閑話:一家
一旦リハビリ。
「レフィ」
「うむ」
「二本の角に尻尾。銀の髪。ふむ……レフィはレフィだな」
「は?」
怪訝そうな顔である。
「何じゃ、突然」
「いや、別に。何となく」
「……ふむ」
するとレフィは、玉座に座っていた俺の膝の上に、突然どしーん、と飛び乗る。
「ぐえっ」
「甘えたいなら甘えたいと素直に言えば良いのに。全く、恥ずかしがり屋め」
「そういう訳じゃ――はは、いや、そうだな」
俺は、膝の上のレフィを軽く両腕で抱える。
安心する匂い。
心安らぐ体温。
彼女の存在を感じるだけで、俺の精神が、否応なく落ち着いていくのがわかるのだ。
「お前は変わったよなぁ」
「お主は変わらんな。出会うた頃から、そのまんまじゃ」
「おう、口調からして、なんか微妙に貶されてるような気がするんだが、気のせいだと思っておくことにしよう」
「およよ、旦那と以心伝心が出来て、儂はほんに嬉しい……」
「サクヤー、聞いてくれ。お前の母ちゃんが父ちゃんをいじめてくるんだ」
「リウー、聞いてくりゃれ。お主の父が阿呆で困るんじゃ」
近くで遊んでいた子供達を抱き上げ、それぞれ語り掛けるが、「あうー?」「うおぅ?」とよくわかってない様子で小首を傾げる二人。可愛い。
「おいレフィ、娘に父の悪評を吹き込むんじゃない。『えー、お父さんアホなんだー』って思うようになっちゃうだろ」
「お主は一度鏡を見た方が良いの。頭にぶーめらん刺さっておるぞ」
「鏡よ鏡、リウとサクヤの良き理解者はだーれ?」
「セツ」
「……それは間違いないな。この子ら、セツと自分らが違う種ってことからわかってないかもしれんし。特にリウなんか、もう同族だって認識してるかもしれん」
「両親と同じく、セツの意思も言葉にせずとも儂らに伝わってくるものな。……そう考えると、ちと儂らで注意しておかんとならんかもしれん。この二人が、セツとの非言語こみゅにけーしょんに慣れてしもうては、言葉を話すのが遅れる可能性があるじゃろ。サクヤなど、他の魔物どもともそのように交流しておるようじゃしの」
「お前そんな、頭良さげなことを言うタイプだったか?」
「儂は、覇龍から教育ままへと進化したのじゃ!」
・龍族
↓
・古代龍
↓
・覇龍
↓
・教育ママ(New!)
果たしてこれは進化なのだろうか。
いやまあ、レフィは生まれた時からずっと古代龍だそうだが。
「そうかいママ。子供らに嫌われんよう気を付けてくれな。まあ、別にお前、他人に理想押し付けるタイプじゃないし、そういう点で心配はサラサラしてないんだが。……けど確かに。俺達の話す言葉と、セツ達の鳴き声が同じ言語だと勘違いはしてるかもしれん、この二人」
「魔力での言語を一般的であると理解してしもうてはの。感情を読み取るだけで、言葉自体は理解出来ておらんかもしれんな」
あり得ない話じゃない。
俺だってリルとは普通に話が出来るが、言わばそれは、言語を解さない魔力によるコミュニケーションだ。
魔力に乗っかっている意思を、俺の肉体に備わった魔力感知機能が読み取っているだけに過ぎない。
仮にそれに慣れてしまったら、魔力を用いない言葉を発してのコミュニケーションは、酷く難しく感じてしまうのではなかろうか。
「……ん、冷静に考えてみると、割としっかり問題だな。毎日しっかり話し掛けてあげて、言葉自体にも意味があるっていうのを理解させてあげないとか。よし、そうと決まれば、さっそくだ! サクヤ、いないない~、ばあ!」
「あうあぅよ!」
「それ話し掛けておるか?」
大喜びのサクヤと、冷静にツッコんでくるレフィである。
「うぅ、うぅ!」
「ほらレフィ、リウもいないいないばぁしてほしがってるぞ」
「……いないいない~、ばあ!」
「あやう! うぅ!」
「うーむ、お主はほんに可愛いのぉ……我が子よ、お主は厳密にはリューの子じゃが、大きくなったら、しかと儂のこともお母さんと呼ぶように! ままでも良いぞ!」
「あうあ!」
「おっと、勿論サクヤも、好きなだけ母に甘えて――いや、けどサクヤは男子じゃからのー。ユキの子でもあるし、恥ずかしがって、あまり甘えて来ぬかもしれんな」
「はは、ま、男ってのはそういうもんだ。現時点でサクヤはちょっと冷静な感じが見えるしな。きっとクールに育つぜ、この子は」
「かか、うむ、多くの姉に振り回されてな。――ユキ」
「あぁ」
「楽しみじゃな。未来が」
「はは、そうだな」
胸の内の喜びが滲み出るような、穏やかで美しい笑みを浮かべ、レフィはリウを抱っこしたまま、俺の胸に身体を預ける。
俺もまた、サクヤを抱っこしたまま、彼女の頭を軽く抱えるように、抱き締めたのだった。