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第十話 旅立つ友達

「は-おなかいっぱい」

「ふふ。最近はたくさん食べるようになってきたわね」


 僕の言葉に、母さまは皿を洗っていながら嬉しそうに言った。

 小柄で中学生くらいだと思っていたその姿は、僕の物心がついた11年前からほとんど変わっていない。

 ホビットという種族の寿命は人間よりは長いらしいとはいえ、ここまで年をとらないものだろうか?

 本人は年をとったと言っているが、村の女性たちが母さまを妖怪と呼んでいるのを僕は知っている。

 他種族に対して妖怪呼ばわりはどうかと思うのだが、そう言っている時の女性たちには羨望か畏怖の念がこもっているので、僕からはなんも言えないのだった。

 母親が若々しく可愛らしいというのは、いいか悪いかで言えばいいことなのだろうが、この調子だと僕もいつまでたっても子供にしか見えないとなりそうで複雑な気分だ。


 朝食は野菜スープにサラダにパン1個。

 特にたくさん食べているというわけではないように思えるが、数年前まではサラダとスープだけで満腹になっていた状況を考えれば食べるようになったのだろう。

 たくさん食べて、小柄で中学生ぐらいにしか見えないホビット族の母の身長くらいは早く抜かねばなるまい。

 一応、高身長なエルフの父の血も引いているから、まだ望みはあるはずなのだ、たぶん。

 ちなみに父は早朝の宣言どおり懺悔室に籠もって何かしているらしく、言っていた通り朝食の席にはいない。


 母さまが皿を洗い終わるのを待ちながら、冒険者になるという友達たちのことについて考える。

 たしかに、3人とも何も考えていなさそうだが、一緒に行けば楽しそうではある。

 アイドルプロデューサーという目標のために、何をするべきかわからないけど、一緒に行って旅をしながら考えるというのも手かもしれない。

 しかし、こうやって考えてみると、僕の夢も具体性の無さでは3人とそんなに変わらないよね。

 諦めたつもりはないのだが、どうすれば目標に近づけるのか、わからなすぎてため息をつきたくなる。

 それに、父さまも母さまも反対するだろうし。

 気が重い。


「どうしたの? そんな暗い顔して」


 そんな僕の悩みを感じ取ったのか、片付けを終えた母さまが、僕のいるテーブルの向かいに腰掛ける。

 いきなり直球で聞くのも怖いから、徐々に話題を近づけていく方向で聞いてみよう。

 そう思い、様子を探るようにして聞く。


「ねえ母さん。僕って何ができると思う?」

「とても優しくて頭もいいわ」

「嬉しいけど、そういう抽象的なことじゃなくて。何に向いてるのかなって」

「いい神父さんにはなれると思うわ」


 ぐうっ。

 冒険者へと誘われたことを知っている訳ではないだろうけど、先手を打たれた気分。

 これってつまりは当然家を継ぐと思っているってことだよね。

 消極的ではあるけど、それとなく気づいてもらえるように会話を誘導しなくては。


「そうかな。僕なんか神父になれるとは思わないけど・・・・・・」

「そんなことないわよ。優しくて頭がいいことは十分素質と言えるし、それにミューは神様や精霊に愛されてるもの」

「神様とか精霊に愛されるってそれこそ抽象的だよ」


 父さまも親馬鹿だけど、母さまも十分に親馬鹿だ。

 息子が神に愛されてるとか平気で言うんだもの。

 なんて思っていると、母さまは僕の言葉にゆっくりと首を振って、


「抽象的じゃなくて事実よ。ミューの周りだと魔道具の調子がいいもの」

「魔道具の調子?」


 うちにある魔道具というと、楽器や水タンクとか暖炉とかで魔石を使った道具だよね?

 あんなん誰でも使えるじゃないか、と思っていると母さまが説明を続ける。


「そもそも魔道具をどのようにして作るかは教えたわよね?」

「エクストラを持つ動植物を素材にして作るんだよね。それで魔石を燃料にして動く」

「そう。じゃあ動植物自身はエクストラをどうやって使っているんだっけ?」

「空気中や食べ物から魔力を吸収して使うんだよね。それで、精霊が魔力と命令に反応して現象を起こす……だったっけ?」

「正解よ」


 簡単に言うと、この世界での魔法のような現象は化学反応の成果ではなく、精霊という存在が対価をもって発現しているというわけだ。

 ここに固有の種以外がエクストラを使えない原因が2つある。


 一つ目は命令の問題

 ただ単に精霊を呼ぶだけでは目的の現象を起こしてくれないので、ああして欲しいこうして欲しいと伝える必要がある。

 ただし精霊に直接言葉が通じるわけではなく、種族ごとの体内にある特定の器官に命令が刻まれており、その種族は意識せずにエクストラを起こすことができるということらしい。

 よって、他の種族のエクストラはどうやっても使えないということだ。


 二つ目は対価の問題。

 精霊に働いてもらうには魔力が必要で、エクストラの場合は、空気中や食べ物に含まれる魔力を体内で変換して使えるらしい。


 この二つはエクストラを他の種族が使えない原因であると同時に、他のエクストラを再現する魔道具の構成要素にもなる。

 エクストラに必要な素材や器官を対象となるものから取り出し、魔力の効率が一番いい魔石という鉱物で対価を払う。

 それが魔道具なのだという。


 確かに動いている魔道具の周りにはぼんやりとした光のようなものが浮かび上がっているが、実はこれが精霊ということなのだろう。

 触れもしないので運転ランプくらいにしか思っていなかったけど、改めて精霊と聞いた時はちょっと感動したものである。

 ここで母さまが言うには、


「魔道具でも精霊の力をお借りするのは一緒なのだけど、ミューが使うと精霊のノリがよくなるのか、妙に魔道具の調子がいいのよね。人によっては同じ道具でも動かないこともあるのよ。私が暖炉つけようとしてもいまいち調子が悪いし」


 ならば、やはり才能があったのかと思ったけど、魔道具の効果は素材と魔石でおおむね決まるため、精霊に気に入られても効果が倍になるわけではないらしい。

 例えるなら調子の悪い電化製品をなぜかうまく動かせる人、みたいな。

 教会にある時計と鐘は魔道具で動いてるけど、必ずしも神父の必須スキルだとは思えない。


「あら、そんなことないわよ。精霊に好かれる人は神様に愛されやすいらしいから、アルスミサも立派に行える神父さまになれるわ」

「神父様、ね」


 回りまわって、結局僕が神父に向いているという結論に戻ってきた。

 それは本当だとしたら嬉しいことかもしれないが、その職業に悩みを抱えている僕にとっては、素直に喜べない事実だった。

 いっそ全然神父に向いていないと言われれば、悩む必要もないのに。

 そんな僕の気持ちに気付く訳もなく、母さまは手をポンと叩くと、


「そういえば、本洗礼の話をそろそろレミアヒムと詰めておかないとね。ミューも詳しくは本洗礼のこと知りたいでしょ?」

「うんそうだね……」


 僕がもにょもにょと返事をしていると、ちょうど玄関から足音が聞こえてきた。

 この音からするに、機嫌良くスキップする父さまだろう。

 こういう時は大体ろくでもないことにはしゃいでいる時で――。


「ミュー! ほらお前が15歳になったら着るシスター服だよ! ほら、ジャックの野郎、酪農家のくせにこういう服作るのが妙にうまくってね。懺悔室でミューにいらん真似したことを後悔させようかと思ってたんだけど、ミューに似合うって言ってこれ持ってきたから思わず『あなたの罪は神がしました』って言っちゃったよ。私の見たところ胸回りが少し大きいと思うけど試しに一度着てみ――」

「とりゃー」


 父さまの向こうずねを思いっきり蹴り、痛みにうずくまったタイミングを見計らって顎にアッパーを決めた。

 ほんとになんでこんなのが神父をできるのかと不思議に思うことしきりである。




「シスター服は冗談としといて、もうすぐミューも15歳だし、本洗礼のことも考えておかないとな」


 夜も更けてきたころ、家の居間でチロチロと赤く燃える暖炉の火が、父さまと母さまと僕を照らし出していた。

 今日一日の間、謝罪とも言い訳ともつかぬ言葉を繰り返していた姿はどこへやら。

 今の父さまはまるで神職のような、徳の高そうな微笑みをたたえていた。

 まるでではなく実際そうなのだろうけど。

 僕も神父になるかは置いておくとして、本洗礼の話は聞いておきたいと思っていたので、いい機会だから尋ねておくことにする。


「そういえば本洗礼でアルスミサが使えるようになるって聞いたけど、具体的にどうやるの? 父さまがやってくれるの?」

「いや。私はマエストールでもコンマスでもないから無理だな」

「マエストール? コンマス?」


 聞いたことあったような気がするけど、なんだっけ?

 言葉に僕が首をかしげると、父さまは詳しく説明してくれた。


「マエストールというのは、神様と直接契約した教団のトップだ。神様1柱に対して1人だけっていう栄誉ある人物だね。天空教のマエストールは教皇と呼ばれているよ。そして、コンマス、――コントラクトマスターの略なんだが、は神様から次席として契約するか、マエストールと直接契約した者だな。コンマスは複数作ることができて、天空教では枢機卿、大司教、司教と役職に就く人ばかりだ」

「父さまは神父だけどコンマスじゃないの?」

「違うよ。ただのプレイヤーさ。天空教で言うところの一般の神父だね。コンマスから本洗礼である契約を受けたものがそう呼ばれるんだよ。プレイヤーは、神の恩寵たるアルスミサこそ行使できるが、本洗礼をすることはできないんだ。ちなみに今のミューは、神父見習いではあるけど、神様との契約という面で見ると、立場は単なる一般信者と変わらず、アルスミサも使えないわけだ」


 そう言いながら、胸元から翼をかたどったアクセサリーを取り出した。

 この模様は天空教の象徴であり、一般信者が持つものより、精緻でしっかりとした作り。

 それが天空教の神父の証だそうな。


「これは本洗礼したときに授かったものだけど、マエストールでもコンマスの方には、直接体のどこかにその神様の象徴が刻まれるんだよ」

「へー……」


 なんか中二病患者が喜びそうとか、失礼な感想は黙っておくことにする。

 一般信者になるための、ただの洗礼なら神父である父さまでもできるらしいが、それでは僕を神父にすることはできないということか。


「ただし、神父になる推薦状は私が書けるから、ミューが15歳になったら近くのコンマスの方がいる大きな街まで一緒に行くことになる」


 なんでもコンマスでもある司教は、エリアマネージャーみたいに各地にいるらしく、父さまも本洗礼を受けたコンマスに会いに行くらしい。

 本洗礼を受ける説明を聞いたところで、話をしておかないといけないことを思い出す。

 冒険者になるというハル達の話だ。

 今が10月なので(ちなみにこの世界でも1年が12か月365日なのは同じだった)、15歳になる一神様の日まであと2か月しかない。


「あの……父さま、母さま。ちょっとお話したいことが……」

「ん? どうしたんだ改まって」

「なあに?」


 2人がこちらをじっと見つめてくる。

 言わないと、と思ったが、心臓が早鐘を打つように鼓動していて口の中が乾いていくのを感じる。

 この両親の期待を裏切るような選択をすることは、思った以上に自分に重くのしかかっていたようだ。

 でも、聞かないと話は進まないと、覚悟を決めて口を開く。


「もし、仮にだよ。僕が冒険者になりたいっていったらどう思う?」

「そんなのだめよ!」


 がたんと机から身をのりだすようにして母さまが言う。

 ちょっと日和って、仮に、と前置きを付けたにも関わらず、かなり大きな反応にびっくり。


「だってミューは――」


 母さまが言葉を続けようとしたところで、逆に反応がなくて驚きの父さまが、手でそれを制した。

 母さまは憮然としつつも椅子に座り直すと、父さまの方をじっと見る。

 父さまはその様子を静かに見つめていたが、こちらに視線を移すと静かな水面のように穏やかな表情で口を開いた。


「いつもの3人から何か言われたんだな? よし、そこで待っていなさい。今からさくっと天誅を下して、二度と悪魔の囁きをできなくしてやるから」

「ちょっと待って!」


 全然冷静じゃなかったよこの人!

 静かな水面のような穏やかさは嵐の前触れだったのか!

 と思っていると、父さまは冗談めかしたように両手を挙げて言う。


「なんてね、冗談だよ、冗談」

「父さまが言うと冗談に聞こえないよ……」

「なあに、父さまも母さまと駆け落ちするために故郷を飛び出した経験があるから、頭ごなしに否定はしないよ」

「あなた!」


 母さまが慌てたように声を出すが、父さまは「もうミューも成人する年だしいいだろ」と答えている。

 そうか。なんで人族だらけの村に、ホビットとエルフの夫婦という珍しい組み合わせがいるのか疑問に思ったことはあるが、そういう訳だったか。

 父さまならやりかねない。

 そんなことを思っていると、父さまは「でもね」と言葉を続ける。


「愛する女性のためならつらいことはなかった、と言いたいところだけど、この村に来るまではたくさんの苦労があったな。この村には結界があり平和だが、外に出れば魔物もいる。故郷を出て旅をしていた頃は、日々の糧を得るために、弓で恐ろしい魔物を狩り、まずい食料で糊口しのいだ日々もあった。今でこそこうやって平和な毎日を過ごしているが、神父になるのも大変だったし、こうやってこの村で働けているのは幸運だったと思っている」


 父さまが滔々と話す言葉には、その身で体験してきたであろう実感が込められており、父さまと母さまが歩んできた道が、決して平たんではなかったことが垣間見えた。

 母さまもその時代を思い出しているのか、遠い目をして頷いている。


「ミューが冒険者になるのは不安しかないけれど、あの3人に付いていくなら、まあ何とかなりそうな気もする。だけど、ミューはみなのために何ができる? ミューはその旅に人生をかけて、命を賭す覚悟はあるのかい?」


 ある、と言いたかった。

 僕を誘ってくれた3人はこの世界で初めてできた友達であり、信頼できる。

 でも3人のために何ができるのかと言われた時、僕はきっと足手まといにしかならないだろう。

 そしてなにより。

 命を賭す覚悟という言葉に僕の気持ちは止まってしまった。

 思い出すのは無計画に飛び出して死んでしまった前世の記憶。

 今のこの状況はあの時とどれほど違うのだろうか?


 僕が言葉に詰まっているのを見て、父さまは手を僕の頭に乗せると、優しく撫でながら言った。


「冒険者になるなら止めはしない。でもせめて、自分を納得させる答えが見つかってからにしないと、きっといつか後悔するよ」


 考えが頭の中を渦巻いていて父さまの言葉に何も言えず、僕はただただ頷くことしかできなかった。

 そんな様子に父さまはふっと笑う。


「ゆっくり考えなさい。その結果、ミューが冒険者でも神父でもどちらを選んでも、私はそれを応援するよ」


 母さまはそんな僕たちを見て、ただただ何も言わずに笑顔で見守ってくれている。

 どんな答えをしたらいいのかまだわからなかったけど、少なくとも、僕はこの両親を悲しませるようなことだけはしたくないなと思ったのだった。



 その夜のこと。

 僕は自室に戻ると、今後のことに悩みつつ布団にくるまっていた。


 旅に誘ってくれる親友と夢と、危険と無力感と両親と、色んなものが天秤の両側に乗ってよくわからなくなる。

 未だに異世界人という意識が残ってはいるけど、この世界の14年間で大切なものが増えたという実感

 明かりを消した部屋は本当に真っ暗で、僕はそんな中眠ることもできずにじっとしていた。


 そんな時、窓の方からコンコンと叩く音が聞こえてきた。

 ちなみに、窓ガラスは高級品のため我が家にはなく、僕の部屋には小さな窓には、木製の鎧戸と厚手の布がかけられており、外の様子はうかがえない。

 最初は気のせいかと思ったが、徐々に叩く音が大きくなってきたため、何がいるのかと思い、ちょっと怖がりながらも窓に近づくことにする。

 ないとは思うが、窓を開けたところに人さらいでもいたら、未だに小学生程度のサイズの僕は簡単に持ち運ばれるだろうことは想像に難くない。


「誰かいるの?」


 そう窓に向かって言うと、


「ミュー。私よ、ハルよ!」


 という声が返ってきた。

 それは確かに聞きなれたハルの声だった。

 僕は驚きつつも急いで戸を開け放つ。

 悪ガキと言われて久しい僕たちではあるが、この時期の夜は寒さが厳しく、夜間外出するようなこと普通はない。


 そして、窓の向こうには見慣れた顔が3つ。

 ハル、ボーイ、ジェロの3人だった。

 ただし、その装いはいつもと異なるものである。

 大きなカバンを背負い、防寒具としてのマントを着ており、旅装束といった様子。


「どうしたのその恰好?」

「いやー昼間にミューが親に冒険者になること話せって言ってたじゃん? それで私たち親に言ったんだけど、めちゃくちゃ怒られてねー」


 ハルの言葉にボーイとジェロもうんうんと頷く。

 我が家では優しく諭されたのだが、冒険者になるというとこういう反応をされることが普通なのだろうか。


「それで説得は無理だと思ったから、ちょっと早いけど旅に出ることにしたんだ」

「ええっ! 本気なの?」

「本気も本気よ。それでミューも誘いに来たんだけど……」


 ハルがそう言いながら窓の外から僕を見上げる。

 きちんと親に報告したのは偉いと思うが、こうやって夜逃げみたいに村を出るのもどうかと思う。

 しかし、何も言わずにいなくなるよりずっといいだろうし、これ以上は僕がどうこう言える立場ではないだろう。


 問題は僕の方だ。

 両親には、適当に覚悟が出来たとか言って、冒険者になることはできるかもしれない。

 でも、肝心の自分の気持ちに整理がついていないのだ。

 誘いに来たのがあと数日後だったらまだ答えが、いや、答えなんて出せていただろうか?

 そんな思いで僕が言い淀んでいると、ハルはパッと急に笑顔になって言った。


「ごめんミュー。やっぱりミューを連れて行くの今回はなしで」

「えっ!? なんで?」

「えーっと……、よくよく考えるとミューを私たちのわがままで連れて行くのは悪いなって思って」


 ハルのその言葉に、ボーイとジェロも明後日の方を見つつ言葉を繋げる。


「そうそう。ミューを連れ出したら神父さまが地の果てまで追ってきそうだし」

「うが。オレらミューを守る、自信なかった」

「そんなこと……」


 気にしなくていいよ、と言おうとしたが、あちらから断られたことに、ほっとしている自分がいて自己嫌悪に陥りそうになる。

 ついて行っても足手まといなのは事実だけど、ここで行かなかったらこの3人と一生会えない可能性だってあるのに。


「ミュー。そんな顔しないでよ。またそのうち帰ってくるからさ。もっと強くなって、その時は連れて行ってあげるって」

「……うん」


 ハルのこちらを気遣うような言葉に、思わずうなずいてしまった。

 うなずいてしまったのだ。

 その言葉で、親友3人の姿が急に遠くなってしまったような気がした。


「じゃあね」

「ばいばーい」

「また」


 3人はそう言って手を振ると、あっさりと背を向けて歩きだした。

 振り返ることもなく、まるで近所にお買いものにでも行くかのような気軽さの出発だった。


 夜のとばりは徐々に離れていく3人の姿を、少しずつ、だが確実に覆い隠していく。

 僕は白い息を吐きながら、見えなくなるまでその姿を、見えなくなってからもその方向を見つめ続けていた。

 僕は、これからどうしたいのだろう。

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