あれ?ウチのダンジョン、こんなんだったっけ……?
「ふー、帰って来た帰って来た。ここまで来るとようやく我が家って感じがするな」
住処へと繋がる扉のある、例の洞窟へと辿り着き、そう言葉を溢す。
「うむ、まあ人間の街もそこそこ楽しかったが、やはり儂は布団の上でごろごろする方が好きじゃな」
「お前、宿のベッドの上でも十分ごろごろしてたじゃねえか。それに、俺が何度ベッドから突き落とされたと思ってやがる」
「フッ、儂と褥を共に出来たのじゃ。光栄に思うがよい」
「何を偉そうにしてんのか知らねーけど、はっきり言ってそれいつものことだからな?寝苦しいと思って朝起きてみたら、俺の顔にお前の足が乗っかってたり、お前自身が俺の上に乗っかってたりなんてことはダンジョンでもザラにあったからな?」
おう、こっち見ようや、覇龍様よ。
「……まあいいや、ちょっと一回、リルの様子が見たいから、このまま普通に草原エリアの方行くぞ」
「む、わかった」
そう言って俺は、いつもの洞窟から草原エリアへと繋がる扉を開き――。
――広がる、魔物の群れ。
そこにいたのは、百は届いているだろう、多種多様な種類の魔物ども。
草原エリアにわが物顔で陣取っており、突如現れた俺達に対して、警戒の唸り声をあげる。
「ッ――!!」
脳裏に浮かぶは、最悪の想像。イルーナ達に何かしらの危機が訪れたのではないか、という――。
その想像を思い浮かべた瞬間、俺は瞬時に虚空の裂け目から大剣を取り出し、魔物どもに斬って掛かろうと――。
「グルゥ!!」
――その時、奥の城の方から聞こえて来る、聞き覚えのある鳴き声。
「……リル?」
そちらへと視線を向けると、そこに現れたのは我が家のペット、モフリルだった。
リルが一声鳴くと同時、魔物どもはビクッと分かりやすく身体を跳ねさせ、ズササ、とリル用の通り道を開ける。
「…………えーっと、これはどういうことだ?」
「よく見よ、ユキ」
最初からずっと冷静だったレフィにそう言われ、俺は幾分か困惑しながらも構えを解き、分析スキルを発動させる。
狼王の配下:狼王モフリルの配下。その力に恐怖し、平伏し、そして心酔している者。
草原エリアに陣取っていた魔物どもに、共通して載っている称号が、それだった。
……え、何。どういうことなの。
コイツら皆、リルの配下ってことか……?
「クゥ……」
魔物どもが空けた道を通り、慌てて俺の方にやって来て申し訳無さそうな表情を浮かべるリル。
「あ、あぁ、別に気にすんな。それより、コイツらは……?」
……聞くところによるとどうやら、リルが魔境の森で狩りをしまくっていたら、ある時「配下に入るから襲わないで!!」といった感じで、勝手に付いて来るようになったヤツらがいたらしい。
自分を慕って来る以上、何だか無下にすることも出来ず、かと言って自身が俺のダンジョンモンスターである以上あんまり勝手なことをするのも憚られ、とりあえず放置しておいたそうなのだが……何だか知らない内にその集団があれよあれよという間に大きくなっていき、気付いた時にはこんな規模になっていたそうだ。
今回に関しても、リルが警護のために草原エリアを守っていたら、「俺達も使ってくださいよ!!」とこの魔物どもが勝手に押し掛けて来て、その結果がこれということだ。
……まあ、リルはもう、とっくに俺のステータスなんか超えてすんごい強くなっちゃってるからな。この近辺の森で、一番強い魔物が出現する西エリアのヤツらとタメ張れるぐらい。そら、そこらの魔物だったら恐れて恭順するか。
……なんかコイツ、アレだな。俺よりも主人公って感じしてるな。ま、まあ、いいんだけども。
「い、いや、謝らなくていいけどよ。好きに生きろって言ったのは俺だしさ。これからも大事にしてやれよ」
恐縮そうな様子のリルにそう言うと、リルは「申し訳ないです」とでも言いたげに頭を下げ、そして後ろに「グルゥ!!」と咆える。
すると、後ろのリルの配下達が一斉に俺達に向かってまるで跪くように平伏し、頭を下げた。
……うん。優しくしてあげてね。
* * *
「いや……それにしてもビックリしたな」
「まあ、彼奴も他を率いる器じゃ。力ある者には必然、そこに惹かれ付いて行く者がおる」
当然、といった様子で、レフィはそう言った。
なるほど……まあ、あれはあれで、処世術の一つなのだろう。強い者に恭順することで、自身の生存確率を高める。
魔物達も別に、のほほんと暮らしている訳じゃなくて、日々を生き残るために必死に生存競争を戦っている訳だし、ならばそれもアリなのかもしれない。
何と言うか……賢いヤツらだこって。
そんなことを考えながら俺は、リルの顔を見ることが出来たのでもう用は無いと、城の内部にいくつか設置された、真・玉座の間に直結する扉へとレフィと共に向かう。
レイス三人娘には、後で俺だけで会いに行くとしよう。レフィがいると怖がって隠れちゃうからな。
「――ただいまー」
「帰ったぞ」
「――あっ!!おかえりなさい!!」
ガチャリと扉を開けて中に入ると、俺達をすぐに出迎えたのは、金髪の幼女、イルーナだった。
「うおっ、はは、ただいま」
とてとてとこちらに走り寄り、ジャンプして飛び掛かって来た彼女を空中でキャッチする。
「あっ、ご主人、レフィ様、おかえりなさいっす!」
「ただいま。レイラは?」
「レイラは今、外で洗濯物を取り込んでるっすよ。呼んで来るっす!」
「いや、そこまではしなくていいよ。邪魔しちゃ悪い」
呼びに行こうとしたリューに苦笑しながらそう言うと、その時ぴとっと俺の横に誰かがくっ付く。
「オア、エイー」
「おう、ただいま――ただ、いま……?」
…………待て、今俺は、誰にただいまを言ったんだ?
イルーナ、リューは違う。イルーナは俺に抱っこされたままでグリグリ頭を俺の胸に押し付けているし、リューは奥にいる。そしてレイラはここにはいない。
そのことに思い至り、俺がゆっくりと視線を下ろしていくと――。
――そこにいたのは、少しばかりイルーナに似た、透き通るような水色の幼女。
髪の色が、とかではない。文字通り水色をした身体が透き通っており、反対側の床が見えている。
「…………」
あんぐり口を開けて固まり、思わず彼女を凝視してしまっていた俺だったが――ふとその時、初めて見たはずの彼女に、親近感を覚える。
――俺はこの子と、会ったことがある。
それも、ただ会っただけではない。この親近感の覚えようは、それこそイルーナやレフィに抱く感情と同じものだ。
――俺が親近感を感じ、ウチにある水色で透明なものと言ったら……思い浮かぶものは一つしかない。
「お前――もしかしてシィか!?」
「ソウ、アヨ!」
すると水色の幼女――シィは、嬉しそうにピョンピョンと跳ねたのだった。




