路地にて2
虚空の裂け目から俺が取り出したのは――漆黒の、大剣。
岩ですら斬り裂けそうな鋭い両刃の刀身は光を吸い込む程に黒く、そして柄も闇のように黒い。非常に重く、今の俺の魔王の膂力を以てしても、振るのに全身の力を必要とする。
まるで、俺の魔王城がそのまま剣へと形を変えたかのような重厚さだ。
破塞:魔王ユキの作成した、漆黒の大剣。非常に重く、並みの者では持ち上げることも出来ない。品質A+。
この大剣、『破塞』のコンセプトは、ただひたすらに硬く、鋭く、重く、だ。故に、魔術付与もしておらず――というか、出来なかった。
恐らく、製作する時に魔力をしこたま込めたことが原因だろう。そのせいで武器に魔術回路の入り込む余地がなく、付与が出来なかったのだと思われる。
ただ――性能は、非常に良い。『大剣』というところだけで見れば、失敗作も含め今まで俺が造った物の中で、一番の斬れ味を誇っている。
俺は、それを無造作に構えると、ニヤリと笑った。
「オラ、来いよ、図体だけはムダにデカいの。魔剣だか何だか知らねーが、テメェと俺の格の違いを見せてやる」
「ッ、口の利き方をッ、気を付けるんだな!!」
そう言うとデカブツは、強化された身体性能に物を言わし、ロケットのような勢いで突っ込んで来ながら、野獣染みた雄叫びを上げて俺の脳天へと斧を振り下ろす。
俺は下半身を大地に植え付けんばかりにどっしりと腰を入れ、デカブツの動きに合わせ全身の筋肉で大剣を斧の軌道上へと振り上げ、迎撃する。
腕を襲う、凄まじい衝撃。
高らかに鳴り響く、剣戟の音。
吹き荒ぶ、激突の風圧。
力と力がぶつかり合い――先に弾かれたのは、デカブツの斧だった。
「なッ!?」
身体能力が著しく強化された状態での力の競り合いで、それも上からの振り下ろしという有利な攻撃を仕掛けたのにもかかわらず、負けるとは思っていなかったのだろう。デカブツの顔に、驚愕が浮かぶ。
悪いな。テメェみたいな技じゃなくて力押しのヤツを相手すんのは、大得意なんだわ。
「オラッ、こんぐらいでへばるんじゃねぇぞ!!」
「クッ――」
大剣を振り切った勢いでくるりと身体を回転させ、攻撃に遠心力を上乗せして二撃目をぶち込む。
デカブツは慌てて斧を滑り込ませて防御に回るが、しかし不安定な体勢だったために受け切れず、ブシュ、と鮮血が舞う。
「チッ、クソが……ッ!!」
さらに俺は、叩き付けるようにして次々と相手へと超重量級の大剣の攻撃を放ち続ける。
耳を劈く轟音が、高らかに路地に鳴り響き続ける。
そのまま幾度か武器を打ち合わせるが、しかしこのままでは不利だということを悟ったのだろう。デカブツは片手で腰の辺りから何かを取り出すと、大剣を振り切った格好の俺へとそれを投げつけてくる。
俺は反射的な動きで、それを返す刀で斬り裂くが――その瞬間むわ、と白い煙が一気に広がり、視界を奪う。
「……煙幕か」
視界は完全に白で埋まり、少しの先も見通すことが出来ない。
古典的だが……それ故有効的だ。
仕切り直しのつもりなのか、どうやら距離を取ったらしく、目の前からデカブツの気配が消える。
意外と冷静な対応をする。
狂気に陥ってはいても、別に理性がトんでる訳ではない、ということか。
「――くたばれッ!!」
――まあ、有効的なのは、俺以外の相手に限っての話だがな。
「残念」
予めデカブツのいる方向に迎撃の構えを取っていた俺は、突如目の前に現れた斧の刃を、大剣で受け流す。
視界が無くなろうが、相手に魔力があれば俺は、『魔力眼』によってそれを感知出来る。
故に、デカブツが発する魔力も捉えられるし、そして『魔剣』である斧にも当然魔力が宿っているため、武器自体の軌道も肉眼で見ずともわかるのだ。
「何ッ――」
渾身の一撃を外され、がら空きとなったデカブツの胴体へと、俺は――大剣を、突き立てた。
肉を貫き、骨を砕く感触。
一眼で致死量だとわかる血が激しく周囲に飛び散り、デカブツの背中側から刃が生える。
ゴフ、とデカブツが血を吐き出す。
「な、何故、負け……」
「お前が弱いだけだ」
ズブリ、と大剣を引き抜くと、デカブツはがくりと膝から崩れ落ち、急速に瞳の色を失っていき――最後には、地に伏して動かなくなった。
デカブツの手から滑り落ちた斧が、カランと音を立て、路地に転がった。
俺は、破塞をビュッと振って血糊を落とすと、それをアイテムボックスへと放り込んでから、無言で視線を下ろす。
その先にあるのは、特にスキルを使わずとも一目で気色悪い魔力が渦巻いていることがわかる、魔剣の斧。
…………。
「……レフィ、俺がおかしくなったら、腕を斬り落としてでも止めてくれるか」
「うむ。任された」
「えっ、ちょ、ちょっと、何する気なの!?」
レフィは俺の見ているものを見て、何をするつもりなのかすぐに理解したのだろう。こくりと頷いて、後は任せよ、とばかりにどん、と構えている。
頼もしい限りだ。
「も、もしかしてそれに触るつもりなの!?危ないよ!?」
ようやく何をするのか察し、慌てて忠告してくる勇者を無視して、俺は斧へと手を伸ばし――。
――触れた瞬間、まるで脳味噌に直接叩き付けるかのような、膨大な怨嗟と憤怒の慟哭が流れ込んで来る。
全てを憎み、怒り、何もかもを壊したくて、壊して、そしてその壊された者をさらに取り込み、力を増す。
どうしようもない、負の連鎖。
ヤツらは、漏れなく武器に触れた俺にも、その最悪の循環の中へ引き入れようとしてくるが――。
――黙れ。
俺の精神に侵食しようとするその慟哭を、莫大な魔力で覆って締め付けることにより、無理やり捻じ伏せる。
――テメェらがどんな思いで死んだかなんて、毛程も興味がねぇ。
だが、テメェらはもう、俺のもんだ。俺の所有物なら、所有物らしく、黙って俺に使われろ。
そうすりゃ、そんなクソみたいな感情に囚われないように、生まれ変わらせてやる――。
そう、まるで獣を躾けるように魔力で捻じ伏せながら念じていると、段々と武器が伝えて来る慟哭は小さくなっていき……やがて、ほとんど気にならない程に収まった。
「……フン」
完全に大人しくなったところで、俺はアイテムボックスへとその斧を放り込む。
――一度俺が武器錬成で作り上げたものは、もう一度武器錬成の対象には出来ないが、しかしそうでないものに関しては、魔力を流せるものであれば全てが武器錬成の対象になる。
帰ったら、こんな枷みたいな武器から、俺の超絶カッコいい武器として造り直してやるとしよう。
「あー、終わった終わった。いやー、面倒くさいのに絡まれたもんだ」
「……だ、大丈夫なの?身体がどっかヘンになってたりしない……?」
「大丈夫大丈夫。俺、魔王だからな。こういうマイナスな感じのヤツは得意分野だ」
「い、いや、むしろそういうのは僕らの方が得意だと思うんだけど……」
あ、まあ、そうね。
君、一応教会所属だもんね。
「ま、特に『呪い』に飲まれた様子もないし、まず大丈夫じゃろう。――それにしても、ユキ。俺の女、か。随分言ってくれるの」
「へっ……?」
「何じゃ、無意識だったのか?『俺の、女に、何をするって……?』とな。いやー、あんなにお主が怒るのを見るのは、以前の街以来じゃな」
ニヤリと笑みを浮かべてこちらを見上げるレフィ。
えっ、俺……そんなこと口走ってたのか!?
「お、俺、そんなこと言っちゃってた!?」
「……うん、まあ、言ってたよ。思いっきりね」
隣の勇者に慌てて問い掛けると、ちょっと呆れた様子で頷くネル。
ま、マジか。完全に無意識だった。
「そ、そうか。す、すまん、きっと、俺の連れの女とか、そんなことが言いたかっただけで、気にしたのならムグッ――」
しどろもどろに謝る俺を言葉途中で遮り、俺の両頬をレフィがムギュ、と両手で押さえる。
ひんやりと冷たく、それでいて温かい彼女の掌の感触。
視線が交差し、彼女の優しげな眼差しが、俺を捉える。
「謝るな。お主がそう言ってくれて、儂は嬉しかったぞ、ユキ」
そう言った彼女の顔には――少しだけ恥ずかしそうな微笑みが浮かんでいた。
「……ねぇ、とりあえず、先に進まないかな」
「あっ、そ、そうだな。うん。余計なところで時間食っちまったしな」
ぼけっとアホみたいにレフィの顔に見惚れてしまってから俺は、慌てて彼女から離れ、そう勇者に言葉を返す。
「うむ、そうじゃな。さっさとゆこう。またあの串の肉が食いたい」
レフィの方はもう、すでに何でも無いかのように、平然とした様子でそう言った。
――と、その時、道の先から、ガヤガヤと近付いて来る喧噪を耳が捉える。
「――衛兵だ!大人しくしていろ、でないと敵対の意志ありとして、すぐに攻撃に移らせていただく!!」
うわ……しまった。
流石に時間掛け過ぎたか。
どうしたもんかと思っていると、その時やって来た衛兵の先頭に立つ男が、見覚えのある者であることに気が付く。
「あれ?……アンタ、前に会ったおっさんじゃねえか」
「――ッ!!、お前はッ――」
「そこから先は、お互いのために言わない方がいいと思うぜ」
そこにいたのは、以前森に襲って来た軍隊の、唯一俺が会ったおっさんだった。
「……何をしに、来たんだ」
些か緊張した様子で、そう問い掛けて来るおっさん。
「んー、何をしにって言われると、あれだな、ちょっと用があって、ここの領主のおっさんに会いに来た」
「えっ……おにーさん、そんな目的だったの」
「おう。顔見知りだからな」
「……ここに倒れている者達は?」
「知らん。何か急に襲って来たから返り討ちにした」
「隊長、この者達、皆前科ありですね」
隣にいた別の衛兵が、そうおっさんに耳打ちする。
「……お前達、この場の処理を頼む。――どうやら、街の者が失礼したようだ。詳しい話を聞きたいところだが……ご領主に用事があると言うのであれば、私がそこまで案内しよう。同行してもらえるか?」
緊張した様子は残しながらも、武器を納めて、そう言うおっさん。
おぉ、何だ、俺を警戒している割には、あっさり案内してくれるのな。
……いや、逆か。警戒しているからこそ、自身の目が届くようにしておきたいんだろう。
まあ、その辺りはどうでもいい。領主のとこまで案内してくれるんだったら、俺としては何にも言うことはない。
俺はチラリと勇者達の方へと視線を送り、彼女らに異議がないことを確認してから、おっさんの提案に首を縦に振った。
「……儂は串焼きが食べたかったんじゃがな」
……訂正。若干一名は、不満があったようだ。
後で買ってあげるから。
初めてまともにバトルさせた気がします。




