シィの冒険《5》
昔は首が三つ……正解。いや、多分違うけどね(笑)。
「――あれ?」
シィは、路地裏に立っていた。サクヤのベビーカーに手を掛けながら。
狭い、人が三人並んだらいっぱいになりそうな道。
緑はなく、静謐のない、遠くから微かな喧騒が感じられる、何の変哲もない路地裏。
庭園は、消えていた。
獣の骸骨も、消えていた。
全てが夢であったかのように、一瞬にして何もかもが消え去り、変化していた。
「…………」
しかし、先程までの出来事は、決して夢などではない。
それがわかるのは――サクヤのベビーカーに引っ掛けられている、刀身のない剣。
今も変わらず圧力を放っており、見る者全てを怖気付かせるその圧力の強さが、全て現実だったのだと告げているのだ。
そして……もう一つ。
シィの手首に、いつの間にか見覚えのないアクセサリーが巻かれていた。
恐らく牙を用いて作られているのであろうそれは、彼女の手首よりも少々大きく、ぶかっとしていたが……彼女のためだけに用意されたものであることは、間違いない。
何故なら、そこには文字が彫られていたからだ。
『家族ト仲良クナ、シィ』
「おじちゃん……」
それを見て、シィは悲しくなる。
彼とせっかく友達になれたと思ったが、多分……もう二度と会えないのだろう。
彼の言葉の一つ一つが蘇る。
――『消エ行ク残滓、滅ビ去ル幻影、ト言ッタトコロカ』。
――『俺ガ万全ナラバ、コウハナランノダ』。
――『我ガ身ガ朽チ果テル寸前ニ、神代ノ香リヲ持ツ者ガ現レタ』。
恐らく、本当に、限界だったのだ。
骨となってなおギリギリの、朽ち果てる寸前。
いや、もしかすると、とっくに限界は来ていたのかもしれない。それを、この剣の力で無理やり延命していたのではないだろうか。
その延命だけならば、まだ続けられたのかもしれないが……ただ一人きりで、同じ場所を誰にも知られず守り続ける。
いったい彼は、どれだけの孤独を感じていたことだろう。
家族と一緒にいる時間が大好きで、一人よりも誰かといる方が好きなシィにとって、それは全く想像の出来ないことだ。
そんな壮絶な孤独の中で、ようやく見つけたサクヤという後継者足り得る存在に、内心どれだけの喜びがあったのか。
骨となってもなお守り続けたものを、会ったばかりの子供に託すのだ。彼がどんな思いだったのか、推し量ることなど誰にも出来ない。
……自分達は、彼を満足させてあげることが出来たのだろうか。
彼の心を、少しでも軽くしてあげることは出来たのだろうか。
「……サクヤ。ムクロのおじちゃんとあえて、よかったね」
サクヤもまた、様子が一変したことには気付ているらしい。
あれ、といった様子で、辺りをキョロキョロと見渡している。
先程まで隣にいた、獣の骸骨がいなくなったことが気になるようで、「あぅ、いいぅ?」と声を漏らしている。
「ムクロのおじちゃんのこと、おっきくなっても、わすれちゃダメだよ?」
「……いうお?」
「そうだよ、ずっとおぼえてなきゃ。おじちゃんのことをしっているのは……きっと、シィたちだけなんだから」
「……うぅ、うああぎゃあ、ぎゃうう!」
シィの言葉を理解したのか、大声で泣き出すサクヤ。
「……うぅ、うぐっ、うぅ……」
シィもまた、ジワリと目に涙が浮かび、嗚咽を漏らし始め――その声が、聞こえたのか。
「――シィ! サクヤ!」
遠くから、彼女らに掛けられる声。
「うぅ……みんなぁ!」
しゃくり上げながらそちらを見ると、道の向こうに現れる、ユキとレフィとレイラの三人。
彼らは慌ててこちらに駆け寄り、まずレフィがベビーカーからサクヤを抱き上げてあやし始め、ユキとレイラがシィの側へとやって来る。
「ど、どうしたんだ、シィ。どっか怪我したのか!?」
「ううん、ちがうの。ただ、かなしくて……うぅ、ひぐっ、うああぁあ!」
堪らなくなり、サクヤと同じく大声で泣き出すシィ。
涙でぼやける視界に映るのは、何もない路地裏。
人の住む都市の、平凡な路地裏が奥へと続いているだけの光景。
それがシィには、どうしようもなく悲しかったのだ。
見兼ねたユキが、側にしゃがんであやすように頭を撫で始め、その隣でレイラが、安心させるように背中を撫でる。
シィは、ユキの服に縋り付き、そのままわんわんと泣き続けた。
獣の骸骨を、送り出すように――。




