第十一話 旅立った友達
キリが悪かったんで、今日はもう一話追加します。
暗い夜道をハル、ジェロ、ボーイの3人は急がず、だが確実に一歩ずつ歩いていた。
時間を考えると眠くなってもおかしくはなかったが、旅に出たという興奮からか、その足取りは軽い。
そうでなくとも、今夜のうちにはできるだけ村を離れておかないと、朝になったら大人たちが慌てて探し出すだろうことは想像に難くない。
書置きもしてきたからそこまで本腰をいれて探すこともないと思うが、だからといって全く探さないということもないだろう。
こうやって考えると、何も言わずに村を出るのはやめた方がいいといったミューの言葉は正しかったとハルは思っていた。
そう。ミューの言うことはいつだって自分たちを導いてくれていたのだ。
「なあ姉御」
「なによ」
村を出発してからはしばらく無言の3人だったが、最初に言葉を発したのはボーイだった。
ジェロはいつも言葉少なで必要がなければあまり話さないのだが、おしゃべりなボーイが全く話さなかったのはハルとしては少し意外だった、
ハルの気持ちを慮っていたのか。
ボーイは基本的にはお調子者だけど、勘がいいというか、割と人の心情は読むタイプであったりする。
いつもはわかった上で、アホな言動をしているのだが。
「よかったのか? ミューのこと」
「あんたたちも賛成したでしょ。何を今さら」
「そりゃあ神父様たちとあんな話をしていたらねえ」
「ミュー、悩んでた。無理やりは、よくない」
ボーイとジェロも同意の声をあげる。
そう。実は3人はもっと早い時間にミューの家を訪れていたのだった。
ミューが部屋に戻ったタイミングを見計らってから連れ出そうと思っていたのだが、図らずも家の壁を隔てて、ミューが彼の両親に冒険者になる相談を聞いてしまった3人。
きっと自分たちと同じように親に怒られて、同じように飛び出してくるかと思っていたのだが、その話し合いの様子は自分たちと全く異なるものだった。
あまり反対されていないのは意外だったが、ミューの悩む様子を知ってしまった3人は、そこでようやくミューを連れて行かないという選択肢があることに気づいたのだった。
「神父様は意外と許してくれそうだけど」
「でもお母さんの方が絶対心配するよ、あれは」
「心配は、わかる」
「うーん」
3人は小さな親友の姿を思い浮かべる。
同い年とは思えないくらい小さく、そして脆そうで、それでいてきれいな子。
ガラス細工というものの存在を聞いたときは、まるでミューみたいだと思ったりしたこともあったものだ。
3人が初めてミューに会ったのは、5歳の一神様の日にあった日のこと。
最初に見た時はお人形のようだと思った。
あんまり大人には見えない女性が連れてきたのは、自分たちと同じ5歳になったとは思えないくらい小さく、肌は陶磁器のように白くて、髪は純金で作ったかのように煌めきさらさらと流れる金色を持った子供。
その瞳は大空を写したような空色で、じっとこちらを見つめていた。
自分たちとは違う尖った耳が、この村にあって異物感に拍車をかけていた。
神父様がこんな田舎の村に不似合いな美形のエルフだったから、その子供の容姿はある程度予想はしていたのだが、こうやって実物を見ると自分たちとの違いにびっくりしたのを覚えている。
せわしなくピコピコ動く耳と、鈴を鳴らすような声を発したことで、「ああ、動くんだあれ」と思ったものだ。
その後、友達になった時に男だと知ってもう一回驚くことになったが。
そこまで思い出話をしたところで、ボーイがただでさえ細い目を更に細くした。
「友達になった時じゃなくて、子分にした時だろ?」
「そうだったかしら?」
「その後、しばらくボーイとミューの、どっちが子分1号かでもめてた。主にボーイが」
「おかしいわね。わたしの記憶だと、友達になりましょうって言って固い握手を交わした気が……」
「ひどいねつ造だ!」
なにはともあれ、その後はずっと4人一緒だった。
たしかに見た目通りミューは貧弱だったけど、周りの心配なんてどこ吹く風で一緒に遊びまわっていたし、自分たちでは思いつかないようなことを色々なことを考えてくれた。
新しい遊びを考えたり、怒った大人をなだめたり、やらかしたことを隠ぺいしたり。
おかげで村の悪ガキ4人組ということで名を馳せたけれど、ミューの何気ないアイデアでできたものも色々あったりする。
ジェロの親父は大工だけど、ミューの考えたショーギとかマージャンとかの道具を仕事がない時期に作ってみたところ、街の方に結構売れているらしい。
ミューの作った料理は、大半はよくわからないものになるが、たまにおいしいものがあったりして、村の女性たちのレパートリーに加わっている。
本人はいつも納得していないみたいだが。
あと、ミューがせっせと体力作りでやっているトレーニングは、いつのまにかハルの父親から村の駐在する兵士たちに広がっている。
本人は早々にリタイアしていたが、今までみたいに直接棒で殴りあうだけの訓練よりかは安全に鍛えられると、若い兵士からは好評だったらしい。
本人は無自覚だけど、あれはあれで影響力は大きいのだ。
かくいう自分たちもミューからは色々教わった。
なんせミューのやつはあんな可愛い見た目で負けず嫌いで、勝負ごとになると手段を選ばないところがある。
本人は力がないから仕方ないと言っていたが、罠や心理攻撃を多用してきて、大体のゲームで最初の一回は負けるのだ。
同じ手は食わないように気を付けると、採取的にはこっちが勝ち越せるのだが、そう思って油断していると、また新しい手や今までの手を組み合わせたりしてハメようとしてくる。
ここ数年は、父親のレミアヒムにエルフ伝来のえげつない罠づくりまで教わっていたらしく、たまにぞっとするような罠までしかけてくるのには参ったものだ。
流石に命に係わることはしてこないが、スリルには事欠かない日々だったと思う。
それでも、勝った時の天使のような可愛らしい笑顔を見るとつい許してしまうし、負かした時の捨てられた子犬のような顔を見るとあんなにえげつない手を使ってきてもまた遊ぼうという気になったものだ。
ああいうのも村のお姉さんたちが言ってた魔性っていうのだろうか。
どうやって思いついたのかと聞くと、「ゲンダイジンはこれくらいずる賢くないと生きていけないんだよ」とよく分からないことを言って遠い目をしていたが、村の大人たちをあっさり引っ掛けられる罠を次々と考えられるのは頭がいいんだなと思う。
肝心のミュー自身に罠を仕掛けると、疑いもせずにあっさり引っかかるので、そのアンバランスさは見ていて非常にハラハラするところではあるが。
「もったいないなあ。大きな街に行けば、もっと大きなことができると思うんだけど」
「でもミューが神父になりたいのは知っているでしょ?」
「そんなこと言ってたっけ?」
「なんか他にやりたいことがあると言っていたような……。アイ……プ、プロ……なんとか」
「あー、歌ったり踊ったり……だっけ?」
「なんか違うような感じもしたけど、ミューも説明しにくそうだった」
3人は首を揃ってひねる。
楽器も歌も神父とシスターにはまだ及ばないけど、ミューの歌と楽器の腕はそれなりのものだ。
歌声もかわいいし、あれはあれで聞いていて楽しい。
少なくとも片手間や嫌々やってできるものではないことは、素人の3人でもわかる。
あんなに真面目に練習しているのに、他にやりたいことがあるのだろうか?
しばらく無言で歩いていた3人だったが、参謀担当がいない悪ガキ3人組だ。
すぐに考えるのを止めて元気よく言った。
「ま、ミューが神父になってもならなくても私たちが友達っていうことは変わらないでしょ」
「だな! もしミューが冒険者になりたいって言って来たらその時は迎えに行けばいいし!」
「うが」
結論が出たことに納得したのか、足取り軽く歩き出す。
ミューの悩みはどこ吹く風に、そして意味なく突然走り出す。
ミューと違って年齢相応に若者な彼らは夢に向かって、何の迷いも疑いもなく進んでいくのだった。