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第十二話 新たな仕事と出会い

 このクーガ村にも一神様(いちがみさま)の日が迫る12月が訪れていた。

 作物が刈り取られた田んぼは、霜が立ち、寒々とした光景が広がる時期。

 日本とは違うくっきりとした青空と白っぽい大地のコントラストがきれいで、僕にとっては好きな風景だったが、今はそのだだっ広さに寂寥感を強く感じる今日この頃。


 3人の幼馴染の家出が発覚した時には、それなりに大騒ぎになったものだが、今はすっかり落ち着いている。

 3人の親はそれぞれ怒ったり心配したりと忙しかったみたいだが、ある程度は予想もしてたみたいであっさりと日常生活に戻ってしまい、逆にこっちが複雑な気持ちになったものだ。

 僕も3人の行先について少し聞かれたくらいで、怒られるどころか、3人の親から申し訳なさそうな顔をされてしまい増々複雑な気持ちになった。


 旅立った友達と残った僕。

 悩みはずっと尽きないけれど、タイムリミットの日は刻々と近づいてきていた。

 一神様の日をもって僕は15歳となり、中身的には通算2度目の大人になる日。

 年が明けたら早いうちに街に行って洗礼を受けることになり、そうしたら僕はもう晴れて神父になってしまうのだ。


「もうやめよ」


 僕はそう呟きながらチアリュートの起動紋を叩いて終了させる。

 ここは僕の家同然でもある教会の礼拝室。

 今は日課のチアリュートの練習をしているところだった。

 両親はどこかに行ったようで、この場には僕しかいない。

 昔はつきっきりで指導してくれていたが、最近はこうして一人で練習することの方が多かった。


 僕の動作に合わせて、先ほどまで周りに浮かんでいた光る模様は、すぐに霧散していく。

 小さなころから練習していたおかけで、この楽器の演奏はそれなりに様になってきたと思うが、それも最近はどうにも身が入らない日が続いていた。


 ちなみに、チアリュートは楽器の魔道具で、この礼拝室自体がその一部だ。

 部屋の奥にある制御台で空中に浮かぶ光る模様、鍵盤を出現させ、その鍵盤を叩くことで音を鳴らす。まさに魔道具版のピアノだ。


 制御盤を調整することで鍵盤の配置や種類も変えることができ、これにより様々な音を奏でられるというわけだ。

 ピアノはピアノでも、元の世界で言うところの電子ピアノみたいな感じだろうか。

 僕はまだできないが、母さまが本気を出すと、演奏中に制御盤を調整して音を変えながら演奏することができる。

 最初に見たときは鳥肌が立つレベルの凄ワザだと思ったものだ。

 僕なんか慣れたパターンを3通りほど、それも入替えに数秒かかるのだが、母さまはパターン分けもせずになんとなくでやってしまうのが恐ろしい。

 母さまが天才なのではと思うが、この世界の水準がわからないので、僕がダメダメという可能性も捨てきれないのが悲しいところ。


 どうやら普通のピアノに似た楽器も世間にはあるらしいのだが、燃料である魔石が必要なのと、材料となる素材の調達や製作が大変なのを除けばチアリュートの方が優秀なので、この世界ではチアリュートはメジャーな楽器なのだそうだ。


 まあ魔石はともかく、その素材の調達というのが曲者なわけだが。

 チアリュートの素材だって、オオナナイロドリとかいう魔獣の素材が必要らしく、この教会のチアリュートのレベルのものを作ろうと思ったら、かなり厳しい狩りになるらしい。

 この世界は剣と魔法のドラ○エ世界かと思ったら、どちらかというと、魔物を狩ってすごいものを作るモン○ン寄りの世界だったのかな。


 そんな厳しい狩りをしてでも魔道具の楽器が流通する理由としては、魔道具の楽器で行うアルスミサの方が、効果が高くなることが挙げられる。

 ただの神父のアルスミサで村全体を覆う結界を張れるのも、このチアリュートのおかげというわけだ。


 最初は音を出せるだけで嬉しく、そして演奏と呼べるレベルまでできるようになってからは、より一層練習に打ち込んでいたものだ。

 しかし、ハル達が旅立って以来、習慣で練習はしているものの、真面目にやっているとは言い難く、これでは魔石の無駄遣いと言われても仕方ないだろう。

 神父になるには実技試験もあるので、より一層練習をしておいたほうがいいのはわかっているのだけど。

 ため息をひとつ。


「おや、もう終わりかい?」

「あ、村長」


 そんな状況で、教会の奥の部屋から出てきたのは、クーガ村の村長だった。

 もう七十歳を超える老人で、禿げ上がった頭には村のことを思ってしかめた皺がいくつも寄っている。

 そのうち一つか二つかは僕らの起こした出来事でできたものかもしれないが……。


「いらっしゃってたんですね」

「お前さんが練習してる横を通ってたんじゃが、気づかんかったかの?」

「すいません、気づかなくて」

「集中しとった、わけじゃないようじゃの」

「……」

「まあ、原因は聞くまでもないがの。わしからとやかく言うことはないが、家族を悲しませるんじゃないぞ」


 そう言いながら村長はしっかりとした足取りで教会から出て行った。

 昔から説教が多いおじいさんで、僕は昔からこの人が苦手だった。

 あちらも、庭の植木鉢割ったり、村の経済に打撃を与える遊びを考案したり、その他にも色々問題を起こす僕らのことが嫌いなんだろうとは思うが。

 でも、そんな問題児も、もう僕一人だから、少しは心労も減っているのではないだろうか。


 そんなことを思っていると、村長の後に続いて父さまが部屋から出てくる。


 父さまが出てきた時にチアリュートの練習をしていなかったということで、気まずさから少し慌ててしまう。

 しかし、そんな僕の様子を見ても、なにを指摘するわけでもなく、何事もなかったかのように話しかけてきた。

 こんな風に、口うるさく練習しろとか言ったことのない父さまではあるが、最近は、むしろ責めてくれた方が踏ん切りも付くと思っているのだから、身勝手なものだ。

 前世は散々小言しか言わない両親を疎ましく思っていたのに。

 そんな僕の思いを知ってか知らずか、父さまは明るい様子で僕に話しかけてきた。


「いやー、年末は忙しくなるな」

「どうしたの?」

「村長が今年は農業神のところの楽団を呼ぶって決めたらしくてね。こんな年末に頼むこともないだろうに。しかも来るまで時間もないときた」


 父さまはそう言いながらコリをほぐすように首をぐるぐると動かす。


 農業神の抱える楽団といえば、昔授業で聞いたことがある。

 たしか、アルスミサで地力を回復させたりすることができると言っていたか。

 以前に来た時は、僕はまだ家にこもっていた頃のため直接見たことはないが、家の外がにぎやかだったことは薄っすら覚えている。

 そういえばこの秋は収穫量がちょっと少なかったという話を聞いていたことを思い出す。

 僕の方はそれどころではない精神状態だったので、あまり気にしてはいなかったのだが。


「うちも何かするの?」

「ああ。楽団のもてなしやアルスミサをする場を整えるのは教会の仕切りなんだよ。今回はミューにも手伝ってもらうぞ」

「うん、わかった!」


 沈みがちだった気持ちが少し上向いた気がする。

 やっぱり気持ちが落ち込んでいる時に手持無沙汰だと、くよくよと色々考えてしまうからよくない。

 こういう時は、一生懸命に働くことにしよう。

 そんな僕の様子を見て少し安心したように父さまが微笑んでいたのだが、目の前の目標ができて気合を入れていた僕はそれに気づかなかった。


 ※※※


「よくいらっしゃいました。歓迎します」

「おう。こちらこそたのんます。いやー、ループ神父は十年前と全然変わってねえなあ」

「ははは。エルフは十年くらいではそんなに変わりませんよ」


 父さまはそう言いながら、髭モジャのおじさんと握手を交わした。

 農業神の楽団が来ると聞いてからわずか一週間。

 慌ただしく準備をしているうちに、すぐにその日が来た。


 教会には楽団の人たちの一部も泊まるということで、普段使っていない部屋の片づけや布団の準備。

 夜にはアパスルライツである演奏会や宴会があるので、燃料や食料品の確保。

 あとは、村の清掃と飾り付け。

 一応は神事であり、村はお願いして迎え入れる側なので、その準備は村総出で行われた。

 教会はこの中で運営というような立場であり、両親はもちろん僕もその準備に東奔西走したのだった。

 当初の期待通り、悩む暇がないほどの大忙しな日々だったので、こうして無事に楽団の皆さんを迎え入れることが出来てほっとしている。

 ただ、この苦労を考えると、こんなギリギリでと愚痴っていた父さまの気持ちもわかろうというものだ。

 村長が言うには、夏頃には農業神の楽団に依頼の手紙を出していたのだが、中々先方の予定に空きができなかったのだが、たまたま近くを移動中だった楽団の一つが急遽来てくれるようになったという事情らしい。

 たまたまではあるのだろうが、父さまと楽団の人の会話を聞く限り、前回来た人と同じなのかな?

 二人は親しげに近況報告をしあっていた。


「この村もあんまり変わってねえなあ」

「村もそうそう変わりはしませんよ。まあ私以外の人は変わっていると思いますが」

「確かにな。そっちのめんこい嬢ちゃんはあんたの子かい? 前はいなかったと思うけど。いやーあんたに似てきれえな面してるな!」

「いや、僕はおとk――」

「でしょう? いやあミューは控えめに言っても神の作り給うた最高傑作だと思いますよね! 特筆すべきはそのシルエット! 小さくてちょこまかしていてぷにぷにしていて、それはもう――」

「わかった、わかった! 後で聞くから先に準備させてくれねえか?」

「っと、そうですね。ではご案内します」


 いつも通り暴走しかけた父さまだったが、あっさりと引き下がってくれて助かった。

 村の内部ならいざ知らず、村の外の人にまで恥を晒すのはやめてほしい。

 恥ずかしくて仕方ない。

 あと、ナチュラルに女に間違われたが、村の外の人にまで言われると結構へこむ。

 母さまに言わせると、エルフはみんな中性的な父さまみたいな顔立ちをしているらしいが、その系統の顔で、背が低くて線が細い僕は性別の見分けがつかないのだろう。

 筋肉と背が切実に欲しい。


 ともあれ、父さまが先導して歩いていくと、その後ろを楽団の皆さんがぞろぞろとついていく。

 楽団の皆さんは、老若男女入り混じり20人くらいはいるだろうか。

 先頭を歩く髭モジャのおじさんの後ろには、大きな馬が曳く大きな幌付きの馬車が数台続く。

 馬車の中からは、真っ赤なドレスを着たエキゾチックな美女がいて、僕と目が合うと、ふりふりと笑顔で手を振ってくれた。

 この村にはいないタイプの華やかさだ。

 曲がりなりにも僕も男の子なので、こういう目の保養は素直にうれしい。

 いやあ、華やかでいいね。テンション上がるよ。

 僕も笑顔で手を振り返すと、その周りにいたテンガロハットを被った濃い顔の兄ちゃんや、でっぷり太ったおじさんが急に投げキッスやウインクをしてくる。

 いや、違うって。

 あなたたちにじゃないよと言いたかったけど、いちいち言いかえすのもなんかなと思って放置しておくことにする。

 後で僕が男と知って、嘆くがいい。

 お前たちが投げキッスしているのは男なのだからな!

 ……言ってて悲しくなってきた。


 そんな感じで一行を見送っていると、最後尾の馬車の後方から、ズンと大きな音がした。

 そちらの方を見ると、どうやら馬車から荷物が一つ落ちてきたようだ。

 サイズも大きいし、音からしても結構な重さみたい。

 危ないなあ。


「おい! 何落としてるんだ! 早く拾ってこい!」

「ごめんなさい!」


 そんな声が馬車の中から聞こえてくると、馬車の後方から小さな人影がひらりと飛び降りてきた。

 多分、さっき謝ってた方の高い声の持ち主だろう。

 灰色のフード付きマントを頭からかぶっており、顔ははっきりと見えない。

 背は僕よりは大きいが、まだ子供だろうかといった体格。

 ドスンと音をさせ、華麗とは言い難い着地を決めたが、特にどこを痛めた様子もなく、てってってと荷物に駆け寄ってくる。

 馬車から落ちてきた包みは、少なくとも子供一人で抱えられそうには見えないんだけど……。


「ねえ、君大丈夫……って!?」


 心配して声をかけようとしたが、僕の心配もなんのその。

 その子供は苦労する様子もなく、包みをひょいっと肩に担いだ。

 あれ? それ実は軽い?

 いやいやいや、そんな音はしなかったけど。

 少なくとも、この子自身が着地した音よりは大きかったんだけど。

 その瞬間、フードの奥から目と目が合う。

 一瞬のことではあったが、黒い大きな目がこっちを認識した、と思う。

 その瞬間、まったくの見ず知らずのはずだった僕と相手の間に奇妙な間ができた。

 僕が続けて何か声をかけようかと口を開けると、その子はパッとはじかれた様に踵を返し、トトトと馬車を追いかけて走り去ってしまった。


「あれれ。逃げられちゃった……」


 そうつぶやく僕。

 顔見知りばかりの村では中々ない反応にちょっと傷ついたかも。

 あの荷物が重くないか聞いてみたかったんだけどな。


 最後尾の馬車も去った後の道に、僕はぽつんとたたずむ。


「しかし、すごい子供もいたもんだ……」


 ジェロだったら同じことをできるだろうけど、そもそもの体格が違う。

 やっぱり外を旅している人は鍛え方が違うといったところか。

 僕はなんとなく腕まくりすると、力こぶをつくってみる。

 そして、反対側の手で力こぶのある位置を突いてみるが、その指は筋肉の抵抗を受けることなくぷにぷにとした感触と共に沈み込んでいく。

 きっと僕なら同じ大きさの綿でも苦労するかもしれんね。


「そうだ、僕も案内の仕事があるんだった!」


 僕はそのことをようやく思い出すと、慌てながら教会の方に向かうことにする。

 さて、忙しくなるぞ!


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