シィの冒険《2》
感想等、いつもありがとう、ありがとう!
「サクヤ、こっち~?」
「いおぉ!」
ユキと連絡が付いたため、安心してシィは、サクヤが求める方向へと向かって進む。
遠くなる喧騒。
昼であるにもかかわらず、陽射しのほとんど入らない、薄暗い道。
大通りから一本逸れただけであるにもかかわらず、人の行き来は皆無に等しく、誰ともすれ違わない。
まるで別世界に入り込んだかのような感覚があり、何だかシィもワクワクしてくる。
「んふー、たのしくなってきた! サクヤ、わかれみちだよ! どっち~?」
「いあう、えいお!」
「こっちね! りょーかい!」
全身を使って、片方の道へ行きたがるサクヤ。
シィは鼻歌を歌いながら、元気良くベビーカーを押して進み――少しして、彼女は違和感の存在に気が付く。
それは、魔力。
何かの領域に足を踏み入れたかのような、異質な魔力の感覚がシィの身体を包み込む。
ダンジョンではない。そのことは、シィの感覚としてわかる。
だがここは……それに等しいような、空間の変質があった。
「! これ~……なにかのまほうかな? どうおもう、サクヤ?」
「あぶぅ、ああう?」
「やっぱりそうおもう~? まあとにかく、なにかあるのはかくてーだね! ぼーけんってかんじがしてきた! いいねぇいいねぇ、たのしくなってきたよ、サクヤ!」
これで、自分では感じ取れなかった何かをサクヤが感じ取っていたのが確実となった。
少し迷ったが、変わらずサクヤが先に行きたがっているので、ここまで来た以上は彼に従おうと、そのままシィは奥へと歩き出す。
彼女は、暗闇を恐れない。未知を恐れない。
それはワクワクするものであり、いつでも冒険の香りがするのだ。
――そこからも、サクヤレーダーに従って、先へと進む。
不思議なのは、本当に、人の気配を何も感じないことだ。
路地裏に入り込んだ時から、人の通りが全くないとは思っていたが……今は左右の建物からも、人の気配が一切感じられないのである。
首都、というより、ゴーストタウンとでも言われた方がしっくり来る気配の無さなのだ。
シィは「さっきのは、人除けの魔法だったのかな……?」なんてことを思いながら辺りをキョロキョロとしていると、その時彼女らの前に、小さなトンネルが現れる。
壁をくり抜いて造られたかのような、無骨なトンネル。出口なのか、奥に小さな光が見えるが、それ以外の明かりは存在しない。
「サクヤ、もしかして~……」
「あう!」
思った通り、トンネルの先へと行きたがるように身体を精一杯に伸ばすサクヤを見て、シィは中へと足を踏み入いれた。
――そこには本来、トンネルなど存在していないことを、彼女は最後まで気付けなかった。
カラカラと、ベビーカーの音が反響する。
思っていた以上にトンネルは長く、流石にシィも「長いなぁ」と思い始めた頃、ようやく向こう側に辿り着く。
トンネルの向こう側は、別世界だった。
静謐。
差し込む陽射しと、風に揺れる緑。
整えられた石造りの道。年月が経っているのか、ところどころひび割れているものの、綺麗に掃除されているのがわかる。
道のすぐ横を小川が流れ、終着点には橋の掛かった綺麗な池が存在し、魚が泳いでいる様子が窺える。
四方は何か、建物の壁のようなもので囲われているようだが、そこまでを木々が埋めているため、よく見えない。
――そこに広がっているのは、秘密の箱庭、とでも言うべき趣の、綺麗で上品な庭だった。
「うわぁ……!」
思わず、感嘆の声が漏れるシィ。
仮にも、首都のど真ん中。
にもかかわらず、直径で二キロ以上はあろうかという広さがこの場所にはあり、ここに来るのに通ったトンネルまで含めると、いったいどれだけの敷地を有しているのだろうか。
そう、空間的に、こんな場所が存在するのはあり得ないのだ。
しかし、彼女の意識にそんな疑問は浮かび上がらず、ただひたすら美しい庭園に魅入っており――その時だった。
『ヨモヤ……ココニ、人ガ訪レルトハ』
まるで囁くような、風で揺れる木の葉の、擦れる音のような。
声の質からして、男性だろうか。
「……だあれ?」
少し警戒しながらシィが問い掛けると、何となく面白そうな声音で、言葉が返ってくる。
『フム、名乗ルナラバ……消エ行ク残滓。滅ビ去ル幻影、ト言ッタトコロカ』
「うーん? よくわかんないよ~」
首を捻るシィに、囁き声は愉快そうに笑う。
『クカカ、ソウダナ。デハ……ムクロ、ト呼ンデクレ』
その時、木々の奥から、まるで滲み出るようにして現れる――四足歩行の骸骨。
肉体が完全に腐り落ち、骨だけの身体。故に、何の生物なのかわからない。
狼のようには見えるが、頭蓋に角があり、そして目のところに眼窩らしき穴が四つ分あるのだ。
生前は巨体であったようで、残った骨だけでも、木々と同程度の大きさがある。
おどろおどろしい、子供が見れば泣いてもおかしくないフォルムの獣の骸骨だが、しかし別にスケルトンを恐ろしいものだと認識していないシィとサクヤは、その姿を見ても何も思わない。
シィは珍しい種族だなぁ、と思う程度だし、サクヤはそもそもまだ骸骨がどういうものかを知らないため、興味深そうに観察するだけである。
自分達に害為す者であれば、すぐに逃げなければならないため、シィは警戒していたが……それも、やめる。
リルの機嫌が良い時のように、フリフリと揺れている長い骨の尻尾を見て、「あっ、ご機嫌なんだな」ということがわかったからである。
それに、魔物であるため敵意に敏感であるシィだが、骸骨からは何も感じ取れず、ただ楽しそうな感情が窺えるのだ。
まるで、遊びに来た孫を、祖父母が可愛がるような。
シィは「さっき何だか驚いていたし、人が全然来なくて寂しかったのかな?」なんてことを思いながら、とりあえず勝手に敷地に入ったことを謝る。
「こんにちは、ムクロのおじちゃん! シィは、シィです! むだんではいっちゃって、ごめんなさい!」
『良イ。ココハ、モハヤ忘レ去ラレタ地。滅ビ、朽チルノヲ待ツダケノ場所。敵ナラバ排除セネバナラヌガ、オ前達ハ敵デハナカロウ。シテ……懐カシキ者ノ気配ダ。ソノ稚児ハ、弟カ?』
そう問い掛けながら、獣の骸骨は二人から少し離れたところに、腰を下ろす。
「うん! ちはつながってないけど! サクヤっていうの。かわいいでしょ!」
『ウム、ウム……生物ノ幼体トハ可愛イモノダガ、俺ヲ見テ泣カヌトハ。オ前モ、俺ガ恐ロシクナイノカ?』
「わがやには、いろんなしゅぞくのかぞくがいるからね! ムクロのおじちゃんも、めずらしいけど、でもそれだけでシィもサクヤも、こわがったりしないよ!」
『ホウ、ソウカ……少シ、オ前達ノ家族ニ興味ガ湧イテ来タナ。ソノ家族ハ、一緒デハナイノカ?』
「うん、はぐれちゃった! ごうりゅうしようとおもったけど、とちゅうでサクヤが、なにかかんじとってね。それでふたりでこっちきた!」
『フム、二重デ結界ヲ張ッテアッタガ、ソレヲ感ジ取ッタカ。大シタモノダ。――ソレト、シィヨ。俺ハ、オジチャントイウ歳デハナイゾ。老体ノ段階スラ超エ、モハヤコンナ骨ニナッテイルノダカラナ』
「そうなの? でもムクロのおじちゃん、きれいなおほねしてるし、わかいのかとおもってた!」
『クカカ、ソウカ! 綺麗ナ骨カ。悪イ気ハセンナ』
心底愉快げに、獣の骸骨は笑う。
実際彼は、愉快に思っていた。
客観的に見て、腰を抜かされてもおかしくないであろう外面の自分を、「ムクロのおじちゃん」などという可愛いらしい呼び方をするスライムらしき少女と、興味深げにこちらを観察しているヒトの幼体のことを。
それは、気の遠くなる程の長き時を過ごしてきた獣の骸骨にとっても、初めてで新鮮な出来事であった。




