獣は何を夢見たか
感想いつもありがとう、ありがとう!
シィとサクヤの泣き声で、無事に合流することが出来た後。
二人は一切怪我をしておらず、ホッと安心はしたものの、サクヤはともかくシィまで泣き出してしまったことで、何が起きたのかを聞くことが出来ず。
落ち着いてくれるまで根気強く待ち続け、しばらくしてようやく泣き止んだシィから事情を聴くことが出来たのだが……そのあまりの情報量に、俺達は頭を抱えることになった。
「これ……神剣だな」
「お主の持つものと一緒の、か」
俺は、手に取ったソレ――ボロボロの剣を見て、そう呟く。
この骨の質感、放たれるとんでもない圧力。間違いない。
神槍や神杖と、同じものである。
まさか、こんな形でお目見えすることになるとは。
……思い出すのは、俺が持つ神槍の中にいた神、ルィンが見せてくれた、神代においていったい何が起きたのか、という影絵。
神剣を構えていたのは、確か魔族の神だった。愛のために、神々を巻き込んで戦争を起こした原初の魔族の一人。
ここにこれがあったということは、彼の神はこの辺りを根城としていたのだろうか。
そして、シィが身に着けている、牙か爪らしきもので出来ているアクセサリー。
番犬の腕輪:所有者に危機が訪れる時、魔力による分身体が出現し、守護する。孤高の獣は主にしか心を許さず、しかし友には心を開いた。
まるで、レフィの牙や爪でアクセサリーを作ったかのような、そんな圧倒的な力を感じる上に、この訳のわからない能力。
ここまでの力を感じさせるアクセサリーだ、その分身体というものの性能も、恐らく半端ないのだろう。
実物のレフィ程の力はなくとも……その三分の一程度の能力でも発揮されるのならば、国宝級どころかロストテクノロジーとでも言うべきシロモノだ。
いや、こちらは良くも悪くもただのアクセサリーであるため、シィに大事にさせて、あんまり見せびらかさないようにさせておけばそれで構わないが……やはり問題は、剣の方である。
神シリーズの武器は、それを持っている、という情報すら表に出すべきではないような、この世界で最も強力な兵器。
世界最強の龍族すら斬れる、という時点で、その危険性が伝わることだろう。
「……その、ムクロのおじちゃんって魔物は、何かこの剣について言ってなかったか?」
「うん、これは、サクヤにって。おおきくなったら、わたしてほしいって。あと、とってもつよいつるぎだから、むやみにつかっちゃダメともいってた」
サクヤ用に、か。
「他には?」
「えっとえっと……めいは、『ハルデイース』。せいく? は、ゆうをしめせ、わがつるぎよ」
せいく……聖句だな。
神シリーズの武器を、第三段階に変化させるための言葉だろう。
それが、『勇を示せ、我が剣よ』。
――うん。
何が何だかよくわからない。それが大人組の正直な意見である。
無事に領域に入って、いざ彼女達を探そうとしたら、再び辺りの空気が一変して元に戻ってしまった。
裏から追い出され、表に戻されたのかと焦った俺達だったが……気が付いたら、いつの間にかシィとサクヤが奥の路地に立っていて、泣いていたのだ。
神剣と、アクセサリーを持って。
彼女の話を聞く限り、路地裏にあったトンネルに入ったら庭園らしき場所に出て、そこで『ムクロ』という獣のスケルトンと会話をして楽しんだ、ということだったが、恐らくムクロはもう生きておらず、裏から表に俺達が戻されたのも、裏の空間の全てが消滅したからだろう、と。
話を聞く限り、その獣のスケルトンは、まず間違いなく神代から生きている……いや、生きているという表現は妥当じゃないか。
神代から存在し続けている個体で、つまりは精霊王のご同輩だろう。それが、ここで神剣を守り続けていたらしい。
いったい、何からツッコめばいいのだろうか。もう、訳がわからな過ぎて、どうにもならん感じである。
……一つ確かなのは、結局シィは、俺達に頼らず自分で全てを解決した、ということか。
ウチの子らに色々と経験させてあげるべく、旅行に行くことを決めて、一発目でこれ。
全く、サクヤの運命力には驚かされるな……。
と、何にも言えずに苦笑しか出来ないでいると、シィが少し、心配そうな、不安そうな顔を見せる。
「あのね、あるじ……シィ、しんぱいなの。ムクロのおじちゃんを、すこしでもたのしませてあげられたかなって」
「……もう、死んじゃったのは、間違いないのか?」
「たぶん……ムクロのおじちゃん、いってたんだ。じぶんは、くちはてるすんぜんだって。このつるぎが、じぶんをいかしてるって」
……神剣が持つとんでもない魔力があれば、生物の一体くらい、延命し続けることは可能なんだろうな。
ただ、それでも神代から生き続けることは簡単ではなく、肉が完全に腐り落ちてスケルトンとなってしまっていたのだろう。
脳味噌が無くなり、心臓が無くなり、完全な骨となってなお、一匹で存在し続ける。
仮に、己が望んだことであったとしても……それは、地獄だろう。
「こんなものをもらっちゃって、シィたちに、とってもよくしてくれて……でも、そのままいなくなっちゃって。そのおかえしを、すこしでもしてあげることができたかなって」
そう話している内に、再びシィの瞳に涙が溜まっていく。
俺は、何と言うべきか少し考えてから……口を開く。
「シィ、ムクロのおじちゃんは、最後別れる時。泣いてたか? それとも、笑ってたか?」
「それは……わらってた。ありがとうって、いってくれた」
「なら……それが全てじゃないか? ムクロのおじちゃんがどんな生を歩んで来たかは知らない。どんな思いで、ずっと一匹でいたのかは知らない。もしかしたら辛いと思ってたのかもしれないし、ずっと孤独を感じてたのかもしれない。けど……最後に笑うことが出来たのなら。それは、良い生だった。そう言ってもいいんじゃないか?」
シィは、俺を見上げる。
俺の言葉をじっくりと噛み砕くように、考えるように。
シィも、こういう顔をするようになった。
この子は正直、あんまり物事を深く考える方じゃない。刹那的で、楽観的なところが良いところでもあり、悪いところでもある。
しかし今は、こうして大事なことをしっかりと自分の頭で考えることが出来る。
こんな時だが、本当にこの子らの成長を感じられるな。
俺は彼女をポンポンと撫で、言葉を続ける。
「大丈夫だ。お前の優しさは、しっかり伝わった。そうじゃなきゃ、こんなものを渡すもんか」
サクヤが気付いてやることで、そのムクロのおじちゃんと出会うことが出来て、そしてシィの優しさによって、最後の時を迎えたのだろうということは、間違いないだろう。
完全に部外者であった以上、あくまで俺には想像しか出来ないが……現代になるまで守り続けてきたものを、他者に渡す。
そんな簡単であるものか。仮にシィとサクヤが気に入らんかったのならば、そんなことなどしないだろう。
「そうかな……?」
「そうさ。だから、シィはそのおじちゃんのこと、忘れちゃダメだぞ。ずっと、憶えておいてあげるんだ。それが一番の供養だ」
「うん……うん!」
シィは大きく頷き、いつもより陰りはあるが、大きな笑顔を浮かべた。
その笑顔と、お前の優しさがあれば、きっと世界も救えるさ。
「カカ……さ、腹も減ったじゃろう。皆が待っておる、昼飯を食べに行くとしよう」
「シィ、何が食べたいですかー?」
「レイラおねえちゃんのてりょうり!」
「それは俺も」
「それは儂も」
「……あ、あのー、この国のものでお願いしますー」
ちょっと照れたようにそう言うレイラに俺達は笑い、来た道を戻り始める。
その途中、レフィがあやしたおかげで、ようやく泣き止んだサクヤの顔を俺は覗き込む。
レフィの華奢な腕の中に収まる、小さな小さなやんちゃ坊主。
「全く、お前は……赤子の段階からやんちゃだな。父ちゃん、お前が大きくなった時が心配だぜ? 今日のこと、ちゃんとシィ姉ちゃんに感謝するんだぞ」
「うぅ……あうぅ?」
「そうさ。『ありがとう』と『ごめんなさい』が出来れば、まあまあ人間関係は上手くいくってもんだ。……これが、子育ての難しさか。ここに、成長したリウのおてんばが加わるとなると、もう父ちゃんてんやわんやになっちまうぞ」
「その時は、母が面倒見ておいてやろう。安心しててんやわんやしておるが良い」
「あ、負担を軽減してくれる訳じゃないんだな」
「母は多くいるが、父は一人だけじゃ。故に、父の仕事が出来るのもお主だけじゃ。儂らを全員娶ったのはお主である以上、頑張るんじゃの」
「へいへい、父としてせいぜい頑張りますよ」
そんなことを話しながら、俺はふと思う。
ムクロのおじちゃんなる魔物は、サクヤのことを『神代の香りを持つ者』だと表現したそうだ。
それは、正直、わかる。
サクヤは、俺の魔王の魔力と、レフィの覇龍の魔力が混ざり合い、特異な魔力を有してこの世に産まれた。
いつだったか、レフィが言っていた。
あくまで方向性だけだが、サクヤが持つ魔力は、精霊王に似たものがある、と。
それはつまり、神性とでも呼ぶべきもの。
我が子に、神代に続く何かがあることは、これで確定だと考えていいだろう。
まあ、別にそこはどうでもいい。
我が子が何者であろうが、俺達は親としてこの子を愛するだけだが……これは、根拠のないただの妄想だ。
存在する事実は、サクヤが突然どこかへ行きたがった、ということのみ。
シィの話では、サクヤが急に、路地の奥へ行きたがったのが最初だそうだ。
サクヤの導きに従い、進んだ先で庭園に出た。
ということは、我が息子は何かに気付いて、家族から離れてでもそっちに行きたがった訳だが……もしかするとそれは、ムクロのおじちゃんなる魔物の、主たる神様に呼び寄せられたのではないだろうか。
自らの部下が孤独の生を歩み続けるのを見兼ねて、サクヤに彼のことをどうにかしてほしいと願ったのではないだろうか。
サクヤが突然、路地裏に潜む空間に気付いた、というよりは、何だかそっちの方がしっくり来るような気がするのだ。
まあ、エルレーン協商連合を旅先に選んだのは完全に運なので、どちらにしろ我が息子の運命力は半端ねぇって点は変わらないんだがな。
サクヤが色んなことに巻き込まれるだろうってことの一端を味わった気分だぜ。
俺は苦笑しながら、我が子の頭をそっと撫でる。
レフィ似の綺麗な顔。
プニプニで可愛らしい軟骨のような角。
……ま、いいさ。
今日のはきっと、序の口。これからもこの子には、色んなことが起こるのだろう。
だが、サクヤは男の子だ。である以上、そうして降りかかる苦難は、自分で解決していかなければならない。
家族に頼ってもいいし、家族以外の誰かに寄りかかってもいい。
だがそれでも最後は、自分の両足で毅然と立ち、前へ歩まねばならない。
いったいどれだけの面倒ごとが襲い掛かるのかはわからないが……そんな息子に対して、俺達は親として全力で守るだけだ。
応援してるぜ、サクヤ。
お前が酒を飲める歳になったら、互いの苦労を肴に乾杯しよう。




