平凡な一日
「それー!シィ、そっち行ったよ!」
「ウン!!」
イルーナが上にトスしたボールを、シィが文字通りシュルンと腕を伸ばしてキャッチする。
「わぁ!すごいよ、シィ!」
「エヘヘ、シィノ、トクギ!」
そんな彼女らの様子を、俺は中庭に設置しておいた近くの木製ベンチに腰掛け、微笑ましい思いで眺めていた。
この子ら二人は、元々仲が良かったのだが、シィが喋れるようになってからさらにその仲の良さが増したように思う。
やはりお互い、伝えたいことをしっかりと言葉にして伝えられることが嬉しいのだろう。仲良きことは美しきかな。
そのシィの言葉の具合だが、イルーナが張り切って教えているおかげで少しずつ成長してきており、今は大分たどたどしさが無くなって来ている。
あの必死に喋るたどたどしさが可愛くて好きだったんだが、まあ、こればっかりは仕方がないことだ。これが子育ての寂しさなのだと納得するしかない。
――ちなみに俺が今何故ここにいるのかと言うと、当然遊んでいる幼女を眺めるためだけに外に出て来た訳ではなく、城の内装建設の休憩中だ。
我が魔王城は現在、その十分の一程が完成している。これでも日々内装を追加しているのだが、完成にはまだまだ程遠い。ほぼ内装が埋まっているのなんて、ど真ん中に建っている宮殿みたいな建物ぐらいだろう。
全く、誰だこんなアホみたいな規模の城を建てやがったヤツは。はい、俺でしたね。
……まあ、いいさ。時間だけはまだまだたっぷりある。あんまり焦らず、ゆっくり追加していくとしよう。そうじゃないとその内絶対飽きるだろうから。
今でさえ建設の途中で思考が別の方向に向かい、ムダに建物を増築したりとか草原エリアの地形の追加とかしてるからな。
そうして、ゆったりとした空気と、暖かな陽の光に照らされながら彼女らの様子を眺めていた俺は、建設の疲れからかだんだんと瞼が重くなっていき――やがて、意識を手放した。
* * *
――まるで水の中から水面へと浮かび上がっていくように、意識が表層に登っていき、心地よい微睡の中から目が覚める。
「…………ん」
うっすらと眼を開けていくと、正面から差し込む、地平線に浮かぶ紅色の陽の光。
「……あぁ、寝ちまったのか」
この草原エリアの時間は、外と同期されている。ここが夕焼けに染まっているということは、もうすでに時刻は夕方を回っているということだ。
しまった、ちょっと寝過ぎたか?
――と、身じろぎをしたその時、身体に二つの重みが乗っかっていることに気が付く。
視線を下へと降ろしていくと――そこにいるのは、俺の膝を枕にして目を閉じている二人の幼女。
恐らく遊び疲れてしまったのだろう。二人とも心地よさそうに寝息を立て、ぐっすりと眠っている。
「…………」
俺は少しだけ浮いていた腰を再び下ろし、フッと笑ってから、彼女らを起こさないようにそっと頭に手を乗せ、そして小さく撫でた。
シィからはひんやりとして心地良い感触が、イルーナからは滑らかで温かい感触が、それぞれ指先と手の平を通して伝わって来る。
――こっちに来てから俺は、確かに生きているという実感がある。
前世で俺は、ただただ生きるためだけに生きていた。大した趣味もなく、特別何かしたいということもなく。このまま漠然と生きて何を為すこともなく、何の意味もなしに死んでいくのだろうと思っていた。
まあ、結局その通り、前世はあっさり死んでしまったのだが……それに比べて今世は、まだ前世の十分の一どころか百分の一も生きていないのに、その内容の濃さですでに超えているような気がする。
今日も一日が楽しく、そして何の根拠も無しに、明日も楽しいものになるのだろうという確信があるのだ。
いつかレフィが言っていたが、俺もまた、今の日々が以前と比べて多彩な色に溢れ、そこからさらにどんどんと鮮やかになっていくように感じている。
その色は、一つ一つがとても尊く、大切なもので――そしてこの子らから感じる確かな重みもまた、色の一つなのだろう。
俺はまるで宝物を触るように、彼女らの頭を優しく撫でてから、二人の肩を軽く揺すった。
「――ほら、起きろ、二人とも。あんまり寝過ぎると、夜眠れなくなっちまうぞ。どっかの覇龍みたいに」
「…………んぅ」
「…………ン、アルジ、オハヨ」
先に目を覚ましたのは、シィだった。
眼をくしくししながら身体を起こし、そして俺と目が合うと、にへらと笑みを浮かべる。可愛い。
「おはようシィ。そしてそろそろこんばんわの時間だ。イルーナさーん、早く起きないとあなたの分の晩飯食っちまいますよー」
が、そう声を掛けるも、「んん……」と唸るだけで目を覚ます気配はない。
仕方ない、このまま連れて帰るか。
俺は小さく苦笑を浮かべると、彼女を腕の中に抱き、そのまま「よっこいせ!」と立ち上がった。
「さ、シィ、帰るぞ」
「ウン!」
イルーナを片腕に抱いたまま、もう片方の腕でシィと手を繋ぎ、西日に照らされ長い影を作りながら俺達は、真・玉座の間に繋がる扉へと向かって行った――。
私もそんな人生が送りたい。




