世界の意味《1》
「フゥ……」
動かなくなった阿修羅ゴーレムの前で、一息吐く。
全ブッパの奇襲で、どうにか倒せたか……コイツを正攻法で倒せるヤツなんて、この世にいるのか?
いや、勿論レフィなら余裕だろうが。あと、精霊王も倒せるだろうな。
全く、俺もまだまだ努力が足りないな。
ヒト種の中なら余裕が出て来たが、俺が強さを求めたのは、そもそもヒトの中で長じたいなんて理由じゃない。
レフィに追い付きたいから、鍛えていたのだ。
その初心を忘るるなかれ、だな。
俺は阿修羅ゴーレムの残骸をアイテムボックスに突っ込み、戦闘フィールドの先にある大階段を見上げる。
――さて、残りはどれだけあるか。
ただ、もうゴールは近いように思う。
この城はデカい。それはもうバカみたいにデカい。
だが、謎解きエリアに使っていた面積がかなり広かったし、こうしてボスみたいな雰囲気で阿修羅ゴーレムも配置されていた。
恐らくもう、仕掛けがあっても一つか二つだと見ているのだが、しかし俺達は、ここで少し休憩を取ることにした。
すでにそれなりに歩き、今皆に魔力を提供してもらったことで、疲れが見えるからだ。
着込んでいる鎧も、軽量化が図られたとはいえ、それでもまだ重いことは確かだしな。体力の消耗も大きいだろう。
「魔界王、どうだ、冒険は」
「フー、いやキツいね。特に、鎧がキツいよ。よくみんなこんなの着て戦闘とかやれるもんだ」
「それは俺も思う。よくこんなの着て俊敏に動けるなって」
「君、今すごい勢いで突撃してったけどね」
「ただ真っすぐ突撃すんのと、機敏に動き回るのとじゃ話が違うだろ?」
「そうかい。……そういやユキ君って、防具着けないよね。あの戦争の時も着けてなかったし」
「おう、俺、防具嫌いなんだ。魔境の森じゃあ、魔物どもの攻撃力が高過ぎるから、生半可な鎧は意味が無くてな。だったらいっそのこと、そういうの一切無しで機動力を確保した方がいいって思ってよ」
この魔王の肉体、強靭だしな。
「へぇ……なるほどね。君の住む環境が、防具を不要としたのかい」
「まあ、好みの問題だろうけどな。多分今なら、相当強力な防具も用意出来るだろうし、それを着てもある程度は動けると思うんだが、それ無しで今日まで戦ってきた以上、今更戦闘スタイルを変えるのもな。慣れもあるし」
それに今は、防具と言えるのかわからないが、神槍の第三形態がある。
現在は解除しているが、この第三形態の時は腕にまで変化が走り、侍の肩当てと手甲みたいなものが魔力で生成されるので、実は神槍がある時の俺は防御力がかなり高いのである。
「ユキさんの妻である身としては、出来ればもう少ししっかり、防具を着けてほしいのですがねー。この人、そういうところは頑固なのでー」
「あはは、言われてるよ、ユキ君」
俺は肩を竦め、それから我が子を見る。
「おうサクヤ、お前は戦うとなったら、ちゃんと装備しないとダメだからな」
「うぅ?」
「ユキさん、気が早過ぎですよー。あと何年先の話ですか、それー」
「はは、ま、そうか。まずはハイハイが出来るようになるところからか。もうちょっとだとは思うんだが」
「……ん。サクヤ、身体がしっかりしてきた。多分もうちょっと」
そうしたら、爆走ハイハイ赤ちゃんズが出現するな。
そこにセツも加わり、それはもう可愛い空間になるのだ。
「這えば立て、立てば歩け、だねぇ……アンタらの家族を見てると、何だかほっこりしてくるよ」
「イルーナ達にも、そういうところあるです。あの子達、見てると大体いつもニコニコで、楽しそうなんです」
「魔王達が家で、どんな風に過ごしているのかがよく伝わってくるよ。レイラ、アンタもすっかり染まっちまってまあ。良いことさ」
「レイラお姉さまも、のほほんとしたところはありましたが……本当に、随分変わったものです」
「……私とて、変化するのですー」
普段見せないような、恥ずかしがるような珍しい表情で、プイ、と横を向くレイラ。
はは、羊角の一族と――特に、お師匠さんとエミューと一緒にいる時のお前は、本当に色んな顔を見せるな。
最高の妻である。
◇ ◇ ◇
その後、軽く糧食等を食べ、十分くらい休憩し、俺達は探索を再開する。
向かうのは勿論、阿修羅ゴーレムの奥にあった大階段。
ゴールはもうじきと判断していた俺だったが……どうやらその予想は、当たりだったらしい。
大階段の奥にあったのは、行き止まり。
えっ、と思い、何か隠し通路とかがあるのかと皆がそこに入ると、床が動き出す。
上へと向かって昇っていき、壁の窓から見える外の地底世界が、どんどんと下がっていく。
――なるほど、エレベーターか。
どう見ても電動ではなく、魔法で動いているようだが……これウチも欲しいな。雰囲気出るし。
……いやでも、『扉』があればいらないんだよな、基本的にこういうの。どこでもその場でワープ可能だから。
見慣れぬ機構に、羊角の一族の皆に緊張が走り、緊迫した空気になるが、俺は笑って言葉を掛ける。
「落ち着け、みんな。ただのエレ――移動用の乗り物、というか床だな。上に移動するための床だ。これ自体には何もないから安心してくれ」
「……魔王、アンタ、こういうものに乗ったことがあるのかい?」
「ま、ちょっとな」
やがてエレベーターは、城の最上階付近に到達したところで停止。
先に見えるのは――大扉。
多くの装飾の入った、上品で、手の込んだ扉。
この感じからして……恐らくここが、終着点か。
「フゥ……行くぞ、みんな」
そう言って俺は、扉の取っ手に手を掛け――。
「……あ?」
扉は、開かなかった。
押しても引いても、うんともすんとも言わない。何か、魔法的な機構で閉じているような感覚だ。
……よく見ると何か、扉の中央辺りに窪みがあるな。
多分、ここに物を嵌めることで通れるようになるのだろうが……当然ながら、そんなもの俺達は持っていない。
え、もしや、城下町か、城の他のエリアを探索しないとここは通れないのか?
嘘だろ、まさかここに来て探索不足にぶち当たるとは。
サクヤの案内はここまで正確だったが、流石に三段飛ばしで来過ぎたか?
……いや、サクヤはよくやってくれている。俺達が頼り過ぎたツケがここで回ってきたか。
「あぅ、あう!」
なんて、そんなことを思っていたその時、サクヤレーダーが反応を示す。
! そうか、サクヤはここを通る術に、何かしら心当たりが――は?
その小さな手が向けられる先を見て、思わず俺から、そんな声が漏れる。
我が息子が反応を示したのは、魔界王。
「ははぁ、なるほど……この時のため、か」
彼は、何やら納得したような様子でそう呟き、レイラが抱っこしているサクヤの頭をポンポンと撫でた後、懐から何かを取り出す。
それは――装飾の入った、宝玉のようなもの。
魔界王は、大扉に近付き、窪みにそれを当て――カチリと嵌まる。
瞬間、ブン、と扉の縁が淡く光り、わかりやすく電源が入ったかのような状態となる。
恐らくはこれでもう、通れるのだろう。
「ねぇ、ユキ君」
「……あぁ」
「たまたま僕が、君と知り合いで。それで、ここに興味を示して、この宝玉を持って旅行で訪れる……それはいったい、どれくらいの確率なんだろうね?」
とても、とても楽しそうに笑う、魔界王。
「……お前は、何を知ってるんだ?」
「さあ、大したことは。僕が知っているのは、魔界の王に代々伝わっている伝承だけさ。曰く、『魔界に、神々のおわす地あり。座に玉を嵌めよ』。この訳のわからない言葉のみ。ただ、神代らしい遺跡が見つかったと聞いて、もしかしたらこれを使う時かなって思って、持って来たんだ」
……偶然、魔界王がエルドガリア女史と知り合いで、そして俺と知り合いで。
共にこの遺跡を攻略し、ここに辿り着く確率。
いったいそれは、如何程のものなのか。
いや、それを言うならば、俺とレフィが出会い、結婚し、サクヤを産んでここに至るような道筋。
全ては、自分で選んだ結果だ。誰に誘導された訳でもなく、俺が選び、ここに至った。
だがそれが、こうしてこの結果を生んでいる。
……俺で、これなのだ。
サクヤが大きくなった時、この子を取り巻く因果律の強さがどう作用するのか。
何度も思っていることだが、こうして共に行動していると、一層我が息子の将来の大変さを感じるものである。
「運命、ね……ウチの息子が生まれてから、俺は因果律とか、そういうものを感じっぱなしだ」
「いやホント、君の息子すごいよねぇ。大きくなったらウチにおいでよ。国の要職に就けてあげるから」
「おっと、陛下。ソイツは聞き捨てならないね。サクヤには、ウチの里で学んでもらうつもりだ。陛下には色々と感謝しているが、政治なんて面倒なものに関わっちゃあ、この子が可哀想さ」
「えー、でもサクヤ君の超感覚は、そういうところでこそ活きると思うんだけどなぁ。ねぇ、元皇帝のユキ君」
「……あのな、二人とも。そういうのは親が決めることじゃねーんだ。まあ、羊角の一族の里では学ばせてもらうかもしれんが、そういう勧誘はこの子が独り立ちしてからにしてくれ」
親ならば子供の将来を思うものだろうが、子供には子供でやりたいことがあるのだ。
そこは、親が口を出すことじゃない。
「ほー……ユキ君、そういうところはしっかりしてるんだねぇ」
「そういうところはって何だ、そういうところはって。俺は常にしっかり者の頼れる魔王だ」
「そうかい。ユキ君、横にいる奥さんの表情を見た方がいいね」
「おう、どうしたレイラ、そんなにこやかな笑顔を浮かべて。今日も我が妻は美しくて最高だな」
「……ありがとうございますー」
――そう、緊張を解すように軽口を叩いていた時。
「うぅ、うおぉ!」
「うおっ、どうしたんだサクヤ」
「うぅ……!」
何かを訴えるかのように、俺に向かって両手を伸ばすサクヤ。
「……多分、ユキさんに抱っこしてほしいんじゃないでしょうかー?」
「抱っこ? ……珍しいな」
リウもサクヤも、抱っこをねだる時はあるが、俺に対してそれをすることは滅多にない。
別に、俺が抱っこしたからって嫌がったりはしないし、泣いている時を除いて普通に喜んでくれはするのだが、わざわざ俺を指定して「抱っこして!」と言うくらいなら、妻達の方にそれを頼むからな。
である以上、今こうして俺を呼ぶってことは……多分、そうしなければならない理由があるのだろう。
そう思った俺は、神槍を一旦アイテムボックスにしまい、片手でエンを持ったまま、レイラからサクヤを受け取って抱っこする。
すると、何かを訴えるのをすぐにやめ、大人しくなる我が息子。
「……よし。一緒に行くか、サクヤ」
「あうぅ!」
俺は、サクヤを抱えたまま、今度こそ大扉を開き――。