時は僕とココがカシマの街に到着した日に遡る。
「おっきいねミュー!」
馬車の荷台からココが顔を出して、はしゃぎながら言った。
クーガ村からの道中、夜の見張りをやってくれていたココは、日中は馬車の荷台で寝ていることが多かったのだが、目的地のカシマの街にそろそろ到着するとあって今日はずっと起きていたのだった。
そして、遂に目前に迫った目的地に興奮を隠しきれない様子。
「うん、大きいね」
それに答える僕は心の中で、クーガ村に比べればねと、付け加える。
小高い丘にこじんまりとした城が建ち、その周囲を囲むように放射状に広がる建物。
いかにもファンタジーチックな見た目はいいけど、東京どころか前世の出身地だった地方の都市より小規模のは仕方ないと納得しておく。
そびえる、という程ではないが、少なくとも気軽に乗り越えられない程度の壁が街をぐるりと取り囲んでいる。
この世界は魔物がいるせいで、ある程度の規模の街はどこでも、このような防壁を築くのが普通らしい。
天空教の教会があれば、アパスルライツの加護で街を守ることもできるのだが、ここまで大きい規模の街を常に覆うというのは大変だったり、不慮の事態に備えるために物理的な守りをしているのだとか。
僕のいたクーガ村ではそれらしい城壁はなかったので、そこらへんは費用と実益の兼ね合いなのだろう。
「もうすぐ着くから通行証出しておいてね」
「大丈夫。私の分もミューの分ももう出してるよ」
そう言いながらココは紙とプレートをプラプラと振った。
紙の方はクーガ村の村長が発行してくれた通行証。
行政機構としては、クーガ村は地方領主がいるカシマの領地に属しており、クーガ村の村長には通行証の発行権限が与えられているので、僕とココの分は簡単に作ってもらうことができた。
プレートの方は身分証。
5歳の時に洗礼式で光らせていたプレートと同じもので、仕組みはわからないが、声を登録することができる魔道具らしく、身分証を兼ねている。
僕の身分証は村で保管されていて、村を出る時に貰ってきたものである。
ココも、楽団に所属するときに作ってもらったのだという。
名前や出身、生まれた年、種族、犯罪歴の有無等の個人情報が刻まれたプレートは、同じものが王都に保管されているそうで、仕組みはわからないが、専用の道具があれば、本物かどうかや、本人かどうかの確認に使えるらしい。
前世のマイナンバーカードがしっかりと普及しているみたいで、実際便利である。
これがあれば、こんな見た目でもややこしい問答をせずに城門を超えられるわけだから。
「じゃあ、行こうか」
「うん!」
僕とココはそのまま馬車を進め、門扉へと近づいていったのだが――。
「なんだ。魔族と亜人の組み合わせかよ。何の用で来たんだ?」
門扉のところで見張りをしていた若い兵士に捕まっていた。
その若い兵士は僕らがフードを取った途端先ほどの言葉だ。
僕もエルフとかが亜人という蔑称で呼ばれることは知っているが、実際に呼ばれたのは初めてだ。
僕自身は亜人という言葉にあんまり悪口という実感がない。
大体ゲームとかではエルフは亜人扱いだし、モンスターとかでも亜種っていうとワンランクアップするから、亜人呼ばわりもむしろすごいんじゃないくらいの感覚だ。
だけど、ココが魔族と言われるのは許せないな。
これでココがまた落ち込んだらどうするんだ!
そう思いながらチラリとココの方を窺うと、予想と違い、眉毛を吊上げ明らかに怒っている様子。
あんまりココが怒るイメージがなかったので意外だったが、これはこれでまずい。
ココはエクストラを使ったら見た目以上の力を発揮するらしい。
ちゃんと確認したことはないけど、力多分成人男性くらいの力はあるんじゃないかな?
怒りのままに力を振るったら、子供の癇癪程度じゃ済まないかもしれない。
「あの――」
と抗議の上げようとしたところ、慌てた様子で年配の兵士が割り込んできた。
「おおっと、うちの若いもんがすいませんね。ほら、お前も誰彼かまわず喧嘩売るんじゃないよ」
「でも、隊長――」
「見ろ。ちゃんと通行証と身分証を持っているだろう。少なくとも正規のルートで入ってきた人にはきちんと対応しろって言ってるだろう」
若い兵士は不満げながらも何も言わず、こちらを一瞥すると、そのまま他の入国者のところに向かって行ってしまう。
せめて謝れよと言いたかったけど、これ以上揉めてもまずそうだから、まだ話ができそうな兵士の隊長さんが出てきたことでよしとしておこう。
「すまないね。このところ、不法侵入や怪しいやつの出入りが多くて、あいつもピリピリしてるんだよ」
「最近なんかあったんですか?」
「最近っていうか、数年前に起きた戦争が原因だな。ここいらはまだ平和だが、前線の方が荒れているらしくて、たまに変なのがやってくるんだよ。……うん、通行証は確認した。行っていいよ」
そういえば、数年前に戦争が起きたんだっけな。
僕らがいるドーフェス王国が国境東側に接する国から宣戦布告されたと聞いていたけど、ここカシマ街もクーガ村も国の西側にあるからあんまり影響なくて忘れそうになってたよ。
なんせ新聞やテレビもないから、あまり情報も届いて来ないし。
あの若い兵士さんの対応はよくないと思ったけど、ピリピリする原因があるんだったらと納得することにしよう。
僕たちが軽く頭を下げて通り過ぎようとすると、隊長は頭をボリボリと掻きながら言った。
「あー、これは善意の忠告なんだが、この街はヒト族が圧倒的に多い。できたら君たち自身の種族については、あまり大っぴらにしない方がいいかもな。俺はどうも思っていないが、さっきみたいに悪く言われることもあるかもしれない」
「わかりました。ありがとうございます」
僕は隊長さんにお礼を言うと、今度こそ馬車を町の中へ進めて行った。
戦争の影響でやってくる変なのというのが、どういうものかはわからないが、こんな見るからにちっこいのまで疑わないといけないとか大変だね。
とはいえ、恥ずべきところが無くても、毎回人に会うたびに疑われても楽しくないので、忠告通りフードをかぶって耳を隠すようにしておく。
ココの方は大体いつも隠しているからいいだろう。
村では全く悪く言われたことがなかったけど、こんな差別があるとは、早速世間の荒波をを感じてしまう。
エルフ耳、かわいいと思うんだけど。
横をチラリと見ると、フードで隠れつつも、その瞳に剣呑な光を灯すココの姿が。
ここまでの旅で、ココは温和でほがらかな性格だと思っていたけど、やっぱり種族のこととか馬鹿にされたら怒るんだね。
そう思っていると。
「……あいつミューを馬鹿にした」
そうボソリと呟くココ。
どうやら自分のことの前に、僕についての亜人呼ばわりの方がお気に召さなかったらしい。
その視線は未だに後方の若い兵士に向けられていた。
「ミューに悪口言うなんて。……やっぱりあいつのところに行って、こう、えいってやってくる」
「いいよそんなことしないで。むしろ、僕はココが魔族って言われた方が悲しいくらいだよ」
「えぅ? 私は言われ慣れてるから大丈夫だよ」
「じゃあ僕も自分の悪口は気にしてないから問題ないね」
「ミューがそう言うなら……」
僕が宥めたことで、ココがようやくロックオンを外して前に向き直った。
えいってやるってなにをするつもりだったのか。
ココがポカポカと兵士の胸を叩いているところを想像してみる。
うん、これは和む。
もしそんな姿を実際に目にすれば、魔族なんておどろおどろしい呼び方もしなくなるかもね。
そんなちょっとしたトラブルを経験しつつも、やっと街中に到着だ。
門から正面は真っ直ぐ大通りが走っていて、その通りにはクーガ村では見たことのない石造りの建物が立ち並んでいる。
そして、その一番奥の丘の上にお城がひとつ。
遠くから見ると、こじんまりとしていると思っていたけど、こうやって入ってみると久しぶりに見る街という規模に、少しワクワクしてきた。
街の大通りには飲食物やら雑貨やら衣類やらの店がずらっと並んで、多くの人が出入りしている。
クーガ村にあった店なんて、村の職人の人が兼業でやってたものくらいだ。
ジェロのお父さんの大工さんに小物の作成をお願いしたら、数日後に作って持ってくるみたいな。
全員が身内みたいなものだし、外部からの観光客といったものがほとんど来ないので、店頭に商品を並べる必要がなかったのだ。
あとは定期的に旅商人が商品を売りに来るか、大人が街まで買い出しに行くか。
なので、こうやってお店が並んでいるのを見るだけで楽しい気分になる。
ウインドウショッピングが趣味の人の気持ちが初めて分かった気がする。この街にもウインドウはないけど。
馬鹿にしてごめんなさい。十分立派です。
ここから僕らの活動が始まるんだ。
僕は顔が緩むのを感じながら、ココに話しかけた。
「まずは何からしようかな?」
「わかんない!」
「なんか冒険者ギルド的なのってあるのかな?」
「ぎるど?」
「……」
「えぅ?」
小首をかしげてこちらを見るココ。
異世界に来たらこういう時、身近な人が色々教えてくれるものじゃないか、と思ったけど、極力他人と接してこなかったココに聞くのはお門違いというやつか。
僕もなんやかんやこの世界に来て長いけど、基本的には田舎者のおのぼりさんだからよくわからないし……。
そう思っていたところで、荷物に入れていたものの存在をふと思い出した。
「そうだ。まずは父さまから天空教の教会に行くように言われてたんだ」
「何しに行くの?」
首をかしげるココに、僕はきちんと説明しておくことにする。
「僕は元々成人したら、天空教で本洗礼を受ける予定だったんだよ。だけど、ヨミ様の信者になったからダメになったでしょ。だから、父さまが断り状を持たせてくれていたんだ」
ココはわかったのかわかっていないのか、ふーんと返事をする。
僕は知らなかったのだが、父さまは僕がクーガ村の神父見習いとして働きだした頃から、定期的にこの街の天空教会に報告をしたそうな。
この街の教会にはコンマスがいるので、僕がスムーズに本洗礼を受けられるようにするための準備だったらしい。
そんな状況で、何も言わずに天空教の本洗礼受けるのやめたとはできないので、父さまから貰った手紙の中には断り状が入っていたのだ。
あなたのところの神父になりませんよと、直接言いにいくのは気が重いけど、僕の決めたことなわけだし仕方ない。
とりあえずの目的地が決まったところで出発しよう。
なんか話が進まなかったので今日はもう一話あとで投稿します。