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第二十一話 がんばる白熊乙女

 パチパチと暖炉の火が揺れ、温かな火が部屋を包み込む。

 夜の(とばり)はクーガ村をすっぽりと包み込み、村人は皆、自分の家で身を寄せ合っていることだろう。

 こうして平穏な日々が戻ってくると、農業神の楽団によるアルスミサと宴会で慌ただしい日々が、まるで夢だったかのように感じられる。

 そんな穏やかさを享受するように、エルフとホビットという変わった組み合わせの夫婦は自宅の部屋の一室でくつろいでいた。

 レミアヒムはお茶を一口啜ると、また聖典に視線を戻し、ゆるりとページをめくった。

 そんな夫の様子に、横で編み物をしていたアンナがくすりと笑った。


「どうかしたかい?」

「いえ、あなたさっきから同じページを行ったり来たりしているんだもの」


 その言葉に、さっきから視線が上滑りしていることを自覚していたレミアヒムは、諦めたように聖典を閉じると、妻の方に向き直り言った。


「そういう君も、さっきから編んでる手袋は、男物にしては少し小さいんじゃないかい? 誰に使わせるつもりなんだい?」

「……あら?」


 アンナの方は、言われて初めて気づいたように自分が作っているものを見直すと、編む手を止める。

 二人はお互いに目を見ると静かに笑いあう。


「お互いまだ慣れないわね」

「まあな。だが、ミューが旅に出たのは正解だったと思うよ。あの子はきっとすごいことをしてくれそうな気がする」

「ココちゃんにあんなことしておいて?」

「すごいことをするのも命があればことだろう?」

「それはそうなんだけどね」


 そう言いながら二人は我が子と過ごした時間のことをゆっくりと思い返した。

 あの子は昔から不思議な子だった。

 駆け落ちした後、やっと居ついた村で産まれたミューハルトはとても体が小さく、初めての子育てということもあり、かなりの困難を予想していた。

 だが、蓋を開けてみればミューハルトは大人しい子で、特に三歳を超えたあたりから泣き叫んだりすることもなくなったのだ。

 子育てにおいては大いに助かったものの、よその子育てに関する村の者の愚痴を聞いていると、なにか問題でもあるのかと不安もあったりしたものだ。


「一時は感情が抜け落ちる病気か呪いかと心配したものだがな」

「でも、五歳になって外に出るようになってからは明るくなったわよね。やっぱりお友達ができたせいかしら?」

「その点は感謝しているが、あの三人からはよくない影響も大きかったと思うぞ。あの子らのしでかしたことで、何度寿命が縮む思いをしたことか」

「あら。あなたは十年か二十年縮んでも大差ないでしょ? それに、あなたはハルちゃん達のせいにしたがるけど、ミューも結構腕白だったと思うわ」

「確かにミューの発想力には驚かされることも多かったな」


 そう言いながらレミアヒムは苦笑した。

 遊びや料理や道具など、脈絡なく考えついては作り出す様は、普通の農村で生まれ育ったとは思えない非凡な才能を感じさせるものだった。

 なぜか本人はいつも出来上がりに不満そうではあったが。

 例えばマージャンというものはすごかった。

 レミアヒムは、賭け事という理由で村の男衆から内緒にされ、大事になったあとでマージャンの存在自体を知ったのだが、知れば知るほど奥の深い遊びに舌を巻いたものだ。

 村長のやつがミューに正座で説教をしたのはいただけないが、マージャン自体を禁止にしたことは正しいとさえ思う。

 あの堅物で有名な村の大工が、畜産やってるところの旦那に殴りかかったくらいなのだから、下手したらいづれ怪我人が出る。

『ポンで鳴きまくって、タンヤオのみの役で、俺のヤクマンを3回連続でつぶされた』というのは意味がよくわからないが、きっと大変なことだったんだろう。

 小さなこの村でここまで影響が出るのならば、下手な広がり方をしたら国の経済に影響が出かねない。


「あの子が神様に選ばれたと聞いた時も、驚きはしたけど、なんとなく納得しちゃったものね」

「あの子は音楽についても結構才能があると思うよ。昔、全く新しい曲を即興で作ったことあっただろう?」

「あれはいい曲と思ったんだけど、褒めたらそれっきり曲を作らなくなっちゃったから悪いことしたと思っていたわ。でも、神様に選ばれたということは新しい曲を作っていたのでしょうね」

「作曲能力もだけど、アンナが毎回鍵盤の配置をめちゃくちゃにして終了していたチアリュートもいつの間にかきれいに調整するようになっていたしね」


 チアリュートで発生する空中に浮かぶ光る鍵盤は、中枢の宝石を操作することで配置を変えることができ、それで音の種類や幅が変わる性質を持っている。

 そのことで色々な曲を奏でられることは便利なのだが、通常は慣れた配置で固定するものだ。

 一度変えた配置を元に戻すのは正確な音感と細かい操作をこなせる能力がないと難しい。

 この点で言うと、ミューは幼いころから両親の奏でる演奏で養われた耳と、前世のパソコン操作やら、今世での小物づくりで培った手先の器用さで可能としていたのだった。

 なお、この調整ができること自体は天才という程ではないが、少し教えただけでいつの間にかやっていたという事実は、親の欲目抜きにしても優秀な子という評価になっていた。


 アンナはレミアヒムの「めちゃくちゃ」という言葉に反応するとぷくーっと膨らませる。

 もう三十歳を超えてやる仕草ではないと思うが、見た目がいまだに若々しいアンナがやると可愛らしいのだから反則だ。

 レミアヒムはそんなアンナの様子に幸せそうに頬を緩めるのだったが、アンナは責められてると思ったのか言い訳がましく言葉を続けた。


「だって、気分が乗ると色々変えながらやりたくなっちゃうんだもの」

「なんとなくで演奏がまとまるのはすごいけど、アルスミサが安定しないから、きっちりしてくれた方が助かるんだけどね。ミューなんか鍵盤の配置は三種類だけど、音をぴたりと合わせてきてたよ」

「あの子はそういうところ妙に几帳面だったわね」


 おかげで毎日のアルスミサの開始が楽だったけど、これからは自分で調整をしないといけないという事実に軽くため息をつく。

 アンナも調整をやろうと思えばできるのだが、ミュー程は早く正確にはできないだろう。

 いなくなって再認識する息子の存在に思いを馳せながらも、それでも二人は、良し、と笑いながらいつまでも昔話に花を咲かせるのだった。

 そんな中で、ふと、アンナが視線をあげる。


「今頃、ミュー達はどこら辺にいるのかしら?」

「まだ街にはついていないんじゃないか? 街道沿いにはキャンプできる場所が点在しているから、そこで野営でもしているだろう」

「あの子ココちゃんと仲良くやれているかしら?」

「大丈夫だろう。ミューは人に気を遣うタイプだし、ココちゃんもミューのことは大切に思っているし。……ふふっ」


 何かを思い出したように笑い出すレミアヒムに、素早くその内容を察して、アンナはたしなめた。


「やっぱりあれはどうかと思うわよ」

「いやいや。下手に出だしからギクシャクなっても困るだろ? いつかは分かることかもしれんが、私たちの口から言う必要もあるまい」

「……この過保護。親馬鹿」

「はっはっはっ!」


 呆れた夫の姿を横目に、アンナは宙を見つめ旅立った子供たちに思いを馳せる。


(がんばってねミュー、ココちゃん。そして、ごめんね。できるだけこじれる前に早く自分たちで気づいてね)


 * * *


「くしゅん!」

「ミュー寒い?」

「ううん。毛布もあるから僕は大丈夫。ココの方は寒くないの?」

「私は大丈夫だよ。あったかいのは好きだけど、寒さにはむしろ強い方なの」


 まあ白熊だからそうだよねと納得したようにうなずくミュー。

 ミューが馬車の中で毛布のお化けみたいにくるまっているのに比べると、ココはマント一枚の割には平気そうな様子である。

 ミュー自身としては今のところ特段不調は感じていなかったが、たかがくしゃみと侮ってはいけない。

 道中の風邪は命に関わりかねないと、毛布を深くかぶり直すミューだった。


 季節は冬の時間は夜。風が絶え間なく寒気を運んできて、昼間の陽気などとうの昔に奪い去られてしまっている。

 雪こそ降りはしていないものの、季節のせいか、街路沿いのキャンプ地には自分たち以外には人の姿はない。

 獣除けに焚いている薪の炎が照らす数メートル先は闇に包まれており、ミューとしては心細さを感じてしまう。

 村を出てから既に何回かはこうして野営をしてきたのだが、未だに外で寝ることに慣れていない。

 あちこち旅をしてきて、野営にも慣れているココがいなければどうなっていたことかと思っていたところだった。



「あと少しで街に着くね。着いたら何からしようかなあ」

「歌うんじゃないの?」

「それはそうなんだけど、アイドルデビューするなら、ライブの場所とか宣伝とか色々しないといけないことは多いんだよね。その前に練習とかもしないとだし」

「えぅ……。よく分からないけど、全部ミューの言うとおりにするよ!」

「頑張って考えるよ」


 ココの期待に負けないように頑張ろうと、ミューはココのキラキラした目を見ながら思うのだった。

 そんな取り留めもない話をしているうちに、ミューが次第にうつらうつらしてくる。

 ココはそんなミューの様子を気遣うようにして声をかける。


「ミューはもう寝ていいよ。少し見回りをしてくるから」

「いつもありがとう。でも、無理しないでね。危なそうだったらすぐ逃げるんだよ」

「まかせて! 私、鼻も耳もいいから!」

「うん。それじゃあおやすみ」


 最初の頃こそ夜の見回りを女の子であるココ一人に任せることに抵抗があったミューだったが、獣人特有の優れた耳と鼻があり、その能力は楽団にいた頃も同じように活用していたと聞けばお願いするほかない。

 その代わり日中の馬車の運転はミューがやっているので、今では役割分担と割り切っていた。

 ミューが馬車の荷台の中に毛布と一緒に潜り込んでいき、ほどなくして静かな寝息が漏れ出す。

 ココはその寝息が聞こえ始めたところでそっと忍び寄ると、ミューの寝顔を覗き込んだ。

 不意に、そーっとその頬に指に伸ばし始めるココ。

 寝息に合わせてわずかに動く顔に指がちょんと触れると、すべすべで柔らかいものに沈み込みそうになり、慌てて指を引っ込める。

 そして、頬に触れた指を見つめて、「えへへ」と嬉しそうに微笑んだ。

 傍から見ると微笑ましいといえる光景なのだが、ココの内心に吹き荒れる心情はそこまで平和なものではなかった。


(かわいいようミューちゃん! やわらかくてとってもきれい! わーい、わーい、ひゃっほう! なんかいいにおいするー!)


 一歩間違えれば変態か思春期男子のような心の声だったが、それは間違いなくココの思考である。

 いつもほがらかでのんびりしており口数も多い方ではないので、ミューは全く気付いていなかったのだが、ココのミューに対する好感度というものはかなり振り切っているものがある。

 あまりココ本人は気にしてはいなかったが、楽団内でのココは、魔族と呼び蔑まれるか、扱いに困る道具程度にしか思われていなかった。

 そこに、自分を怖がらず、それでいて非常に可愛らしく、自分の友達で、なおかつ夢を叶えてくれるものとして一緒に旅しているのだ。

 結果、元々人生経験の薄かったココの心理的なウエイトは、あっという間にミューがほとんどを占めることになったのも無理はない話だった。


 そんなココは、ミューを起こさないように、リビドーが口からあふれ出すのをぐっと我慢して身を引く。

 そして、ひょいっと馬車から飛び降りると、事前に言っていた通り、見回りをするためキャンプ地周りを駆け出して行くのだった。


 その演奏する姿を見たとき、これが神様なのかと思った。

 月明かりが照らす教会はほの白く染まり、楽器の光る鍵盤は妖精がダンスしているかのように一人の子供を照らし出していた。

 その子はどこまでも白く透き通るようで、そして簡単に壊れてしまいそうに見えて。

 なんでも壊すくらいしか能がない自分に比べると対極の存在だと思ったのだ。

 そして、聞いたことのない旋律は四方八方に飛び跳ねながら、私の耳を通り抜けた時、心が奪われたと感じた。

 その子は実は人間だと知り、自分のみすぼらしい姿と比べてちょっとへこみもした。

 でも、そんな憧憬に身を焦がしそうな子が自分の友達になってくれると言ってくれた時、私は本当に嬉しくて、初めて神様に感謝した。

 そして、それが自分の所属する楽団がまた次の村に移動することになれば終わってしまうと思うと、この瞬間に死ねたら幸せなのにと、本気で思った。

 でも、こうして旅が続いている。

 神様ヨミ様ありがとう。


 それがココにとってのミューとの出会いだった。


「えぅ、えぅ、えぅ~♪ えいっ!」


 ココはキャンプ地を駆け抜けつつも、エクストラを発動して手足を獣のそれへと変える。

 凶悪で凶暴で。楽団の皆と距離を作ってしまうそれを、ココは正直嫌っていた。

 だが、こうしてミューを守るための必須能力となっただけで、大事なものと思えるから不思議なものだ。

 ココは変化させた手を振るい、手近にあった幹に爪で傷を入れた。

 それをすると、獣が寄ってこないと団長に教わった技だった。

 実際のところ、ココの種族が住むのは氷に覆われた地域のためこのような習性はないのだが、弱い野生動物はこの跡を残しておくと警戒して近寄ってこないから便利である。


「早く帰ってミューの寝顔をもっと見ようっと~♪ えいっ!」


 そんな鼻歌交じりで木に傷をいれていると。


「えいっ! って、わわっ!」


 勢いをつけすぎたのか、弱っている木だったのか、めりめりっという嫌な音とともに、一本の木があっけなく倒れてしまった。

 その力を見れば、脆弱なヒトであれば恐怖を覚えずにはいられないだろう。

 なんせ、人間の胴体と樹木を比べたら、相対した時の結果は推して知るべし、といったところである。

 だが、ココはそんな木を見ながら思うことは、やっちゃった、しょうがないから薪として持って帰ろうかなといった程度なのだからお気楽なもの。

 そんなことを考えつつ木に近づくと、草が揺れるものとは違う音や、わずかな異臭を感じ、ぴたりと立ち止まる。

 自分で言っていたとおり、ココの種族は嗅覚や聴覚が本当に鋭い。

 本人は知らないが、その感覚は、故郷では氷の下に潜む獲物を発見するほどのものなのだ。


「グルル……」


 折れた木の中から姿を現したのは、小さな緑色の人影。

 手には尖った木の枝を握っており、黄色く濁った瞳が油断なくこちらを見据えている。

 物音や異臭を感じた原因、それはゴブリンと呼ばれる魔物だった。

 ここにミューがいたら、「定番だー!」と大喜びしたのかもしれないが、幸か不幸か馬車と若干距離があり、起きてくることも見に来ることもなかった。

 ゴブリンも一応は人間に近い形をしているものの、その知能は低く、力は弱いが凶暴であるため、この世界では人間扱いされない魔物の一種とされている。

 ゴブリンは普段なら洞窟や森などに集団で暮らしているのだが、こうやって単独で活動するハグレと呼ばれる個体なのだろう。

 様子から見るに、木の上で休息していたところ、ココが木ごとなぎ倒してしまったため、慌てて臨戦態勢に入ったというところか。

 知能は低いとはいえ、道具を使う程度の頭はある。

 たかが木の枝とはいえ武器を持ち襲い掛かってくれば、当たり所によっては当然命に関わる。

 だが、ココはそんなゴブリンの姿を認めると、ふーっと息を吐いた。


「ゴブリンかぁ……。びっくりした。木の上とはいえ、魔物に気付かないなんて油断しちゃったね」

「グキキ!!」

「私から落としたのは悪かったけど、このまま放置してミューのところにいってもまずいよね……。よし、潰しとこ」


 普段のぽやぽやした態度のまま、冷徹な決断を下す言葉を放ったココ。

 そう決めるや否や、その体は矢のような勢いでゴブリンに迫った。


「グギャア!?」


 何が起きたか理解できていなかったゴブリンだが、目の前にいた存在には十分に警戒しているつもりだった。

 しかし、自分より大きいとはいえ人間の子供くらいの大きさの生き物が、一直線に襲い掛かってきたことで虚を突かれたのは確かだった。

 逃げるか戦うか。

 一瞬の迷いから下した決断は、とりあえず突っ込んできた相手目がけ木の枝を突き出すといったもの。

 それは、このゴブリンの命運を決める悪手となった。

 ココが自分に突き出された枝に対し、薙ぎ払うわけでも躱すわけでもなく、無造作に手を突き出す。

 それなりの鋭さと太さを持っていたはずの枝であったが、その手に触れただけであっさりとへし折れてしまった。

 そのエクストラが生み出す獣の腕は、鋭い刃物ならいざ知らず、木の枝程度では痛痒も感じさせることはない。


「えいっ!」


 先ほどの木の幹に傷をつけるような要領で手を振るう。

 それが人体にあたったらどうなるのか?

 その結果がこれだ。


「グビィ!!」


 そんなあっけない断末魔をあげてゴブリンの命が潰えた。

 顔の皮膚や筋肉をめくりあげながら爪は切り裂いていき、首は殴られた勢いで、ありえない角度まで回転する。

 首のへし折れる音は、木が折れる音よりかは小さかった。

 まず、回転した首がだらりと力なく垂れ下がり、そして続けて体も大地に倒れ伏す。


「えぅえぅえぅ~♪」


 あっさりと駆除できてご機嫌なココは軽く手を振り、手についたゴブリンの血肉を軽く振り払う。

 そして、その大きな手でやおら土を掘り返し始める。

 あっという間に大きな穴が出来上がると、そこにゴブリンの死体を蹴り落とし、さっさと埋め戻す。

 別にゴブリンを埋葬するとかいう、感傷や慰霊の気持ちの行動ではない。

 純粋に血の臭いで他の魔物が来ないようにという配慮だった。

 それは、農業神の楽団時代、道中で何度もやってきた行動だった。

 役にはたっていた反面、その圧倒的な力のせいで団の皆から恐れられていたわけだが、ココはもう気にしない。

 だって、ミューがこの腕はモコモコでかわいいと言ってくれたのだ。

 他の有象無象がなんと言おうと、それをミューのために振るうことになんの躊躇もない。


「さて、戻ろう!」


 そう言いながらココは馬車へと戻っていった。

 鋭い耳と鼻はミューが静かに眠っていることをしっかり捉えていたが、やっぱりかわいいミューは見るのが一番楽しい。

 ミューのお父さんがあんなにミューを守ることに必死になるのも頷ける。

 自分を試すために蔦で軽く押さえつけてきた時はちょっと驚いたけど、もし自分が同じように誰かを試すなら、蔦じゃなくで木の幹で殴っていたかもしれないからむしろ優しいとも思えた。

 もう絶対に離れる気はない。

 そして、ミューの両親にその時に言った言葉をゆっくりと反芻した。


「ミューは初めて友達になってくれた女の子(・・・)。私の女神様。命に代えて守るからね!」


 そう力強く言うと、ココは夜道をかろやかに駆け出すのだった。


 ミュー自身は自分が小さく声変わりもしていないので女の子に間違えられることがままあるという自覚はあった。

 それはエルフの父親譲りの顔つきが、まるで女の子みたいとお世辞交じりか、からかい半分で言われる程度であり、ココを含め、普通に男性と認識されているものと思っていたのだった。

 しかし、ここにミューの勘違いがあった。

 エルフという種族は基本的に薄めの端正な顔つきが多く、そこに男女差はあまりない。

 なので、声や体格や、あとは男の方がやや面長になるというところで見分けるしかない。

 その点で言うと、エルフ顔でなおかつ母親譲りの小さな体格のミューは、ありとあらゆる種族から男と認識してもらうことが困難であった。

 ヒト族の住む小さな村で顔見知りに囲まれて暮らしてきたミューは、そのことを全く気付いていないのだが、ある意味で無理もない話である。

 ついでに言うと、両親が言う可愛いという言葉を親バカの一種としか認識しておらず、女顔でからかいそうな同世代をハルが片っ端からシメていたせいで自覚が持ちにくいというのも原因だろう。

 あと、ミューは農業神の楽団には、団長を含め数人に自分が男であると言っていたので、ココを含め全員が知っているものと思っていた。

 しかし、ココは楽団員とはほとんど会話をせず、また、そういう話題を聞ける宴会の時間帯はミューと遊んでいたため、偶然にも知ることがなかったのだった。

 かくして、ミューの知らないところでちょっとした認識のずれが発生したのであるが、今のところそれに気づいているのは、出発前に気づいたミューの両親だけ。


 ココは一瞬、エルフの高笑いとホビットの嘆息が聞こえたような気がしたが、きっと気のせいだろうと思って友人の眠る馬車へと走るのだった。

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