仕事の依頼
エルドガリア女史とエミューの家にて。
「――ん、わざわざアンタの方から来てくれたのかい。悪いね、アタシから説明に行こうと思ってたんだが」
「すぐに行ける距離だから、これくらいは気にしないでくれ。お師匠さんには世話になってるしな。――それで、俺とレイラの力を借りたいってエミューが言ってたそうだが……」
そう言うと、彼女は頷く。
「あぁ、今アタシ達は、とある遺跡の調査を行ってるんだ。魔界の端の、限りなく秘境に近い位置にある遺跡でね。アンタのところの、魔境の森みたいな場所さ。と言っても、そっち程魔物が強い訳じゃあなく、まだアタシで相手出来る範囲の強さなんだが」
「それは……大変そうだな」
俺の言葉に、彼女はハァ、とため息を吐く。
「そうなんだよ。まず環境の悪さが、調査のしにくさを増しててね。まあ、その対策は今のところどうにかなってるんだが……遺跡自体も、これがまた一切ヒント無しに暗号でも解いているような気分にさせられる場所で、困ったものなのさ」
それなりに里を空けていたとは聞いているが……この表情を見るに、なかなか苦労の連続だったようだな。
「そもそも調査とは何年も掛かるものだ。長丁場になるのは覚悟してる。が、実はもう十年調査していて、自分達だけではどうしようもないと、研究班がアタシを呼んだのが現状だ。それでも、上手くいっていない。どうにも一つ……行き詰まってる感じがあってね」
「それで俺達を、か」
「あぁ。もう少し、という感覚はある。だからこそ、そのもう少しを埋めるために、別からの視点が欲しいのさ。レイラに来て欲しいのは、あの子の観察眼、洞察力を見込んで。アンタにも来て欲しいのは、その強さ、そして知識を見込んで、さね」
「知識を……?」
エルドガリア女史は、頷く。
「アンタは、神々を知っているんだろう?」
「! あぁ、ある程度ではあるが……もしや、『神代』関連の遺跡なのか?」
「アタシはそう見てる。少なくとも、それに近しい時代ではあるだろう。となるとアタシらだけじゃあ、知識が足りないんだ。この里での神代の研究は、あまりにも手掛かりが乏しいせいで、他の分野と比べると進んでいない。だからこの遺跡の研究は、重要なんだ」
……神槍を得てから、神代とはほとほと縁があるな。
何か、神々は互いを引き寄せ合う因果律でも持っているのだろうか。
……ありそうだ。ウチの息子のこともあるし。
「ただ、アンタらは今、子育てで忙しいところだろう? だから、出来ればでいい。アンタも唯一の父親で、いなくなったら奥さんらが困るだろうし」
「いや、それが実は、子育てに関して言うと手が余っててさ。ウチの妻軍団がすごい張り切ってるから、むしろ俺はすることがないような状況なんだ。レイラの方はウチの家事全般をやってくれてるが、レフィ達も、今はもうそれくらいは出来るしな。だから……いいぞ、お師匠さん。手伝いに行くよ」
「……いいのかい? そんなあっさり決めて」
「あぁ、レイラもやる気だったしな。久しぶりに、お師匠さんの手伝いがしたいみたいだ。これで連れて行かなかったら、俺の方が睨まれそうなくらいにはやる気だったぜ」
「そうかい……助かるよ。よし、それじゃあ、しばらくは待っといておくれ。今回の研究結果を纏める時間が必要になるから、もう一度遺跡の方に行くのは、恐らく一か月は後になるだろうからね。行く時期が決まったら、イルーナ達に伝言を頼むから、そうしたらまた来ておくれ」
「わかった、準備しておくよ」
それから、幾つかエルドガリア女史と話をし、俺は家へと帰った。
◇ ◇ ◇
「――という訳で、またもう少ししたら出掛けてくるわ。エン、お前も付いて来てくれるか?」
「……ん、任せて。でも、ちょっとだけ、試し斬りしてから行きたい。調整しないと」
「はは、あぁ、じゃあ一緒に魔境の森で魔物狩りするか。遺跡に行くのはちょっと先だからな」
試し斬りなんて言うと響きが少々物騒ではあるが、最近のエンは学校に行き始めたことで、大太刀でいる時間よりもヒト形態でいる時間の方が長くなっているからな。
調整というのも、そのためのものだろう。
己が刀剣である、ということに対する自負が強いエンは、そういうところでは一切妥協しないのだ。
「お師匠様が解析に取り掛かってそれとなると、本当に苦労しているようですねー」
「あぁ、実際そう言ってた。まああの様子からすると、遺跡の難しさに加えて、研究に集中出来ない環境の過酷さのせいで、ちょっと困ってる感じだったな」
「実地での研究は、そういうことがままありますねー。遺跡となると、まず魔物の対策をしなければ何も出来ないことも多いですしー」
この世界での遺跡なんかの研究は、本当に大変なんだろうな。
辺境ともなれば、まず食料確保からして大変になるだろうし、実際命懸けになるのだろう。
割とマジで、蛇嫌いで鞭使いの教授のような日々を送るハメになるのかもしれない。
……そう考えると、ちょっと楽しそうだな。
と、レイラと話していたその時、仕事から帰って来てサクヤを構っていたネルの様子を見て、ふと思う。
「……サクヤの謎レーダーがあれば、意外とパパッと解決しそうな気がするな」
そう言うと、ネルが顔を上げて笑う。
「あはは、そうだね。みんなが頭を悩ませてる問題とか、きっとサクヤは平気な顔して解決しちゃうんだろうね」
「だろ? ……実際、ありか?」
俺は、サクヤには色々体験させてやらねば、と思っている。
ならば、今回我が息子も連れて行くのは、一石二鳥になるのではなかろうか。サクヤレーダーの性能はすでに立証済みだしな。
問題と言えば、その……サクヤの『食事』かもしれないが、今なら俺だけでも、粉ミルクくらいは簡単に作れるからな。
レイラも一緒にいてくれるなら、何とかなるだろう。
「えぇ? 危なくないっすか? サクヤはまだまだ、赤ちゃんっすよ? 家で守るべき年齢っす」
母親らしい真っ当な意見を口にするのは、リウの世話をしていたリュー。
最近のコイツの母親力は、凄まじいものがあるぜ……本当にしっかりしてきた感じだ。
「危ないのは危ないじゃろうなぁ。ただ……ユキが以前言うておったように、やはり儂も、早くからサクヤには色々経験させるべきじゃと思っておるから、連れて行くのはありかもしれん。少し前、旅行程度であんな大事になった時に、我が子の特異性を重々理解したものじゃ」
大人組でそう話していると、我が息子の一番の被害者たるシィが口を開く。
「サクヤは、もう、しっかりしてるよ! きけんと、あんぜんは、シィたちよりもするどいから、そんなにしんぱいしなくても、いいとおもうよ!」
「お、ありがとう、良い意見だぜ、シィ。――だったら俺はもう、サクヤは連れて行きたいな。サクヤレーダーさえあれば、お師匠さん達の研究に何かしらの進展は見られるだろうし」
「まあ、おにーさんとレイラと、あとエンが一緒なんでしょ? おにーさんはともかく、レイラがいるならそうそう危険はないでしょ。レイラを補佐出来るエンもいるし」
「おにーさんはともかく、ってところに異論を挟みたいところだが、確かに今回はこっちにレイラがいるんだ。きっと問題は何かしら起きるんだろうが、何とかなるさ」
「サクヤのお世話は、任せてくださいー」
「……みんなに異論が無いなら良いっす。それなら三人を信じるっす」
「わかってる、目は離さないさ。よし、それじゃあ――今の内に俺は、リウといっぱい遊ばないとな!」
「あ、リウはちょうど今寝ちゃったっすよ」
「もう遊び疲れちゃったみたいですねー」
「何っ……ならしょうがない、サクヤと遊ぶか!」
「サクヤも寝たぞ、今」
「うん、ちょうど今、くてって感じで寝たよ」
「……それじゃあ妻達よ! 今の内に俺と遊ぼうではないか!」
「おっと、こっちに矛先が来たぞ。どうする、お主ら」
「こういう時の担当はレフィじゃないっすか? もしくはネル」
「うーん、僕今、コーヒー飲もうと思ってたからなぁ」
「……では、しょうがないのぉ。儂が相手しておくとしよう」
「そう言って、本当はちょっと嬉しいんすよね、レフィ」
「レフィは、母親になっても変わらずツンデレさんだからね!」
「フフ、可愛いですよねー」
「……う、うるさいぞ、お主ら!」




