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第二話 振り返って、前世

 物心がついて数ヶ月が過ぎた。

 異世界に生れ変わったのはいいけど、赤ん坊の体のせいでやることがないし、できることがない。

 せっかくの異世界だし色々調べてみたいのは山々だけど、今の自分にわかることは、エルフとホビットの間に子供ってできるんだなーということくらいだ。

 ……ん?

 となると僕はエルフとホビットとのハーフということになるよね。

 手を恐る恐る耳に伸ばしてみる。

 両親の会話でわかっていたけど耳が長い。

 そして、ちょっと力を入れると耳がピコピコと動いている。

 エルフ耳だよ、エルフ耳!

 ちょっとテンション上がってきた!

 あれ? でも母はホビットだしホビット耳というのかな?

 なんてどうでもいいことをつらつらと考えていると、母がやって来た。


「はい、ミュー君ごはんにしようね」


 悩んでいるのをお構いなしに母は僕を抱き上げて、食卓のある部屋につれて行く。

 台所がすぐ横にある、俗に言うダイニングキッチンというやつだ。いや、定番の中世ファンタジー風のおうちでそんな区分はないだろうけど。

 あまり広くはないけど物が少ないせいかすっきりしていて雰囲気はいい。

 数ヶ月過ごして気づいたのだが、この家は広くはないけど、部屋数は結構あるようだ。

 木造の床や壁は隙間も破れもないし、どの部屋に行っても片付いているし、この世界の文明レベルがどんなものかわからないが、ここは結構いいとこの家なのかもしれない。

 生まれ変わるならまた日本がいいなと前世で考えたことはあるけど、少なくとも現時点を見る限り、いきなり貧困に喘ぐような生活はせずに済みそうで一安心ではある。

 美形の両親ということも合わせると、僕の運もなかなか捨てたものではない。


 それはともかく、台所には既に父が座っており、ごく普通のパンと野菜スープとサラダという朝食をとっている。

 野菜やパンの細かい種類は変わっても、全体的な構成が変わったことがないいつものメニューである。

 母は僕を父に預けると、僕の分の朝食を用意し始めたようだ。


「ミューは3歳でも小さいままだなあ」


 父は僕のほほをぷにぷにと指でつつきながら母にそう話しかける。

 その言葉に、そういえば自分がいくつだったのか特に認識していなかったことに気づく。

 物心つくまでの時間経過は、記憶がぼんやりしていてあっという間だったような気がしてたけど案外経っていたようだ。

 にして3歳でハイハイもできないというのは少し遅くないだろうか。

 子育ての経験はないけど、3歳くらいって既に歩けるものじゃないのかな。

 なにかの病気だったら異世界ファンタジーどころではない。

 そんなことを考えて少し焦っていると、母は笑いながら父に返事をした。


「3歳になってもこの成長速度ってことは、この子はエルフの血が濃いのかもしれないわね。ホビットだったらもうとっくに歩いているわ。それにしても、エルフの血が出ているにしたって成長が遅くないかしら?」

「かもしれないね。エルフだと、年をとるのはゆっくりだけど、もう少し体重は重いかもしれないね」

「体格はホビット寄りってことかしら? 絶妙な両方取りで大変な人生になりそうね」

「何を言っているんだい! 小さくたっていい。いやむしろ小さいほうがいいさ!」

「あなたは昔からそうね」

「うむ。小さいことはいいことだ。エルフなんてひょろひょろと背丈ばかり大きくてまるで可愛げがなくていけない。その点、ホビットは君みたいに大人になっても皆小さくて可愛らしい。私は妻と子供がずっと可愛らしくいてくれるなんて幸せだよ」

「はいはい。パパは馬鹿ですね、ミュー君。はい、ご飯よ」


 後半の父の特殊性癖の暴露はともかくとして、僕の成長に大きな問題がないなら、なによりだけど。

 そんな会話をしているうちに、母が僕のご飯であるドロドロとした離乳食を持ってきてくれた。

 なお、犯罪の臭いがすると思っていた父と母の組み合わせは、話の端々から察するに、母がホビット基準では立派な成人女性であるようなのでセーフらしい。

 そしてもう一つわかったことは、そんな母の血を受け継ぐ僕もどうやらあまり大きくはなれないらしい。

 前世もあまり身長が高くなかったことが結構コンプレックスだったけど、それは生まれ変わっても続きそうで残念だ。

 ともあれ、今はいっぱい食べて少しでも大きくならねば。



 前世。

 食事も終わりベビーベッドに横たわりながら、その言葉をゆっくりと反芻してみた。

 この世界に生まれてもう3年。物心がついて数ヶ月。深く考えてこなかったのだけど、前世で死んだからこそ僕は生まれ変わったわけだ。

 本当はもっとそのあたり突き詰めるべきだったのかもしれなかったが、異世界の方に興味津々で振り返ることもなかったなあと思った。


 僕は日本で暮らすごく普通の男性だった。

 名前は――まあ、そこはいいか。どうせもう呼ばれることもないし。


 その時の家はどちらかと言えば貧しく、その割には父も母も厳格で、家の中はいつも重苦しい空気だった。

 小、中学生のころは、ゲームも買わない、テレビではN○Kしか流さない、口を開けば「勉強しろ。もっとがんばれ」しか言わない両親の教育の甲斐あってか、僕は非常に面白みのない友達の少ない根暗へと成長していった。

 正に灰色の青春時代で、その頃何をしていたか記憶はあまりない。いや、正確に言うと、思い出すほどのエピソードがほとんどない状態だった。

 その頃に犯罪を起こしていたら、ニュースで同級生に「きっとやると思っていた。無口で何を考えているかわからない感じだった」と言われる違いないだろう。


 そんな僕の人生を大きく変えたのが高校1年生のある昼休みのことだった。

 お昼の放送といって、放送部員がお昼休みに好きに音楽を流す時間があったのだが、そこで僕的には衝撃の出来事が起こったのである。

 いつものとおり一人教室の隅でお昼ご飯を食べていると、学校のスピーカーから耳に飛び込んできたのは脳みそを揺さぶるような曲だった。

 めまぐるしく変わるテンポ。

 曲に対して明らかに詰め込みすぎな歌詞。

 そんな歌をかわいらしい特徴的な女性の声が一生懸命歌っている。


 何事に対しても斜めに構えて僕に初めてと言ってもいいほどの衝撃が走った。

 かわいい。なんかすごい。なんだこれは。

 それは僕の人生にとって数少ない感動の瞬間だった。

 それは、どこにでもいるお調子者で行動力のあるオタクの放送部員が流した、電波系と言われるアイドルユニットの曲だったらしい。

 彼はそのあと先生にしっかり怒られたのか、そういった類の曲が昼休みに流れることはなくなったが、僕はそのたった一曲で覚醒してしまったのだ。

 そう、覚醒だった。


 その後の行動力はそれまでの根暗な性格からは考えられないものだった。

 その時の僕は携帯を持たせてもらえず、パソコンも家には父親の仕事用のしかない情報原人っぷりで、興味があっても調べることも、ましてやYouTubeとかで聞くことさえもでままならない状態。

 そんな僕のとった行動は、クラスのオタクっぽい見た目のやつに片っ端から聞いて回るというものだった。

 誰とも話さない存在感ゼロのクラスメイトが突然すごい勢いで話しかけてきたらかなり驚くか引くかと思うのだが、たまたまクラスにそのアイドルグループが好きなやつがいて意気投合。

 そいつもかなりの奇人だったと思うが、少なくとも同志になる人間には優しく導いてくれたものだった。


 それから僕はそいつを中心にオタクグループに居場所を見つけ、情報原人のハンデキャップを背負いつつも、いや、逆にそんな環境だったからこそ一心不乱にのめりこんでいった。

 漫画やアニメを親に隠れてこそこそと見るのも楽しかったし、初めてできた友達と語り合えることに興奮していたのもあったのだろう。

 親に隠れてゲームセンターとかにもよく入り浸ったけど、音ゲーや格ゲーなどはなかなかの腕前だったと思う。

 そして、オタク街道一直線に突き進んでいった僕の興味の中心は、徐々にアイドルや声優といった、かわいらしく歌をかわいく歌う存在に向けられていった。

 それこそ、卒業後の進路にアイドルプロデューサーと言ってしまう程度には血迷っていたように思う。

 今にして思えばバカというか無謀というか。若さと無知って怖いね。


 当時はそれ以外ありえない、天からの導きぐらいに思っていたのだが、両親が前時代的な堅物だったにも関わらず、喜々として話したのがその後に続く失敗の第一歩だった。


 当然ながらそんな進路に反対して怒鳴り散らす父親に嫌気が差して、東京へ夢見て飛び出すなんてベタなことをしてしまい、片っ端から芸能事務所に突撃しまくっていたのが失敗の二歩目。

 今にして思えば高校のころのあっさりと友達ができたという成功体験を引きずって、きっと何とかなると思っていたのだろう。

 しかし、現実は甘くない。結果は言うまでもなく全滅。

 そこであきらめて実家に帰っていれば、黒歴史の一つを抱えて、つつましく生きていくことも可能だったかもしれないのだが、あきらめきれず、聞いたこともないような芸能事務所にも突撃しまくったのが失敗の三歩目。

 そこで雑用みたいな立場ではあるが採用されることになってしまったのだ。

 その時は天にも昇る気持ちだったが、今にして思えば、田舎から出たばかりの世間知らずのガキを雇うのがまともな会社なわけがなかった。


 踏み出した四歩目は既に墓穴に突っ込んでおり、後は地獄への急転直下コースだった。

 僕が就職したのは芸能事務所とは名ばかりで、夢見て出てきた若者を食い物にするという典型的な悪徳詐欺企業であったのだ。

 アイドル志望の女性なら絞れるだけ絞って最終的には風俗行きといったところだろう。

 僕の場合は、バイオレンスの嵐と甘言の二重奏できっちり洗脳された上で、怪しい労働のつかいっぱしりとなった。


 愚かで社会経験の浅い僕は、いつかは事務所にいる女の子たちをプロデュースできると言われ、あっさりと信じてしまったのだ。

 最期あたりには、明らかに業務とは関係のない、かなりきわどいこともやらされていたと思う。

 あの紙袋とか、あの連絡先ってよく考えると……いや、やめよう。もう過ぎたことだ。

 普通に考える余地もなくおかしいのだが、夢見る世間知らずの若者だった僕はそんなことを視界に入れずに突き進み続け、騙されたと気づいたのは社長が闇金から大金を借り、一体どうやってか、僕にその借金を押し付けて消えた後のことだった。

 柄の悪い男たちに連行されたその後は、……思い出したくもない。

 数年後にそこそこの若さで死んだという事実だけで十分だ。


 どんな会社でも3年は勤めろというけど、物理的に死んでしまったら意味がないよね。

 振り返ってみると失敗の連続で碌な終わり方じゃなかったが、こうして生まれ変わったのは不幸中の幸いと言える。

 体や心を壊していた、悪徳会社時代。

 もう二度と後悔はしたくない。僕は二度目の人生できっと成功してみせる。


 なにを成功するのかって?

 それは死ぬ瞬間に一番強く思ったことだ。

 最期に思ったことは家族に謝りたかったとか、彼女が欲しかったとかそういったものではない。

 それは「本当にプロデーュサーになって、アイドル育てたかったなあ」ということだ。

 この世界がどんなところかわからないし、僕が知るようなアイドルがこの世界にあるとは限らないけど、きっとやり遂げてみせる。

 やってやるぞ!


「やー!」

「あら、あなた。ミュー君が何か言ってるわ」

「元気いっぱいだな」


 とりあえずがんばって大きくなろう。


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