観光再開《4》
大聖堂の観光は、当初の予定通りで終わった。
少女組は思う存分中の探索を楽しみ、大人組は基本座ってゆっくりし。
十分にイルーナ達が満足したところで、次は隣に併設されている美術館へと移動した。
こちらも広く大きく作られており、結構な数の作品が収められているらしく、まだまだ元気が有り余っていて好奇心が刺激されまくりな少女組とは、中に入ったところで再び別れた。
しかし、そんなテンションマックスな具合の彼女らに対し、ぶっちゃけ俺は、大聖堂程テンションは上がっていなかった。
何故かと言うと、まあ単純な話で、俺には芸術を理解出来るだけの感性が存在していないからだ。
すまない。本当にすまない。俺は美術品はわからんのだ……。
ピカソの絵とかを見てもそのメッセージを受け取れず、ただ「変な絵」としか思えない俺としては、前衛的なオブジェとか、抽象的な絵画とか見ても、「うん……?」というくらいの感想しか出て来ないのだ。
ただ、それは、どうやら俺だけではなかったらしい。
「これは……素晴らしいものなのか?」
「素晴らしい、んじゃろう、きっと。わざわざこうして展示されておるのじゃから」
俺の言葉に、俺と似たような表情で首を傾げながら、同じ一枚の絵画を見るレフィ。
「……お、ユキ、こっちのこの絵などは、綺麗ではないか?」
「お、確かに、綺麗だ。風景画はわかりやすくていいな」
「そうじゃな。わかりやすいのは良いの。あのおぶじぇとか、儂にはガラクタにしか思えんぞ」
「シッ、やめなさい。……俺も同感だが」
俺達は、美術館を普通に楽しめているらしいイルーナ達と、絵を見ながら何だか話が盛り上がっている様子のネルとリューを見て、呟く。
「……儂らには、芸術を楽しむ素養が無いのかもしれんのう」
「……そうだな」
なんて、二人でしみじみ話していると、レイラがクスリと笑って口を開く。
「二人とも、そう難しく考えなくていいんですよー。他者が価値があると思うからこそ、その対象に価値が生まれるんですー。だから、『綺麗だなー』とか、『何となく印象に残るなー』とかで好きなものを見つければいいんですー。極端な話、石ころを見て万人が『これは素晴らしいものだ!』と言い始めれば、それは価値のある品となるのですからー」
「うーむ……じゃあ、レイラはどれか気に入ったのとかあるのか?」
「私は、この絵が良いと思いましたねー」
「へぇ? ……なんか、見てると不安になってくる絵だな」
レイラが気に入ったというのは、男性がこちらを見ている、というだけ絵。
しかし、色合いが原因なのか、どこを見ているかわからない瞳が原因なのか、ぶっちゃけ気持ち悪い。
ホラー風味、という訳でもないのだが、夜に見たら悲鳴をあげそうだ。正直、趣味が良いとは言えないな。
と、俺の言葉に、レイラは我が意を得たりといった様子で、笑みを浮かべる。
「そう、そうなのですよー。これは、ただの絵ですー。絵具を用いた、色の集合体。にもかかわらず、見ている者が何となく不快になり、不安を覚える……いったい何が作用して、そんな風に思うのか、不思議じゃないですかー?」
……なるほどな、それがレイラの楽しみ方か。
「二人も、何か感情に働きかける絵を見つけると美術館が楽しくなると思いますよー。少女組のあの子達なんかは、考えずに自然とそういう楽しみ方をしていますからねー。ネル達は、絵を肴に雑談が進んでるようですがー」
そうね。
ネルとリューの方は、よくよく会話を聞いてみると、「絵具で汚しちゃってさー。全然色が落ちなくて、お母さんに怒られたものだよ」「……その内、ウチの子らも同じことしそうっすね。まあ、我が家は洗濯機あるからある程度楽っすけど」「あれいいよね、全然手間掛からなくて! 指の肌荒れもしないし」なんて雑談具合で、別に絵を見て楽しんでる訳ではないようだった。
何だ、ヤツらもこっち側か。良かった。
「子供心で、か……俺程精神が成熟している大人もそうそういないだろうし、難しいな……」
「今、とんでもない戯言が聞こえた気がするが、聞かんかったことにしてやろう。しかし、子供心か……ユキ、あれとか面白いのではないか? 草が生い茂っていて、目に良い色で」
「そうだな。けどそれは、作品じゃなくてただの観葉植物だな」
「では、あっちはどうじゃ。革張りで、触り心地が良さそうで、座ったら疲れが取れそうなおぶじぇじゃぞ」
「そうだな。けどそれは、ただの休憩用のソファだな」
高度なギャグかましてくるじゃないか。
なんて、そんな冗談をかましながらだが、何だかんだ俺達も美術館を楽しむ。
ちなみにリウとサクヤだが、まず大聖堂を出た辺りでリウが目を覚まし、しかし人が多過ぎてちょっと気になるようで、耳をピコピコと動かして警戒するような素振りを見せており、このままだと泣き出しそうな気がしたので、大人組で交代して抱っこし、あやしながら美術館を回っている。
サクヤの方はまだ寝ているのだが、実は起きる度に何かを探すように周囲を見て、そしてそれがないとわかると泣き出してしまい、しょうがないのでどうにか寝かしつけたまま、ベビーカーに乗せている。
多分、ムクロのおじちゃんなる魔物を探しているのだろう。
サクヤが泣くと、それを見たシィも泣きそうな顔になっちゃうんだよな。
二人がこんなすぐ懐いた相手だ。俺も、その彼と話をしてみたかったものだ。
「どうだ、リウ。美術館は。何か興味を引くものはあるか?」
「うぅ……あうぅ……」
そう聞くも、リウは俺の服にしがみ付いているのみで、多少周りに目を向けたりはしているが、何かに興味を引かれている様子はない。
見慣れぬものが怖いのだろうが、必死にしがみ付いてくれるのが、こう……最高に可愛い。
「リウはちょっと、怖がりなところがあるっすねぇ」
雑談がひと段落したところで、リウとサクヤの様子を見に俺達のところまで戻ってきたリューが、苦笑しながらそう言う。
「そうじゃなぁ。儂らが共にいて、少しずつ外出は怖くないことじゃと教えんといかんかもしれんのう」
「はは、まあ五感が鋭い以上、ある程度はしょうがないさ。もうちょい成長して、『音』ってものに慣れたら、それも落ち着くだろうよ」
感覚が鋭いからこそ、そうなるのだろう。
慣れてくれば、そんなに怖がることも無くなるはずだ。
というか、以前リューの親父さんが来た時、そう言ってた。リューの時も、音に敏感に反応していたから、子育ての時はそこに注意した方が良いかもしれないと。
種族柄、だな。
「いやぁ、それにしても、サクヤのプニプニの軟骨みたいな角も可愛いけど、リウのこの耳も可愛いよねぇ! いっぱい動いて! もうこの耳の動きだけで、リウの感情が推し量れる気がするよ」
「リューの耳も、あと尻尾も、感情の動きに合わせて動きますよねー。獣人族の女の子は、そこがもう本当に可愛いですー」
「そうだな、リウの耳と尻尾は、母親譲りで可愛いよな。俺も大好きだ」
「……そ、それよりほら、みんなちゃんと観光するっすよ! せっかく普段来ないような美術館に来たんすから! ほーらサクヤ、気になるものがあったら、見せてあげるっすからね!」
「見せるも何も、サクヤ寝てるけどな」
「多分ここが美術館ともわかっておらんじゃろうな」
せやな。
◇ ◇ ◇
その後もゆっくりと美術館を回り、何だかんだ言いつつも、思っていた以上に楽しめた。
まあ、申し訳ないことに作品をじっくり見たりはあんまりしていなかったのだが、それらを横目に妻軍団とあれやこれや話すのが、意外と盛り上がったのだ。
結局アレだな、ウチの家族で行ければ、俺はどこでも楽しいんだな。
本当はこの後に博物館へ行くつもりだったのだが、意外と美術館に長くいて、閉館間際までそこにいたので、予定は明日へと繰り越しになった。しょうがない。
なので俺達は、ホテルに帰還した後、時間も時間なので夕食にすべくホテルの食堂へ行く。
ここの料理も、やはり美味しかった。バイキング形式で、好きなものを好きなだけ食べ、家族で雑談しながらゆっくりする。最高の時間の使い方である。
朝に話した通り、船長と船長の奥さんも泊まりに来たので、彼らと友誼を結ぶのも楽しかった。
女性というのは大したもので、妻軍団であっという間に仲良くなり、会話も非常に盛り上がっていた。
なお、その話題の肴にされるのは我々夫陣のことであり、こっちは苦笑いしながら隅で酒を飲むのみである。
部屋に戻った後は、少女組は一日動き続けて疲れてしまったらしく、イルーナが風呂入った後に即就寝、シィも疲れていたようで人化形態を解いて元のスライム形態で眠りに入り、レイス娘達も憑依していた人形から出て休止状態に。
リウとサクヤも、風呂に入れたら速攻で眠りに落ちた。
エンだけが起きていて、酒を飲んでいた大人組と混じり、つまみをポリポリしながら一緒にトランプをやっていた。
家でもこうやって、大人組で酒を飲みながらトランプとかボードゲームとかをやることは結構あるのだが、旅先でやると何だかいつも以上に楽しい気がするのが不思議だ。いつもよりテンションが高くなっているからだろうか。
で、数戦やったところで酔いもあって大人組もぐでんぐでんになり始め、眠気でゲームが大雑把になってきた辺りで切り上げ、それぞれベッドに入った。
最高の一日だったな。
シィとサクヤのこともあって、少々大変だった部分もあるが……ま、これも旅の醍醐味だろう。
……いや、嘘だ。この調子で問題が出続けたら流石に困るので、今回の旅ではこれだけで勘弁してもらいたいものだ。




