魔法を使おう2
「よし、まずは魔力を感じるところからじゃ。両手を出せ」
パンパンとクッキーの食べかすを払ってから、そう言ってレフィは俺に向かって自身の両手を差し出す。
ちなみにクッキーの袋とかのゴミ類は、さっきシィが美味しそうに食べていた。
DPで出現させた魔物はエサがいらないはずなのだが……自分から美味しそうにモリモリと食べだしたということは、シィにとっておやつみたいなものなのかもしれない。
ゴミちょっとどうしようか悩んでたから、エコで助かるわ。
「え?お、おう」
戸惑いながらも言う通りにすると、レフィは俺の両手を掴み、そして――。
「おお?おおお?おおおおおッ!?」
柔らかいレフィの右手から、何か強烈な力が流れ込む。
その力は俺の体内を循環し、そして今度は俺の右腕を通して、彼女の左手へと還っていく。
ぐるぐるぐるぐると、俺とレフィの間を駆け抜ける。
これが――魔力。
空間に満ちるダンジョンのそれとは全く性質が違う、凄まじい力の奔流。
身体中を暴れ回るそのあまりの力の大きさに、少しでも気を抜いたらフラついて倒れてしまいそうだ。
――その状態が数分続いた後、レフィは俺に流す魔力の量をゆっくりと減らしていき、やがてそれがゼロになると同時、俺の手を放す。
途端に俺は膝を突き、荒く呼吸を繰り返す。
心臓がバクバクと脈打っている。たった数分の出来事なのに、まるで全力疾走を繰り返し行ったかのような体力の消耗具合だ。
「うむ、大丈夫じゃったな」
俺の様子を面白そうに眺めながら、レフィはそう言った。
「大、丈夫……?」
少しずつ整ってきた息でそう聞くと、彼女はあっけらかんと答えた。
「今、儂の魔力でお主の魔力を強制的に活性化させたのじゃが、その肝心の儂の魔力に耐えられんと、頭がパーンてはじけ飛んで死ぬからの」
「おまっ、そんな恐ろしいことしてたのか!?」
思わずそう食って掛かるも、まるで気にしていない様子で手をヒラヒラと振るレフィ。
「高位魔族のお主であれば大丈夫だろうと判断したまでじゃ。実際大丈夫じゃったろう。さ、ほら、今の感覚を忘れない内に、今度はそれを一人でやってみい。恐らく簡単に出来るようになっとると思うぞ」
何だか釈然としない思いをしながら、とりあえず立ち上がり、眼を閉じる。
―――――――お、おぉ……感じる。
先程まではうんともすんとも感じなかったのに、レフィに直接流し込まれたからだろうか。
鳩尾の辺りに、魔力の確かな力を感じる。
それを、今度は先程レフィがやっていたように、動かす。
あまり上手く言えないが……コップの水をスプーンでかき回すイメージで魔力を動かそうとすると、かなりの抵抗があり遅々としか動かなかったソレの動く速さが段々と速くなっていき、まるで血管のように全身をくまなく循環し始める。
外部から無理やりではなく自分で操作しているためか、今度はフラつくようなことはない。
よくある自分で車を運転する時は酔わないけど、人の運転で助手席に乗っている時は酔うみたいな、そんな感じか。
俺、車運転したことないから知らんけど。
「うむ、いいぞ。それが魔力が活性化している段階じゃ。魔法を使う基本となる」
レフィが話し掛けてくるが、俺は自身の魔力を循環させることに集中しているため、ロクに返事を返すことが出来ない。
「次じゃ。いいか、儂の言うものを脳裏に想像しろ。そして最後に詠唱を教えるから、それを復唱するんじゃ」
コクリと頷く。
「まずは、遥かなる大地と、広がる野原」
ダンジョンの周囲に広がる、圧倒的な大自然を頭に思い浮かべる。
「その中の花の一本。お主はその茎をちぎり、掌に乗せる」
急に規模が小さくなり、足元に咲いている花を脳内の俺は拾い上げた。
「思い浮かべたか?なら、掌を出してこう唱えろ。『クリエイト・ブルーム』」
「『クリエイト・ブルーム』」
そう言った途端、全身を駆け巡っていた魔力の幾ばくかが左手に凝縮されていく。
やがてそれが収まった時、ずっと閉じていた目を開けると――。
「わー、綺麗なお花!――ってなんでだよ!」
思わずパシーンといつの間にか掌の中にあった花を地面に叩き付ける俺。まあ、叩き付けると言っても、実際ははらりといった感じだったが。
「なんじゃ、不満なのか?」
「いや、確かに初めて魔法使えて、すげーって思ったけど!もうちょっと他にあるだろ、何で花なんだよ、最初がよ」
思わずノリツッコミしちゃったじゃねーか。
「今のは入門編じゃからな。今度は火を思い浮かべてみぃ。詠唱はいらん。魔力が火を形作っていくような様子を思い浮かべろ。鮮明にじゃぞ」
「……了解」
言われた通りに、集中してもう一度魔力を活性化させていくと、さっきより若干だがスムーズに魔力が循環し始める。
――火か。
イメージとしては、アレだな。ライター。
家にあったジッポライターが思い浮かべやすいか。
ゆらりと揺れる、赤色の光。
火打石が火花を発し、油に引火して、着火する。
腕を力ませ、うんうん唸りながらそんな火の想像を脳裏に固めていくと――突然、少量の魔力が身体から抜け、ボッと人差し指から火が出る。
「おぉ……!」
感嘆が、思わず口から飛び出す。
か、かっこいい……!
いや、まあ、しょぼいと言われたらその通りなのだが、大事なのは指先から火が出ていることだ。
これは男なら絶対テンション上がる。
誰もが一度、指先から炎、やってみたいと思ったことがあるはずである。うん。だから決して俺が子供っぽい訳ではない。
「うむ……簡単に出来たな。やはり魔族は魔法に長けておるようじゃの」
「そうなのか?」
指先から火を付けたり消したりさせ、若干感動しながら、そう聞き返す。
ジッポライターをイメージしていたためか、火の点く瞬間に、火花が散っている。
そこまでリアルにしなくてもいいんだが、まあ、かっこいいからいいや。
「あぁ。儂が無理やりお主の魔力回路を開いたのは確かじゃが、だからと言ってそこまですぐに出来るもんではない。お主の魔族という種族特性の為せる技じゃろうの」
まあ、そりゃそうかもな。
思っていた以上には簡単に使えちゃったが、普通に考えて本来ならもっと長い年月を掛けて習得するのだろうし。
レフィから聞いた話じゃ魔族ってのは、元は魔素が集結して生まれた存在だそうなので、恐らく身体の構成からして魔法との親和性が高いのだろう。
俺みたいな魔法なんてない世界から来たヤツがこんな一瞬で使えるようになっちゃった訳だしな。
まあ、そんなことはどうでもいい。それよりこの火魔法だ。
どうだろう、これ……出力調整とか出来たりしないか?
レフィの言い草だと、イメージが重要みたいだし……こう、火炎放射的な。
前世でよくやってたFPSのネタ武器に火炎放射器があり、なかなかピーキーな性能をしていて好きだったんだが、あんな感じのが使えるようになりたいところだ。
と、そんなことを考えてしまったせいか――その時。
「――うおぁあッ!?」
突如、指先からボオオォォォッ!と炎が太く激しく噴射し始める。
近づけていた指を慌てて顔から離すも、物凄い熱波が顔面を襲う。前髪、ちょっと焦げたかもしれない。
何をするともなしに、俺達の近くにいたシィが「何事!?」といった感じでビクリと跳ねるのが視界の端の映った。
「ぬわぁっ!?お、お主、魔力を注ぐのやめい!!」
「ど、ど、どうすんだそりゃ!?」
「循環を止めろ!!」
俺は、すぐさま言われた通りに身体を巡る流れを逆回転させる感じで魔力の流れを塞き止めると、火龍のブレスみたいだった炎がガス欠を起こしたみたいにボッ、ボッ、と噴いたり消えたりを繰り返し始める。
やがてそれが全く点かなくなると、炎が噴射した瞬間に慌てて俺から距離を取っていたレフィが、ふぅ、と安堵の息を吐いてこっちに戻って来た。
「まったく……肝が冷えたぞバカたれ」
「あ、あぁ……俺もだ。心臓飛び出るかと思った。す、すまん」
「魔力の調整は気を付けろ。魔法に長けているということは、そのまま魔法に対する魔力効率が良いということも意味する。調子に乗って魔力をバンバン込めると、威力が上がり過ぎて自分にまで被害が及ぶぞ」
「わ、わかった」
まさしく今、自分の顔を黒焦げにするところだった。
……もう少し、勝手がわかるまでは火魔法、使うのやめておこう。
「……とりあえず、魔法はそんなものじゃ。大事なのは使う者の想像。それが基礎であり、そして奥義でもある。人間や魔族どもはそこらへん勘違いして、詠唱を中心に考えておるが、それが果たす役割はあくまで補助。魔力をバカ食いする大魔法とかを放つつもりならまだしも、そうでなければ魔法の扱いに長ける魔族であるお主は気にせんでよい」
「イメージか……。確かに今、イメージで大変な目に合ったからな。気を付ける」
「是非そうしてくれ」
そうして話がひと段落したところで、気になっていたことをレフィに投げかける。
「なあ、これ、花と火は出せたけど、それ以外のものも魔力で出せるのか?」
「それは本人の資質による。少なくとも『土』と『火』の適性はあるようじゃが、それ以外は試してみんとわからんな」
「その適性ってのは他に何があるんだ?」
「基本は『土』『火』『水』『風』じゃの。ただ、これはわかりやすく体系化されておるだけで、絶対ではない。それ以外に『時』や『光』、『闇』なんてものもあるし、こればっかりは試してみんことには何も言えんな。――そう言う訳だからお主、見ていてやるから色々やってみい」
* * *
そうしてレフィ監修の下、先程やった『土』と『火』を抜いてそれ以外の属性を検証してみた結果。
水:風呂の湯としては最適そうなお湯が出現。
風:ドライヤーの風としては最適そうな温風が出現。
その他の属性:元々俺に適性が無いのかまだ気付いていないだけか、特に無し。
『水』の方はもっと自由が利きそうな感じだったが、『風』に関しては強弱が変わるだけで、もう完全にドライヤーそのものである。ドライヤー魔法と名付けよう。
「……お主、もうちょっと普通のは出せんのか?」
「し、仕方ないだろ。そうなっちまうんだから」
魔法が想像次第というのは試行錯誤する内によくわかったのだが、しかし簡単なイメージだけでは発動せず、かなり強固にイメージを固めないと魔法として顕現しないようなのだ。
故に、魔法が発動しやすいように自身の身の回りの、馴染みの深いもので想像する訳だが、そうすると生活に根差したものを自然と想像してしまい、それに近い魔法が発動してしまうのだ。
もっとかっこいい、ゲームでよく見たような魔法を使ってみたいのだが、残念ながら俺の貧弱な想像力じゃ上手く発動させることが出来ず、ドライヤー魔法みたいなのしか使えていない。
唯一『水』だけは、適性が高いのかちょっと魔法っぽく飛ばしたりも出来たので、これは追々練習していくことにしよう。
その内、水の龍とか出してみたいものだ。その場合水ではなくお湯の龍になる気がしてならないのだが。あったかくていいですね。
「……ところで、それは何をしておるんじゃ?」
「そらお前、頭洗おうと思ってな」
ついさっきDPで交換した『お風呂セット』の木桶を用意し、指先から出したお湯で頭を濡らして、シャンプーで洗う。
こう、指先からちょろちょろと直接お湯を出せるから、なかなかいい感じだ。
出した湯や泡は、もれなくシィ行きだ。「新しいおやつだ!」といった感じに、ごくごくと吸収している。
ホントに色々助かるんだけどこの子、大丈夫なのだろうか。シャンプーとか飲んで身体平気なのか?
ごみとかも食って平気だったし、今のところただ美味しそうにしているだけだから、特に止めることはしていないが……。
そうしてちょっと不安に思いながらも頭を洗い終え、軽くバスタオルで拭いてから、今度は指先から温風を出して乾かす。
あぁ……いい気持ちだ。
昨日洗ってなかったから、実はちょっと気になってたんだよな。
「……のう、お主、儂にもそれ、やってくれんか?」
「頭洗うところからか?いいぞ。お前に教えてもらった魔法だしな。礼代わりだ。ほら、頭出せ」
「……こんなつもりで魔法教えたんじゃなかったんじゃがの」
些か呆れ気味にそう言いつつも、おずおずと頭を出して来た彼女の頭を、俺はくしくしと洗い始めた。