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第十九話 親馬鹿の魔の手

 ミューが部屋を出たのを見届けるとレミアヒムは「さて」と言ってココに向き直った。


「君の身分の話だが、それについては心配はいらない。君のことはマルク、ああ、君のいた楽団の団長のことだが、に話を聞いている。特に養子縁組しているわけではないみたいだし、楽団員としての登録をされていないただの雑用だ。となれば、君が出ていくと言って、それを止められる理由はない。もしごねるようなら私が黙らせる。以上だ」

「は、はい」


 もったいぶっていた割には、あっという間にココの身分の話を片付けたレミアヒムに、目を白黒させるココ。

 しかし、レミアヒムはそんな事は些事だと言わんばかりに。


「さて、それで本題だ」


 と、手を顎の前で組むと、身を乗り出すようにして、ココに視線を向けた。

 先ほどミューに向けていたような優しげな笑顔であるが、心なしかその目の奥が笑っていないのは気のせいか。

 ココは野生の勘か、そんな微妙な空気の変化に体をこわばらせた。


「知っていると思うが、ミューはかわいいんだ」

「え、えぅ?」


 一体なんの話だろうと思いつつもとりあえず頷くココ。

 この場にミューがいれば、全力で父親につっこんでいただろう。

 さっきの尊敬の念を返せと。


「その可愛さの一つはあの小ささにある。君とは同じ年だったかと思うが、ミューは小さいだろう?」

「う、うん。最初はもっと年下かと思ってたよ」

「小さいものはかわいい。かわいいが、その見た目通りミューはか弱いと言っていい。外で遊びまわったり、自分で考えたらしい謎の鍛錬を行っていたおかげで体力はついたみたいだが、それでも力は見た目相応だ」

「はあ……」


 ココの脳裏に浮かぶのは、普通に握りしめただけでも砕けそうな小さな友人の姿。


「そんなミューが旅に出ると言って、親としては嬉しい反面、とても心配なのだよ。わかるね?」

「な、なんとなく……?」

「いつもミューと一緒にいた三馬鹿は、馬鹿だがどこでも生きていける力はあったから、彼らと行くなら、それはそれでいいと思っていた。しかし、君と行くとなった時、ミューは大丈夫なのだろうかと私は思うわけだよ」

「ミューは私が守るよ!」


 レミアヒムの、ミューは大丈夫のなのか、という言葉に反応し、立ち上がって大声を出すココ。

 そんなココの言葉にレミアヒムは慈しむような優しい微笑みを浮かべる。

 そして、レミアヒムは立ち上がり、部屋の中にある観葉植物をそっと撫でながら鼻歌を歌い始めるではないか。

 その突然の行動に不信がるココであったが、顔色を変えたのは今まで静かに聞いていたアンナだった。


「あなたっ!?」

「アンナは少し黙ってて。ココちゃん。ミューを守るというなら、その力を見せてほしいな」


 そして、レミアヒムの口から静かな旋律が迸る。

 それはココにとっては聞いたことのない音楽だった。

 透き通るようでいて、それでいて深い声は、とてもココには真似できないような複雑な音階を正確になぞっていく。

 すると、聞き惚れる間もなく、その部屋に変化が現れた。

 レミアヒムが撫でていた観葉植物から肉食動物を思わせる鋭さで植物の蔦が伸びたかと思うと、見る見るうちにココの四肢に絡みつき、締め上げ始めるのだった。

 ココは驚きながらも振り払おうとするが、その力は予想以上に強く、思うように身動きが取れない。


「えぅ!?」

「村の一歩外に出れば危険な魔獣はごろごろしている。例えばこんな風に襲ってくるやつもいるだろう。そんな時君はどうするんだい?」


 レミアヒムは微笑みを崩さずにそう言った。

 その突然の事態に驚いているのはココだけではなく、妻であるアンナも立ち上がり、レミアヒムの腕に縋り付いて言った。


「あなたやめて!」

「アンナ。別に怪我させる気はないよ。ただ、こんな状況を乗り越えられないならミューは守れないって言いたいだけさ」

「だからって……。そんなことをしてどうするつもりなの? ミューに旅に出るのを辞めろって言う気?」

「そんなことはしないさ。でも、そうだね。私も後ろからそっとついていくのはどうだろう? 私の弓の腕なら気づかれない程度に離れていても守れるよ」

「馬鹿言わないで!」


 過保護もここに極まれり。

 馬鹿言わないでと言われたレミアヒムは、心外だなと言わんばかりにむっとした顔をする。

 その顔にははっきりと「本気」の二文字が刻まれていた。

 その表情が、自分を連れて駆け落ちすると言い出した時と重なって見えたアンナは、がっくりと肩を落とす。

 普段は自分が家庭内の主導権を握っているし、自分の言うことなら大体聞いてくれる夫であるが、こうなった時の意思は非常に固いということを嫌というほどアンナは思い知っていたのだ。


(ああ、ごめんなさい、ミュー。あなたの馬鹿な父親はあなたかわいさに息子の旅についていくと言い出しました。でもきっと、すぐに隠れることもしなくなるでしょう。いっそここで殴ってでも止めて――)


 アンナがそんな決意を固めようとしていると、ココが自分の腕を見ながら言った。


「えぅ。これをどうにかしたらミューと旅に出ていいの?」

「できるならね。でもこうなったら――」

「わかった。せーの、えいっ!」


 ココの掛け声とともにその四肢は膨れ上がり、みるみる間に毛におおわれた獣のそれへと変貌する。

 その膨張に蔦は抗しきれず、かろうじて千切れずに済んでいるものの、ぎちぎちと音を立てた。


「えいっ!」


 もう一度気合を入れて、手をぶんと振る。

 すると、たいした力も入れていないように見えたが、蔓はあっけなく切れたのだった。


「ちっ! 獣人のエクストラか! ならば――!」


 そんな事を言いながら、大人げなくも再び旋律を歌い上げはじめるレミアヒム。

 その声に反応し、鉢植えからは再び蔦が湧き上がったのだが。


「えぅ!!」


 鎧袖一触。

 再び伸びてきた蔦を今度は巻きつく前にその鋭い爪で切り裂くココ。

 伸びてきた蔦は、数もスピードも驚異的という程ではなかったが、時間差で多角的に襲い掛かってきたそれを一瞬で迎撃する姿はその外見に似合わず機敏で的確だ。

 ココはそのまま一歩踏み出すと、鉢植え自体を大きな手で上から一気に叩き潰した。

 そして、粉みじんになった鉢植えから飛び出した植物は、空中でココの爪に切り裂かれることで今度こそその動きを止めたのだった。


「壊しちゃってごめんなさい。でも、これでミューと行っても問題ないよね?」


 そんなことを言うココの表情には、怒りなどは全くなく、あくまで試されたことを乗り切ったという喜びだけが見える純粋な笑顔が浮かんでいた。

 そんな無邪気な笑顔を前に、流石の親馬鹿、いや馬鹿親のレミアヒムもぐっと呻く。

 なんせ、完膚なきまでにこちらの不意打ちを余裕で乗り切ったのだ。

 しかも、攻撃の起点だった鉢植えを躊躇なく叩き潰した判断力と決断力。

 問題があるはずがない。

 問題あるはずがないが。


「なるほど。確かに君の実力はわかった。しかし、私の本領は、楽器も用いた先ほどよりも強力な技と、弓での正確な狙撃の組み合わせ。それを乗り切ってから――」

「いい加減にしなさい!」


 尚も食い下がろうとするレミアヒムの言動に遂にキレたアンナは、全力でレミアヒムを引っぱたいたのだった。

 それこそ死角からの強烈な一撃にそのままうずくまるレミアヒム。

 そして、アンナはようやく目線が低くなったレミアヒムに説教を始めた。


「もう十分大丈夫ってわかったでしょう! それに自分の体のことも考えなさい!」

「ごめんなさい。もう無理しないから許してください」

「あなたはミューを守りたいの!? それとも付いていきたいだけなの!?」

「ごめんなさい。本当はついていきたいです。」

「いい加減に子離れしなさい! 教会はどうするの!」

「ごめんなさい。あんまり考えていませんでした」

「この馬鹿!」

「ごめんなさい。馬鹿でした」


 その後もクドクドと説教が続き、遂にはココがなぜか涙目になり始めたところで、ようやくアンナはココに向き直った。


「ごめんなさいね、ココちゃん。うちの馬鹿夫が暴走して」

「え、えぅ……。いえ、ミューが心配なのは分かるから……」

「この人は私が押さえておくから思う存分行くといいわ」


 すると、正座しながらもぐったりとしていたレミアヒムは、ふらふらとアンナに近づくと、ココに聞こえないように耳打ちする。


「でもアンナさん。ミューが女の子と二人きりなんてまずいと思うんですよ」

「別にいいじゃない。私を連れ出して二人旅をしたあなたが言う?」

「それはそうなんですけど……」


 レミアヒムはココの方を見ると、恐る恐るといった様子で尋ねる。


「ココちゃん。君はミューのことをどう思っている?」

「ミューは私に歌っていいって言ってくれた大切な友達だよ」

「いや、その、恋愛的な意味で……」


 その言葉に首をかしげながら、ココは率直な胸の内を語る。

 最初は眉を(ひそ)めながらココの言葉を聞いていたレミアヒムは、次第ににんまりと笑うと大きくうなずく。

 それに反比例するかのようにアンナは困った表情になったのだが。


「なるほどなるほど! よし、ココちゃん。君にミューを任せよう。その調子で二人で楽しく旅に出てくれたまえ!」

「ちょっとあなた。これは……」

「なあに。いずれわかることだろうし、私たちが言うことではないだろ?」

「いや、でも――」

「いいからいいから」


 レミアヒムが必死にアンナをなだめすかしながらココに部屋を出るように促した。

 これにて、ようやく長い夜が終わりを迎えた。

 紆余曲折はあったものの、これでようやくミューハルトとココは旅に出ることを認められたわけだ。

 後にミューハルトはこの時の話を聞いて、大いに愕然とすることになるのだが、それはまた先の話である。

気づけば初めての評価とブックマークが入っていてめちゃくちゃ嬉しいです。

入れてくれた人はありがとうございますm(_ _)m

なんとなく前話から投稿時間を朝9時にしてみましたけど、おすすめがありましたら教えていただけると助かります。

あと、活動報告も書きました。時々書く予定です。

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