世界の意味《3》
気付いた時には、俺はそこに立っていた。
――玉座の間。
見覚えのある、広さと形状。
ここは、あの扉の先の空間か。
俺の意識は、扉を潜ったところで飛んでいたのだが……いつの間にか中に入り、そして玉座に手を触れていた。
そうか……全てのダンジョンは、ここを模して生まれたのか。
「――さん、ユキさん!」
「ん、おぉ……レイラか」
「どうしたんですか? 突然ー……」
心配そうに、俺を見るレイラ。
ずっと呼びかけてくれていたのか、俺の腕を両手で掴んでおり、そこに力が入っている。
「大丈夫だ、問題無い。ちょっと意識が現世から乖離してただけだ」
「いや全然それ大丈夫じゃないですよー!?」
サクヤを見ると、どうも疲れてしまったのか、いつの間にか俺の腕の中でぐっすりと眠っている。
ただ、良かったかもしれない。
起きた時、女神がいないとわかったら、また泣き出していたかも――って。
何となくでサクヤに分析スキルを使った俺は、それの存在に気付く。
――『創造神の加護』。
そんな称号が、新たに増えていた。
これもまた、俺では一切詳細を確認することが出来ないが、まー、こんな銘打たれているものが軽い内容の訳ないだろうな。
あのちんまい女神様の、「フフン」と得意げに笑っているような表情が、簡単に想像出来るようだ。
『……主、もしかして?』
「あぁ。ドミヌスとガイアに会ってた。ここに入ったところから記憶が無いが、またボーっとしてたか?」
『……ん。ゆっくり歩いて、玉座に触れて、動かなくなった。サクヤも一緒。それで、突然サクヤにたくさんの光が降り注いでた』
「……はい、すごい光が降り注ぎまして、にもかかわらず二人とも全然動かないのでー……」
そうか……なら、その時に加護を獲得したんだな。
今眠ってしまっているのは、その反動か。
「悪い、心配させたな」
「どういうことだい、魔王……?」
と、怪訝そうに俺を見るお師匠さん。
俺は、何と答えるべきか少し考えてから、口を開く。
「お師匠さん、魔界王」
「……あぁ、何だい」
「何かい、ユキ君」
「この場所は、神代で放棄された場所だ。世界発展のために使われ、だがすでに役割は終えている。だから、ここのことは秘密にしてくれるか? 文化の研究はしてもいい、ゴーレムの解析も、まあいいと思う。けどそれは、秘匿されるべきものだ。ものによっては違うかもしれないが、あんまり世に出回るべきものじゃない」
ダンジョンの機能で、大分ズルをしている俺ではあるが、その技術を世の中にばら撒いている訳じゃない。
ガイアは、俺に「管理しろ」とは言ったが、「禁止しろ」とは言っていない。
そこは今を生きる俺達で考えろ、ということなのだろう。
「あぁ、アタシらは問題無いよ。アタシらは知識欲が満たされれば、それ以外は些事だ」
「僕はただの援助者さ。羊角の一族の者がそう言うなら、僕がどうこう言うことは無いね」
二人の返事に、コクリと頷き、それから俺は、実は視界の端にずっと浮かんでいたソレへと視線を向ける。
そこにあるのは、見慣れぬダンジョン機能の画面。
これは……ここの管理画面だな。
つまりは、俺が持つ幽霊船ダンジョンや、ローガルド帝国のように、ここもまた俺の支配領域になった、ということなのだろう。
ただ、よく見ると幾つか機能が削除されているようで、特にここを発展させることは、もう出来ないようになっているようだ。
ダンジョン内に、新たな施設を造ることが不可能になっているのがわかる。出来るのは修理と現状維持だけだな。
……いや待て、ここの管理権限を俺が得たということは、あのゴーレム軍団、俺のものになったということだろうか。
えー、あんなのもらってもどうしようもないんだが。過剰戦力が過ぎる。
ドワーフの神、ドヴェルグが造り過ぎたせいで、在庫が余りまくってるとか言ってたし、さては俺に処理を押し付けたな?
全く……彼女のほくそ笑むような表情が頭に思い浮かぶ。
本当に、流石ルィンの親とでも言うべき存在である。
とりあえず、稼働状態の警備を変更して全て待機状態にし、俺は皆へと声を掛けた。
「みんな、もう鎧を脱いでもいいぞ」
「どういうことだい……?」
「ゴーレム達はもう、俺達を敵視しない。脱いでも襲ってこない」
「……後で、説明くれるんだろうね?」
「話せる範囲のことは話すさ。レイラ、サクヤの鎧、外してやるの手伝ってくれ」
「あ、は、はい、わかりましたー」
そうして、重い鎧を脱いだ後、この部屋の探索を行う。
と言っても、特にここに、珍しいものは何もなかった。
俺達の家によく似ている、という点を除いて、他にアイテムらしいアイテムは特に置かれておらず、玉座がポツンとあるのみ。
俺はてっきり、ここを稼働させている神代シリーズの武器があるんじゃないだろうかと思っていたが、そうではなく、ここは真にダンジョンと同じ場所であるが故に、DPのようなもので動いているのだろう。
ダンジョンのコアたる宝玉も無い。いや、そもそもここのコアは、ドミヌスそのものだから、多分最初から存在しないんだろうな。
ここには何もないとわかって、お師匠さん達はちょっと落胆していたのだが、悪いな。
ここに来たことによる最大の恩恵は、俺達が受けちまったようだ。代わりにここの研究には協力するから、それで勘弁してくれ。
俺は、眠るサクヤを抱っこしながら、玉座に手を触れる。
ひんやりとして、しかしどことなく、温かみのあるような。
また、飛び地が増えちまったな。
……まあ、いいさ。
アンタ達は、よくやってくれた。
この世界を、存分に発展させてくれた。おかげで俺は、レフィ達に出会うことが出来た。
こうして、娘と息子を得ることが出来た。アンタ達が、世界に「混沌あれかし」と、頑張ってくれたおかげだ。
だから、後輩として。
俺も……この世界の発展。出来る限りで手伝おう。
混沌たるヒトとして、精一杯に、命を楽しむよ。息子達と一緒にな。
「……しょうがないから、ゴーレムの後始末もしといてやるよ」
「? 何ですか、ユキさんー?」
「いや、何でもないさ」
俺は、笑って肩を竦める。
――どこかで、小さな女神様が、微笑んだような気がした。